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   From his youth, Gyoshin was interested in flowers and he considered  them his best friends. It could not be said, however, that he loved any  and all flowers. According to Gyoshin, having no likes or dislikes was to  lack the power of discernment. In such a condition, the world of beauty  would never have come into existence.

   Gyoshin never used the term "ikebana" (flower arranging), but rather  referred to "rikka" (a standing arrangement of flowers) or "kagei" 

(flower arts). He considered dignity and space to be of great  importance, which he is said to have learned from the Soami Seiryu  School of flower arranging. According to this school of thought, "The art  of flower arranging is not an occupation. If it becomes an occupation,  then vulgarity will be introduced into it."

   Gyoshin's dream was to build a flower enclosure. He constructed a 30  cm earthen bank in which he planted Japanese bush clover (hagi) and  Japanese roses (yamabuki). In the spring, he loved to see yamabuki  blooming in the mountains where he walked and in the fall, he loved the  bush clover and the harvest moon. He said, "Nature without flowers is  like a beautiful woman without eyes. In this world, flowers are most 

precious and nothing can take their place. I could not exist without loving  flowers very, very deeply.

   Even now, seasonal wild flowers continue to thrive at Basho.

(Translated from Kiryu no Hito to Kokoro, published by the Kiryu City  Board of Education, 2003)

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“Ema-Do”

“Ki Shin An”

日常に 浄福の小宇宙 を作った偉才 こ い け ぎ ょ し ん

小池魚心(1907〜1982)

無限の空間を創出する「異国い こ くちょうさい調 菜−ばしょう芭蕉」

糸や通りと呼ばれる本町の西裏通りを歩くと、こんもりと木々の繁った一角が目 にとまります。早春を告げる赤いつばき椿 、夏は無窮花が咲き、屋根を覆うけやきの若 木の枝は、季節を映しています。入口は脇道にあります。夕べともなれば灯りのは いる、小屋根つきの看板に「異国調菜−芭蕉」とほれぼれする書を見つめさせられ ます。「花がふってくるとおもう、一つ花をください、持って遊ぶんです」と八木

じゅうきち

重 吉の詩が書かれ、椿の花の絵があしらわれた暖簾がでていれば、お見世(店との れ ん いわずこう書きました)は営業しています。全部は開かない引き戸をあけて中に入 ると、そこはもう別世界。「芭蕉」の見世です。

ここを「狂気の純心が創作した空間」と呼んだ人がいます。難しい表現ですが、

この見世と真剣に向き合うと、少しずつ判ってきます。「異国調菜」と名乗る「芭 蕉」は、レストランです。この店の看板料理、カリーコースを注文しましょう。ま ず出されるのは、よく冷えたサラダと暖かいスープです。器はさりげない物ながら、

手作りのぬくもりに満ちています。サラダ皿は、たっぷりとした楕円の手びねりで、

縁にはさわやかな呉須の青が引かれています。スープは「ろくろ」でひかれた平た い木皿の上に、小さな耳つきの厚手の器に入れて置かれ、ほど良い温かさが保たれ ています。前菜に椎茸料理を頼んだとします。三種類のそれぞれは、ふさわしい皿 に盛られて出されます。主菜のカリ−はもちろんのこと、この店ならではの深い味 わいを楽しむコーヒーのカップも、すべて魚心創作の器です。デザートの皿には季 節の葉がさりげなく添えられています。なんでもない普通のこと、といってしまえ ばそのとおりでしょう。さりげないもてなしがこの店の真情なのです。お料理の味 は無論、それをひきたてるすべてを、大切にすること。ここには、愛に満ちた心配 りの時間の凝縮があるのです。

芭蕉の見世空間は、一点たりとも同じ視線でとらえることはできません。一つと して同じテーブルはなく、灯りも、人を呼ぶために置かれた鳴り物の音色もことな ります。「芭蕉」という見世の限られたスペースに、無限の空間を感ずることがで きます。こまかい所すべてに小池魚心の気が配られています。

花のこころ から生まれる卓越した書の数々、小池魚心の書は、すべて実用の 書といえます。

異国調菜芭蕉の見世のあんどん行灯看板、中にある部屋や席の表札、いろいろな案内、注 意書き。これらは筆書きですが、紙に直接のものは少なく、ほとんどは小絵馬(ち いさな木で作られた、神社や寺に収める額)に書かれていました。

初めのころは、メニューも毎日筆で書いていました。

箸袋は、二ヶ月ごとに芭蕉の句が選ばれ、俳画もそえられています。

メニューも、箸袋も、魚心のデザインで、原画(絵も書も一体でした)そのまま の味わいを生かすため、紙質も、色合いも、選びぬかれて見事です。

商 業 美 術 と 魚 心 が 呼 ん だ 作 品 群 の 中 核 を な す の は 、 書 で し た 。 魚 心 の 染 色

ちゅうせん注 染)された書も忘れられません。多くの手ぬぐい、風呂敷、のれん、ポスタ

ー、浴衣などがあります。岩宿遺跡発見者の相沢忠洋も、魚心の書で染められた手 ぬぐいを部屋に貼り、心を励ましておりました。絶筆はクレヨンでした。

「こころ・花に・あらずんば・人に非ず」俳人芭蕉の語った言葉は、「心花にあ らざれば・鳥獣に類す」とされています。

昭和56年(1981)の暮れ、「アンダーサーティー・オーバーサーティー」

という展覧会が桐生市文化センターで開催され、小池魚心は、数点の染物を出品し ました。それぞれの作家が作品の脇に、座右の言葉を書くことになり、小池魚心は このクレヨンの書を出したのです。心を「こころ」とひらがなにし、あらざれば、

を「あらずんば」とし、鳥獣に類す、にいたっては「人に非ず」と断じているので す。小池魚心には、多くの造語、的確な簡略文の創出があります。すべてが日頃の 心の底に蓄えておいて反芻のすえ、生み出されたものでしょう。魚心の心を捕らえ た文章は、魚心の言葉として再生し、書としての表現に達します。それを、一度冷 やし、再び三度の鍛錬の後、私達の前にやさしく示してくれるのです。

 気先き 梨にかぶりつく心 大木を切り倒す心 つばもと鍔元へきり込め

 厳しい言葉です。魚心は、この四行を選び、書とし、版木に起こし、は ん ぎ 摺りあげま した。出展は「三冊子」という俳論集です。服部どぼう

土 芳 という弟子が、芭蕉の死後 10年をかけてまとめた三冊です。ここには俳句を志す人への心得が語られていま す。

 気先き(刃物の先、鋭い気合が心に満ちている)

 梨にかぶりつく心。これはわかるでしょう。

 鍔元へきり込め(相手の、対象の中心へまっしぐらに向う)

 俳聖といわれる芭蕉が、弟子達に語ったとされることを、忠実に、体系的に伝え ようと書かれた三冊の俳論集を、ただの四行にまとめたものです。

 版とされた書は沢山あります。ジャン・コクトーや、高村光太郎、八木重吉、朝 鮮の詩など、多くの書は、版に起こされ、紙に摺られ、布に染められました。注染 と呼ばれる技法で染めた手ぬぐい、浴衣、のれん、風呂敷などはこれだけで展覧会 ができます。忘れがたいものに、刺繍された書があります。デヴィッド・ボウイと いう歌手がはじめて日本に来たとき、彼のまとったガウンの背いっぱいに、魚心の 書が踊っていました。人間国宝・きりたけもん桐竹紋じゅうろう十 郎じょう丈 の人形還暦を祝う赤いちゃんちゃ

んに、錦糸で総刺繍された魚心の書もみごとでした。この話は、瀬戸内せ と う ちじゃくちょう寂 聴 の小 説にあります。ポスター、本の装丁、挿絵、包装紙、マッチのラベル、表装。魚心 の書は、あらゆる分野にわたりました。用途によってはローマ字を筆書きし、組み 合わせ文字を試み、人にも勧めました。魚心の書は、すべて用に求められての書で した。書は人なり、と言い続けた小池魚心に軸装された書はありません。

茶をよみ、極める

 小池魚心は日常が大切と信じ、非凡な毎日を生きた人です。日常とは、ふだんの こと、ありふれたこと、たいした問題ではないことです。日常茶飯事といわれるよ うに、毎日飲む茶や食事のことなど、とりたてて話題にもなりません。小池魚心に とっては、その日常日々が大事であり、かけがえのない命を刻む時間でした。なに よりも茶を愛していました。異国調菜「芭蕉」は、小池魚心創作の見世空間です。

そのほぼ中心に小さな部屋があります。にじり口の引き戸のうえに小絵馬がかけら

れ、しゃせんどう煮泉洞と墨書され、その右側に「茶をよむところ」、左側に「しゃせんどう」

とふりがなされ、脇下に小さく、「魚心私室」と記されています。「茶をよむ」この

「よむ」には、深い意味がこめられていました。私達は、文章を読むぐらいに思い がちですが、「よむ」という大和言葉には、数をかぞえること、詩や歌をつくりこ と、意味や内容を理解すること、隠された物事を探り出すこと、予測を立てること、

夢みること、想像を育むことなどまでが含まれていたのです。

 煮泉洞は、特異な茶室であり、客間でもありました。主人小池魚心のすべてがこ の空間に込められているのです。

 桐生を訪れ、異国調菜芭蕉を知り、煮泉洞に招かれ、魚心の茶をいただき、話を 交わした人は生涯忘れることのない感動に包まれました。人それぞれ持ち帰る思い は別でしょうが、煮泉洞で「よん」だ魚心の茶の心を忘れることはありません。老 若男女をとわず、海外からの来訪者もありました。煮泉洞に来て、日本の心をはじ めて知りました、と語る北欧の人に、魚心も心を開き、語り尽くすことのできない 時間が、煮泉洞の狭い空間を満たし、清茶の喜びに浸るのでした。茶を「よむ」と ころで魚心は語りました。「普通の人は、お茶を飲むものと心得ていますが、それ は間違いです」

 「今のお茶は、煎じて出して飲むのではなく、浸して出すのだが、煎茶と呼ぶに はあたらず、日本の玉露や上質の葉茶には、清茶の名がふさわしい」

 煮泉洞には、各地から選りすぐりの清茶が集められ、宇治やうれしの嬉野、八女などとと もに、桐生の梅田茶も好まれていました。小池魚心にとっての春の天候の具合は、

その年の茶葉の出来不出来の心配でした。清茶のほかに、紅茶、中国茶もまた、こ とのほか愛しておりました。

 「病人でもないのに番茶を飲んだり、下級茶を用いているのは、私には理解でき ない」

 「茶の味わいは深い愛によってのみうまれる」

 「茶はコーヒーとともに、人生慰安の芸術品であらねばならない」

 コーヒーも熱愛していました。

 「コーヒーの味は気難しい」

 「清茶、紅茶は超特急品の新しいものを選び、心を込めてたてれば、それでもよ いのだが、コーヒーの場合はいくら上質の豆を手に入れても、焙煎に当を得なけれ ばまったく意味をなさない。

 「よいコーヒーは澄み切っています、また1週間置いても、少しも濁らず、味も 変わりません」

 「外出の折には、かならず(清)茶のセットと魔法瓶を持参し、よそではコーヒ ーや紅茶の類を飲まない」

 「清茶は、清楚な美女であり、コーヒーは濃艶な麗人と思う。よいコーヒーと清 茶は人生慰安の最高芸術である」

 小池魚心は日常の大半を自身の心血を注いで創作した異国調菜「芭蕉」の見世空 間の核である煮泉洞に座り、茶を「よん」でいました。これが魚心の非凡なる日常 でした。

花を愛で自然に同化

 小池魚心は、幼い頃から花に深い関心をもち、花が第一の友だったそうです。た だ、花なら何でも好きということではありません。好き嫌いがないということは、

選択能力のかけていることで、そこに美の世界は成立しないといいました。生け花 といわず、「立華・花芸」と言い、大切なのは気品と余白であり、それは、そう相あみ

せいりゅう 阿弥

正 流の家元から学んだそうで、家元の家訓が「花芸を職業としない」とされてい て、「すべて芸術を職業とすれば、必ずそこに賎しさが出る」と諭されたそうです。

魚心の夢に花垣つくりがありました。尺余(およそ30cm)の盛り土を巡らし、

萩と山吹を植えるのです。春の山道を歩いてやまぶき山吹を愛で、秋ははぎ萩と月でした。魚心 はいいます。

 「花のない自然は目のない美女のようなものである。花はこの世で最も高貴な存 在であり、代用する何ものもない。深く、深く、心から花を愛さずにはいられない 私である」

 芭蕉の見世にはいまも季節の野の花が活きています。

【桐生の人と心】(桐生市教育委員会発行)より

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