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Eugen第11軍司令官のオイゲン・リッター・フォン・ショーベルト(

ドキュメント内 吉本隆昭吉本隆昭 (ページ 53-58)

)上級大将(1883年~1941年)は、バルバロッ

Ritter von Schobert

サ作戦準備期から第11軍の指揮を執り、作戦開始後、国境での会戦、ス ターリン・ライン突破、キエフ包囲戦を指導したが、9月12日シュトル ヒ機で前線視察中に地雷原に不時着して爆発、死亡した。その為に第56 装甲軍団長のフォン・マンシュタイン上級大将が第11軍の指揮を執る事 になった(60)

エーリヒ・フォン・マンシュタイン(

Erich von Manstein

)上級大将(1 887年~1973年)は古くからのプロイセン軍人名家出身の参謀将校 で、12歳でプロイセン陸軍幼年学校に入学して士官学校に進み、18歳 でプロイセン第3近衛歩兵連隊の士官候補生となり、第一次大戦には連隊 付中尉として参加、東部戦線で重傷を負った。終戦時は第213歩兵師団

、 、 、

参謀として勤務し 戦後は いくつかの部隊で参謀と指揮官として勤務し ナチス政権下では軍管区参謀長等として勤務して昇進を続け、1938年 には中将で第18歩兵師団長を務め、対ポーランド戦ではフォン・ルント シュテットの南方軍集団の参謀長となり、1940年の対フランス侵攻作 戦準備期のA軍集団参謀長時代、アルデンヌ地方を突破する有名な「マン シュタイン計画」を立案してヒトラーに注目された。バルバロッサ作戦で

は北方軍集団第4装甲集団第56装甲軍団長としてレニングラードに向け て進撃中であったが、9月12日に前述の通り戦死したフォン・ショーベ ルト上級大将の後任として第11軍司令官に就任した。この時ヒトラーが 南方軍集団に示していた戦略目標は、ドネツ地域、クリミア半島及びロス

。 ( )

トフであった その為マンシュタインの第11軍も1個軍団 第54軍団 をもってペレコプ地峡の突破に当らせ、軍主力をもってドネツ、ロストフ 方向への攻勢を実施した。しかしながらクリミア半島のソ連軍の抵抗は激 しく、その為10月初めに第11軍は軍の全力を挙げてクリミア攻略に当 たる事になった(61)

第2図:クリミア半島の攻略

MGFA, Der Angriff, Beiheft Nr.14.

を参考に著者作成)

第11軍は改編された3個軍団(第30,42,54軍団)及びルーマ ニア山岳軍団をもってクリミア半島のソ連軍主力を駆逐し、11月中旬に はセバストポリ要塞地域を除く全てを占領した。12月中旬から軍主力を もってセバストポリ要塞に対する第1次攻撃を開始したが、冬将軍が災い して遂に陥落させる事はできなかった。その間、クリミア東部ケルチ半島 に対するソ連軍の反攻が開始され、1個師団でケルチ防衛に当たっていた 第42軍団長シュポネック中将は、ソ連軍による退路遮断を恐れ独断で後 退し、その結果罷免のうえ軍法会議で有罪となった。第11軍は翌194 2年5月にケルチ半島を奪回し、6月第2次セバストポリ要塞攻撃を開始 し超重砲の支援を受けて7月初めに陥落させ、第11軍はようやくクリミ ア半島を完全に制圧した。マンシュタインは、その功により元帥に昇進し た。その後8月のレニングラードへの攻撃、ドン軍集団司令官としてスタ ーリングラードの救出作戦、1943年のハリコフ及びクルスク戦、更に ドニエプル川への南方軍集団の後退作戦を指揮したが、1944年3月ヒ トラーとの統帥上の意見対立から軍集団司令官を罷免され再び現役に復帰 する事はなかった(62)

エーリヒ・フォン・マンシュタイン元帥は、数百年続くプロイセン貴族 軍人家系出身の正統派の軍人であり、作戦遂行能力、戦歴から言ってもグ デーリアン上級大将、ロンメル元帥と並ぶ第二次大戦におけるドイツ陸軍 を代表する名将の一人に数えられている。その栄光に包まれたフォン・マ ンシュタイン元帥の指揮した第11軍と早くからヒトラーとナチスを支持 し親ナチス将軍の筆頭に数えられたフォン・ライヘナウ元帥が指揮した第 6軍が、戦線後方で忌まわしいユダヤ人殺戮を行ったSS特別行動隊との 関係を考える上で焦点になってくる。

開戦時の第6軍と第11軍の編成は次の通りである。

第6軍:フォン・ライヘナウ元帥

第17軍団:キーニッツ(

Kienitz

)大将

第51歩兵師団:オーベン(

Oven

)少将 第62歩兵師団:カイナー(

Keiner

)中将

第44軍団:コッホ(

Koch

)大将

第91歩兵師団:シュライニッツ(

Schleinitz

)少将 第297歩兵師団:ペーファー(

Pfeffer

)中将 (63)

開戦後、陸軍総司令部(

OKH

)の予備であった第51軍団:ハンス・ラ インハルト(

Hans Reinhard

)大将が第6軍に編入された。

第11軍:フォン・ショーベルト上級大将

フォン・マンシュタイン上級大将(9月以降)

第11軍団:コルツフライシュ(

Kortzfleisch

)大将 第76歩兵師団:アンゲリス(

Angelis

)中将 第239歩兵師団:ノイリング(

Neuling

)中将

第30軍団:ザルムート(

Salmuth

)大将

第198歩兵師団:レッテヒ(

Roettig

)少将

第54軍団:ハンゼン(

Hansen

)大将

第50歩兵師団:ホリト(

Hollidt

)中将 第170師団:ヴィッケ(

Wittke

)少将 (64)

Karl

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