1.要旨
肺胞低換気症候群(
alveolar hypoventilation syndrome
) は,ほぼ正常の肺機能でありながら慢性の高炭酸ガス血 症をきたす症候群である.中枢神経系に明らかな原因が みとめられる場合には中枢性肺胞低換気症候群,明らか な原因が認められない場合には原発性肺胞低換気症候群(
primary alveolar hypoventilation syndrome
;PAHS
)と される.睡眠時の低換気は多くの例で覚醒時の高炭酸ガ ス血症が出現する以前に起こっているため,AASM
分 類 上 のSHVS
に は 肥 満 低 換 気 症 候 群(obesity hypoventilation syndrome
),中枢性肺胞低換気症候群,PAHS
などのほとんどが包括されるが,中枢性肺胞低換 気症候群はPaCO
2が上昇しない場合にCSAHS
と分類さ れる152).我が国では,厚生省特定疾患呼吸器系疾患調 査研究班呼吸不全調査研究班が「肥満低換気症候群,原 発性肺胞低換気症候群の診断および治療のための指針」を提案している.表38,39は,厚生省呼吸不全研究班 が作成した肥満低換気症候群,
PAHS
の診断基準を示す169).
肥満低換気症候群は,
OSAHS
のうち,高度肥満に伴 った肺胞低換気による慢性の高炭酸ガス血症と低酸素血 症をきたす症候群で,典型的なものがピックウイック症 候群(Pickwickian syndrome
)といわれる.覚醒時に慢 性の高炭酸ガス血症がなければ,高度肥満を伴う重症のOSAHS
であっても肥満低換気症候群とはいわない.高度肥満では肺活量が減少し拘束性の換気障害をきたす.
肥満低換気症候群では,高度な脂肪沈着による胸郭コン プライアンスの低下と呼吸筋力の低下があり,さらに正 常群よりも高炭酸ガス換気応答および低酸素換気応答が 低下していると考えられる.厚生省呼吸不全研究班では,
肥満低換気症候群は肺高血圧を58%,右心不全を34% と高頻度に合併し,その予後は通常の
OSAHS
よりも悪 いと報告している170).
PAHS
は極めて稀な疾患で,厚生省呼吸不全研究班の 調査による全国推定患者数は40人(95%信頼区間30〜 50人)である.PAHS
の原因としては,化学呼吸調節系 の障害が考えられているがなお不明な点が多い.臨床症 状は,慢性の肺胞低換気に伴う低酸素血症と高炭酸ガス 血症,および睡眠呼吸障害によって引き起こされる.低 酸素血症はチアノーゼ,多血症をきたし,低酸素性肺血 管攣縮によって肺高血圧,右心不全を引き起こす.高炭 酸ガス血症とそれに伴う呼吸性アシドーシスは,低酸素 血症と相まって知的障害や意識障害をきたし,CO
2ナル コーシスに陥りやすい.2.治療 表40,表41
表 38 肥満低換気症候群(OHS)の診断基準
(厚生省特定疾患呼吸不全研究班)126)
下記(1)〜(4)のすべてを満たす場合に肥満低換気症候 群と診断する.
(1)高度の肥満(BMI≧30 kg/m2)を呈する.
(2)日中における高度の傾眠を呈する.
(3)慢性の高炭酸ガス血症(PaCO2≧45 Torr)を呈する.
(4)睡眠時呼吸障害の重症度が重症以上
(無呼吸指数≧30,SaO2最低値≦75%,SaO2<90%
の時間が45分以上または全睡眠時間の10%以上,SaO2
<80%の時間が10分以上などを目安にして総合的に判 定する)であること。
表 39 原発性肺胞低換気症候群(PAHS)の診断基準
(厚生省特定疾患呼吸不全研究班)126)
下記(1)〜(8)のすべてを満たす場合に原発性肺胞低換 気症候群と診断する.
(1) 慢性の高炭酸ガス血症(PaCO2≧45 Torr)を呈する.
(2) 自発的過換気により高炭酸ガス血症の改善が見られる
(PaCO2 5 Torr以上の低下).
(3) ほぼ正常な肺機能(%VC≧60%,およびFEV1.0%≧
60%を目安とする)であり,肺の器質的疾患が血液ガ ス異常の主体であることが除外されること.
(4) 薬剤等による呼吸中枢抑制や呼吸筋麻痺が否定され,か
つ神経筋疾患などの病態が否定されること.
(5) 画像診断および神経学的所見により,呼吸中枢の異常に
関連する中枢神経系の器質的病変が否定されること.
(6) 睡眠時における低酵素血症の増悪をみとめる(基準値よ
り4%以上のSaO2の低下,またはSaO2<90%の時間 が5分以上,またはSaO2<85%に達する場合を目安と して総合的に判断する).
(7) BMI<30 kg/m2であること.
(8) 典型的な睡眠時無呼吸症候群を除く.
表 40 肥満低換気症候群に伴う肺高血圧症の治療 ClassⅠ
1.nasal CPAP (Level B)
2.体重減量療法(食事療法,運動) (Level B)
3. 中等症,重症例に対する非侵襲的換気療法(non-invasive positive airway pressure ventilation ; NPPV) (Level B)
4.酸素療法 (Level B)
ClassⅡa
1.軽症例に対する口腔内装置 (Level C)
2.重症例に対する気管切開+人工呼吸 (Level C)
ClassⅡb
1.肥満例に対する食欲減退薬(マジンドール) (Level C)
2. 低換気状態に対する呼吸中枢刺激薬(アセタゾラミド,
プロゲステロン) (Level C)
4 慢性血栓性および/または塞栓 性疾患に伴う肺高血圧症
1.要旨
慢性肺血栓塞栓症は,器質化した血栓により肺動脈が 慢性的に閉塞した疾患の総称である.ここで慢性とは,
6ヶ月以上にわたって肺血流分布ならびに肺循環動態の 異常が大きく変化しない,とする基準が用いられること が多い171).なかでも,血栓により閉塞した肺動脈の範 囲が広く,肺高血圧症を合併し,労作時の息切れなどの 臨床症状が認められる慢性血栓塞栓性肺高血圧症が重要 である.その臨床経過により,過去に急性肺血栓塞栓症 を示唆する症状が認められる反復型と明らかな症状のな いまま病態の進行がみられる潜伏型に分けられる.慢性 血栓塞栓性肺高血圧症は,軽症では抗凝固療法を主体と して病態の進行を防ぐ内科治療が有効であるが,安定期 の平均肺動脈圧が30mmHgを超える症例では,その後,
肺高血圧症の進展がみられたとされ,肺高血圧の程度が 重症な例では内科的治療には限界があり,予後不良とさ れてきた172),173).近年,手術(肺血栓内膜摘除術)によ り
QOL
や生命予後の改善が得られる症例が存在するた め,その正確な診断と手術適応を考慮した重症度評価が 重要である174)−178).なお,慢性血栓塞栓性肺高血圧症は,厚生労働省が指定する治療給付対象疾患としては,特発 性慢性肺血栓塞栓症(肺高血圧型)という名称が用いら れる.また,本ガイドラインで用いられる慢性肺血栓塞 栓症は,肺高血圧型と同義として用いられている.本ガ イドラインでは,診断,重症度判定とそれに続く治療方 針ならびに治療効果について述べる.
2.疫学,原因
我が国における,急性例および慢性例を含めた肺血栓 塞栓症の発生頻度は,欧米に比べ少ない.少し古い報告 ではあるが,剖検輯報にみる病理解剖を基礎とした検討
でも,その発生率は米国の約1/10とされている179).米 国では,急性肺血栓塞栓症の年間発生数が50−60万人 と推定されており,急性期の生存症例の約0.1〜0.5%が 慢性血栓塞栓性肺高血圧症へ移行するものと考えられて きた180).しかし,最近,急性例の3.8%が慢性化したと 報告され,急性肺塞栓症例では,常に本症への移行を念 頭におくことが重要である181).
本症の正確な発症機序はいまだ明らかとはいえない.
前述のごとく欧米を中心に,急性例からの移行とする説 があるものの,わが国においては女性に多く,深部静脈 血栓症の頻度が低い
HLA-B*5201
や-DPB1*0202
と相関 するタイプがみられることが報告された182).これらのHLA
は急性例とは相関せず,欧米では極めて頻度の少 ないタイプのため,欧米例と異なった発症機序を持つ症 例の存在が示唆されている.3.診断
慢性肺血栓塞栓症は厚生労働省特定疾患呼吸不全調査 研究班により作成された診断基準をもとに診断を進める
183(表42).まず疑い症例を選別する方法として,表) 42 に示した症状や臨床所見を参考にしながら,動脈血ガス 分析,胸部
X
線写真,心電図検査,心エコー法に見られ る特徴的所見の有無を検索する.さらに診断を確定する には,肺血流分布の異常と肺高血圧の確認が必要である.前者の確認には,肺換気血流シンチグラムにて換気に異 常のない肺血流分布異常が6ヶ月以上不変であること,
もしくは肺動脈造影にて特徴的所見である 1)
pouch defects
(小袋状変化) 2)webs and bands
(帯状狭窄)3)
intimal irregularities
4)abrupt narrowing
5)complete obstruction
のうちの少なくとも1つ以上が証明 されることが必要で184),後者の確認には右心カテーテ ル検査が必要である.近年,肺動脈内の器質化血栓を確認する手段として,
造影
Helical CT
検査が用いられ,肺動脈区域枝レベルま での血栓の検出と肺動脈肉腫や肺動脈炎などとの鑑別に 役立っている.また血管内エコーは,肺動脈内腔を直接 観察することで,血栓の付着や内膜肥厚の程度を評価す るのを可能にし,外科治療の可否を決定する上で有力な 検査法になりうる.4.重症度判定
本症の生命予後および
QOL
は,肺高血圧の程度に大 きく左右されることが知られている172),173).一般に肺動 脈平均圧で30 mmHg未満の症例の予後は良好とされ,心拍出量の低下ならびに肺血管抵抗の上昇に伴い,日常 表 41 原発性肺胞低換気症候群(PAHS)に伴う肺高血圧症の治療
ClassⅠ
1.酸素療法 (Level B)
2.NPPV (Level B)
ClassⅡa
1.横隔膜ペーシング (Level C)
2.重症例に対する気管切開+人工呼吸 (Level C)
ClassⅡb
1.陰圧換気法 (Level C)
2. 低換気状態に対する呼吸中枢刺激薬(テオフィリン,
アセタゾラミド,ドキサゾラム,プロゲステロン)
(Level C)