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基礎物理化学(熱力学) 安藤耕司のページ chap08

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(1)

71

8 章 統計力学への誘い

本章では、統計力学の入門事項を概説して、その雰囲気に触れること を目的とする。天下り的に認めてしまえば、定温熱平衡の統計力学の基本 法則は非常にシンプルである。「分配関数」と呼ばれる量が橋渡しとなっ て、微視的なエネルギー準位の熱分布と、巨視的な熱力学関数との間が 結ばれる。

8.1 統計力学の要点

8.1.1 基本法則 ( 正準分布 )

統計力学の基本法則は、次のように要約される。

温度T が一定に保たれた系を考える。十分に大きな熱浴に接した部分 系を想定すればよい。部分系の体積V と物質量 (粒子数) N は一定とし、 エネルギー固有値の組を{En} (n = 1, 2, 3, · · · ) とする。温度 T の下で、 部分系がエネルギーEnの状態にある確率は

pn= 1 Q e

−En/kBT (8.1)

で与えられる。これを「canonical 分布」または「正準分布」と呼ぶ Q は「分配関数」と呼ばれ、

Q =

n

e−En/kBT (8.2)

で定義される。これは、式(8.1) では確率 pnnpn= 1 のように規格化 しているだけに見えるが、それにとどまらない重要な役割を果たすこと を以下に見る。kBはBoltzmann 定数と呼ばれ、気体定数 R と Avogadro 数NAによりkB= R/NAで与えられる。

この他に、エネルギー一定の孤立系を扱う「小正準(micro canonical) 分布」、温度 一定で粒子数可変の開放系を扱う「大正準(grand canonical) 分布」がある。

(2)

補足 Feynmanの講義録 では、冒頭に上記を掲げ、次のように述べている。

「この基本法則は、統計力学の山頂にある。統計力学の課題の全貌は、この 頂上から滑降すること、すなわち基本法則を種々の具体例に適用すること、あ るいは、麓からこの頂上へ登ること、すなわち基本法則を導出し熱平衡や温度 といった概念を明らかにすること、のいずれかから成る。

この「山頂」の喩えは、特に学習の過程で念頭に置くと有益であろう。本章 の主題は統計力学の化学への応用なので、前者のみを扱う。

8.1.2 熱力学との関係

上記のように、分配関数Q は微視的なエネルギー準位 Enから構成され

る。これと巨視的な熱力学関数との関係は、系のHelmholtz エネルギー F と分配関数 Q の関係として

F = −kBT ln Q (8.3)

で与えられる。

導出 まず、内部エネルギーU を (8.1) によるエネルギー期待値と同一視 することは自然だろう。

U =

n

pnEn = 1 Q

n

Ene−βEn

ただし、β = 1/kBT とした。和の部分は、丁度 Q を β で微分したものに なっている。すなわち、

= −1 Q

∂Q

∂β = −

∂ ln Q

∂β = kBT

2∂ ln Q

∂T (8.4) となって、U が Q で表される。

ここで、熱力学で学習したGibbs-Helmholtz の式

∂T ( G

T )

= −TH2

を思い出そう。これは、G → F 、H → U と置き換えてよい。

∂T ( F

T )

= −TU2 (8.5)

右辺のU に式 (8.4) を代入すれば、式 (8.3) が直ちに得られる。

R. P. Feynman, Statistical Mechanics: A Set of Lectures (Addison Wesley)

(3)

8.1. 統計力学の要点 73

補 足 復 習 も 兼 ね て 、式(8.5)を 導 い て お く。第 一 法 則dU = T dS + δW F ≡ U − T SLegendre変換すると

dF = −SdT + δW (8.6)

なので、S = −∂F/∂T となる。これをF = U − T Sに代入してSを消去する と、F = U + T∂F

∂T を得る。移項してT2で割るとTF2 + T1∂F∂T = −TU2 となり、

左辺は1/T F の積の微分になっていることが分かる。

式(8.3) は見た目が単純で美しいのみならず、基本法則 (8.1) と全ての 熱力学量を結び付ける。典型的な手続は次のようになる。ある微視的モデ ルから出発して、エネルギー固有値を系の体積と粒子数の関数En(V, N ) として求める。式(8.2) と式 (8.3) から、F は (T, V, N ) の関数として得ら れる。式(8.6) に相当する式 (2.5) dF = −SdT − P dV + µdN より、

S = −( ∂F∂T )

V,N

, P = −( ∂F

∂V )

T,N

, µ =( ∂F

∂N )

T,V

(8.7)

としてS, P, µ が求まるので、

U = F + T S, H = F + T S + P V, G = F + P V が全て求まる。すなわち、

T, V, N を設定し、En(V, N ) が求まると、式 (8.3) の F から S, P, µ が 決まり、よってU, H, G が決まる。

具体例を8.3 節で見る。

8.1.3 エントロピー

エントロピーは、式(8.7) の第 1 式で与えられる。これに式 (8.1) と (8.3) を用いると、

S = −kB

n

pnln pn (8.8)

となる。これが、正準分布におけるエントロピーの統計力学的表現である。 導 出 (8.1)–(8.4) お よ び 規 格 条 件

npn = 1 を 用 い て 、S =

kB (

ln Q + T∂ ln Q

∂T )

= kB (

ln Q + U kBT

)

= kB (

ln Q + 1 kBT

n

pnEn )

=

kB

n

pn (

ln Q + En kBT

)

= −kB

n

pnln

(e−En/kBT Q

)

= −kB

n

pnln pn

(4)

S = (U − F )/T から計算してもよい。上の二番目の等号以降になる。

8.2 分配関数の分離

分配則(x1+ x2)(y1+ y2) = x1y1+ x1y2 + x2y1+ x2y2 は一般に

i

j

xiyj = (

i

xi

) (

j

yj

)

と書ける。同様に、

i

j

exi+yj = (

i

exi ) (

j

eyj )

今、x, y の 2 自由度をもつ運動について、エネルギー準位が Ei,j = Eix+ Ejy

のような和の形に分解できるとする。このとき分配関数は Q =

i

j

e−(Eix+Ejy)/kBT = (

i

e−Eix/kBT ) (

j

e−Ejy/kBT )

= QxQy

のように、各自由度についての分配関数Qx, Qyの積に因数分解される。 すなわち、

全エネルギーが異なる自由度からの寄与の和に分離できるとき、全分 配関数は各自由度からの分配関数の積に因数分解される。

このことは、3 次元の並進運動の分配関数を x, y, z 各方向の分配関数の積 として計算したり(次節で実行する)、分子の分配関数を並進、回転、振 動の各自由度の寄与に分解して考察する際の基礎となる。

ixi,

jyj が無限級数のときは、これらが絶対収束するという条件が要る。分 配関数の場合には、それは物理的に前提されるとしてよい。

(5)

8.3. 理想気体の分配関数 75

8.3 理想気体の分配関数

ここでは、理想気体のモデルとして「箱型ポテンシャル中の粒子」を 採用し、そのエネルギー準位から分配関数Q を計算してみよう。

長さL の一次元箱型ポテンシャル中の粒子 (質量は m) のエネルギー準 位は、

En = h

2

8mL2n

2 (n = 1, 2, · · · )

であったことを思い出そう。ε = h2/(8mL2) とおいて En ≡ εn2と書く。 分配関数における和をGauss 積分§で近似して、

q =

n=1

e−En/kBT

0

e−(ε/kBT )n2dn =√ 2πmkBT

h2 L (8.9)

三次元では、エネルギーはx, y, z 各方向の寄与の和になるので、分配関 数は各自由度からの寄与の積になる。

q = qxqyqz =( 2πmkBT h2

)3/2

V (8.10)

V = L3は体積である。(簡単のため立方体としたが、直方体としても上 の結果は同じである。) N 粒子からなる理想気体では、全エネルギーは 各粒子エネルギーの和に分離されるので、上式のq を N 乗すればよい。 よって、全分配関数Q は VNに比例する。

補足 正確には、微視的粒子の区別不可能性を反映させるためにN !で割って、 Q = qN/N !とする。これは、気体が希薄で、量子数の組(nx, ny, nz)N 個の 粒子について全て異なる場合に適用される。より一般には、Bose-Einstein統計 またはFermi-Dirac統計というものを考える。しかし、ここでの議論では上記の ようにQ ∝ VN だけが分れば十分である。

状態方程式 Q の V への依存性から圧力が計算される。式 (8.7) の第 2 式 に式(8.3) を用いて、

P = kBT Q

( ∂Q

∂V )

T

(8.11)

§

0 exp(−x2)dx =π/2

(6)

これと、上で導いたQ ∝ VN より直ちに P = N kBT /V

を得る。これは、理想気体の状態方程式

P V = nRT (8.12)

に他ならない。Avogadro 数を NAとして、n = N/NAはモル数、R = NAkB

は気体定数である。

8.4 分子分配関数

8.4.1 分子の自由度

電子と原子核をひと括りに「原子」として扱う。個々の原子を独立に 見れば、自由度は各原子につき3 である。(3 次元空間内で一つの原子の 位置を指定するのに3 つの座標変数を用いる。) N 原子からなる分子で は、自由度の総数は3N となる。

多原子分子の自由度は、分子全体の「並進」と「回転」および分子内の

「振動」に分類される。分子全体の並進自由度は3、回転自由度は直線分 子ならば2、非直線分子ならば 3 である。(前者は重心座標を決める変数 の数、後者は回転軸の数による。) 残りが分子内振動自由度であるから、 N 原子からなる分子が直線分子ならば振動自由度は 3N − 5、非直線分子 ならば3N − 6 である。

例えば、水分子H2O の振動自由度数は 3 × 3 − 6 = 3 である。これら は、二つのOH 結合の伸縮振動およびHOH 角の変角振動で表される。

8.4.2 並進

前節の理想気体に関する分配関数の式(8.10) が、そのまま分子の並進 自由度の分配関数になる。質量m は分子全体の質量である。

すなわち電子の自由度は無視する。

対称性があるため、二つのOH 結合が同時に伸びる対称伸縮と、一方が伸びたら他 方が縮む反対称伸縮の2 種類の「基準振動」で記述される。

(7)

8.4. 分子分配関数 77

8.4.3 振動

分子振動の分配関数を求めるために、調和振動子で近似する。このと き、振動の角振動数をω、振動数を ν とすると、エネルギー準位は

Envib = ¯hω (

n + 1 2

)

= hν (

n + 1 2

)

(n = 0, 1, 2, · · · ) (8.13)

となる。(以下、簡単のため右肩の添字 vib は適宜省略する。) エネルギー 準位が等間隔であることが、調和振動子の特徴である。

補足 振動の平衡位置からの変位をxとし、(換算)質量をm、力の定数をk すると、変位による力はF = −kx、ポテンシャルエネルギーV (x)と角振動数 ωおよび振動数ν

V (x) = k 2x

2, ω = 2πν =√ k

m

である。ただし、多原子分子の場合に座標と質量を設定する方法については、も う少し考察を要する。

式(8.13) より、振動の分配関数は qvib =

n=0

e−En/kBT = e−hν/2kBT

n=0

(e−hν/kBT)n

となる。最右辺の和の部分は初項1、公比 e−hν/kBT の等比級数であるか

ら、結局

qvib = e

−hν/2kBT

1 − e−hν/kBT

を得る。

補足 (8.4)により内部エネルギーへの振動運動の寄与を計算する。これには

β = 1/kBTとおいて

q = e

−βhν/2

1 − e−βhν と書き直してから、式(8.4)下の脚注のように、

U = −1q∂β∂q

(8)

を計算すればよい。結果は

Uvib= 2

1 + e−βhν 1 − e−βhν

となる。kBT ≫ hνであるような高温ではβhν ≪ 1なのでe−βhν ≃ 1 − βhν 近似できて、

U ≃ β1 = kBT (kBT ≫ hν)

となる。このように、高温において内部エネルギーへの分子振動の寄与は、振 動数(振動の種類)によらず温度エネルギーに等しくなる。これを「古典極限( 温極限)における等分配則」と呼ぶ。言い換えると、分子の内部振動には様々な 種類(振動数)があるが、

高温では全ての振動自由度に温度エネルギーkBT が等しく分配される。

逆に低温T → 0 (β → ∞)ではe−βhν → 0なのでU → hν/2となる。よって、 低温では振動励起状態n ≥ 1の分布は失なわれ、最低エネルギーのE0 = hν/2 のみが残る。(E0はゼロ点振動エネルギーと呼ばれる。)

自習課題 分子の回転運動の分配関数について調べよ。また、多くの場 合には電子エネルギーの分配関数は考えない。その理由を考察せよ。

8.5 平衡定数

分配関数の化学への応用例として、平衡定数との関係を見ておこう。例 えば分子の異性化などを表す簡単な化学平衡

A ⇀↽ B

を考える。平衡定数K は、濃度を [A], [B] として、K = [B]/[A] である。 適 当 に エ ネ ル ギ ー 原 点 を と り、A と B のエネルギー準位をまとめて Ei (i = 1, 2, · · · ) と書く。全分子数を N とすると、エネルギー Eiをも つ分子数niは、式(8.1) より

ni = N pi = N Q e

−Ei/kBT

(9)

8.5. 平衡定数 79

これをもとに、分子A の数を nA= N

Q

i∈A

e−Ei/kBT = N

QQA (8.14) と表す。i ∈ A は、Eiが分子A に属することを示す。第二の等号で A の分 配関数QAを定義した。分子B についても同様とする。これより直ちに、

K = nB nA

= QB QA

(8.15)

を得る。

ここで、式(8.3) のように、分子 A の Helmholtz エネルギー FAQA = e−FA/kBT で定義する。B についても同様とする。すると、

K = QB QA

= e−∆F/kBT (8.16)

となる。∆F は反応 Helmholtz エネルギー ∆F = FB− FAである。

補足 この式は、6.2節の式(6.7)と基本的に等価である。再掲しておくと、 K = e−∆G/RT ∆G= −RT ln K

GibbsエネルギーとHelmholtzエネルギーの違いは、定圧と定積のどちらで考え ているかによる。統計力学では、定積条件の方が微視的なモデルを設定し易い。

次に、分子A の最低エネルギー準位を E0Aと書いて、これを基準に測っ たエネルギーEi− E0Aを使うことにする。このとき式(8.14) は

nA = N Q e

−EA0/kBT i∈A

e−(Ei−E0A)/kBT = N Q e

−E0A/kBTQ˜

A (8.17)

と書き換えられる。第二の等号で、新たな分配関数Q˜Aを定義した。これ を「分子分配関数」と呼ぶことにする。B についても同様とする。この とき平衡定数は

K = Q˜BA

e−∆E0/kBT (8.18)

となる。∆E0は最低分子エネルギーの差∆E0 = E0B− E0Aである。 式(8.18) と (8.16) を比較すると、∆F と ∆E0の違いが分子分配関数の 比Q˜B/ ˜QA で表される。これは、エントロピーの寄与を含んでいる。

(10)

8.6 古典統計力学

物質の微視的な振舞い(構造と動力学) を支配する基本原理は量子論で ある。よって、前節までに述べたような、量子準位に立脚する統計力学 が基本的である。しかしながら、室温程度に高い温度における多くの化 学現象は、古典力学での記述が良い近似となる∗∗。特に、量子準位の決 定が現実的に困難であるような複雑さを持つ系では、古典論あるいは古 典極限の統計力学が便利である場合が多い。

8.6.1 古典論の分配関数

座標r、運動量 p の関数として古典的Hamilton 関数 H(p, r) が与えら れたとき、この系の古典的な正準分配関数は、

Q = 1 hf

· · ·

e−H(p,r)/kBTdp dr (8.19)

で定義される。f は自由度数、h は Planck 定数である。量子論の式 (8.2) と比べると、エネルギー準位Enの代りにHamilton 関数、状態に関する 和の代りに位相空間に関する積分(を hf で割ったもの) となっている。 注意 古典力学ではPlanck定数は現れないはずだが、次節で見るように、因子 1/hf を含めることで、理想気体について量子力学による分配関数と整合させる ことが出来る。また、この因子によって右辺の積分が無次元となる点も都合が よい。この因子に定性的意味付けをするならば、位相空間の分解能が自由度あ たりhよりも微細になり得ないことを反映していると解釈できる。量子論によ り座標と運動量の間には不確定性関係があるからである。

物理量A(p, r) の統計平均は、Boltzmann 因子を重みとする期待値の積

分として

⟨A⟩ = 1 Q

1 hf

· · ·

A(p, r)e−H(p,r)/kBTdp dr (8.20)

で計算される。Q が規格化因子となっているのは量子論の場合の式 (8.1) と同様である。

∗∗何故そうなるのかを探求することは、現代的な課題である。

(11)

8.6. 古典統計力学 81

補足 N 個の同種粒子を含む場合には、同種粒子の区別不可能性を反映させる

ために1/N !の因子を入れる。エントロピーを示量的にするにはこの因子が必要

となるが、ここでは省略する。

8.6.2 自由粒子の古典的分配関数

質量m の自由粒子の Hamilton 関数は H(p, r) = |p|

2

2m = 1 2m(p

2

x+ p2y + p2z

) (8.21)

この粒子は体積V の箱の中にあるとする。式 (8.19) における運動量 p に ついての積分は、各自由度について

−∞

e−p2/2mkBTdp =√2πmkBT

を与える。また、H が座標 r に依存しないので、r に関する積分は体積 を与える。

∫ dr =

∫ ∫ ∫

dx dy dz = V よって、式(8.19) は

Q =( 2πmkBT h2

)3/2

V (8.22)

となる。これは、箱の中の粒子の量子エネルギー準位から求めた式(8.10) と一致している。またこれにより、古典分配関数(8.19) に 1/hf の因子を 含めたのが妥当だったことが確認される。

参照

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