表11 資本構成の変化を考慮したDCF会計
ここで,継続価値の38,393は,APVによる事業価値の継続価値38,158と節税価値の継 続価値235との合計である。また,期中調整の1.0334は1.068の0.5乗である。そして,
WACCは次の式で計算されている。
FCF 負債比率(%) WACC(%) 割引率 DCF
1 447 5.8 6.8-4.3×0.058×0.35=6.71 0.9371 419 2 753 5.7 6.8-4.3×0.057×0.35=6.71 0.8782 661 3 800 5.3 6.8-4.3×0.053×0.35=6.72 0.8227 658 4 526 5.2 6.8-4.3×0.052×0.35=6.72 0.7709 405 5 911 4.5 6.8-4.3×0.045×0.35=6.73 0.7221 658 6 1,070 4.6 6.8-4.3×0.046×0.35=6.73 0.6765 723 7 1,118 5.6 6.8-4.3×0.056×0.35=6.71 0.6346 709 継続価値 38,393 5.6 6.8-4.3×0.056×0.35=6.71 0.6346 24,364
事業価値 28,597
期中調整 1.0334
調整後事業価値 29,552
tx
E D r D r
WACC
eu d( )
− +
=
(7) ここで,reuはレバレッジを行わない株主資本コストであり,rdは負債コストである。ま た,Dは負債であり,Eは株主資本であり,txは実効税率である。これは,WACC とレバレッジを行わない株主資本コストとの関係を示した式であり,直 感的に,次のように解釈することができる。
まず,本来のWACCは次の式で計算される。
r ( 1 tx ) E
D r D E D
WACC E
e d−
+ +
= +
(8) これを展開すると,次のようになる。
r tx
E D r D E D r D E D
WACC E
e d d− + + +
= +
r tx E D
D E
D Dr Er
d d
e
− + +
= + (9)
この(9)式の右辺第1項は,まさにレバレッジを行わない場合の資本コストであり,し たがって,reuと解することができるのである。
これによって明らかなように,DCF会計においても,WACCを年度ごとに算定して企業 価値評価に適用すれば,APV 会計と同じ結果を得ることができるのであるが,この計算手 続はかなり面倒であり,計算を誤る可能性も大きくなる。これに対して,APV 会計は計算 手続も簡単で明確であり,容易に資本構成の変化に対応できるのである。
2 企業価値の構成要素別分析
APV 会計は,企業価値評価を,レバレッジを行わない基本ケースと副次的効果とに分け て行うことによって,もう 1 つの特質および利点を有している。それは,企業価値をこれ に貢献する構成要素別に分割することができ,潜在的な企業活動の価値を規定し,分析す ることができるということである。例えば,通常の企業活動に加えて,効率的な企業運営 により利益が毎年 10%増加していくと予測すると,これが企業価値に及ぼす影響を分析す ることができるのである。
いま,表5の予測フリー・キャッシュ・フローにおいて,税引後営業利益(NOPAT)の
うち10%が効率的な企業運営によるものであるとすると,企業価値を構成する要素の分析
は,表12のようになる。
表12 企業価値の構成要素分析
1 2 3 4 5 6 7 8 基 本 シ ナ リ オ
N O P A T 1,020 1,068 1,111 1,187 1,238 1,288 1,340 1,392 減 価 償 却 費 867 911 956 1,020 1,065 1,113 1,161 1,211 営 業 C F 1,887 1,979 2,072 2,207 2,303 2401 2,501 2,603 運 転 資 本 の 増 加 (113) (26) (25) (35) (26) (25) (28) (27) 設 備 投 資 (1,187) (1,228) (1,276) (1,479) (1,396) (1,449) (1,504) (1,560)
の れ ん 投 資 (253) (91) (95) (299) (108) 0 0 0
F C F 334 634 676 394 773 927 969 1,016
継 続 価 値 25,060
割 引 率 ( 6 . 8 % ) 0.9363 0.8767 0.8209 0.7686 0.7197 0.6739 0.6310 0.6310 現 在 価 値 ( P V ) 313 556 555 303 556 625 612 15,813
基 本 シ ナ リ オ に お け る P V 19,333
利 益 の 増 加 分
N O P A T の 増 加 (1 0% ) 113 119 124 132 138 143 149 155
継 続 価 値 3,823
割 引 率 ( 6 . 8 % ) 0.9363 0.8767 0.8209 0.7686 0.7197 0.6739 0.6310 0.6310
現 在 価 値 ( P V ) 106 104 102 101 99 96 94 2,412
利 益 増 加 分 の P V 3,114
超 過 成 長 分
超 過 成 長 9,275
割 引 率 ( 6 . 8 % ) 0.6310
超 過 成 長 分 の P V 5,853
これによって,企業価値を構成する要素のうち,基本シナリオにおける期中調整後の現 在価値が 19,979(=19,333×1.0680.5)であり,利益増加分の現在価値が 3,218(=3,114
×1.0680.5)であり,超過成長分の現在価値が 6,048(=5,853×1.0680.5)であることが明 らかとなる。そして,これにこれまで計算した支払利息の節税価値と,余剰有価証券およ びその他の非事業用資産を加算すると,企業価値のすべての構成要素が明確となる。
いま,これを1表にまとめると,企業価値の構成要素は表13のようになる。
表13 企業価値の構成要素
構成要素 調整前 調整後 割合(%)
基 本 シ ナ リ オ 19,933 19,979 61.59
利 益 増 加 3,114 3,218 9.92
超 過 成 長 5,853 6,048 18.64
支 払 利 息 の 節 税 価 値 297 307 0.95 余 剰 有 価 証 券 1,806 5.57 その他の非事業用資産 1,080 3.33
企 業 価 値 32,438 100.00
このように,APV会計は,企業価値を構成要素別に分割することができ,それらの要素 を分析することができるのであり,ここに,この会計システムの第 2 の特質および利点が 見出されるのである6)。
3 会計情報の豊富性
APV 会計が企業価値の構成要素別分析を可能にすることと関連して,この会計システム の第3の特質および利点を導き出すことができる。それは,APV会計が企業価値を構成要 素別に分割でき,それらの要素を分析できることによって,会計情報を豊富にするという ことである。
従来,DCF会計ないし現在価値会計の考え方に基づいて,企業価値の構成要素を算定す ることが可能であった。これは,企業の資産を列挙し,企業価値と各資産の合計との差額 をのれん(自己創設のれん)として認識するという方法である。いま,この方法によって,
本稿の数値例に基づいて企業価値の構成要素を算定すると,表14のようになる。
表14 企業価値の構成要素
資産区分 金 額 割合(%)
正 味 運 転 資 本 1,575 4.85 有 形 固 定 資 産 5,741 17.70 投 資 及 び 前 払 金 1,080 3.33
の れ ん 24,042 74.12
合 計 32,438 100.00
ここで,正味運転資本の1,575は,表 1の貸借対照表における流動資産合計の4,793 と 流動負債合計の3,218との差額である。そして,これによって,24,042ののれんが認識さ れることになる。
さらに,これに基づいて,企業の完全な企業価値貸借対照表を作成することができる。
これは,表1の貸借対照表にいま算定したのれんを加味して行われ,表15のようになる。
表15 完全な企業価値貸借対照表 資 産 負債及び資本
事 業 用 現 金 283 短 期 借 入 金 474 余 剰 有 価 証 券 1,806 買 入 債 務 907
売 上 債 権 1,218 未 払 配 当 金 129
棚 卸 資 産 996 そ の 他 流 動 資 産 1,708 そ の 他 流 動 資 産 490 長 期 借 入 金 1,151 総 有 形 固 定 資 産 14,200 繰 延 税 金 601 減 価 償 却 累 計 額 (8,459) 過 去 勤 務 債 務 103 純 有 形 固 定 資 産 5,741 継 続 的 引 当 金 912 投 資 及 び 前 払 金 1,080 少 数 株 主 持 分 563 の れ ん 24,042 普 通 株 主 持 分 29,108 資 産 合 計 35,656 負債及び資本合計 35,656
ここで,普通株主持分の29,108は,表1の貸借対照表における普通株主持分の5,066と のれんの24,042との合計である。そして,資産合計および負債及び資本合計の35,656は,
表1におけるそれらの金額の11,614とのれんの24,042との合計であることも,注意する 必要がある。
いずれにしても,これが従来において企業価値の構成要素を算定する方法であったので あるが,APV会計が企業価値の構成要素別分析を可能にすることによって,表13のような もう 1 つの企業価値の構成要素を算定することが可能となったわけである。そして,これ によって,企業価値の構成要素を別の角度から二重に算定できることになり,会計情報が 豊富になるのである。
すなわち,APV会計によって,一方では表14におけるように企業価値を資産構成要素の 側面から捉え,表 15 のような企業の真の財政状態を明らかにすることができる。そして,
他方では表13におけるように企業価値を企業経営の効率的側面から捉え,企業の要素別業 績予測と分析を可能とする。これによって,APV 会計は企業価値の構成要素を二面的に捉 え,会計情報を豊富にすることができるのである。
Ⅴ むすび
以上,本稿では,APV 会計の意味を理解し,その特質ないし利点を究明することを目的 として,まずAPVの意味を明らかにし,APV会計の概要を説明し,さらに具体的な数値例 によって計算した。
そして,これに基づいて,APV 会計の特質および利点を,資本構成変化,企業価値分析 および会計情報の観点から解明した。いま,その結論を要約すると,次のようになる。
(1) APV会計は,企業の資本構成の変化に対応し,資本構成が時の経過において変化す る場合,企業価値をそれに応じて評価することができる。
(2) APV会計は,企業価値をこれに貢献する構成要素別に分割することができ,潜在的 な企業活動の価値を規定し,分析することができる。
(3) APV会計は,企業価値の構成要素を二面的に捉えることによって,会計情報を豊富 にすることができる。
このように,APV 会計は様々な利点を有しているのであるが,それらの唯一の原因は,
この会計システムでは,企業価値を,レバレッジを行わない場合の現在価値(基本ケース の現在価値)と資本調達に関する副次的効果の現在価値とに分けて把握することにある。
これによって,基本ケースにおいて,資本構成に左右されない企業価値評価が可能となり,
レバレッジを行わない株主資本コストを用いて,企業価値を評価することが可能となるの である。
しかしながら,かかるAPV会計にも,利点ばかりではなく,いくつかの問題点を有して いることも指摘しておかなければならない。その1つは,APV会計では,負債金融の程度 に関連する潜在的な倒産コストがしばしば見逃されるか,誤って推定されるということで ある。これは,注 1 で示したように,ダモダランが指摘するところであり,倒産コストを 無視する場合,企業が負債を増加するにしたがって,企業価値が増加するという不合理な 結論に導き,極論すれば,企業の最適負債比率は 100 パーセントであるという誤った結論 を生み出すのである(Damodaran[2002]p.419)。
しかし,これは技術的な問題にすぎず,基本的な問題点ではない。というのは,倒産の 確率も倒産コストも推定するのは困難であるが,推定方法を見出し,精度を高めることは 可能であるからである。現に,ダモダランも,社債の各付けを推定し,債務不履行確率の 経験的見積りにこの各付けを使用する方法や,各負債に関し,企業の観察可能な特質に基 づいて,債務不履行の確率を推定する統計的なアプローチを用いる方法を提言している。
したがって,APV 会計の基本的な問題点はここにはなく,別のところにあるといわなけ ればならない。そして,それは,APV 会計は依然として DCF 会計に基礎をおいており,
企業価値を,レバレッジを行わない基本ケースの現在価値と資金調達に関する副次的効果 の現在価値とに分割して把握するものの,その原理は企業の将来のフリー・キャッシュ・