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R.ヘッドリク 著,

ドキュメント内 untitled (ページ 32-42)

横井勝彦・渡辺昭一 監訳

インヴィジブル・ウェポン

Ё電信と情報の世界史 1851 1945Ё 老 川 慶 喜

第1章 電信と国際関係 第2章 新たな技術

第3章 世界的な電信ケーブル・ネットワーク の拡大(1866〜1895年)

第4章 19世紀末における電信と帝国主義 第5章 世紀転換期の危機(1895〜1901年)

第6章 諸列強と電信ケーブルの危機(1900〜

1913年)

第7章 無線時代の始まり(1895〜1914年)

第8章 第一次世界大戦時における有線および 無線電信

第9章 第一次世界大戦における通信諜報 第10章 対立と決着(1919〜1923年)

第11章 技 術 の 大 躍 進 と 商 業 競 争 (1924〜 1939年)

第12章 第二次世界大戦における通信諜報 第13章 海上通信をめぐる覇権競争 第14章 番人の交代

第15章 電信,情報,そして安全保障

 ヘッドリク教授はアメリカのルーズベルト大学の 名誉教授で,本書は教授のThe Tools of Empire:

Technology and European Imperialism in the Nineteenth Century, Oxford University Press, 1981,およびThe Tentacles of Progress: Transfer in the Age of Imperialism, 1850 1940, Oxford University Press, 1988につぐ著書である。前者 は『帝国の手先Ёヨーロッパ膨張と技術Ё』,後者 は『進歩の触手Ё帝国主義時代の技術移転Ё』とし て,日本経済評論社から原田勝正,多田博一,老川 慶喜,濱文章(『進歩の触手』のみ)の共訳で出版 されている。評者は,前2著と本書をあわせた3 冊を教授の「帝国主義史」3部作とよんでいる。た だ し , 教 授 は 本 書 刊 行 後 ,When Information Came of Age: Technologies of Knowledge in the Age of Reason and Revolution, 1700 1850, Ox-ford University Press, 2000(塚原東吾・隠岐さ や香訳『情報時代の到来Ё「理性と革命の時代」に おける知識のテクノロジーЁ』法政大学出版局,

2011年)を執筆している。

 19世紀末,世界は「新帝国主義」の時代となり,

ヨーロッパ人は自然の障害を克服し,現地人の抵抗 を打ち負かす新たな技術と装置(汽船,鉄道,通信 ケーブル,銃砲,マラリア予防薬のキニーネなど)

を身につけ,アフリカやアジアにやってきた。『帝 国の手先』ではこうしたヨーロッパの膨張(新帝国 主義)と技術の発明や改良との関係を描き,『進歩

の触手』ではそうした技術の植民地を含むアジア・

アフリカ地域への移転のあり様を明らかにしている。

そして,本書では19世紀半ばから20世紀半ばま での通信技術,それを利用する組織,それが伝える 情報,そして国家権力間の相互関係の究明が目指さ れている。以下では,本書の内容を要約して示し,

若干のコメントを付すことで書評の責めを塞ぎたい。

 第1〜3章では,19世紀後半の電信の歴史が扱わ れている。この時期には,欧米の諸列強がアジアや アフリカでの貿易や帝国主義に力を注いでおり,政 治よりも経済が通信拡大の原動力となった。電信 ケーブルは世界中の大陸に拡大したが,そのほとん どすべてがイギリス人に独占された。イギリスの支 配力は,貿易や海軍力だけでなく,電信ケーブルが 提供する情報にも依拠していた。

 第4章では,19世紀末における電信と帝国主義 との関連が検討され,インド,インドシナ,フラン ス領インド諸島,中国,東アフリカ,西アフリカに おけるケーブル電信敷設の過程が明らかにされる。

興味深いのは中国への言及である。すなわち,中国 人は電信を単なるヨーロッパ人の侵入の手段とみな し,導入に抵抗した。しかし,結局は受け入れざる をえなくなり,国力を弱体化させた。これは,積極 的に電信技術を導入した日本の事例と好対照をなし ていた。

 電信は,19世紀から20世紀への世紀後退期に諸 列強の政治的道具となり,列強は自らが重要な権益 をもつ世界の諸地域との間に独自の通信網を築こう とした。第5〜7章では,こうした帝国主義列強の ケーブル敷設競争が検討されている。

 ボーア戦争から第一次世界大戦までの間に,世界 は第二次ケーブル敷設ブームを迎えた。これは国際 貿易の急増と軌を一にするが,列強は国家の安全保 障のために独自の電信網が必要であると感じるよう になった。イギリスは,その中核にあったが,もは や自国だけではケーブル通信を思いのままに支配す ることはできず,アメリカ,フランス,ドイツとの 競争に直面せねばならなかった。

 とくに無線通信では,イギリスは「かつての栄 光」を喪失した。しかし,イギリスにとっての無線 通信はケーブル通信の代替物ではなく補完物であり,

統合的な通信システムの一部でしかなかった。また,

アメリカは植民地やすべての艦艇との無線通信を行 っていたが,ドイツやフランスは国際的な通信網を 所有するにはいたっていなかった。

 第8〜9章では,第一次世界大戦期の電信による

「通信諜報」戦と「暗号解読」戦の実態が明らかに されている。秘密通信の傍受および暗号解読作業が,

軍工廠で製造される一般的な意味の兵器に加わり,

新兵器としての「通信諜報」が開発された。この通 信諜報が,第一次世界大戦の結果を決定づけた大き な要因となった。書名の「インヴィジブル・ウェポ ン」は,こうした通信・情報の機能に注目してつけ られたものと思われる。

 興味深いのは,情報戦における本当の武器は,

ケーブルの切断や無線局の破壊能力ではなく,切断 し破壊されたそれらを修復する能力であるとしてい る点である。ドイツのケーブルは,一度切断されれ ばそれまでであったが,連合国のケーブルは数週間 以上も使用不能になることはなかった。この点が第 一次世界大戦の勝敗を分けることになったという。

 第10・11章では,両大戦間期における電信の動

向が検討される。この時期は,自由貿易に復帰する のではなく,敵対的ナショナリズムや国家統制企業 が拡大し,自由な資本主義の砦であるアメリカ合衆 国においてさえ,政府が深く国際電気通信分野に介 入するようになった。1920年代には,長距離通信 分野においてもアメリカが攻勢に転じ,世界大恐慌 期にイギリスの世界覇権が脅かされ,マルコーニの 短波が登場すると最終的に潰えた。

 第12〜14章では,第二次世界大戦における通信

を用いた情報戦の実態が明らかにされている。イギ リスは,電信の分野でもその地位をアメリカ合衆国 に譲り渡すことによって自らの安全保障を確保せざ るを得なくなった。イギリスの情報通信の独占は終 わりを告げた。ヨーロッパ戦線ではドイツが,そし て太平洋戦線では日本が,自らの暗号を信頼し通信 諜報の術策をおろそかにしたため,敗北を早めた。

太平洋戦争では,アメリカ軍の暗号解読者が最も高 度な日本の極秘通信のいくつかを解読していたのに,

日本はアメリカ軍の高度な暗号をまったく理解でき ず,ミッドウェイ海戦で惨敗を喫した。日本は,中 国とは違って積極的に電信を導入していたのにもか かわらず,なぜこのような事態に陥ったのか,大変 興味をそそられるところである。

 第15章で述べられているように,これまで人類 にもたらした恩恵のみが強調されてきたきらいのあ る電信は,「国家間の対立の武器」でもあった。本 書は,このことをアメリカ,イギリス,フランスの アーカイブズに所蔵される一次史料を丹念に渉猟し ながら明らかにしたのである。

 本書の内容を要約するとほぼ以上のようであるが,

これで本書のすべてを紹介しつくしたわけではない。

本書には,さらに興味深い事実がふんだんにちりば められている。淡々と事実を語りながら,新帝国主 義の時代における情報・通信の役割,ひいては帝国 主義というものを明らかにしていく方法にも学ぶと ころが多い。帝国主義史に関心があるかないかを問 わず,若い研究者にはぜひ一読を勧めたい。最後に,

本書の書評を引きうけてから相当の時間がたってし まった。評者の怠慢以外のなにものでもないが,著 者,訳者,そして本誌の編集者には多大な迷惑をか けてしまった。こころからお詫びを申し上げる。

(日本経済評論社,20136月,400頁,6▅500円+税)

 本書は,いわゆる「革新主義」の時代のアメリカ で展開された社会改良運動を手がかりに,「新しい アメリカ」を導く「秩序をめぐる実験と抗争」(7 頁)を検討しようとする試みである。当時のアメリ カでは,都市化や産業化が引き起こす社会問題を前 に,「社会改良」を唱える様々な思想や運動が展開 されていた。そうした運動の諸潮流のなかで本書が 着目するのは,売買春と性病防止をうたった社会衛 生運動である。売買春という,倫理や道徳,都市の 貧困や移民問題,さらには医科学的課題でもあった この問題領域をめぐっては,慈善活動家や科学者,

ソーシャルワーカー,テクノクラートなどの多彩な アクターが,運動の主導権と知的権威をめぐって互 いに競い合っていた。本書は,様々な「挑戦者たち の競合」(26頁)がもたらす「痛切な緊張と,妥協 と,多くの頓挫と,そしてそれらが生み出すさらな るねじれ」(29頁)に着目しつつ,運動の興隆と挫 折の過程を跡付けていく。では,まずは本書の内容 を簡単に紹介しておこう。

 第1章(「権威の争奪戦Ё1910年代反売買春運 動のゆれる争点Ё」)では,当時,全米諸都市で設 置された「売買春問題委員会」を中心に分析がすす められる。ここでは,3つの勢力ИЙ「実業家」,

「慈善活動や社会福音主義,セツルメント運動とか

松原宏之 著

虫喰う近代

Ё一九一〇年代社会衛生運動とアメリカ の政治文化Ё

中 野 智 世

かわる一群の社会改良運動家」,「社会学者や医科学 者」ИЙが運動の主導権をめぐって競合し,文字通 り,「権威の争奪戦」を展開した有様が描かれる。

 続く第2章(「性衛生学と社会改良Ё医師プリン ス・A・モローのジレンマЁ」)は,アメリカ性衛 生学の始祖であるモローに着目する。「社会的病」

としての性病撲滅のため売春業の廃絶を説くモロー の主張は,しかし,現場の臨床医や行政サイドの反 発もあって幅広い支持を得られない。モローを支持 したのは,「男たちの性道徳を難じ,女子どもの薄 幸 を 嘆 く 」 婦 人 ク ラ ブ , セ ツ ル メ ン ト 運 動 , YWCAなどの女性たちや宗教家であった。新興の

「科学」は,皮肉にも「非医学的で情緒的」な「純 潔十字軍」(78頁)と手を結ばざるを得なかったこ とが指摘される。

 第3章(「ソーシャルワークの倫理と科学Ё『社 会』の発見と橋頭堡としての性衛生学Ё」)では,

上記のモローの同盟者となった女性たち,すなわち,

当時「ソーシャルワーク」の名の下に結集しつつあ った社会改良運動家に焦点があてられる。母子の貧 困や移民家庭の窮状など,「都市社会の痛み」(86 頁)を身をもって知っていたのは,婦人クラブや教 会組織,各地のセツルメントで活動する女性たちで あった。旧来型の慈善が社会改良を視野に入れた

「ソーシャルワーク」へと脱皮するなかで,現場で の実践経験とノウハウの蓄積を強みとする女性たち は,次第に性衛生学や医療といった科学的知見をも 取り込んでいく。

 第4章(「連携,競合,膠着Ёアメリカ社会衛生 協会という場Ё」)は,これまでの諸潮流が大合同 して設立されたアメリカ社会衛生協会を検討する。

モローら医科学者,ソーシャルワークの活動家たち,

財界人,さらには実務家集団が相互に対峙し,ここ でも,それぞれが正統性を競い合って合従連衡を繰 り返していた様相が跡付けられる。こうした「寄り 合い所帯」をまとめ,売春業廃止論を正当化するた めに持ち出されたのは,売春管理に「失敗」した ヨーロッパと対比される「先進社会アメリカの使 命」(129頁)であった。

 第5章(「実践という契機,実効性という解Ё第 一次世界大戦期の社会衛生運動Ё」)では,1917年 のアメリカの参戦とともに性病問題が連邦レベルの 全国的課題となり,運動が実践へと移るさまが活写 される。兵士と市民の性病防止のために設置された

「基地厚生活動委員会」は,赤線地帯の廃止や売春 婦の摘発,兵士の衛生教育などの活動を展開した。

ドキュメント内 untitled (ページ 32-42)

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