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GM 生産方式の富と知の経営史

ドキュメント内 HOKUGA: 現代資本主義の比較経営史研究(一) (ページ 172-189)

序 GM 生産方式の歴史的位置づけと富の源泉

大野耐一が トヨタ生産方式 で GM 生産方式について全く触れなかったために,GM 生産方 式は先行研究において見過ごされ,ただ GM の近代的事業部について経営組織論からアプローチ され,スローンの製品系列をマーケティング論から取り上げられるに過ぎなかった。スローンは フォードを越える合理的生産方式,とりわけ⑴生産の平準化と⑵ 10日前注文の確定制とで作り過 ぎを防ぐ近代的生産管理制度とを両輪にする GM 生産方式を 1921年不況での経営破綻の中から 再建策の中心に据え,1925年にフォード・モーター社に追い付き,追い越す新成長を遂げるのに 成功する。こうした GM の 1921年不況の中での危機を打破するため再建策を打ちたててフォー ドを追い抜く GM の歩みはトヨタ自動車が昭和 25年(1950)ドッジ不況(デフレーション)の中 で過剰在庫によって経営破綻し,その再建策として在庫=過剰生産の作り過ぎをしなく,且つ売 れる車だけを生産するトヨタ生産方式を生み出すのと重なる歴史を既に 25年前の 1925年(昭和 元年)に達成している。

自動車産業史をグローバルな視点から見てみると,3段階の自動車産業の経営史が浮かびあが るのではないかと考えられる。第1段階は T 型車を国民車に発達させたフォード生産方式であ る。この点については前述したところであり,T 型車はヘンリー・フォードの知の技術革新の結 晶であり,と同時に巨額の富をフォード家とそのフォード財閥に持たらしたと言えよう。この T 型車,A 型車そして V 8型車を上廻る売上高と生産台数を上げたのが GM である。スローンの経 営戦略は範囲 scopeの経済の生み出す製品系列のピラミッド編成と生産の平準化を両輪にする GM 生産方式を生産のムダ,ムラ,ムリを取り除く合理的生産方式を生み出し,第2段階の時代 を築くのに成功する。こうした GM 生産方式はスローンの知の技術革新として育くまれ,巨額の 富を最大株主であるデュポン一族とデュポン財閥に持たらす源泉となる。そして第3段階はアメ リカのビック・スリーである GM,フォード・モーター社,そしてクライスラーを経営破綻させ,

フォード・モーター社,GM の本拠地デトロイトの崩壊(破産)を 2013年に持たらすほどの競争 の優位を打ちたてるトヨタ生産方式の発達に求めることができるのではないかと考えられる。こ のトヨタ生産方式は大野耐一の知の技術革新によって生み出され,莫大な富を豊田家の豊田財閥 に持たらす。

このように,縦の自動車産業の経営史は3段階,つまり,⑴フォード生産方式→⑵ GM 生産方 式→⑶トヨタ生産方式の歴史段階を経て現在に至るのである。そして横の自動車産業の経営史は これら3つの生産方式がいずれも知の技術革新によって生み出され,J.シュムペータの独創的企

業者による新しい生産方式の開発となる。そしてこの縦と横の織り合わせるマトリックスは富の 源泉を⑴科学的管理法による作業の科学に求め,そして⑵アダム・スミスの 諸国民の富 の源 泉となる投下労働説に根源を有する。それゆえアダム・スミスの投下労働論は⑴ F.W.テーラー の標準作業,⑵ヘンリー・フォードの労銀主義,⑶スローンの平準化,そして⑷大野耐一の正味 労働として進化し,現代においても実体経済における国民所得と付加価値の源泉として位置づけ られ,アベノミックスの第4の新成略戦略の要となる雇傭労働,或いはアラン・グリーンスパン の 生産性 の源泉として位置づけられる。アラン・グリーンスパンは FRB 議長として低金利と IT 革命による生産性上昇でクリントン,W・ブッシュそしてオバマ大統領(工期)の下でアメリ カを 根拠なき熱狂 の住宅バブル時代を築き,繁栄の源泉を投下労働の生産性工場として次の ように求める。

結論として,国が豊かになっていくようにするには,各人が正義の法を犯さないかぎり, 自分の利益を自分 の方法で追求する完全な自由 をもつようにするべきだと(アダム)スミスは論じた。その際には競争がカギに なる。競争があれば,各人はもっと生産性を高めるように促され,そのために専門化と分業という手段を使うこ とが多いからだ。生産性が上昇するほど,国は豊かになった。

(アラン・グリーンスパン 山岡洋一・高遠裕子訳 波乱の時代 ⎜ 世界と経済のゆくえ (日本経済新聞社,下,

19頁)

このようにして,グリーンスパンはアダム・スミスの 諸国民の富の源泉 を投下労働説に求 める現代の自由主義者の立場から市場資本主義を説き,生産性が上昇するほど,国は豊かになる と経済成長を生産性向上から推進しようとする。

1章 GM の成立とデュラントの知の技術革新

1 自動車産業の発達とアメリカ資本主義の寡占構造

フォード・モーター社の生産台数を追い越して世界 No1に成長転化した GM は大恐慌期の中 に於てもスローンの方針(労使協調関係の推進)で雇用従業員 26万人を数え,フォード・モーター 社の労使対立関係と対照的な発展を遂げ,特異な立場に立っていた。そして,GM は資本金 10億 ドルを超え,株主 37万人余りを擁し,普通株 42百株強を発行するが,その最大株主は E.I.デュ ポン・ヌムール社 E.I.dupont de Nemours Coで,23%の1千万株に達していた。1937年 GM は自動車市場占有率ではアメリカ国内で 40%,さらに世界で 35%を占め,世界 No1の地位を確 立している。1937年 12月 31日現在 GM は総資産 15億ドルを越え,発足以来 29年間での株式配 当を 26億ドル支払い,年平均9千万ドルにも達する。他方,GM は 利益配分計画 profit‑sharing plansで従業員と経営者に 17億ドル弱を配分し,再投資と内部留保で5億ドル強に達する。また, 

GM は 1927年から 1937年の 11年間で年平均営業利益を1億 7300万ドルを上げている。この 11 年間の営業利益は AT&T を抜いてアメリカで No1であり,次の表‑1のような金額となる。

この表‑1からビック・スリーがアメリカ資本主義の発達に果した内的推進力の大きさについて は次の3点に要約される。

第1は上位9社のうち自動車産業から3社,つまりビック・スリーが名を連らねている点であ る。自動車産業がアメリカ資本主義を発達させる内的推進力としての役割を果し,戦略産業の地 位を確立していることがこの表‑1から窺える。J.シュンペーターはこの自動車産業の戦略的地位 に注目し,第三期コンドチェフ長期波動と第二ジュグラー短期波動との景気循環における上昇力

(経済成長)を担う戦略産業に成長転化することにアメリカ資本主義の新しい動態的発達として位 置づける。基軸産業の地位を確立する自動車産業は重化学工業の生産循環を拡大再生産の中に根 付かせ,その補助産業としてゴム産業と石油産業をタイヤとガソリン需要を自動車の拡大から誘 発して牽引する役割を果たす。ゴム・タイヤ産業は自動車産業のタイヤ需要の急増に対応するた め⑴グッド・イヤの 1839年に開発したタイヤの加硫法の改善,⑵人工ゴムの商業化,⑶ 1899年 ゴムの再生,⑷ 1906年加硫法加速,⑸ 1916年ゴム化合物の耐久性増大(染料の使用)と⑹タイ ヤ・コードの商業化,⑺空気タイヤの開発等で発達する。とりわけ,空気タイヤとタイヤ・コー ド商品化は自動車の長距離駆動を可能にし,大衆車を生み出す原因となる。さらにゴム・タイヤ 産業は 1923年には低圧タイヤ,ソリッドタイヤ,リム用バルーン・タイヤの開発に取り組み,第 四ジュグラ波動を誘因するほどに成長する。他方,石油産業も自動車のガソリン需要に牽引され て石油産業の技術革新を進め,⑴注水採油法,⑵加圧分解蒸留法,⑶水素添加によるガソリン増 産,⑷ジィゼルエンジンによる軽油,重油需要の開拓等に取り組み,発達を見た。この結果,自 動車のガソリン価格は 1919年1ガロン当り 0.24ドルから 1929年 0.15ドルへ,さらに 1931年 0.11ドルへと2倍の急落となり,大衆車時代への誘発となった。このようにして総合産業でもあ る自動車産業は戦略産業としてゴム産業と石油産業を両輪にしてアメリカ資本主義を重化学工業 段階へ発達させ,と同時に資本の集中と集積に基づく寡占企業(ビッグビジネス)としてビック・

表‑1 1927−1937年平均営業利益のランク (単位ドル)

会 社 名 11年間平均営業利益

1 ゼネラル・モーターズ社(GM) 173,236,252

2 アメリカン・テレフォン・アンド・テレグラフ社(ATT) 150,524,232

3 スタンダード・オイル社(ニュー・ジャージィ) 86,811,276

4 ユナイテッド・ステート・スチール社(US スチール) 48,586,563

5 アメリカン・タバコ社 29,395,625

6 インターナショナル・ハーヴェスター社 26,668,811

7 クライスラー社 24,213,767

8 グッドイヤー・タイヤ・アンド・ラーバー社 8,144,037

9 フォード・モーター社 △ 1,442,087

△赤字(損失)

(F.T.C Report on Motor Vehicle Industry pt1, 419p より作成)

ドキュメント内 HOKUGA: 現代資本主義の比較経営史研究(一) (ページ 172-189)

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