2.2 変調伝達関数
2.2.2 MTF と音環境
ここでは,MTFと音環境の関係性について述べる.MTFの特性が雑音・残響 環境においてどのように表現でき,どのような特性を有しているのかについて述 べる.
まず,雑音環境でのMTFの特性について述べる.雑音には,式 (2.10) の定常 加法性雑音n(t)を考え,入力信号と出力信号の関係は,次式となる.
yN(t) = x(t) +n(t), (2.15)
ここで,x(t)と yN(t)は,原音声と観測信号( 雑音音声)である.二乗集合平均 を適用することで,次式が求まる.
hy2N(t)i = hx2(t)i+hn2(t)i, e2yN(t) = e2x(t) +e2n(t)
= e2x(1 + cos(2πfmt)) +e2n
= (
e2x+e2n
){1 +mN(fm) cos(2πfmt)},
ただし,e2n= (1/T)∫T
0 e2n(t)dtである.T は,信号継続時間である.ここで,e2n(t) は時間領域において変化が一定( 定常)であると仮定することで,雑音環境にお けるMTFは次式で表現できる.
mN(fm) = e2x
e2x+e2n = 1
1 + 10−SNR10 , (2.16) ここで, dB表記の信号対雑音比(SNR)は,SNR = 10 log10(e2x/e2n)となる.雑音 環境のMTFの特性を図2.5に示す.MTFの特性は,SNRの変数によって決まる.
例えば,SNR = 10 dBの場合,全変調周波数帯域において変調度は0.909である,
0 5 10 15 20 0
0.2 0.4 0.6 0.8 1
SNR = 100 dB SNR = 20 dB SNR = 10 dB SNR = 5 dB
SNR = 0 dB
SNR = -5 dB
Modulation Frequency, fm (Hz)
Modulation Index
0.909
図 2.5: 雑音環境でのMTFの特性:実線は SNR = 10 dBのMTF [144].
次に,残響環境における残響信号 yR(t)は,原信号 x(t) と h(t)の畳み込みに よって表現される.
yR(t) =
∫ t 0
h(τ)x(t−τ)dτ. (2.17)
この式は二乗集合平均により次式で表現される.
hy2R(t)i = e2yR(t) = e2x(t)∗e2h(t)
= e2x α
( 1 + β
αcos(2πfmt) )
, (2.18)
ただし,α=∫∞
0 h2(t)dt と β =∫∞
0 h2(t) exp(−jωmt)dtである.ここで,式(2.7) と (2.18)から,m(fm) =β/αであることがわかる.そして,複素表現のMTFは 次式で表現される.
mR(ω) =
∫∞
0 h2(t) exp(−jωt)dt
∫∞
0 h2(t)dt . (2.19)
これは,h2(t)のFourier変換である.式 (2.19)のh2(t)を式(2.9)で置き換えるこ
0 5 10 15 20 0
0.2 0.4 0.6 0.8 1
TR = 0.1 s
TR = 0.3 s
TR = 0.5 s
TR = 1 s TR = 2 s
Modulation Frequency, fm (Hz)
Modulation Index
0.402
図 2.6: 残響環境でのMTFの特性:実線の TR = 0.5 sのMTF [144].
とにより,残響環境におけるMTFは次式として書き換えられる.
mR(fm) =|mR(ω)|= 1
√ 1 +(
2πfm TR
13.8
)2. (2.20)
残響環境におけるMTFの特性を図2.6に示す.残響環境におけるMTFの特性は,
TRによって決定される一種の低域通過特性を有している.図からもわかる通り,
TRが長くなるにつれて,変調度が小さくなる.例えば,TR = 0.5 sの時の変調周波 数 fm = 10 Hzにおける変調度は,0.402であり,約0.6低下していることになる.
最後に雑音残響環境でのMTFについて考える.雑音残響環境におけるMTFの 特性は,変調周波数領域での残響環境のMTFと雑音環境のMTFとの掛け合わ せで表現される.式 (2.11)を用いて,入力信号と出力信号の関係は次式で表現さ れる.
y(t) =
∫ t 0
h(τ)x(t−τ)dτ +n(t),
e2y(t) = e2x(t)∗e2h(t) +e2n(t) (2.21)
= e2x α
[ 1 + β
αcos(2πfmt) ]
+e2n(t). (2.22)
0 5 10 15 20 0
0.2 0.4 0.6 0.8 1
TR = 0.5 s SNR = 10 dB
TR = 0.5 s & SNR = 10 dB
Modulation Frequency, fm (Hz)
Modulation Index
0.365
図 2.7: 雑音残響環境環境でのMTFの特性:太線はTR=0.5 sかつSNR = 10 dB 条件下のMTF [144].
雑音残響環境のMTFは,式 (2.20)と 式 (2.16)から次式のように表現される.
m(fm) = mR(fm)·mN(fm)
= 1
√ 1 +(
2πfm TR
13.8
)2(
1 + 10−SNR10
). (2.23)
ここで,雑音残響環境のMTFの特性を図 2.7に示す.雑音残響環境の特性は,雑 音環境と残響環境の両方の特性を有する.例えば,雑音残響環境のMTFの特性で ある図 2.7は,図 2.6と図 2.5の掛け合わせであり,TR = 0.5 s,SNR = 10 dB,
fm = 10 Hzでの変調度は,0.365(= 0.402×0.909)となる.
このように雑音には定常雑音を仮定し ,残響環境には拡散音場を仮定している という制約条件はあるものの,従来のアプローチでは雑音と残響を同時に扱うこ とが出来なかった雑音残響環境を,MTFにより同時に扱うことができる.しかも,
雑音残響環境をSNRとTRのたった二つのパラメータで表現できることは,音環 境バリアフリーを実現する上でも非常に有効と考える.雑音除去と残響除去をは じめから個別の問題として考える従来のアプローチによる雑音残響除去では,雑
音除去と残響除去(雑音に関するパラメータと残響に関するパラメータ)が連動し ていないために過少・過剰回復につながっていた.MTFを用いることにより雑音 に関するパラメータであるSNRと残響に関するパラメータであるTRの二つのパ ラメータをMTF上で同時に扱うことができる.雑音残響環境においてMTFを用 いた二つのパラメータによるパワーエンベロープ処理体系を実現することが,音 環境バリアフリーにおいて効果的であることを,次節で示す.