第 4 章 電子格子行列要素 35
4.2 Jiang らの計算結果との比較
4.2.4 intra-valley と inter-valley 散乱における電子格子行列要素
これまではΓ点における電子格行列要素だけを見たが,ラマン散乱を考察するには,大 きな波数を持ったフォノンによる電子格子行列要素についても調べる必要がある.電子の散 乱はΓ点付近のフォノンによるintra-valley散乱とK点付近のフォノンによるinter-valley 散乱に分類される.フォノン分散と電子構造から,二つの散乱過程によってあらわれるラ マン散乱バンドも異なる.共鳴ラマン散乱バンド,二重共鳴ラマン散乱バンドの成り立ち は,本節で述べる電子格子行列要素が理解の一端になる.
図4.13は(6,0)から(26,26)までのSWNTについての電子格子行列要素である.各SWNT のEiiの伝導バンドからのフォノンによる可能な電子の散乱を調べ,フォノンのエネルギー に対して電子格子行列要素を図示している.各点があるSWNTにおける電子の一つの散 乱過程を示している.S1が半導体I,S2が半導体II,Mが金属であり,左側がinter-valley 散乱,右側がintra-valley散乱である.
0 0.4 0.8
Inter
0 0.4 0.8
Intra
0 0.4
|g| [eV]
0 0.4
0 500 1000 1500
0 0.4
0 500 1000 1500 0
0.4
Raman shift [cm-1] SI
SII
M M SII SI
図 4.13: SWNTのEiiがあるカッティングラインからのフォノンによる電子の散乱を考え
たときの電子格子行列要素とフォノンのエネルギーの関係.S1は半導体I,S2は半導体II,
Mは金属ナノチューブである.左側がinter-valley散乱,右側がintra-valley散乱である.
共鳴ラマン散乱に関係する電子格子行列要素から見る.図4.13の赤点がLOモードの フォノン,青点がiTOモードのフォノンによる散乱である.共鳴ラマン散乱ではLOと iTOフォノンはG-bandを形成する.前節で見たようにLOとiTOモードのフォノンによ る電子格子行列要素の値がSWNTによって異なるため,G-bandがLOモードのフォノン によるG+,iTOモードのフォノンによるG−に分離する原因となっている.茶色の点は oTOモードのフォノンである.灰色,緑色,橙色はoTA,iTA,LAモードのフォノンで ある.音響フォノンの電子格子行列要素がフォノンのエネルギーが小さくなるにつれ0に 近づくのが読み取れる.音響フォノンで共鳴ラマン散乱にあらわれるのはRBMである.
図4.13で言うと100から400cm−1の領域にある点に対応する.
二重共鳴ラマン散乱において寄与するのは図4.13の電子格子行列要素の積である. intra-valley散乱では,LOとiTOモードのフォノンはその倍音モードでD′-bandを形成するが,
LOとiTOモードのフォノンには分散が無いため,D′-bandにも分散が無いことが予想さ れる.また,他の二重共鳴ラマン散乱バンドに比べて強度が強いと考えられる.橙色の点 がLAモードのフォノンである.iTOとLAによる結合モードであるiTOLAは1,800か ら2,000cm−1に分散を持つが,これは図4.13でLAに大きな分散があることから理解で きる.700から1,100cm−1に観測されるIFMsはoTOと音響フォノンの結合モードと考え られる.図4.13からoTOモードのフォノンが900cm−1,音響フォノンは低エネルギー領 域に広い分散を持つことが分かる.さらに音響フォノンによる電子格子行列要素は小さい ため,他の二重共鳴ラマン散乱バンドと比較してもIFMsの強度は小さい.
inter-valley散乱においては,iTOモードのフォノンはその倍音モードでG′-bandを形 成する.G′-bandは実験結果から分散を持つことが知られている.図4.13においてiTO モードのフォノンの分散が小さいのはグラファイトと同様にK点付近のKohn異常の情 報が含まれていないためである.2,450cm−1付近にあらわれる二重共鳴ラマン散乱バンド はLOモードのフォノンによる倍音モードである.