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「花粉は作りません」という生き方の研究

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Academic year: 2017

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「花粉は作りません」という生き方の研究

大学院農学研究院・大学院農学院 准教授

久保

友彦

と も ひ こ

(農学部応用生命科学科)

専門分野 : 遺伝学,分子生物学

研究のキーワード : 遺伝,育種,生殖,農業,ミトコンドリア

HP アドレス : http://www.agr.hokudai.ac.jp/ikushu/gelab/index.html

何が疑問なのですか?

一般的にイメージされる「お花」には、雄しべと雌しべが同居しています。雄しべと雌 しべは物理的に近接しているので、自分自身の花粉を使って種子をつくる(自家受精)に は大変都合が良いでしょう。ところが、被子植物種のおよそ75%には他人の花粉を使った 受精(他家受精)でできた子孫が認められるといわれています。中には、積極的に自家受 精を避ける仕組みがあるために、他家受精由来の子孫の割合が非常に高いものも少なくあ りません。極端な話、花粉を作らない仕組みがあると絶対に自家受精しません。自分には 花粉がなくても、花粉を作る仲間がいれば他家受精により種子ができます。このような自 分では花粉を作らず専ら他家受精により子孫を残す個体は、生物学的な視点からは機能的 雌とよばれています。私たちは、機能的雌がどのような発現制御を受けているのか不思議 に思い、研究を進めています。

どんな研究をしているのですか?

私たちの研究材料は、ビート(テンサイあ るいはサトウダイコンともいいます)です。 今から70年ほど前に、アメリカの育種家が ビートのなかに機能的雌がいることを発見し ました(図1)。その後、多くの研究者が、ど のような遺伝子がそろうと機能的雌が発現 するのかを明らかにしようと努力してきたの ですが、明確な結論が出ていませんでした。 私たちは、ビート育種家がこれまでに作り上げた系統を 調べ、機能的雌の形質発現に関わる遺伝子を明らかにし ようとしています。そうした遺伝子の一つは核ではなく ミトコンドリアにあるので、ミトコンドリアからDNA を抽出し、その塩基配列を丹念に調べるとともに、どの ようなタンパク質が翻訳されているか調べました(図2)。 その結果、機能的雌の発現に関わる遺伝子を発見するこ とができました。この遺伝子が翻訳されてできるタンパ ク質は、積極的にビートを雌にする働きがあるようです。

出身高校:北海道旭川東高校 最終学歴:北海道大学大学院農学研究科

生命進化/ミクロの世界/食料生産

図1 ビートの機能的雌(右)には花粉がない。左は雄し べが機能しているビートで、花粉が見える。

図2 実験室の風景

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話はここで終わりません。機能的雌に関わるミトコンドリアタンパク質は、核に特定の 遺伝子があると効果を発揮しないのです。これは自然界に備わっている仕組みの一つで、 ビートが雌ばかりになってしまうことを避ける意義があるのでしょう。私たちは、そうし た核遺伝子についても塩基配列を明らか にし、メカニズムの全体像を理解しよう としています(図3)。

私たちの研究は、育種に役立つと考え ています。世界の砂糖生産のおよそ三分 の一はビートが担っています。日本にも、 北海道の畑作地帯には広大なビート畑が あります。実は、畑で見るビート品種の ほぼ全てに機能的雌が利用されています。 すなわち、機能的雌個体に着く種子が必 ず雑種になることを利用して品種が作られているのです。そこで、「どのような遺伝子がそ ろうと機能的雌になるか」という研究を通じて、育種のお手伝いをしようとしています。 ところで、ビートの機能的雌の仕組みは一つではありません。ビートの原産地はヨーロッ パですが、ヨーロッパの野生ビートから原

因遺伝子の異なる機能的雌が見つかってい ます。さらに私たちは独自に遺伝資源を詳 しく調べ(図4)、ビートの中でも野菜とし て利用されている品種群の中から別な機能 的雌を発見しました。関与する遺伝子の塩 基配列に基づくと少なくとも5つの異なる 機構があるようです。実際にはもっとある かもしれません。現在も探索を続けていま す。

次に何を目指しますか?

なぜ、進化の過程でビートのミトコンドリアに、植物体を雌にする遺伝子が出現するの かはわかっていません。一説には、「ビートを雌にすることにより、利益を得るのはその遺 伝子自身」だそうです。すなわち、これらは利己的な遺伝子(ドーキンスの著書が有名で す)の一種である、というのです。一体全体、その利己的な遺伝子たちはどうやって花粉 形成を止めさせるのでしょうか。そもそも、ミトコンドリアと花粉形成にどのような関わ りがあるのでしょうか。さらに、ビートには機能的雌を促す機構が5つもあるのに、探し てみると各々の形質発現を打ち消す核遺伝子が必ず見つかるのです。あるいは、こうした 遺伝子の本来の生物学的な意義に誰も気がついていないだけかもしれません。ここには、 ビートだけではなく、植物に普遍な未知の原理が隠れているのではないかと期待していま す。

図3 機能的雌化を抑制する核遺伝子の翻訳産物が細胞内の どこにあるのか、赤色蛍光タンパク質を使って調べた。

図4 ビート遺伝資源について遺伝的な多様性を調べる。

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参照

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