• 検索結果がありません。

市長メッセージ 伊達市災害記録誌 福島県伊達市ホームページ

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2018

シェア "市長メッセージ 伊達市災害記録誌 福島県伊達市ホームページ"

Copied!
3
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

3年

3 記録

3 東日本大震災・原発事故 東日本大震災・原発事故 伊達市 記録

(2)

 平成23年3月11日のあの日、誰もがいつものように仕事や家事などの日常を過ご していた午後2時46分、突然激しい揺れが襲って来ました。地震国である日本に住 む私たちにとって、地震はそれほどびっくりすることではなく、まもなく終わるもの と思ったのですが、ますます揺れは激しくなるばかりで、建物がきしんで出す大き な音と共にロッカーからは書類などが飛び出し、立っていることも困難な状態とな りました。

 これが貞観時代以来、千年に一度といわれる巨大地震の始まりで、震度5強以上 の三つの強い地震が連続した長い揺れだったのです。

 私は昭和53年6月に発生した宮城沖地震を仙台で経験しましたので、揺れが収まっ た後、「これは相当に大きな地震だ。かなりの被害がある」との判断から直ちに災害 対策本部を設置し、まず被害状況の把握を指示しましたが、それが今も続く放射能 との長い戦いの始まりでした。

 この大地震によって、東日本太平洋側の長い海岸線全域にわたって巨大な津波が 押し寄せ、2万人もの人が亡くなる空前の災害となりました。そして、その津波によっ て、本県の浜通りにある東京電力福島第一原子力発電所が制御不能となって暴走し、 未曽有の放射能災害を引き起こすこととなったのです。

 第一原発が水素爆発を起こした映像をテレビで見つつも、当初、60㎞も離れた当 市は無関係と思っていたところ、10日余も経った3月23日、突然SPEEDI(スピーディ) が公表され、当市にも放射能が襲来していることを知らされました。知らぬことと はいえ、屋外で給水活動に当たるなどしていた消防団員や職員、そして市民は放射 能の中に在ったのです。

 放射能災害にどのように対処すべきか、国や県に聞いても適確な指示が得られな いもどかしさは、誰も経験したことのない事態であるため止むを得ない事であった のでしょう。しかし、この事態に、市長として市民の健康を守るために何か行動を 起こさなければとの思いから、「健康被害を避けるため、放射能対策は迅速であるべ き」との基本に立って、チェルノブイリの記録を読みつつ市単独ででも対策を急ぐ べきとの結論に至りました。そして、「完璧を期し難くても、必要だと思われること は取りあえずやってみる」の精神で、まず最初に、将来ある子どもたちを放射能か ら守ることが第一と、校庭の除染、ガラスバッジの着用、学校へのクーラーの取り 付けなど、議会の理解を得て「市長専決処分」により、思いつく限りの対策を実施 したのです。

発刊に当たって

伊達市長   

(3)

 それから今日まで、言わば手探りで取り組んできたというのが正直なところです。 この間、今は原子力規制委員会委員長となられた田中俊一先生が早い段階で当市に 来られ、除染について専門家の立場からの指導を頂き、そのご縁から、原子力学者 を含む多くのボランティアの皆さんが除染作業に、更には、それまでお付き合いの 無かった多くの自治体、団体や企業、個人の皆さんなどから、たくさんの救援物資、 子どもたちのサマーキャンプへの受け入れ、風評被害払拭キャンペーンへの協力な ど、いろいろのご支援をいただきました。

 あれから早いもので、3年が経過しました。

 まだ対策の渦中にはありますが、4年目を迎え、一山越えた感のあるこの時期に、 かつ試行錯誤しながら取り組んだものが記憶の彼方に消えないうちに、記録誌を作 成することとしたものです。災害対策は経験によるものが大きいことから、全く経 験したことの無い、正に未曽有の放射能災害に対して、我々がどのように考え行動 したかをつまびらかにしておくことは、後世への義務でもあると考えます。

 最後に改めて、災害時相互応援協定を締結させて頂いた8市町村を始め、本市に 対して温かいご支援をお寄せいただいた、すべての自治体、団体、企業、個人の皆様に、 そして、この災害の中で復旧復興に努力された市民各位に、心から感謝と敬意を表 したいと思います。

写真:「復興の灯」プロジェクト(平成25年3月10日)

参照

関連したドキュメント

○防災・減災対策 784,913 千円

○運転及び保守の業務のうち,自然災害や重大事故等にも適確に対処するため,あらかじめ,発

森林には、木材資源としてだけでなく、防災機能や水源かん養

防災 “災害を未然に防⽌し、災害が発⽣した場合における 被害の拡⼤を防ぎ、及び災害の復旧を図ることをい う”

歴史的にはニュージーランドの災害対応は自然災害から軍事目的のための Civil Defence 要素を含めたものに転換され、さらに自然災害対策に再度転換がなされるといった背景が

高崎市役所による『震災救護記録』には、震災 時に市役所、市民を挙げて救護活動を行った記録 が残されている。それによれば、2 日の午後 5

これまで、実態が把握できていなかった都内市街地における BVOC の放出実態を成分別 に推計し、 人為起源 VOC に対する BVOC

(コンセッション方式)の PFI/PPP での取り組 みを促している。農業分野では既に農業集落排水 施設(埼玉県加須市)に PFI 手法が採り入れら