『神は人(アダム)をエデンの園に置き、これを耕 させ、これを守らせられた』(創世記 2 章 15 節)
聖書における「支配」とは、無謀な自然支配では なく、自然に対して責任をもつものである。
→ スチュワードシップ( stewardship )モデル
地球は神が創造したものであり、人間は他の被 造物と共に生きる存在として、連帯と管理を委ね られた「信託者」=「神のスチュワード(執事、管 理人、世話役)」 である。
良いスチュワードは権威主義的な搾取などせず、
常に愛情を込めて管理する。
④人間以外の生物の位置づけ( 1 )
人間以外の生物における差別化
宗教によっては、人間以外の生物の位置づけに関わるもの がある。
他の生物は平等的な存在と位置づける例
輪廻の概念
人が何度も転生し、また動物なども含めた生類に生まれ変 わること、また、そう考える思想のこと。
清い生物とそうでないものを位置づける例
旧約聖書『創世記』におけるノアの方舟
神(ヤハウェ)はノアに、「清い動物を7つがいずつ、清くな い動物を1つがいずつ」生き延びさせるよう命じている。
④人間以外の生物の位置づけ( 2 )
宗教における食のタブー
宗教によっては、特定の食品の摂取を禁じている例が少な くない。
食のタブーが設定された理由は諸説ある。
宗教上の食のタブーの例
ユダヤ教:「旧約聖書」の「レヴィ記」第11章の記述にした がって、カシュルート(適正食品規定)と呼ばれる、食べてよ いものといけないものに関する厳密な規則を定めている。
イスラム教:クルアーンの中で、豚を食べることやアルコー ルを摂取することが禁じられている。
キリスト教:タブーはほとんどないが、一部の分派で肉食を 禁じているところがある。
仏教:自らの手で殺生をすることは禁じられているが、そうで ないものを食べる分派もある。
⑤欲望のコントロールの可能性( 1 )
王守華による指摘
神道では、自然と自然現象も神として崇拝され、自然と人間を生んだ 母体である神は、人々の崇敬により神威を発揮する。
今日の日本で生態環境が比較的よく保護されているところは、神社 の社地が極めて大きな部分を占めているので、「神道は自然保護の 宗教である」と言われている。
神道とキリスト教の思考方法と自然観には違いがあり、前者は調和 一体化の親和関係であり、後者は主客両極が対立した、決定と非決 定、創造と被創造の関係である。前者は自然生態環境を保護するの に比較的有利であり、後者は主体の欲望を満足させるために自然生 態環境を破壊しやすい。
ヨーロッパ人も、日本の鎮守の森を賞賛している。
ドイツの植物学者シュミット・ヒューゼンは、日本の生態環境を視察した あとで、「日本の神社の森を見ると、彼らの祖先の賢明さに敬意を表した くなる」と述べている。
イギリスの歴史学者トインビーは、2度目の伊勢神宮参拝を終えたあと、
千古の神宮林と清らかな五十鈴川を目の当たりにして、「この聖地で、
私はあらゆる宗教の根底的な統一性を感得した」と書いている。
⑤欲望のコントロールの可能性( 2 )
加藤尚武による指摘
西洋哲学では天人分離であり、東洋哲学では天人一体 であるという観念が示しているのは、東洋思想の優越性 ではなくて、是が非でも西洋思想を二元論的な対立構造 にはめ込んでしまおうとする意思であり、西洋に対する劣 等感以外のものはない。
生き物を食べるときに感謝の念をもったとしても、それは、
感謝の念がありさえすればどのような自然破壊でもよい とする限度のない破壊につながる。
人間と自然が,主観と客観の関係になる近代的二元論を 守ることなしに,地球の生態系を守ることは不可能. (加 藤
,1991
) 重要なのは一面的な自然との一体感情を口先だけで吐 露することではなくて、自然保護と自然利用の限界を合 理的に設置することであり、また自然保護のために何を 犠牲にしてよいかを見極めて実践することである。
⑤欲望のコントロールの可能性( 3 )
中世浄土教の自然観
仏教倫理の基本である不殺生戒(生命ある存在への攻 撃や破壊を禁止する)が普及した。
不殺生戒は、自然崇拝やアニミズムの精神を仏教思想に よって普遍的な一般的倫理原則にしたものと言える。
亀山純生による指摘
21世紀の環境思想の範型として伝統的自然観や仏教的 生命思想が称揚されることがある。一面では、生命平等 主義や自然と人間の循環の思想は、近代西洋の手段的 自然観の行き詰まりを打開する手がかりを与えるように 見える。
しかし、その伝統思想は、近代日本の激しい自然破壊に 対する歯止めにはならなかったし、深刻な公害も引き起こ してしまった。
⑤欲望のコントロールの可能性( 4 )
殺生禁断思想の空洞化・解体
生命や自然の破壊、山野河海の開発を肯定し、促進する 二つの論理があった。
「仏国土形成の論理」
仏国土を実現するためなら、自然物の殺傷・破壊や山野 河海の開発は、むしろ善行に転化する。
動物の殺傷(漁猟)や山林伐採・山野の開発(荘園化)に ついて、動物や山野河海(の神)が人間と等しく往生ない し成仏するための布施行(自己犠牲)として正当化された。
「悪人往生論」
悪人こそが阿弥陀仏の救済の対象となる。
不殺生を犯しても救われる(許される)という精神的態度 を宗教的に合理化した。
1.宗教とは何か
2.宗教と環境問題の関係
3.多神教と一神教
多神教と一神教( 1 )
多神教とは
神や超越者(信仰、儀礼、畏怖等の対象)が多数存在する 宗教で、一柱の神のみを信仰する一神教との対比のために 用いられる語。
かつてヨーロッパでの初期文化人類学などでは、極端なキ リスト教優越主義に基づき原始宗教やシャーマニズムなど の多神教が発展した頂点に一神教が存在するという進化 論的な考えが存在したが、現在では否定されており、宗教 の形態に序列はない。
人間の自我とアニミズム
人間は、自我を持ったがゆえに、外界に自己投影を行い、
様々なものも同様に意志をもっているかのような認識をした。
環境との関係
多神教は森林の宗教、一神教は砂漠の宗教と言われること もある。
多神教と一神教( 2 )
一神教とは何か
一神教は、一柱の神のみを信仰する宗教。次のように大別さ れる。
唯一神教(monotheism):世界に神は一つであると考え、その神を礼拝 する。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教など。
拝一神教(monolatry):複数の神を認めるが、一つの神のみを礼拝す る。古代イスラエル民族の宗教など。一神崇拝ともいう。
単一神教(henotheism):複数の神を崇拝する。特定の一神を主神とし て崇拝する。古代インドのヴェーダの宗教など。
交替一神教(Kathenotheism):他の神々の存在を認める。崇拝する神 が交替する。バラモン教など。
狭義には唯一神教を指すことが多い。
新興宗教を除けば、現在確認されている限りにおいて、唯一 神教は古代エジプトのアメンホテプ4世によるアテン(太陽神)
信仰(世界最古の唯一神教とされる)とユダヤ教だけに興り、
現在はユダヤ教と、それをから派生したキリスト教、それから 大きく影響を受けたイスラム教に引き継がれている。
アテンについて
アテンとは
アテン
(Aten)
は、エジプトの太陽神。 人間的形態である他のエジプトの 神々とは異なり、先端が手の形状を 取る太陽光線を何本も放ち、光線の 一つに生命の象徴アンクを握った太 陽円盤の形で表現される。
初期には従来の太陽神ラーと同一 視されるが、その後神性は薄れ、天 体としての太陽を表すようになった。
ツタンカーメンの父でもある、アメン ホテプ
4
世が特に崇拝した。アメンについて
アメンとは
アメン
(Amen)
は、古代エジプトの太陽神の ことで、アモン(Ammon)
、アムン(Amun)
と表 記されることもある。 元々はナイル川東岸のテーベ(現ルクソー ル)地方の大気の守護神、豊饒神である。
中王国時代第
11
王朝のメンチュヘテプ2
世が テーベを首都としてエジプトを再統一して以 来、末期王朝時代の第30
王朝までの1,700
年余りにわたり、ラー神と一体化、「アメン=ラー」としてエジプトの歴史・文明の中心に位 置し、エジプトの神々の主神とされた。
エジプト最大の神殿であるカルナック神殿に 祭られており、神殿の大列柱室などに見られ る壁画には、
2
枚の羽を冠した人物像として 刻み込まれている。アメンホテプ4世とアテン信仰
アメンホテプ4世の宗教改革
アメンホテプ4世(Amenhotep IV)は古代エジプト第18 王朝の王(ファラオ)で、治世第5年目頃に、遷都を宣告 し、宗教改革を行った。アテン神のみを唯一神とするも のであり、他の神々への信仰を禁止した。
それまでの主要な神であったアメン神を主神とする
神々への祭祀は停止され、複数形の「神々」という文字 が単数形の「神」に改められた。
自らの名も、「アテン神に有用なる者」の意味で、アクエ ンアテンと改名した。
しかし、宗教改革はうまくいかず、アクエンアテンの死 後、アテン神への信仰はすぐに廃れ、伝統の多神教に 戻ってしまう。
宗教改革の理由
多神教から一神教への変革は、人類史における大変革であるため、
様々な理由が考えられている。
近年では、王権にまとわりついていたアメン神殿の旧勢力を排除する ための政治改革ととらえる傾向が強い。
仮説として気候変動が要因とも考えられている。紀元前1420±100年 頃に起きたサントリーニ島での大噴火によって急激な気温の低下が起 きたとされる時期と一致しているからである。