このようにトリチルカチオンは古くから利用されている反応剤だが、キラルなトリアリ ールメチルカチオンを用いた不斉反応は Scheme 10-3 示したジベンゾスベラン骨格を持つ カチオンによる2反応が報告されているのみである80。しかもエナンチオ選択性はどちらも 中程度にとどまっている。
筆者はこれまでの研究の中でヒドロキシ基やアセテートの脱離を促進するのにトリチル カチオン触媒を利用し、その触媒及び反応剤としての有用性を再認識した。そこで筆者は トリアリールメチルカチオンの有機触媒としての価値を高めるべく、新規のキラルなトリ アリールメチルカチオン触媒の開発を目指すこととした。
- 72 - Scheme 10-3. Chiral triarylmethyl cation-mediated reactions
第十一章 新規のキラルトリアリールメチルカチオン触媒の開発研究
最初のターゲットとして、Figure 11-1左側に示すような容易に入手可能な(S)-BINOLの軸 不斉を利用した触媒を設計した。まず、15 員環エーテルを生成する環化反応の条件を定め るため、Rに置換基を持たないカチオン26の合成を検討することとした。
Figure 11-1. Catalyst design
イソフタルアルデヒドから2ステップで合成したアルデヒド27と3-ブロモベンズアルデ ヒドから3ステップで調製したGrignard試薬28とを反応させ、生じた2級アルコールの酸 化、シリル基の脱保護によりアルコール体 31 を得た。このアルコール体を無保護の
(S)-BINOLと光延反応の条件に付したところ、モノエーテル32が効率よく得られてきた。
続いて MOM 基を落とし、同様に光延反応にて環化を試みたが、目的物は低収率にとどま った(Scheme 11-1)。そこで化合物33の一級ヒドロキシ基をブロモ基に変換しSN2反応によ り15員環エーテルが効率よく得られないか検討を行うこととした。
- 73 - Scheme 11-1. Synthesis of cyclization precursor 34
その結果、希釈条件下、塩基として炭酸カリウム、溶媒としてDMFを用いた場合に、48%
と中程度の収率ではあるが、環化体35が主生成物として得られてきた(Scheme 11-2)。この 時、環状ダイマーが20%(原料の40%)程度副生した。溶媒としてDMFの代わりにアセト ンまたはアセトニトリルを用いた場合には、環化体35に比べ環状ダイマーの方が多く生成 する結果となった。また、ブロモ基をより脱離能の高いヨード基に変えても収率は改善さ れなかった。続いて得られたケトンをカルビノール36とし、無水酢酸中、過塩素酸を作用 させることで、キラルなトリアリールメチルカチオンを合成した。この 36 から 26を合成 する反応は二回行ったが、一回目は過塩素酸を加える前から 0 ℃に冷やし、反応後得られ た固体をエーテルで洗浄する操作は室温で行っていた。その結果得られたのは、茶色の固 体であり、有機溶媒に溶けない不純物を含んでいるようであった。トリチルカチオンを合 成している過去の論文を調べたところ81、初めから低い温度にすると生成したカチオンと原 料のカルビノールとが共結晶を形成する可能性があること、TrClO4は室温で長時間放置す Scheme 11-2. Synthesis of catalyst 26
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ると 9-フェニルフルオレンになる(黄色から暗い赤紫色になる)ことが分かった。そこで
二回目の合成では、過塩素酸を加え終わるまでは反応容器を水道水に浸け、その後は洗浄・
乾燥が終わるまでずっと 0 ℃に保った。その結果、不溶性の不純物を含まない黄緑色の固 体が得られた。
合成したカチオン 26 を向山アルドール反応に用いてみたがエナンチオ選択性は誘起さ れなかった(Scheme 11-3)。シリルエノールエーテルやアリルシランなどを求核剤として用い る反応では系中でトリアルキルシリルカチオンが生成するが、このカチオンもLewis酸触媒 として機能するため、トリチルカチオンの再生やトリチルカチオンが触媒する反応が遅い 場合には、エナンチオ選択性の低下を招くとされている 80a。またシリルエノールエーテル とトリアリールメチルカチオンとが反応した化合物が生成し、触媒が徐々に消費されるこ とも問題である。そこでシリルカチオンを生成しないアルキルエノールエーテルを求核剤 として用いたアセタールへの付加反応を検討した。反応は効率的に進行したものの、この 場合にもエナンチオ選択性は発現しなかった。