5-1 背景
前章までは、照射後の試料に作用させたアニリン溶液から検出された88Y を88Y@C60に由来するものであるのみなし、生成した全88Yに対するアニリン 溶液中の88Yの割合を88Y@C60の生成率として定義してきた。その背景として、
第一章で述べたようにM@C60がCS2に抽出されず、アニリンに可溶であるとい う報告がある。しかし、88Y@C60の生成をより確実に裏付けることが必要である。
今回生成した88Yフラーレンの量を放射能から見積もると最大でも10-15
mol程度と非常に少ないため、直接質量スペクトルなどの分光学的測定により同 定することは不可能である。そこでまず、安定核である89Yを用いてY@C60を アーク放電法により生成し、HPLCとレーザー脱離イオン化質量分析により
Y@C60の同定と溶離挙動の調査を行った。その後、88Yが検出されたアニリン溶 液についてHPLCを用いて分離を行い、溶出成分を分画して、放射能を測定し、
88Y@C60の溶出位置及び生成量が確認できると考えた。
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5-2 実験手順
5-2-1 安定同位体を用いた Y@C
60の合成と溶出挙動の調査
5-2-1-1 Y含有炭素棒の作成
110 mLバイアルにフェノール樹脂4.3 gとエタノール1.7 gを量りとり、
超音波洗浄機内でエチレングリコール4.3 gに少しずつ溶解した。グラファイト 粉末10 gを110 mLバイアルに量りとり、Y2O31.12 gを加えてよく混合した。こ れを乳鉢で均一になるまでさらによく混合し、先ほどのフェノール樹脂の溶液
を少しずつ加え、押しつぶすように混ぜ、計2本の炭素棒を作製した。その後、
ロッド成型機により直径10 mmの棒状に成形し、100 oCで1 h、150 oCで一晩乾 燥させた。
乾燥した炭素棒を真空下にて150 oCで15分、400 oCで5分、600 oCで
30分、800 oCで15 分、1000 oCで1 hかけて仮焼きをした。これを冷ました後、
フェノール樹脂4.3 gをアセトン70 mLに溶解したものに一晩浸した。この炭素 棒を120 oCで30分乾燥させ、真空下にて150 oCで15分、500 oCで30分、1000
oCで1時間かけて焼結した。焼結後の炭素棒は大気中水分の吸収を防ぐため150
oCの乾燥機中で保存した。
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5-2-1-2 アーク放電法によるススの生成とアニリンによる抽出
製作した炭素棒を陽極とし、He雰囲気、55 kPa、直流電流80 Aにてアー ク放電を行い、空フラーレンとY内包フラーレンを含むススを得た。そのスス をo-ジクロロベンゼンで8 h還流を行い、C60やC70などの空フラーレンとY@C82
など一部の金属内包フラーレンを取り除いた。残ったススを吸引ろ過し、CS2
を加えさらにろ過することで、ススに残存したo-ジクロロベンゼンとCS2を除 去した。乾燥したススをアニリンで再び8 h還流した後、吸引ろ過することでア ニリン抽出溶液を得た。
5-2-1-3 アニリン抽出溶液のHPLC展開
まず、C60/アニリン溶液の(HPLC展開カラム:Buckyprep-M、移動相:
アニリン、流速:0.75 mL/min)を行い、C60の溶出時間を確認した。5-2-1-2で
得られたアニリン抽出溶液に対してHPLC展開を4回行い、確認したC60由来の ピークが現れる溶出時間から、5分ごとに溶出成分を分画した。それぞれの分画 について、LD-TOF/MS(Negative mode)測定を行った。HPLCおよびマススペ クトルの結果から、Y@C60の溶出時間を決定した。
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5-2-2 Buckyprep-M カラムを用いた HPLC 展開での
88Y@C
60溶出位 置
5-2-2-1 88Y@C60の生成
粒径400 nmのY2O3を100 mg用意し、C60 100 mgと粉末状態で混合して
7 mmのペレット状に成型した(試料5-a)。これを導電性黒色カーボンポリ袋
に封入して、東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター(CYRYC)
にてD-C反応により生じた高速中性子(50 MeV)を照射した。照射後の試料を
CS2に溶解させ一晩マグネチックスターラーを用いて撹拌し、さらに超音波洗浄 機を用いて一時間程度粉砕した。この溶液をメンブレンフィルターでろ過し、
フィルターを十分に乾燥させた後、ここにアニリンとconc. HClを順に通じた。
これらの溶液試料の線をGe半導体検出器で測定した。
5-2-2-2 アニリン溶液のHPLC展開と線測定
5-2-2-1で得たアニリン溶液をエバポレーターにより濃縮し、3 mLのアニ
リンに溶解した。これをメンブレンフィルターでろ過した後、HPLC展開(カラ ム:Buckyprep-M、移動相:アニリン、流速:0.75 mL/min)し、溶出成分を5 分ごとに分画し測定試料とした。試料から放出される線を、5分ずつまとめて Ge半導体検出器で測定した。
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5-3 結果・考察
5-3-1 LDI-TOF/MS 測定による HPLC 溶出成分の同定
C60/アニリン溶液のHPLCクロマトグラムを図5-1に示した。このHPLC
クロマトグラムを参考にアニリン抽出溶液(図5-2)では溶出時間50-74分を5 分ごと分画し50-54, 55-59, 60-64分は1-4回目のフラクションを、65-69, 70-74分 は1-3回目のフラクションをそれぞれ濃縮し、60-64, 65-69, 70-74分に内部標準 としてC60を加えた後、LDI-TOF/MSを測定した。また、溶出時間75-84分を1-3 回目について分取し濃縮した後、同様にC60を加えLDI-TOF/MSを測定した。
0 100 200 300 400 500 600 700
0 20 40 60 80
Intensity (mV)
Retention Time (min)
図5-1 C60/アニリン溶液のHPLCクロマトグラム
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次に、図5-3にLDI-MS測定の結果を示した。溶出時間50-59分ではC60
とアニリンの化合物に由来するピーク(m/z=813)が大きく検出され、Y@C60の
存在を確実に確かめることはできなかった。一方で、溶出時間60-69分では
Y@C60に相当するm/z=809付近に僅かながらピークが存在することが確認され た。
図5-2 アニリン抽出溶液のHPLCクロマトグラム
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図5-3 アニリン抽出溶液(溶出時間50-74分)の質量スペクトル
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以上の結果から、照射実験で得られたアニリン溶液のHPLC分画につい て、Y@C60が確認された60-69分付近に88Yの放射能が確認されれば、より確実 に88Y@C60の生成が裏付けできることになる。
また、溶出時間70-84分からY@C88に由来するピークが観測された(図 5-4)。
図5-4 アニリン抽出溶液(溶出時間70-74分)の質量スペクトル
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5-3-2
88Y@C
60の生成
表5-1に、試料5-aに作用したそれぞれの溶液から検出された88Yの放射 能(cps)とその分画に含まれる割合(%)を示した。それぞれの放射能は898, 1836 keVの測定値に半減期補正、幾何学補正を施した後の値である。
5-a 放射能
(cps)
割合
(%)
CS2 0.00507±0.00035 0.00196±0.00013
アニリン 5.04±0.02 1.95±0.01 HCl 176±1 68.0±0.4 フィルター 77.6±0.7 30.0±0.3
5-3-3
88Y@C
60の HPLC 展開および 線測定
照射実験により得られたアニリン溶液のHPLCクロマトグラムと線測定 によるラジオクロマトグラムを図5-4に示した。
表5-1 試料5-aの各抽出溶液とフィルター上の88Yの放射能と割合
図5-4 試料5-aアニリン溶液のHPLCクロマトグラム及び、ラジオクロマトグラム
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溶出時間55分からC60に由来するピークが確認され、溶出時間50-89分 にかけて88Y由来の線が検出された。5-3-1で溶出時間60-69分にかけてY@C60
の質量スペクトルが観測されたことから、Y@C60の生成が強く示唆しさされた。
また、溶出時間60-69分の88Yの放射能とそこから求めたY@C60の生成率を表
5-2に示した。それぞれの放射能は898, 1836 keVの測定値に半減期補正、幾何 学補正を施した後の値である。
これより、HPLC展開で得られた88Y@C60の生成率は0.0335%であり、宮 下らが行った85Sr@C60の生成率0.004±0.008%と同程度であることが分かった。
また、溶出時間70分以降から検出された88Yは5-3-1の結果から88Y@C88
に由来し、これは高速中性子照射により破壊されたC60が結合し、同時に88Yが 内包され88Y@C88が生成したためであると考えられる。
HPLC展開後の5-aのアニリン溶液 放射能(cps) 生成率(%)
60-64分 0.00625±0.00018
0.0335±0.0008
65-69分 0.00619±0.00021
表5-2 溶出時間60-69分の放射能及び、そこから求めた88Y@C60の生成率
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総括
本研究では、高速中性子による核反跳現象を利用して放射性Y内包フラ ーレンの生成および、その生成率向上を目的とした。
Y2O3とC60の混合物に高速中性子を照射することで、目的物である
88Y@C60の生成が強く示唆された。さらに、試料の混合条件を変化させることに より生成率の向上を目指した結果、粉末状態でY2O3とC60を混合し、重量比1:5 としたものを用いると生成率が最も上昇することが明らかとなり、本研究での
生成率は最大で約6%となった。一方で、用いたY2O3ナノ粒子が凝集していた ため、先行研究で示唆されていた生成率の粒径依存性は確認できなかった。今 後、用いる金属ナノ粒子の凝集を妨げることで、更なる生成率の向上を期待で きるだろう。
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