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M11 処理には治療効果がある?

第4章では、強毒ウイルスが感染した植物にM11を処理することによって、強毒ウイルスが減 少し、病徴が軽減するという非常に興味深い現象を観察した。M11 の弱毒性は HC-Pro 領域の 1 アミノ酸残基の変異によると考えられるため (Nakaozno-Nagaoka, et al., 2009)、ここではM11の治 療効果の現象をM11のHC-Pro機能変異の可能性と関連させて、ウイルスの全身感染の段階別 (感 染葉における細胞間移行、遠隔移行、上位葉での細胞間移行) で仮説を検討したい。なお、HC-Pro の機能には、サイレンシングの抑制 (Anandalakshmi et al., 1998; Kasschau et al., 1998; Valkonen et al., 2002)、ウイルスが全身感染するための遠隔移行や単一細胞内におけるウイルスゲノム複製への関 与 (Kasschau, et al., 2001)、サイレンシングシグナルの細胞間伝達の阻害 (Kalantidis et al., 2008) な どが知られており、サイレンシングの機構はウイルスが植物に全身感染する各段階で異なると考 えられている (Kalantidis et al., 2008)。

感染葉における細胞間移行:M11は強毒ウイルスの感染した植物に感染・増殖する

一般に強毒ウイルスの感染により、植物はサイレンシングを発動する (Ratcliff et al., 1997, 1999;

Ruiz et al., 1998)。M11がこのような強烈なサイレンシングが生じている状態の植物葉に感染・増

殖するためには、サイレンシングを乗り越えるための能力が必要と考えられ、これはM11の弱毒 性と関連すると考えられる。

強 毒 ウ イル ス 感 染に よ る病 徴 は、 サ イ レン シ ング と ウ イル ス に よる サ プレ ッ サー 活 性 (Anandalakshmi et al., 1998; Kasschau et al., 1998; Valkonen et al., 2002) が働き、植物とウイルスの攻 め際を境にウイルスの存在する黄色部と存在しない緑色部が生じることでモザイク症状が観察さ れると考えられている (Hull, 2002)。BYMV 強毒ウイルス株の局在性は、第4章で示した強毒株 IbGに標識したGFPの発現領域の局在性 (図4-6A) からも確認された。

細胞間移行するため「植物とウイルスの攻め際」が生じない結果、無病徴として観察されると考 えられる。M11 が強烈なサイレンシング状態で感染できるのは、このようなサイレンシングと対 抗するのではなく、サイレンシングを受けながらもこれを上手く免れる (やり過ごしている) こと ができるよう変異した可能性が推察される。

遠隔移行:M11は強毒ウイルスより早く遠隔移行する

次に、感染した弱毒ウイルスは上位葉に遠隔移行し、上位葉で強毒ウイルスを駆逐 (軽減) する 必要がある。

本研究では、強毒ウイルス株感染植物にM11が感染し、上位葉において強毒ウイルスの増殖を 抑制した (表4-1, 図4-4, 4-5)。強毒ウイルスの増殖が抑制された葉では、識別検出法によってM11 の存在が確認されている (図4-3)。また 、IbG-YFP感染植物にM11を処理した試験では、IbG-YFP 感染後から M11 を処理するまでの日数が長い場合やM11 を処理する葉位が下位である場合に、

M11 の治療効果は低く(表4-1)、既に強毒ウイルスが蔓延してしまった組織では M11 の治療効果 はみられない。これらのことから、M11が上位葉において強毒ウイルスの増殖を抑制するために は、強毒ウイルスより早く上位葉に遠隔移行する、もしくは生長点に侵入する必要があると考え られる。M11の遠隔移行能や生長点への侵入についても、HC-Proの変異による関与が示唆される。

上位葉での細胞間移行:M11は上位葉で強毒ウイルス株を駆逐 (削減) する

強毒ウイルス株より早く上位葉に遠隔移行できたM11は、後からやってくる強毒ウイルス株の 感染を抑制しなければ病徴の軽減は起こらない。そのためには、先に上位葉に到達したM11が素 早く葉一面に蔓延して、優占株となる必要があると考えられる。また、HC-Proの機能にはサイレ ンシングシグナルの細胞間伝達の阻害も知られており (Kalantidis et al., 2008)、M11のHC-Proでは サイレンシングの細胞間伝達を阻害できずに、シグナルが速やかに葉一面に蔓延する可能性も考

れる特性」と「上位葉への侵入の速さと優占性」が必要であると推定したが、前者については、

BYMV-M11以外の弱毒ウイルス株においても存在が示唆される。例えば、小堀らはCMV弱毒株

と CMV 強毒株を混合接種してできたモザイク症状葉の黄色部と緑色部の両方から弱毒株を分離 している (小堀ら, 2004)。また、同様の結果がZYMV弱毒株2002 (Kosaka et al., 2006) やトウガラ シマイルドモットルウイルスの弱毒株TPa18ch (Ichiki et al., 2005; 長岡ら, 2004) についても得ら れている (未発表)。しかし、これら弱毒ウイルス株による強毒ウイルス株の治療効果は認められ ていない (データ省略)。

一方、「上位葉への侵入の速さと優占性」の存在を示唆するデータは、現時点では治療効果のあ

るBYMV-M11でしか得られておらず、この現象は治療効果の有無を決める重要な鍵であると推察

される。

以上に述べた「上位葉への侵入の速さと優占性」の有無を確認するためには、強毒ウイルス株 が感染した植物体内でのM11の挙動を可視化し、その移行性と蔓延性を観察する必要がある。な お、CFP 標識した M11 を用いた実験では M11の治療効果は認められなかった。これより、CFP 標識はM11が治療効果を発揮するために必要な特性、例えば蔓延の素早さなどの足枷になった可 能性が考えられる。したがって、M11の植物組織内での挙動を可視化するにはM11の特性を変え ない標識方法の検討が必要であろう。

現地実証試験は弱毒ウイルスの防除効果を評価するうえで最も直接的な方法であるが、本研究 では実施できなかった。グラジオラスへのウイルス導入は本研究によって可能となった (第5章) が、これらを栄養繁殖により大量に増殖するにはさらに養成栽培を重ねる必要があり、大量の弱 毒ウイルス導入苗を用意できなかったからである。

めない。本研究で選抜した弱毒ウイルスBYMV-M11については、現時点で強毒株への復帰は観察 されていない。CMV-CM95については、蔬菜類における試験において1株の植物においてのみ一 度だけ強毒株への復帰が認められている (Goto et al., 2007)。このCM95の強毒株への復帰確率は 0.001%以下と非常に低率と推定されるが、このような事態を把握するためにも、遺伝子診断法に よる弱毒ウイルス導入作物の品質管理は必要であると考えられる。

本研究では、グラジオラスのモザイク病に非常に有望と考えられる弱毒ウイルス株BYMV-M11

とCMV-CM95を得ることができ、これらの実用化に必要ないくつかの条件についても検討するこ

とができた。また、本研究の過程では、弱毒ウイルスの干渉効果のメカニズムや治療効果につい て興味深い現象を示すことができ、弱毒ウイルスを用いたウイルス防除に新たな情報を提供でき たと考えられる。これらの知見を得るために取り組んだ課題は、他の多くの栄養繁殖植物に共通 した課題といえる。従って、本研究により解決された課題や得られた知見は、グラジオラスを含 む栄養繁殖植物全般におけるウイルス研究において、有用な情報となりうるであろう。

今後は、グラジオラス生産現場と連携して流通品種への弱毒ウイルスの導入と現地ほ場での適 用性の調査を行うなど実用性をさらに検証するとともに、弱毒ウイルスによる強毒ウイルスの治 療的防除法についても検討を進めたい。

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