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O O 年

ドキュメント内 教化研究 No.19 (ページ 44-48)

曹洞宗天竜寺江島尚俊 を記念して行われた事業を契機として︑三州教区沖縄

高野山

真 言 宗 正 福 寺 大 津 広 嗣

組の浄土宗寺院と沖縄の民俗信仰を中心とした宗教状

況の調査並びに寺院住職の聞き取り調査を行った︒詳

研究成果報告

細は譲るが︑十五号では︑総論として鷲見定信が﹁沖 縄における仏教寺院﹂と題して︑歴史的変遷とその宗 教的意昧について概括的に分析した

沖縄における仏

教寺院は十三

世紀英祖王の時代に禅鑑という禅僧が漂 着し庇護を受けて極楽寺という寺院を建立したことに 始まるとされ︑十四世紀には薩摩から来琉した真言宗 僧によって護国寺が勅願寺として閉山された

以後琉 球王朝の庇護を受けた憎は多く︑浄土宗の袋中もその ひとりであった︒

江戸期には薩摩藩の支配下に置かれ 活動は停滞するものの︑明治になって琉球王朝が廃止 されると︑浄土真宗を中心に沖縄問教が徐々に始まつ た︒ 沖縄の宗教風土については鷲見論文に詳しいが︑

一九七二

年の沖縄の本土復帰を契機にして︑仏教式の 葬祭が一般に爆発的に浸透して来たこともあって︑各 宗派を含めて僧侶の活動が活発になってきている︒ま た沖縄出身の僧侶も多数出現してきている

︒こうした

背景のなか︑浄土宗も復帰を契機に宗門が袋中寺を再 建したことによって︑以後寺院の建立が相次いでいる

ことは︑武田道生が﹁沖縄本島都市部における浄土宗 寺院の開教の歴史と現状一その特徴について﹂として それらの特徴の分析を試みた

各論として浄土宗個別 寺院の聞き取り報告と今後の展望について︑中村憲司

﹁袋

中寺

・光明寺﹂︑大津広嗣﹁西方寺﹂︑中村憲司﹁阿

弥陀寺﹂︑江島尚俊・大︑津広嗣﹁回向寺﹂︑江島尚俊﹁観

音寺﹂︑名和清隆﹁極楽寺﹂﹁大雲寺﹂について行った︒ なお︑以下の報告においても︑寺院名は袋中寺など歴 史的にも寺院としても明白な場合を別にして︑すべて 仮称である︒

次の二

OO

五年十六号では︑前回未調査だった浄土

宗三

寺院について報告を行った

︒これら寺院はともに

近年開教を始めた寺院で︑僧侶は共に在家出身者で︑

そのうち二人は沖縄出身である

また彼らは開教使と しての独自の方向性を持っている

尼僧である点を生 かした活動など多彩で︑今後の浄土宗の寺院活動を考 えるうえにも重要な意味を持っている

︒それぞれ担当

は 名 和 清 隆 浄 土

勝 寺 宮 古 島 別 院 布 教 所 東林 寺

沖縄本島都市部における各宗派寺院の現状と展望① 43 

中村憲司﹁浄土宗三

宝寺沖縄布教所(善智庵)﹂である

O

二期の開教研究として

O

六年十七号からは︑第

浄土宗寺院ばかりではなく他宗派寺院の活動を調査分

析した︒最初に︑浄土宗寺院の二

OO

五年のその後の

活動について報告した︒そこでは阿弥陀寺と観音寺が

布教活動を認められ︑沖縄県の宗教法人認証を受けた

ことと東林寺と安徳寺の開山法要が行われ︑その内容

について報告した︒さらに二

OO

六年二月に沖縄組合

同で﹁五重相伝会﹂が初めて行われたことに触れた︒

次いで他宗派寺院の調査報告を行った︒その内容は

最初に︑名和清隆は︑﹁沖縄における浄土真宗本願寺派

の開

教﹂

で︑教団をあげて組織的な開教に取り組んで

きた浄土真宗本願寺派の開教方針とその展開の歴史に

ついて分析を行い︑大津広嗣は﹁西信寺﹂で︑近年の

本願寺派寺院の活動の典型的な例として報告した︒次

いで本土復帰以前から活動している寺院の例として

中村憲司は︑十五世紀頃から開教を開始し︑琉球

王朝 に庇護されてきた臨済宗妙心寺派﹁寿光院﹂︑江島尚俊

は︑高野山真言宗﹁報恩寺﹂について報告した︒

OO

七年十八号では︑武田道生が﹁沖縄における

浄土宗寺院の展開と受容﹂で︑前号で報告した浄土宗

寺院が合同で行った﹁五重相伝会﹂の受者の意識調査

アンケートの内容分析を行った︒この分析によって

これまで沖縄では︑寺院と信者との繋がりが葬儀しか

ないといわれてきたことに対する新たな分析を行うこ

とができた︒五重相伝会を受けた後の受者の意識に明

らかな変化が起こり︑浄土宗の教義と念仏への理解が

深まり︑積極的な寺院への関わりを希望する数値が極

めて高いことが明らかにな

った

のである︒

この

報告

は︑

葬式仏教と言われ続け︑生きている人間の教化が疎か

になっていると批判されている浄土宗寺院の現状のな

かで︑沖縄ばかりでなく本土の各地で起こっている葬

儀だけの寺院と檀信徒の繋がりに変化をもたらす貴重

なヒントを与えてくれることだろう︒

また十八号では︑前号に引き続き︑他宗派寺院の現

状と展望についての聞き取り調査の結果を報告した︒

研究成果報告

報告は開創年代順で︑大津広嗣﹁大聖寺﹂は︑琉球王

朝時代の東寺真言宗︑春近敬﹁光徳寺﹂は臨済宗妙心

寺派︑中村憲司﹁妙法寺﹂は日蓮宗︑江島尚俊は﹁雄

山寺﹂は真言宗智山派︑名和清隆﹁天徳院﹂は天台宗

の各寺院である︒沖縄では︑寺院ごとに様々な活動が

行われていることはこれまでの報告でも明らかである︒

今回取り上げた寺院の活動もそれぞれ独自性を持って

いる

︒大聖寺は世襲三代目である︒この点は︑明治以

降世襲化が認められたどの地域でも基本的には三

ない

し四代目であることに変わりはなく︑沖縄の特殊性で

もない︒主な特徴は︑神仏分離以前は琉球八社のひと

つという普天間宮と神仏習合した一体となっていた歴

史を持つ﹁格式の高い﹂寺院であることにある︒

また

住職は沖縄出身であるが︑大正大学で社会事業を学ん

だことから幅広く活動し︑地域の社会福祉法人の理事

長を務めたり︑本堂改築を機に地域商庖街活性化推進

協議会と共催でコンサートを開催するなど熱心な地域

活動を行っている︒歴史のある寺院の新たな活動とし て特筆できるだろう︒光徳寺は十九世紀初頭に開創の

禅宗寺院であるが︑現在の活動の特徴といえば︑中城

湾を一望する高台斜面に広大な墓園を中心に本堂︑禅

堂︑納骨堂︑研修道場を構えていることだろう︒

この

規模は沖縄でも群を抜いている︒

詳細

は報

告に

譲る

が︑

ひとえに現住職の個性と能力によるところが大きい︒

妙法寺はひときわ異彩を放つ日蓮宗寺院である︒こ

の寺院は日蓮宗直轄ではあるが︑ひとえに一昨年急逝

された当時の住職の夏井師の︑青少年更正に一生を捧

げた個性と活動によっている︒智山派雄山寺と天徳院

はともに︑沖縄出身者が一九八0年代に開創した新し

い寺院である︒雄山寺の住職は︑僧侶になるきっかけ

が︑霊的体験であった︒これまで報告した浄土宗寺院

にも同様の僧侶がいたが︑これから進めていこうとす

る寺院の方向性も共通している︒こうしたあり方も沖

縄型寺院のひとつと言えるだろう︒このように︑他宗

派の調査を通じて︑沖縄の寺院の特徴も一層明瞭になっ

てきている︒

沖縄本島都市部における各宗派寺院の現状と展望①

45 

本号

︑ 二

OO

八年十九号は︑これまで継続して行つ

てきた﹁沖縄本島都市部における各宗派寺院の現状と

展望﹂の最終報告となるものである

内容としては

十五号からこれまで各号で行ってきた各宗派の寺院報

告と論文から構成されている︒

論文は︑名和清隆﹁沖縄の仏教寺院の活動の特徴﹂で

沖縄仏教寺院が急激に増加している現状を踏まえ︑本

号まで報告した沖縄における各宗派寺院の特徴を︑僧

侶の出身を本土出身と沖縄出身に分け︑さらに沖縄出

身者を世襲と在家出身に分類し︑それぞれの活動の特

徴を明らかにしている︒次いで布教活動の特徴を︑①

葬儀・法要の執行︑②寺院への帰属の教化︑③﹁沖縄的﹂

要素への対応に分け︑それぞれ具体的事例をあげて分

類している︒これによって︑これまで報告した個別の

寺院が︑沖縄寺院のあり方のなかで︑どのような位置

を占めているのかが個別総合的に明らかになったと思

われる︒

寺院報告では︑大まかに寺院の開創年順では︑中村 憲司﹁遍照寺﹂は東寺真言宗で︑十五世紀に開創されている王朝への献納品を集積する倉を境内に持つ寺院であった︒敗戦で施設全てが焼失して︑寺院名を変え

て別地域で活動していたが︑本土復帰後︑宗教法人の

認証を受けて︑現在は家族四名が僧籍を持ち活発に活

動している︒春近敬﹁道善寺﹂は︑日蓮宗である︒沖

縄における日蓮宗の歴史は︑明治の末から大正時代に

かけて︑在家信者が自分たちの自宅で勤行を行っ

てい

たことに始まるが︑昭和十五年に宗教法人認可を受け

ているが創価学会の進出もあって︑現在も日蓮宗独

自の布教活動は余り活発とはいえない︒春近敬﹁真宗

大 6 派 の 活 動

寺 真

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