これまでの実験結果から材料によって発光強度が大きく違うことがわかった.その要因を分析するため に,アーク加熱風洞実験で用いた供試体の発光強度と熱物性値との相関を分析することとして,以下の項目 についてグラフで可視化して分析を行う.また,低融点の金属ではアーク気流が供試体との支持具に当たる ことで生じる発光の影響が無視できないため,適宜材料を絞りこみ分析を行う.なおセラミックは熱衝撃で 破壊されて十分なデータが無いか,熱物性値が不明なためこの分析結果からは除くこととした.加熱率の条 件に関してはすべて12.3 MW/m2で実験を行った結果を用いている.
1. 最大発光強度と供試体の融点 2. 平均発光強度と供試体の融点
3. 最大発光強度および平均発光強度と供試体の熱拡散率 4. 最大発光強度までの時間と熱拡散率
3. 1. 1 最大発光強度と供試体の融点
最大の発光強度と供試体の融点の関係を図 28に示す.縦軸が最大の発光強度で横軸が供試体の融点であ る.これより,融点が高いほど最大の発光強度が増加していることがわかる.これは,融点が高い材料ほど 供試体の温度の最大値が高くなり,それによって黒体輻射による発光が大きくなるためだと考えられる.し かしMoやTaよりも融点が高いWの最大の発光強度が小さいという結果もみられた.
図 28 最大の発光強度と供試体の融点の関係
3. 1. 2 平均発光強度と供試体の融点
平均発光強度と供試体の融点の関係を図 29に示す.縦軸が平均発光強度で横軸が供試体の融点であ る.これより,融点が高いほど平均発光強度が増加していることがわかる.これは,最大発光強度と融点 の関係で述べた通り,融点が高い材料ほど黒体輻射による発光が大きくなるためだと考えられる.また,
TaとWの最大発光強度は2倍近く違う結果が得られたが,平均発光強度をみると2つの供試体の差がか なり小さくなっていることがわかる.
図 29 平均発光強度と供試体の融点の関係
3. 1. 3 最大発光強度および平均発光強度と供試体の熱拡散率
次にMo,Ta,Wの最大発光強度と平均発光強度について熱拡散率との相関をみてみる.図 30にMo,
Ta,Wの最大発光強度および平均発光強度と供試体の熱拡散率との関係を示す.左の縦軸は最大発光強度,
右の縦軸は平均発光強度,横軸が熱拡散率となっている.これより最大発光強度は熱拡散率が低いほど増加 することがわかる.それに対して,平均発光強度は熱拡散率との相関がみられないことがわかる.これは熱 拡散率が低いほど供試体後方に温度が伝わらず前面の温度が急激に上昇して,わずかな時間だけ黒体輻射に よる発光が大きくなるため,最大の発光強度が大きくなると考えられる.それに対して平均の発光強度と熱 拡散率の間に相関が無いのは,熱拡散率の値は供試体の発光強度の総和には影響を及ぼさないためだと考え られる.
図 30 最大発光強度および平均発光強度と供試体の熱拡散率との関係
3. 1. 4 最大発光強度までの時間と供試体の熱拡散率
融点が2,000 K以下の材料では,支持具などの外的要因による発光などの影響を受けて,どの材料も加熱
され始めてから早い時間で最大の発光強度近くまで達していたので,熱拡散率と最大の発光強度までの時間 との関係が見づらくなっている.そのため融点が2,000 K以上の金属であるZr,Nb,Mo,Ta,Wに絞って,
最大発光強度までの時間と供試体の熱拡散率との関係を分析する(図 31).縦軸は最大発光強度までの時間,
横軸が熱拡散率となっている.これより熱拡散率が高くなると最大発光強度までの時間が増加することがわ かる.これは熱拡散率が低い材料ほど,局所的な温度の上昇が急激に起こりやすくなり,黒体輻射による発 光が増大して最大発光強度までの時間が短くなるが,熱拡散率が高いと金属は、供試体が融けながら全体の 温度がゆるやか上昇して,熱拡散率が低い金属よりも遅い時間で発光強度が最大に達するため,最大発光強 度までの時間が長くなると考えられる.
図 31 最大発光強度までの時間と供試体の熱拡散率との関係
3. 2 画像を用いた分析
ここまでは分光スペクトルから発光の分析を行ってきたが,本節ではアーク加熱風洞で加熱中の供試体の 画像の発光の分析を行う.図 32にNbとMoが発光している際の様子を示す.この図からNbは供試体の 近傍のみで発光していることがわかるが,それに対してMoは供試体の周囲とその後ろ側でも尾を形成して 発光していることがわかる.また,Nbは可視光の中でも長波長側である橙色の発光が見られるが,Moは可 視光の中でも短波長側である黄色もしくは緑色での発光が見られる.Nbのような供試体自体の温度が上が って発光する現象は他の材料でも見られるが,Moのように供試体の後方で尾を形成して発光するする材料 は,表 4で示した材料の中ではMoとW以外には見られない.
この現象について流星の発光モデルを使って説明を試みる.図 33に流星の発光モデルを示す.図 33の a(上)が流星本体にアブレーションが起きていないときの発光のモデルで,b(下)が流星本体でアブレー ションを起きたときの発光モデルである.この図で示している通り,流星本体でアブレーションが起きてい る際には,昇華もしくは蒸発した流星物質と流星の後ろ側でガス雲が形成されて,地球大気との接触面で激 しく衝突することでウェイク(wake)と呼ばれるプラズマの尾を流星本体後方に形成する.逆にアブレーシ ョンをしていない場合には,流星源の極近傍のみの発光しか見られない.つまり,アーク気流によって加熱 されたことでMoにアブレーションが起きて,それにより供試体の後方でプラズマの尾を形成して発光した と考えられる.
次に,このような現象がなぜMoでみられたのか,酸化物の熱物性に着目して考察を行う.図 34にMo と酸化Moの融点と沸点を示す.この図より,Moの融点よりも酸化Moの沸点が低いことがわかる.この Moの性質によって,Moがアーク加熱風洞で加熱されているときに,試体前面のMoが酸化反応で酸化Mo になった後,酸化Moがすぐに気化,つまりアブレーションが起きて,供試体の後方で尾を形成して発光し ている可能性が考えられる.なお,Wも同様の現象が見られているが,Wの融点よりもWの酸化物の沸点 が低いことがわかっている36).
図 32 Nb(左)とMo(右)が発光しているときの様子
図 33 流星の発光モデル3) (直径1 cm,突入速度72 km/s,発光高度95 kmでのMgの発光モデル)
図 34 酸化Mo(Ⅵ)とMoの融点と沸点33)- 35)
3. 3 分光スペクトルの分析
アーク加熱風洞で加熱されている供試体でどのような発光現象が起きているのか分析するために,分光ス ペクトルの時間変化について分析を行う.分析する供試体は,発光強度が大きいMoをモデルケースとした.
図 35にMoの発光強度の時間変化を示す.この図の1,3,5 sの時点での分光スペクトルを図 36に示す.
縦軸が単位波長当たりの発光強度,横軸が波長となっている.図 36より1 sの時点では黒体輻射による発 光はあまり見られず,紫外線域での金属原子もしくは空気分子による励起発光が顕著に見られる.しかし時 間が進むにつれて,可視光域での発光の割合が上昇していることがわかる.これは,時間経過とともに供試 体の温度が上昇し,黒体輻射による発光が大きくなったためだと考えられる.
次に比較的融点の近いNbとMoの5 s加熱された後のスペクトルと,それに対してプランクフィッティ ングをした図を,図 37と図 38に示す.図 37をみるとNbのスペクトルに対してプランクフィッティング したときの黒体温度は2,725 Kであるが,Nbの融点は2,741 Kであり,Nbの融点に近い黒体温度がみられ た.それに対して図 38をみると,Moのスペクトルに対してプランクフィッティングしたときの黒体温度
は4,048 Kであり,,Moの融点は2,896 Kであるので,Moの融点よりも大幅に大きい黒体温度がみられた.
また,MoはNbのスペクトルよりも,原子バンドや分子バンドの発光が顕著にみられた.これは3.2節で示 した通り,Moが加熱中にアブレーションを起こして,気化することで融点を大きく超えた黒体温度になっ たことや,気化したあとに空気の分子と衝突を起こし,金属原子と気体分子の励起発光が起きたため,原子 バンドや分子バンドの発光が強く見られたと考えられる.
図 35 Moの発光強度の時間変化