306 1 木戸孝允・寺内正毅・杉孫七郎・
無署名書簡 木戸孝允書簡 中村敬宇宛 木戸孝允 中村敬宇 〔明治 年〕1月6日 1通 墨書
民政はよほど御手をつけなくて は民心の方向定まらず。大津 辺も民心洵に不穏。且つ連合 維持も御手をつけられたし。会 計先生達も工夫ありたし。干城 を 往 復 艦 船 将 等 へ 云 々 之 一 条、遷延しないことを望む。民 政少しは緩にしなくては今日の 形勢御しがたし。
306 2 木戸孝允・寺内正毅・杉孫七郎・
無署名書簡 寺内正毅書簡 池田宛 寺内正毅 池田 3月4日 1通 墨書
御委托の招魂社建築の件、中 村、芳沢氏快気した後、談合す るのでその結果をご連絡する つもり。
306 3 木戸孝允・寺内正毅・杉孫七郎・
無署名書簡 杉孫七郎書簡 〔半山〕宛 杉孫七郎 〔半山〕 〔明治22年〕8月10日 1通 墨書
道中別条なく本日直江津へ 着、今夜伏木へ渡航七尾へ一 宿富山、高山、岐阜を経て十 八日頃には函根へ着、一両日 休息して帰京の予定。
306 4 木戸孝允・寺内正毅・杉孫七郎・
無署名書簡 〔不明〕書簡 〔不明〕宛 1通 墨書
新潟港の事も収拾相着くとの 御報告拝承、大に安堵、按察 府兼務は官員初め総て簡易に して、県の体裁を基本に人心 永々安堵することが肝要、今 後は県庁と官員を動かさず、
民政の実効三四ヶ年の後を期 して永着すべし。
307 0 0 井上馨宛書簡 1巻(3
通)
307 1 井上馨宛書簡 大山巌書簡 井上馨宛 大山巌 井上馨 〔明治19年〕12月27日 1通 墨書
築地海軍省地所の一条、樺山 次官へ相談したところ、同人も 渡した方がよいと周旋中にて、
多分差支なし。しかし、少々に ても金を出してほしいとの事な ので、それは難しいと回答して おいた。
307 2 井上馨宛書簡 陸奥宗光書簡 井上馨宛 陸奥宗光 井上馨 〔明治19年〕12月27日 1通 墨書
スチーブン氏へ賜金の義、独 断にて取計ったところ、同氏よ り井上伯へ謝辞を伝えてくれる よう依頼あり。清公使との談判 筆記録、昨今粗浄写の運にい たるも、青木次官はスチイスン 氏以外にヤスモンド氏にも校 正致させたしとのこと、自分も その考え。内藤類二郎担任の 一件は、大に進歩し不可解の 箇条なし。別紙四通は李、徐と の往復電報にて、徐は貴大臣 の御話に驚き、李は始終平和 主義のように思われる。彼を知 り己を知ること必要。
307 3 井上馨宛書簡 黒田清隆書簡 井上馨宛 黒田清隆 井上馨 〔明治 年〕5月27日 1通 墨書
藤田、小室より北海道幌内石 炭売捌の義出願あり、これは 自分も賛成なので、佐々木工 部卿に貴兄より御依頼下され たし。
308 0 0 細川護貞宛書簡 6点
308 1
細川護貞宛書簡
成田安賢書簡 細川護貞宛 成田安賢(共同通信社開発局) 細川護貞 昭和43年4月5日 1通 ペン
書状拝受。訂正個所の件、第3 刷で直したい。謹呈本送付た だちに手配。
308 2
細川護貞宛書簡
高木惣吉書簡 細川護貞宛 高木惣吉 細川護貞 昭和43年4月10日 1通 ペン 「近衛日記」御恵投御礼 308 3細川護貞宛書簡
高村坂彦(徳山市長)書簡細川護貞宛 高村坂彦 細川護貞 昭和43年4月11日 1通 ペン 「近衛日記」拝受
308 4
細川護貞宛書簡
菊池行夫書簡 細川護貞宛 菊池行夫 細川護貞 昭和43年4月13日 1通 ペン 「近衛日記」御恵贈を深謝 308 5細川護貞宛書簡
安井英二書簡 細川護貞宛 安井英二 細川護貞 昭和43年4月30日 1通 ペン 「近衛日記」を拝読 308 6「近衛日記―国体の本質に触れ る 太平洋戦争末期の記録―」
(『読売新聞』夕刊 記事切抜)
読売新聞社 昭和43年4月25日 1枚 印刷
309 0 0 三条実美書簡 有栖川宮熾仁
親王(左大臣)宛 三条実美 有栖川宮熾仁親
王(左大臣) 〔明治28年〕12月15日1巻(1通) 墨書
只今西郷入来。今朝宮内卿 内閣相談之辞表 一海軍卿 西郷、一農商務卿 谷、一 文部卿 森、一逓信卿 榎 本、一警視総監 三島 右 御報道申上ぐ
『公爵山県有朋伝』(下巻, 1933)
収録。当室「山県有朋関係文書
310 1 山県有朋書簡 田中光顕宛 山県有朋 田中光顕 〔明治27年〕10月10日 1通 墨書
通り、進軍至難輜重運輸上之 困難海路之運搬は定州付近 之海辺は遂に目的を達せざる の報知を得。
310 2 山県有朋書簡 田中光顕宛 山県有朋 田中光顕 〔明治27年〕10月10日 1通 墨書
猶留守中は殊更家事高配を煩 し、鳴謝之至、其他何事も御決 行御指図御依頼
311
0 0 木戸孝允書簡 田中光顕宛 木戸孝允 田中光顕 〔明治6年10月〕 1通 墨書
南方士官十名余辞表を出し 陸軍省へ申出候。政府も政 府たらず士官も士官たらず 歎息之至。
『木戸孝允文書. 第5』(日本史籍 協会, 1931)収録。箱書の日付(12 月20日)は誤りヵ
312
0 0 山県有朋書簡 朝比奈知泉
宛 山県有朋 朝比奈知泉 明治34年1月6日 1通 墨書
歴遊の一事も談合の末ほ ぼ内定。伊藤博文首相は 内閣為政の大綱につき取 調中。外交の時局は憂慮 に堪えず平和の結了を祈
3130 0 小畑忠良書簡 山下亀三郎宛 小畑忠良 山下亀三郎 昭和15年8月23日 1通 墨書 整理用封筒、1枚
思いも寄らず役人に転 身。実業界は潔く見切り たれば住友の敷居は二度
314
0 0 明治元勲書簡 巻二~四 3巻 巻一は欠
314 1 1 明治元勲書簡 有栖川宮熾仁書簡 岩倉具
視宛 有栖川宮熾仁 岩倉具視 〔明治〕 年9月15日 1通 墨書 先日ご依頼の揮毫出来につき
受取られたし 314 1 2 明治元勲書簡 三条実美書簡 岩倉具視宛 三条実美 岩倉具視 〔慶應4年〕5月15日 1通 墨書
東叡山賊徒は討伐の計画、卯 刻に進撃。日誌4巻の熟覧を乞 う。官軍士気は大いに奮う、安 心されたし。
314 1 3 明治元勲書簡 三条実美書簡 岩倉具視宛 三条実美 岩倉具視 〔明治〕 年7月23日 1通 墨書
府民より願出の件、宮内省へ 申出るのが適当。明後日決定 すべし。拙官からの意見はな し。
314 1 4 明治元勲書簡 徳大寺実則書簡 岩倉具視宛山県有朋 岩倉具視 〔明治〕 年9月8日 1通 墨書
多忙での不参を謝す。今日も 体調不良にて出仕ならず。三 条公にも宜しく伝言を願う。
314 1 5 明治元勲書簡 〔不明〕書簡 岩倉具定宛 岩倉具定 1通 墨書
別紙加筆の分は篤と評議加筆 すべし。三条公の分は暫時借 受けご覧に入れる積り。
314 1 6 明治元勲書簡 柳原前光書簡 岩倉具定・
岩倉具経宛 柳原前光 岩倉具定・岩倉具経 〔明治〕 年4月3日 1通 墨書
明日4日は千住表まで進発、形 勢を見て上総・下総・房州・常 州を巡撫す
314 1 7 明治元勲書簡 〔不明〕書簡 〔不明〕宛 1通 墨書
上野戦争開始により波花丸の 当港滞在は危険につき即刻出 帆する旨の別紙文通の抜書き
314 2 1 明治元勲書簡 伊藤博文書簡 山県有朋宛 伊藤博文 山県有朋 〔明治17年〕2月25日 1通 墨書
警察官訓練制度の件、ドイツよ り士官・警部3名招聘しても邦 貨で年俸5000円位と概算、右 概算にて3ヶ年雇入れで如何。
至急ご意見を乞う。
314 2 2 明治元勲書簡 松方正義書簡 黒田清隆宛 松方正義 黒田清隆 〔明治〕 年5月10日 1通 墨書
ご返却の書面2冊は確かに拝 受 。 大 同 派 へ の 御 懸 念 は 尤 も。持参した鉄道取調は小牧 氏へ託す。ご一覧の上ご意見 を乞う。
314 2 3 明治元勲書簡 山県有朋 和歌七首 山県有朋 1通 墨書
314 2 4 明治元勲書簡 井上馨書簡 稲生真履宛 井上馨 稲生真履 3月7日 1通 墨書
虚堂墨跡の件、元値800円のと ころ750円で交渉なさる事につ いては示定に従う。それ以上な らば謝絶も已む無し。
314 2 5 明治元勲書簡 井上馨書簡 稲生真履宛 井上馨 稲生真履 12月9日 1通 墨書
脇坂の大小刀の件は橋本から 聴取されたし。真物との認定付 なれば270~280円まで拠出の 積り、ご尽力を乞う。明日は磯
314 3 1 明治元勲書簡 山田顕義書簡 小澤宛 山田顕義 小澤 〔明治〕 年3月2日 1通 墨書
相撲力士よりの輜重隊編入願 の件、高砂・梅ヶ谷より周旋依 頼。山県・西郷・大山へは相談 済。相応の御用勤の名目あら ば有事は従軍させ平時も取締 によし。不採用にても連絡くだ されたし。
314 3 2 明治元勲書簡 副島種臣書簡 岩倉宛 副島種臣 岩倉 〔明治〕 年5月10日 1通 墨書
本日拝趨の予定のところ、俄 に風邪気味のため拝趨叶わ ず。悪しからず。
314 3 3 明治元勲書簡 後藤象二郎書簡 岩倉宛 後藤象二郎 岩倉 〔明治〕 年7月13日 1通 墨書
今朝参殿すべきところ、先日お 申付けの御用件等につき早々 会計官判事に相談すべきこと 出来す。参殿時刻に差掛り時 間もないため参殿は取り止め たし。
314 3 4 明治元勲書簡 寺島宗則書簡 川村純義宛 寺島宗則 川村純義 明治11年4月15日 1通 墨書
英国へ注文の軍艦を買受けた き者ありとの件、パークス英公 使より照会。貴方にても同氏よ り御問合せあらば当方と同様 の回答されたし。
314 3 5 明治元勲書簡 品川弥二郎書簡 〔不明〕宛 品川弥二郎 〔明治〕 年9月14日 1通 墨書
元勧農局勤務の村田昌寛の 人事につき相談。村田は岩国 人ゆえ実着なり。西郷君出発 時期の問合せ。従行書記官の 件。
314 3 6 明治元勲書簡 榎本武揚書簡 川村純義宛 榎本武揚 川村純義 〔明治〕 年12月28日 1通 墨書
体調不良にて御招待の30日午 餐はお断り。浮袋周旋・ロシア 海軍士官への贈物等について は1月に折を見て相談に伺う。
314 3 7 明治元勲書簡 曽祢荒助書簡 薬袋義一宛 曽祢荒助 薬袋義一 明治30年10月21日 1通 墨書
一昨日の手紙拝読、先日苦淡 楼でご相談の件もあり貴兄に は面目なし。今月急用分は九 段へ申入れにつき受取られた し。小生も今月下旬に上京の 積り。
314 3 8 明治元勲書簡 寺内正毅書簡 小澤武雄宛 寺内正毅 小澤武雄 3月19日 1通 墨書
昨日ご来示の口演筆記につ き、少々手を加え別紙の通り 返却。受領されたし。
314 3 9 明治元勲書簡 佐野常民書簡 岩倉宛 佐野常民 岩倉 〔明治〕 年4月29日 1通 墨書
5月9日星ヶ岡茶寮へ御招待の 件、去る12月来多病にて臥床 し、不本意ながら当日参上叶 わず。悪しからず。
314 3 10 明治元勲書簡 土方久元書簡 岩倉宛 土方久元 岩倉 〔明治〕 年6月8日 1通 墨書 来る23日星ヶ岡茶寮へご招待
の件、時間通り必ず参上す 314 3 11 明治元勲書簡 林董書簡 川上操六宛 林董 川上操六(参謀次長)〔明治〕 年8月27日 1通 墨書
先年韓廷改革の計画ならずし て米国亡命中の林殷明・金俊 龍2名につき、当地より仁川ま で御用船に便乗できるよう何 卒お取計らいを願う
314 3 12 明治元勲書簡 前田正名書簡 西宛 前田正名 西 〔明治〕 年 月13日 1通 墨書
石黒県令も近日帰国、同氏拝 聴を熱心に希望につき、貴方 に15日の御出でを乞う。小生も 帰京すべし。
314 3 13 明治元勲書簡 伊東巳代治書簡 岩倉宛 伊東巳代治 岩倉 〔明治〕 年4月26日 1通 墨書
5月9日星ヶ岡茶寮での晩餐会 へ の ご 招 待 の 件 、 必 ず 参 上 す。碁将棋の嗜みは未熟なる も拝見がてら早目に参上する 積り。