山下俊英 遠山正彌(大阪大学未来医療開発専攻ポストゲノム疾患解析講座)
【要約】 成人の中枢神経が再生しない理由のひとつとして、いったん損傷された軸索 がふたたび伸展しないことが古くから知られている。現在までに軸索伸展を正や負に制 御する因子が数多く報告されており、それらの受容体もみつかっている。さらに、神経 細胞の軸索誘導をつかさどる共通の細胞内シグナルとしてsmall GT Pase が重要な役 割を果たしていることが明らかになりつつあり、軸索再生治療のターゲットとして注目 されている。
損傷された神経軸索は再生しない
古来より中枢神経は再生しないといわれてきた。脳や脊髄など中枢神経が外傷や出 血・梗塞により損傷を受けて神経障害が出現すれば、通常治癒しない。その理由のひと つとして、成人の中枢神経では十分な神経新生が起こらず、損傷された組織を修復する 力が不十分であることがあげられる。これに対しては神経細胞を移植する可能性、また 内因性の幹細胞を修復に役立てる可能性があり、急速な研究の進歩により再生医学に明 るい光を投げかけている。ところが、もうひとつの重要な理由として、中枢神経では細 胞が生存していたとしても軸索が再生しないことがあげられる。脊髄損傷のように軸索 が損傷された場合、細胞自体が生き残るような状態であっても、やはり治癒しないので ある。
哺乳類の中枢神経ではいったんその軸索が切断されると、もはや再生しないというこ とは、実は古くから知られていた。1911年にTellは損傷された中枢神経の周囲の環境 を末梢神経組織と置換することで軸索が再生することを見出した。さらに、1928 年に
Cajalは、一度切断されて再生しかけた後根神経が脊髄内に軸索を侵入させることがで
きないことを指摘した。これらの事実から、中枢神経細胞を取り巻く環境が再生に適し ていないことが示唆された。それ以来長らくこの分野の研究に大きな進展はなかったが、
1980年代になってAguayoらは、損傷による欠損部を末梢神経の周囲組織で架橋する ことにより、損傷された神経が再生することを示した。末梢神経を取り巻いている
Schwann 細胞が、成長を促進する因子を神経細胞に提示しているのではないかと考え
られた。一方、Schwabらは、中枢のミエリンに軸索の伸展を阻害する物質が存在する ことを見出し、中枢性ミエリンに対する抗体IN-1がこのミエリンの作用を中和するこ とを見出した。この抗体を脊髄損傷させたラットに投与すると、軸索の伸長が長い距離 にわたってみられ、神経症状も改善した。
軸索再生阻害物質
最近になってこの抗体 IN-1 が認識する神経再生阻害物質が同定されて、Nogo と名 づけられ、さらにその受容体も同定された。Nogo以外にも、ここ数年でミエリンある いはグリア細胞よりmyelin associated glycoprotein、プロテオグリカンなど複数の物 質が再生阻害物質として報告されている
(表1:略)。
さらに、未報告ながらきわめて強力な突起伸展抑制作用をもった物質も存在するよう である(http://www.migragen.de)。これらの事実より、中枢神経では軸索伸展を阻害 する複数の物質が協調的に再生防御へと働いていることが示唆される。また、このよう な環境因のみならず、中枢神経は末梢神経に比べて再生する能力が低いことも指摘され ている。
軸索誘導の分子メカニズム
これらの軸索伸展阻害物質の同定、またその分子レベルでのメカニズムの解明がつぎ の課題である。その前に、神経細胞の軸索伸展がもっとも顕著である発生期における軸 索誘導の分子メカニズムを理解することが、成熟神経細胞の再生を考えるために有効で あると思われる。
神経突起の先端には成長円錐があり、それが周囲の物質に反応しながら伸びている方 向を決めている。この物質は誘導因子と反発因子に分けられ、軸索は誘導因子に引き寄 せられ、また反発因子から逃げていく。
すなわち、軸索誘導が適切に行われるためには誘導あるいは反発因子の適切な配置と、
それに対する神経細胞の受容体が必要である。これまでに数多くの誘導因子とそれに対 する反発因子がみつかり、それらの因子による神経細胞内でのシグナル伝達機構が明ら かになりつつある。
とくに反発因子として slit、ephrin、semaphorin などの分子がある。slit に対して は、Robo受容体、ephrinにはEph受容体、semaphorinにはplexinが対応しており、
発生期での複雑な軸索の走行を制御している。
では、これらの分子はどのようなシグナルを神経細胞に送っているのであろうか。
Robo Rho GTPase activating protei small
GTPaseであるcdc42の活性を制御している。EphAのシグナルを形成する因子として クローニングされた新規の蛋白 ephexin は、Rho を活性化に導く Rho guanine nucleotide exchange factorであることが証明された。
また、plexinにはRhoとRacが直接結合し、それらの活性が制御されている。さら に、グリア細胞から分泌されるTNFがその受容体を介してRhoを活性化し、神経突起 の伸展を阻害していることを著者らは報告した。
一方、ニューロトロフィンは、発生期に神経細胞の生存や突起伸展、シナプス形成な ど幅広い作用を有していることが知られているが、この受容体である p75 はリガンド 依存性に Rho の活性を抑制することで軸索伸展を促進しており、ノックアウトマウス では軸索成長が有意に遅れていることを著者らは示した。
興味深いことにplexinとp75はsmall GTPaseと直接付着し、活性制御を行ってい る。以上、これら複数の受容体に関する知見から、発生期では軸索誘導にsmall GTPase が深く関与していることがわかる。
さて、それでは発生期を終了し、成熟した神経細胞ではどうであろうか。MAGは成 熟神経細胞の突起の伸展を阻害していることがin vitroの系で証明されている。この作 用はPhoを不活性化するC3の投与により失われるため、Rhoの活性化がMAGの作用 のために必要であることがわかる。
MAGの受容体はまだ報告されていないが、著者らはp75が神経細胞内にシグナルを 伝える因子として働いていることを最近見出した。MAGはニューロトロフィンとは逆 のシグナルをp75を介して伝えているようである。
しかし、MAGはつねに神経突起伸展抑制物質として働くわけではない。幼若な後根 神経節神経細胞や網膜神経細胞では抑制効果がないことが知られている。この抑制効果 の有無は神経細胞内の cAMP 濃度に依存しており、幼若神経と成熟神経の反応性の違 いを反映している。
下流のシグナルがわかっていないほかの突起伸展抑制物質についても発生期の軸索 誘導受容体が共通の細胞内シグナルを操っていることを考慮すれば、すくなくとも複数 存在する再生阻害物質の作用は Rho によって引き起こされている可能性があり、これ らのメカニズムの解明が当面の興味深い課題である。
神経軸索再生をめざして
再生阻害作用の中和に関しては、さきにあげた
IN-1、PROGO(http://www.migragen.de)などの複数の薬剤が候補にあがっている。
また、活性化マクロファージが脊髄損傷後の神経症状を改善することが明らかとなり、
これを用いた治療がイスラエルではじまっている。
しかし、軸索伸展を促すだけで、あらゆる中枢神経障害が機能的に再生するとは予測 しにくい。発生の段階で軸索はきわめて繊細な制御を受けながら進むべき道をたどって いることを考えれば、問題はそれほど簡単ではないであろう。
たとえば、Rhoの活性を強制的に阻害することで神経細胞は突起を伸展させることが できるが、この場合、すくなくともin vitroでは突起は抑制を失ってさまざまな方向に 自由に伸びていく。したがって、解決すべき問題として大人の神経軸索誘導のメカニズ ムを明らかにし、進むべき道をたどるための治療法の開発があげられる。
軸索の先端には成長円錐があり、これが周囲の物質の濃度勾配を感知して誘引されたり 反発したりしながら行き先を決めている。
成長円錐のなかで受容体よりのシグナル伝達が局所的に生じ、円錐が非対称的に形を 変えることで、方向が決定されているのであろうか。
この詳細なメカニズムに関してはまだ明らかではないが、ひとつの細胞のなかで起こ っている局所的な現象を追う FRET などの手法が開発されており、近い将来には解答 が得られるものと期待される。
いずれは細胞局所のシグナルを制御することで軸索の伸展を操作し、最終的に適切な 回路を形成するという目標を達成できるかもしれない。