5-1 KKR-CPA バンド計算
KKR法による計算はCrystal14での計算より精度が高いため、3d電子によ る非局在化効果がより良く確認できるはずである。バンド計算は共同研究者で あるNortheastern UniversityのBernardo Barbiellini氏とAran Bansil氏に よる計算である。[15][16]
KKR法とは、J. Korringa, W. Kohn, N. Rostokerらにより考案された全電子 計算法のことである。電子の散乱理論を基礎においており、グリーン関数とCPA 近似との相性の良さから、この手法によりはじめてCPA近似が第一原理計算に 導入され合金の計算などを可能にした。このKKR法にCPA近似を導入したも
のがKKR-CPAバンド計算と呼ばれるものである。
定常的な系の状態を記述するシュレディンガー方程式をKKR法により解く 方法について概説する。問題となる方程式は、固有値問題
𝐻
𝛹𝑖(𝒓) = [−
ℏ22𝑚𝑒
𝛻
2+ 𝜈(𝒓)] 𝛹
𝑖(𝒓) = 𝜀
𝑖𝛹
𝑖(𝒓)
(5-1) である。Rydberg原子単位系で方程式を書き直すと[𝐻 − 𝜀
𝑖]𝛹
𝑖(𝒓) = 0 ただし、 𝐻 = −
ℏ22𝑚𝑒
𝛻
2+ 𝜈(𝒓)
(5-2)となる。収束計算における基本的な問題は『与えられた一体有効ポテンシャル 𝜈(𝒓)に対してこの固有値問題を解き、電子密度
𝑛(𝒓) = ∑
𝜀𝑖<𝐸𝐹|𝛹
𝑖(𝒓)|
2 (5-3) を求める』である。ただし、ここでEFはフェルミエネルギー、𝜖iは1電子あた りの交換相関エネルギーである。この問題を解くのに、KKR法を用いるとグリ ーン関数を介して、直接的に固有値および固有関数を解く必要はなく、電子密 度を直接的に求めることができる。詳しい解説はここでは示さないが、具体的には以下の式を用いることで電子 密度を求めることができる。
n(𝐫) = ∑
coreiΨ
i(𝐫) Ψ
i∗(𝐫) −
1π
∫ 𝑑𝜔lm𝐺(𝐫, 𝐫, ω)
c(5-4)
第1項はcore電子の密度求めており、第2項はグリーン関数を直接計算するも のである。
51
5-2 バンド計算理論値と実験値の比較
KKR-CPAバンド計算の結果と実験結果を比較した図をFig.5-1~Fig.5-4に示
す。なお、計算値との比較結果は差分をとる対象をすべて含んでいれば検証は 十分であるため、Li0.5-0、Li0.75-0.625、Li1-0.625、Li1-0.75の4組について 示す。
Fig.5-1 Li0.5-0の差分プロファイルの実験値と計算値
0 2 4 6 8 10
0 0.1 0.2
P
z[a.u.]
Δ J( p
z) [ a. u.
-1]
○ EXP.(Li0.5-0)
― Theory
52
Fig.5-2 Li0.75-0.625の差分プロファイルの実験値と計算値
Fig.5-3 Li1.0-0.75の差分プロファイルの実験値と計算値
0 2 4 6 8 10
0 0.1
P
z[a.u.]
Δ J( p
z) [ a. u.
-1] ○ EXP.(Li0.75-0.625)
― Theory
0 2 4 6 8 10
0 0.05 0.1
P
z[a.u.]
Δ J( p
z) [ a. u.
-1]
○ EXP.(Li1.0-0.75)
― Theory
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Fig.5-4 Li1.0-0.625の差分プロファイルの実験値と計算値
結果より、バンド計算のプロファイルにおいても1[a.u.]以下の電子数の増大 が確認でき、2[a.u.]付近で負の値をとる3d軌道の非局在化効果の特徴も現れた。
バンド計算と実験値の差分とは非常に良い一致を示した。そのため、今回の バンド計算の結果は実験値を強く反映している。よって、バンド計算を解析す ることは実験データを解析することと同義であると言える。次節にて、Li挿入 によるバンド計算により、電子数の推移を求める。
0 2 4 6 8 10
0 0.1 0.2
P
z[a.u.]
Δ J( p
z) [ a. u.
-1]
○ EXP.(Li1.0-0.625)
― Theory
54
5-3 Co サイト、O サイト、格子間の電子数推移
バンド計算により求められたプロファイルからCoサイトの電子数、Oサイ トの電子数、マフィンティン球半径より外側(格子間)の電子数の推移をLi組成0 の時を基準に求めた図をFig.5-5、Fig.5-6に示す。
Fig.5-5 Li挿入に伴うCoサイト、Oサイト、格子間の電子数推移
ここから、Li挿入により、Coサイトの電子数はほぼ変わらず、Oサイトの電 子数は微増、格子間の電子数は増大するという結果がみられた。これより、Li 挿入によりCoの価数の変化はなく、格子間電子が増大し、その一部がO2p軌 道に入る可能性がある。ここで、Crystal14による電子密度解析の結果よりこの 格子間の電子というのはほとんどO2p軌道の電子であるといえる。
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
0 0.1 0.2
Li 組成 [x]
電子数推移
○ 格子間電子
○ O サイト
○ Co サイト
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5-4 電子軌道解析
KKR-CPAバンド計算により、実験より確認できたプロファイルの非局在化が
確認できた。ここで、電子軌道解析により、プロファイルの非局在化が何に起 因するのかを確かめる。
電子軌道解析は、コンプトンプロファイルのフィッティングによりプロファ イルをそれぞれの電子軌道に識別するために行う。
2-1節(2-1-1)、(2-1-2)、(2-1-3)式で示したように電子運動量密度は、占有さ れた運動量空間の波動関数の二乗によって与えられる。
Fig.5-6 は F.Biggs による原子モデルの電子軌道モデル計算の O2p 軌道と
Mn3d軌道のコンプトンプロファイル[12]であるが、2p軌道ではプロファイルが 狭く、3d軌道では広い。したがってO2p軌道は低運動量で電子運動量密度に寄 与するが、Mn3d 軌道の寄与は高い運動量に及ぶ。これにより、2p 軌道と 3d 軌道の識別が可能である。
Fig.5-6 BiggsによるOとMnの原子モデルのコンプトンプロファイル
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Fig.5-7(左)[17] LixMn4O4とMn2O4のMn3dの有効核電荷の大きさを変えたコ ンプトンプロファイル(上)と、その差分より得た3d非局在化効果曲線(下)
Fig.5-8(右) O2p軌道ととCo3d軌道のコンプトンプロファイル
ここで、有効核電荷の大きさの違うLixMn4O4とMn2O4のMn3dのコンプトン プロファイルをFig.5-7の上の図に示す。この二つの曲線の差分をFig.5-8の下 の図に示す。これにより、1.5a.u.~4a.u.の範囲で負の値をとり非局在化効果を 表す3d軌道の非局在化曲線を得る。この3dの非局在化効果曲線とO2p軌道の プロファイルを用いてフィッティングを行うことによりFig.5-8のO2p軌道と Co3d軌道のプロファイルを導くことができる。この手法を用いてフィッティン グし、電子軌道解析を行った。
0 1 2 3 4 5 6
-0.02 0 0.02 0.04 0.06
pz [a.u.]
ΔJ(pz) [a.u.-1]
Atomic model compton profile
― O 2p orbital
― Co 3d orbital
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2[a.u.]付近での負の値が何に起因するか特定するため、電子軌道解析により、
それぞれの電子軌道のプロファイルへの寄与を調べる。
Li0.5-0、Li0.75-0.625、Li1-0.625、Li1-0.75の差分プロファイルについての フィッティングを行い、Co3d軌道、O2sp軌道、その合算の曲線を求めた。結 果をFig.5-9~Fig.5-12に示す。
Fig.5-9 Li0.5-0のフィッティング結果
0 2 4 6 8 10
0 0.1 0.2
○ EXP.(Li0.5-0)
― Co 3d delocalized curve
― O 2sp curve
― Fitting curve
Pz[a.u.]
ΔJ(pz) [a.u.-1 ]
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Fig.5-10 Li0.75-0.625のフィッティング結果
Fig.5-11 Li1.0-075のフィッティング結果
0 2 4 6 8 10
0 0.1
Pz[a.u.]
ΔJ(pz) [a.u.-1 ]
○ EXP.(Li0.75-0.625)
― Co 3d delocalized curve
― O 2sp curve
― Fitting curve
0 2 4 6 8 10
0 0.05 0.1
Pz[a.u.]
ΔJ(pz) [a.u.-1 ]
○ EXP.(Li1-0.75)
― Co 3d delocalized curve
― O 2sp curve
― Fitting curve
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Fig.5-12 Li1.0-0625のフィッティング結果
ここから、2[a.u.]付近での負の値は非局在化したCo3d軌道の電子の寄与によ るものであり、1[a.u.]以下の電子数の増大には主にO2sp軌道によるものである いえる。また、2つの軌道の合算の曲線は、実験値の差分にほとんど一致してい るため、Li挿入による電子数の変化は、3d軌道と2sp軌道の電子数の変化によ るものであり、その他の軌道の寄与は無視できると考えられる。
ここで、電池動作条件とリチウム濃度について考える。Fig.5-13はL. Dahéron らによるLixCoO2のLi濃度と電池動作状態のグラフ[18]であるが、L. Dahéron らによると正極材料LixCoO2のLi濃度x=0.5~0.9の範囲で電池として動作し、
x=0.5~0.75の範囲で導電率が最適であるとしている。これを踏まえて、電子軌
道解析より得た結果について考証する。
0 2 4 6 8 10
0 0.1 0.2
Pz[a.u.]
ΔJ(pz) [a.u.-1 ]
○ EXP.(1-0.625)
― Co 3d delocalized curve
― O 2sp curve
― Fitting curve
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Fig.5-13 LixCoO2のLi濃度による電池動作状態
ここで、O2p軌道曲線の面積に対するCo3d軌道曲線の面積比をCo3d軌道 の非局在化電子の電子数としてLi原子当たりの差分プロファイルの負の部分に 相当する電子数を求めたものをTable5-1に示した。
Table5-1 差分プロファイルのCo3d軌道非局在化電子の電子数
Li Co3d軌道非局在化電子数
0.0-0.5 0.020±0.012
1.0-0.625 0.355±0.020
1.0-0.75 0.028±0.041
0.75-0.625 0.609±0.046
Table5-1より、非局在化したCo3d軌道の電子数は、Li濃度が0.625から0.75 に増加した時が最も多く、次いで0.625から1.0に増加した時が多い。この結果 は、Li濃度と電池の動作状態における最適な導電率を示すLi濃度範囲と、動作 条件内のLi濃度範囲におおむね一致している。また、Li0.5-0のときの差分プ ロファイルで負の値が現れなかったことも、電池動作条件のLi濃度範囲外とい うことで納得できる。まとめると、最適なバッテリーパフォーマンスに対応す るLixCoO2のLi濃度範囲をとらえることができた。また、Co3d軌道の非局在 化した電子が多いほど、正極の導電率は向上する。
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