100(%)
N=47 N=62 N=57
O 5 0
Stn.16
Stn.50
の差は2.0倍以下であった(Fig.11‑6, Fig. 11‑7)0 1992年2月25日のStn.10ではノープリウ スの分類群組成に鈴直的な差がみられ,旦並旦豆属は水深30‑40m層で(Fig.11‑7),
Paracalanus属は水深20‑40m層で, Oncaea属は水深ト10m層で分布密度が高かった。
これらの結果から,ノープリウスは鉛直混合が進んだ冬季の湾内では,湾口部に比 べると分布密度の鉛直的な差は小さいものと考えられる。また湾口部ではノープリウ スは密度躍層に集中し表層を覆う津軽暖流水にはノープリウスは少ないものと考え られる。このような躍眉の有無によるノープリウスの鉛直分布密度の違いは Inczeet a .l(1996)1こよっても観察されており,ある程度一般的なものと考えられる。
1991年2月にはCentropages属ノープリウスの割合が高く(46‑72%,Fig. 11‑8),分類群 組成の水平的な違いは有意ではあったが(P=0.014),1992年2月(P=7.7・10‑34)に比べ るとその差は小さかった。 1992年は1月, 2月ともに主として旦並旦豆属ノープリウスが 優占した(30‑85%,Fig. 11‑9, Fig. 11‑10)。また,水深15m層におけるかいあし類ノープリ ウ ス の 分 布 密 度 の 変 動 係 数(CV%)は, 1991年 に 比 べ て1992年は大きかった
(T able 11‑2)。このような違いはおそらく津軽暖流水(TWC)の陸奥湾への流入量の差を 反映した結果と考えられる。♀ abdominalisとPseudocalanus属のコペポダイトは,秋季 の陸奥湾には出現しない(永峰ら, 1981)。北海道沖合の太平洋においてP. newmani
と巳旦也旦笠は10月にそれぞれ50m以深と200m以深に分布する(山口・志賀, 1997)。 陸奥湾に冬季に出現するPseudocalanus属コペポダイトは湾外から輸送され, 1992年
2月は1991年2月よりも分布密度が高かった(Fig.11‑11)0 Pseudocalanus属(Corkett and McLaren, 1978)や旦血盟主属はメス成体が卵を抱えて運ぶため,ノープリウスは 普通成体とともに出現するが,全 abdominalisは成体が出現しなくても湾内海底上に 分布する休眠卵からノープリウスが瞬化する(Kasahara
旦i!h
1975)0 C. ~bdominalis のコペポダイトは1991年2月には分布密度が高かったが, 1992年は低かった(Fig. 11ー11,T able 11‑2)。つまり1991年は湾外と湾内の水塊交替量が少なかったため に内湾を起源とするCentropages属ノープリウスが卓越し, 1992年は交替量が多かっ
σ
トムコ
Table Iト2.卜Iydrographicconditions. abundance and taxa of nauplii measuring 67.5‑195μm in prosome width as prey for Pacific cod post‑Iarvae. and Oalanoid copepodites in Mutsu Bay in February 1991 and in January and February 1992. Numerals show minimum‑median‑maximum values. respectively
Hydrographic Salinity (PSU) conditions at 10m T emperature (00) and 15m depth Sigma‑t (kg'm‑3)
Nauplii at 10m Concentration of suitable and 15m depth size (67.5‑195μm PW) as prey for Pacific cod larvae C
inds.,[l) CV%
Order of dominance
(high to low) 2 3 4 Oalanoid Copepodites Density (10.000 inds.' m‑2)
CV覧
Order of dominance
(high to low) 2 3 4
26‑27 Feb. 1991 9 Jan. 1992 29 Jan. 1992 25‑26 Feb. 1992 Inner pa比ofthe bay Inner pa比of Inner part of Inner part of the bay
Bay mouth 33.87‑33.91‑33.93
7.1‑8.5‑8.6 (West & East Bay) the bay the bav (West & East Bay)
33.18‑33.34‑33.42 33.64‑33.78‑33.89 4.2‑5.0‑5.9
26.29‑26.32‑26.35
17.8‑22.4‑26.8
13施
Centrooae:es 旦血盟皇 Paracalanus
企盟国呈 1.0‑3.1‑7.4
48児
Gentrooae:es Paracalanus
全盟出皇 Pseudocalanus
7.4‑9.0‑10.1
11.5‑14.7‑22.9
27%
Oithona Paracalanus
Acartia Oncaea
6.9‑8.6‑10.0 4.5‑5.6‑7.7
26.44‑26.62‑26.68 26.34‑26.35‑26.51
8.8‑13.3‑18.7 21.2‑32.8‑44.0 6.2‑7.4‑15.2
28% 27% 46%
Oithona 旦出血.5! 0出盟盆 Paracalanus Gentrooa:ees Paracalanus
Oncaea paracalanus Pseudocalanus Centropages A旦出.5! Q虫 謹 呈
1.0‑1.6‑3.5 0.23‑0.74‑1.4
41% 67%
Paracalanus Pseudocalanus Acartia Paracalanus centrooae:es Acartia Pseudocalanus Metridia
かったものと考えられる。ところで、Oithona属のコペポダイト1期から5期まで(C1一C5)は 種レベルで同定できないため,冬季湾内に出現する旦血盟主属のノープリウスの起源 が秋季に湾内に分布する成体か,湾外に分布する種であるのか不明である。ただし 1992年2月の東湾Stn.50では色豆出!註の占める個体数割合が他の地点よりも高く (Fig. 11‑12),この時期の東湾ではよく発達した油球を持つ旦生旦豆属のノープリウスが O. similisのメス成体とともに出現していた。これらの結果より, 1992年2月に東湾でみ られた旦並盟主属ノープリウスの高い分布密度は,主に色豆出Ii呈!こよって支えられて いたものと推察される。
1991年2月には,湾口部での海況データが得られていないが,湾内の水温と海水 密度の水平勾配は1992年よりも緩慢であった(Fig.11‑3)0 1991年3月11日と1992年2月 29日の日本海の1地点(41000'N,140000'E)における海面から100m水深まで、の平均水 温および塩分値はそれぞれ, 9.30Cと33.81PSU, 9.20Cと33.87PSUであった(青森県 水産試験場, 1995a; 1995b)。水温を1.10C低下させてから求めたσtの値は, 1991年が 26.31 kg‑m
六
1992年が26.37kg・m‑3で、あり,両年の聞で、σtの値に大きな差はみられ ない(Fig.11‑13)。湾内における水深15m層の平均海水密度は1991年が2"6.32kg・m六
1992年が26.62kg・m‑3であり(Table 11‑2),鉛直的にほぼ均質の水塊であった。これら の値からも1992年は水平的に広がったフロントが津軽暖流水と湾内水の聞に生じ,
密度流によって大量の水塊が交換されたものと考えられる。しかし1991年は,これら2 水塊聞の海水密度の差は小さく, 1992年に比べてあまり水塊の交替が進まなかった ことを裏付けているものと考えられる。 1991年2月の湾内にみられた低密度水は,前 年1990年秋季の多量の降水量に起因する淡水の流入があったため生じたものと考 えられる(Fig.11‑14,青森市における9月から12月の全降水量, 1990年:669mm ; 1991 年:390mm,気象庁, 1973‑1997)。以上のように陸奥湾における冬季のかいあし類 ノープリウスの分類群組成は,地域的な気象条件に起因する海洋構造の年変動に よって変化するものと結論付けられる。
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F e b . 1 9 9 2
Fig. 11‑13. Diagram of oceanographic structure in Mutsu Bay and offshore waters in Tsugaru Strait during 26‑27 February 1991 and 25‑26 February 1992.
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