• 検索結果がありません。

1-6-1. 「1984」

ナム・ジュン・パイクは、1984年をジョージ・オーウエルに捧げる。新年を祝うた

め、

1月1日、多くのポップ・シンガー、アイドル・スター、人気アーティストを集めて、

「オールスター・ヴィデオ」としての《グッド・モーニング・ミスター・オーウエル》が、その 皮切りであった。ヨーゼフ・ボイス、ローリー・アンダーソン、ジョン・ケージ、ジョン・サン ボーン、マース・カニングハム85、イヴ・モンタン、ピーター・ガブリエル、フィリップ・グ ラスなどの参加した有名スターが次々にスクリーンに現われた。パリとニューヨークが 結ばれ、「機械によって電波化された文化は大気圏の至る所で交差し、人間のコミュ ニケーションに新たな可能性を与えたのである」。このイベントはWNETとフランスの

FR3の協力を得て、リアルタイムで放送された。また、同時放送ができなかった日本、

韓国、西ドイツ、イギリス、メキシコなどの国では、その後、《グッド・モーニング・ミス ター・オーウエル》をドキュメント番組にして、放送した。

75伊奈新祐「《流れ(FLOW)》」、『<第5回ビデオ・アート公募入選作品発表展>』、ビデオ・ギャ ラリーSCAN、1983年

76中谷芙二子「《箱庭》」、『<第5回ビデオ・アート公募入選作品発表展>』

77 黒塚直子「《ひるねの間》」、『<第5回ビデオ・アート公募入選作品発表展>』

78中谷芙二子「《ひるねの間》」、『<第5回ビデオ・アート公募入選作品発表展>』

79 マイケル・ゴールドバーグ「《ES》」、『<第5回ビデオ・アート公募入選作品発表展>』

80中谷芙二子「《絵夢》」、『<第5回ビデオ・アート公募入選作品発表展>』

81 中谷芙二子「《ES》」、『<第5回ビデオ・アート公募入選作品発表展>』

82中谷芙二子「《カメラと、私のカメラ》」、『<第5回ビデオ・アート公募入選作品発表展>』

「20世紀芸術の歴史的な事件として記憶されることは間違いないが、現象 的な事実を追う者にとっては、意図的であるにしろないにしろ、引き起こされた 混乱が正当な理解を妨げたこともまた事実である。例えば、フランス側の放送 に顕著に現われたように、テクニカルな問題はそのままこのプロジェクトの本質 にかかわるものである。特にスウイッチングに関する混乱は86「電波を使用する パフォーマンス」もし87くは「広域化したアート」における今後の問題を示唆してい る。」

同年パイクは東京都美術館では20年程前から制作した作品を集め、〈モースト リー・ビデオ〉と題した回顧展を開いた。《TVガーデン》、そしてエイゼンシュタインに捧 げた《V.Matrix》の場合は30台程のモニターを利用していたが、今回の新作の《トウ キョウ・マトリックス》は、78台のモニターによって構成された三角形の巨大なインスタ レーションであった。また、ヨーゼフ・ボイスが来日した際には、ギャラリー・ワタリで二 人展を開88き、草月会館で赤いピアノを弾き、歴史的なパフォーマンスを行なった。

***

1984年の春、山本圭吾とアメリカのゲーリ・ヒルがビデオ・ギャラリーSCANの

〈第7回コンペティション〉を審査することになった。この春のコンペティションでは、

1963年生まれの多寡克也のテープが、ビデオとメディアの関係を明確にし、中谷芙二

子の好む「自然」なやり方で撮影されていた。《JANTA》は安価なカメラを、「まるで罪 人をさらしものにするかのように、街中引きずりまわしている」。また壁、コンクリートの 地面、芝生など独特な起伏の上をも引っ張って作った作品である。牽引力と速度に よって、風や電子回路のショートなどの様々な寄生音が録画/録音される。さらにもの にぶつかる時、映像の彩色が変化したり、消失したりすることもある。観賞する者は

「速度」を強く感じながら、ある意味で地面や壁に最も近いところから世界を意識する ようになり、今89まで体験しえなかった感覚を持つようになる。

1952年生まれの金指真理子の作品《Can You Hear Me》は、「発語行為そのも

83 篠原康雄「平面の集合としてのヴィデオ」、『<篠原康雄個展>』、ビデオ・ギャラリーSCAN、1983

84黒塚直子「“箱庭”とシミュレーション」、『<黒塚直子個展>』、ビデオ・ギャラリーSCAN1983

ののパフォーマンス。それは、他者の前に、自分の内部で想いのままに語りつつある 誰かの場」である。言葉は徐々にはっきり聞こえてくるが、「語られる思いの直接性は日 本人の言語に対する不信を底流としている90」だろうとゲリー・ヒルは指摘している。島 野義孝の《ころがすこと》は、「重さのある物体としてモニターを、その重さと戯れるよ うにしかもある荒っぽさでもってあつかってみる」というテーマで作られた作品である。

今回引きずられたものはカメラではなく、モニターであった。

「このパフォーマンス91の行為が、モニターTVの中のTVに同時上映されている かの如く見える。しかし、その二つの間にはズレがあり、延々とTVを引きずって いる二つの時間と状況が内在しているように思われる。」

他には、斉藤信のコピー・マシーンを使った2分のテープ(《SLIPPED

C

92

O-PY》)、辻中達也の「軽いエンターテインメントで貴方の未来の記憶をつくる」《My Hands

93》などが入選した。

***

秋にも、SC94

AN主催のコンペが行なわれ、審査は山口勝弘とゲーリ・ヒルが担

当することになり、串山久美子と永田修が再び入選した。前回、串山久美子が発表し た《True Face》は、「テクノロジーの攻撃と生物形態との並置という未来の可能性を示 唆」していたが、新作の《追越の家》は、ビデオと写真を使って、抽象的に建築の95時 間を暗示する作品であった。

永田修は前回(《投影、Act. 1.2.3.》)、影と光を扱っていたが、今回の作品では

(《南風》)ドライアイスという人工的な素材で、自然の天候や物理的な現象を表現す ることを追究した。

櫻井宏哉は社会的な関心を見せ、この<第8回ビデオアート公募入選作品発表 展>の「ベスト2」作品の一つとして、「人間の裏表のノンセンスさを描いている」。

85伊東順二「サテライト・オーケストラ」、『あさってライト』、東京、PARCO出版、1988年、p.12

「ビデオにとって切96っても切れない視覚と聴覚。2つを犯すことで、僕の作品は 成り立ちます。犯された空間の中であなたがヒステリックに叫ぶ97ことを僕は期 待します。」

木部与巴二と黒川芳信は1984年9月4日より、3日毎に3分のキャッチ・ボール・ビ デオを撮り続けてきた。

「私達はこの往復書簡をはじめるに98あたって、私達自身を24時間営業のカメ ラ・アイにした。生活という曖昧な時間帯の中で、シーンとでもいうべきものを形 成しようとしたのだ。」

合計すると都合で720時間に及ぶ長大な映像日記になったが、493分の編集が 入選した。「プロセス・アート」(過程芸術)は普通、退屈なジャンルなのだが、今回の

99この若手作家による生き生きとした作品は「言葉や、カメラや、この二人の生活が、

すべて映像への懐疑、可能性への手掛かりを語り合うことに集中してゆく過程」であっ た。黒川芳信は、舞踏や実験的なパフォーマンスの場である中野の〈Plan B〉の企画 委員会のメンバーの一人で、そこで《K&Kビデオ・レター:実験生活》は毎月上映され ていた。

以前にも、このようなキャッチ・ボール・ビデオの例は幾つかある。例えば1973年 小林はくどうの《Lapse 100

Communication》も一種のキャッチ・ボールと言えるのだ

ろうか。一つのパフォーマンスを連続的に撮影したこのプロセス作品について、作家に よる説明を参照すると、

「録画再生を即時的にできるビデオの特性を活かしたビデオゲーム。始め の人の動作のビデオを一度だけ2番目の人に見せて、記憶の中で同じ動作をし てもらう。2番目だけのビデオを3番目にと、順々に参加ゲームを続けていくと、次 第に動作がおかしくズレていくのが狙い。人間の身体情報の流れがいかに不正 確であるかを皮肉ったもの。最大で350人参加したものもある。」

10年後、寺山修司と谷川俊太郎はそれより個人的、友情的な試みとして、ビデ

86伊東順二「サテライト・オーケストラ」p.12

87 ボストンのPBS支局として活動しているニューヨークの13チャンネル

88伊東順二「サテライト・オーケストラ」、p.13

89 清惠子「20才のグッド・バイブレーション<Good Vibration>多寡克也」、『Scanning Art No40』、

1985年、p.152

オによる視聴覚的な文通を始めた。《ビデオ・レター》は寺山修司がなくなったため停 止された。16通の《ビデオ・レター》によって構成されるこの作品は、各パートの頭に送 り手から受け手への挨拶があっても、送り手のアイデンティティは時々不明になったり することもある。映像101自体は独立していて、作者の個性が混ざるように、不思議な

「ユニティー」が感じられる。ここで、言葉、身体と映像との複雑な関係が成立する。

***

商業システムを回避するような意識をもった新しい原動力が現われた。80年代 の代表的な若いアーティストの殆どはビデオ・ギャラリーSCANのコンペに入選した 人々だが、彼らは、さらにもう一つの展開を実現した。天理美知子、藤幡正樹、伊奈新 祐、柴田良二、黒川芳信、黒塚直子、中井恒夫、斉藤信、島野義孝は1984年のモン トリオールに於て開催された〈国際ビデオ会議〉に出品することになった上、有村森 文、川口真央、大山麻里、串山久美子、土佐尚子、原田大三郎、庄野晴彦、岡田和 大、山口保幸、今井祝雄、稲垣貴士、古舘徹夫、寺井弘典、篠原康雄、津村克史ら、

「テレビ時代」に育った20代の作家24名の、短い作品を集めたプログラム〈ビデオカク テル〉も構成された。そしてビデオ・テープ、インスタレーション、パフォーマンスなどが 神田の駒井画廊と池袋西武百貨店の〈STUDIO 200〉で発表された。展覧会のカタロ グのメッセージとして次のように述べられた。

「『ここに集まったアーティストの大半は、もの心ついた時、もうすでにテレビが家 具の一部としてあった。という生活を送ってきた人たちです』だから、『ここに先の 世代の人達』と『大きな差異があるのではないでしょうか』。」

90金指真理子「《Can you hear me?》」、『<第7回ビデオアート公募入選作品発表展>』、東京、ビデ オ・ギャラリーSCAN、1984年

91ゲリー・ヒル「《Can you hear me?》」、『<第7回ビデオアート公募入選作品発表展>』

92 島野義孝「《ころがすこと》」、『<第7回ビデオアート公募入選作品発表展>』

93山本圭吾「《ころがすこと》」、『<第7回ビデオアート公募入選作品発表展>』

94 ゲリー・ヒル「《My Hands》」、『<第7回ビデオアート公募入選作品発表展>』

95ゲリー・ヒル「《True Face》」

関連したドキュメント