1)病原体と疾病の特徴
1935年にオーストラリア・クイーンズランドで原因不明の“abattoir fever(と場熱)”が 発生した。調査の結果、この疾病が過去に報告のない不思議な熱性疾患であったことから
“query fever(不思議な、謎の熱病)”と名づけられた。「Q熱」の“Q”はこの、“query”
の頭文字をとった呼称である[文献資料1-0-1を参照。以下同じ]。
Q熱の起因病原体はCoxiella burnetii(コクシエラ バーネッティー)である[1-0-
2]。C. burnetiiは従来、Rickettsiales(リケッチア目)に属していたが、現在は Legionellales
(レジオネラ目)、Coxiellaceae (コクシエラ科)、Coxiella 属に分類されている[1-0-
3]。本菌は、宿主細胞内でのみ増殖する偏性細胞内寄生性のグラム陰性小桿菌(多形性:
大小、楕円形から桿状まで様々な形態を示す)で、大きさは 0.2~0.4×1.0µm、ブドウ球菌 属の 2分の 1から 4分の 1の大きさで孔径 0.45µmのフィルターを通過する。Giemsa(ギ ムザ)染色では紫色、Gimenez(ヒメネツ)染色では紅色を呈する。細胞壁にはペプチド グリカンを有する。培養にはマウスなど実験動物、発育鶏卵卵黄嚢、あるいは動物に由来 する細胞の中で培養に適した細胞系を用いる。寒天培地などの無生物培地には発育しない。
C. burnetii にはⅠ相菌とⅡ相菌がある。Ⅰ相菌は強毒型の新鮮分離株である。発育鶏卵
卵黄嚢などを用いて長期間継代培養すると菌体表面のリポ多糖体の一部が開裂し、弱毒型 のⅡ相菌になる。Ⅰ相菌に対する抗体は感染個体(患者、あるいは患畜)の発症から4週 間後(回復期後期)に出現し、短期間で消失する。これに対してⅡ相菌に対する抗体は発 症から1、2週間後に出現し長期間持続する。これらのことから、診断用抗原としてⅡ相 菌を用いることが一般的である。Ⅰ相菌抗原との併用は、検査の精度の上でさらに望まし い。
本菌は芽胞様構造を持つ小型細胞(Small cell variant; SCV)と、母細胞である大型細胞
(Large cell variant; LCV)からなり、これら大小の両細胞はともに感染性がある。LCVに 比して SCVは浸透圧に対して強い。また、本菌は熱、乾燥、消毒に対して抵抗性が高く、
感染個体から排出されても環境中で長期間生存する。C. burnetii の感染は、主にこれら環 境中の菌体が塵埃などとともに、直接ヒトや家畜などの呼吸器系を介して吸引されること によって成立すると考えられている。したがって、本菌の感染成立には必ずしも媒介者を 必要としない。
現在ではヒトのQ熱、動物のコクシエラ症は世界中で報告があり、C. burnetii は人獣共 通感染症の原因菌として重要視されている。先進諸国では C. burnetiiをヒトの呼吸器疾患 の起因微生物の一つとみなし、Q熱の継続的監視が実施されている[1-0-4,5]。
C. burnetii には日本を含む世界各地でヒト、家畜、鳥類を含む野生動物及びダニなどか
ら分離された様々な菌株が存在する。最近の研究によって、日本の分離菌株には免疫応答
に関与する遺伝子の塩基配列に海外の分離菌株と相違のあることが明らかにされた[1-
0-6]。動物やダニから分離される C. burnetiiの菌株全てに、ヒトに対する病原性がある か否かは分かっていない[1-0-4]。
(1)動物における疾病
C. burnetiiの宿主域は非常に広範に及んでいる。牛、めん羊、山羊などの家畜からイヌ、
ネコなどの伴侶動物を始め、家禽を含む鳥類、げっ歯類、シカなどの野生動物やダニなど 実に多彩である。自然界においては、ダニ、及び野生動物(鳥類)の間に本菌の感染環が 成立している。この感染環に家畜、愛玩動物、あるいはヒトが組み込まれることによって ダニ、家畜(愛玩動物)、他の家畜(愛玩動物)、又はヒトへと感染が広がる。
感染動物の多くは軽い発熱の他はほとんど臨床症状を示さず、不顕性に終わる。その一 方で、これらの感染動物は菌血症を起こし、乳汁、流産胎仔、胎盤、羊水、ふん尿中など に長期間に渡って大量の菌体を排出する[1-1-7]。感染牛では400日以上、乳汁中に 排菌する例が知られている[1-1-7]。イヌやネコは尿中に約 2 ヶ月間、排菌する。
C. burnetiiはダニ体内では979日、乾燥したダニのふんでは586日以上[1-1-7]、ス
キムミルク中では室温で40ヵ月間以上生存できる[1-1-8]。また、牛舎の土壌中で 150 日以上生存する。そのため、特に家畜では一旦汚染された飼育環境から再び感染する 悪循環に陥りやすい。
妊娠動物が感染した場合、死・流産を起こすことがある。繁殖障害(流産、後産停滞、
子宮炎、不妊など)の病歴を有する牛の C. burnetiiに対する抗体陽性率は、非病歴牛のそ れに対して非常に高率である。また、繁殖障害牛ではC. burnetiiを排菌している牛の割合 も非常に高く、これらの個体からは本菌の分離される確率も高いことが報告されている。
家禽を含む鳥類では不顕性感染を起こすが、やはり2週間から1ヶ月程度排菌し、抗体も 検出される。
(2)ヒトにおける疾病
ヒトQ熱の症状は極めて多岐に渡り、本疾病に特異的な臨床症状は認められない。不顕 性感染、一過性の発熱、又は軽度の呼吸器症状を示す例が多数存在すると考えられている。
臨床像は急性型と慢性型に大別される。潜伏期間は14日から26日間ほどで、インフルエ ンザ様症状を主徴とする。急性・熱性の菌血症、発熱、頭痛、眼球後部痛、胸部痛、筋肉 痛、関節痛、発汗、悪寒、食欲不振、嘔吐、咳嗽などを呈した後、気管支炎、肺炎、肝炎、
髄膜炎、発疹、髄膜脳炎、肝性脳炎、眼神経炎、腎臓障害といった経過を見ることがある。
予後は一般的には良好で、多くの例では約2週間で解熱し回復するが、治療が時宜を得な いと死に至ることがある。慢性型の場合は急性期の後、回復期から心内膜炎に移行するこ とがある。心内膜炎移行の発生率は2~20%で、この場合は致死率が高くなる。そのほか には心筋炎、心外膜炎、慢性肝炎、壊死性気管支炎などの病型が知られている。稀に血管
炎、骨髄炎、アミロイド症、多発性関節炎、胎盤炎、流産などを起こすことがある。
ヒトにおける C. burnetii感染は環境中に存在する本菌を塵埃などとともに吸引すること による経気道感染が一般的である。ヒトからヒトへの感染は稀であると考えられている。
また、ダニなど節足動物からの感染も稀であると考えられている。
コクシエラに感染した家畜では流産との関連が指摘されているが、その多くは不顕性感 染[1-2-9]あるいは慢性感染であり、ヒトQ熱の感染源として重要性が認められて いる[1-2-10,11]。我が国における調査でも、これらの家畜との接触頻度の高い 獣医師及び食肉処理従事者の抗体保有率が一般健康人のそれと比べ高いことが報告されて いる[1-2-12]。また、食品を介してヒトが本菌に感染する場合、その多くが生乳[1
-2-13,14]や殺菌不十分な牛乳[1-2-15,16,17]及びチーズ(C. burnetii 汚染乳により作られたものではあるが、製造法や種類は不明;著者注)[1-2-18]な どの乳製品の摂取によるものであると考えられている。
これらの家畜以外にヒトQ熱発生と密接な関連を持つ愛玩動物がネコである[1-2-
19,20,21]。血清調査の結果、我が国でネコが高率に抗体を保有していることが明 らかとなり、家畜との接触機会の少ない都市部ではネコがヒトへの媒介動物として重要で あることが示唆されている[1-2-22]。更に近年、インフルエンザ様症状の児童と、
その感染源と思われたネコからC. burnetiiが分離され、日本のヒトQ熱感染と愛玩動物と の関連が明らかになった[1-2-23,24]。海外でも市街地の自動車修理工場や娯楽 施設でのQ熱集団発生の感染源が C. burnetiiに感染したネコであることを示す報告がなさ れている[1-2-25,26,27]。これらの他にも、Q熱患者発生と家畜(牛、山羊、
及びヒツジ)や愛玩動物(イヌ、ネコ;出産時のものを含む)との因果関係を示した報告 は多数認められる[1-2-28,29,30,31,32]。
Q熱に限らず、疾病の治癒には早期発見・早期治療がもっとも有効であることは論を待 たない。可及的速やか、かつ適切な抗生剤治療が望まれる。治療にはテトラサイクリン系 抗生物質が第一選択薬として用いられる。抗生物質による治療は発症から3日以内に開始 すると一般的に効果が高いが、本菌は偏性細胞内寄生菌であることから、症状回復後も長 期間にわたって脾などの網内系細胞に生残し、体内から容易に消滅しない。よって、3週 間から4週間の継続投与が望ましい。症状の改善があっても3週間以上投与しない場合、
再発することがある。小児や妊婦にはマクロライド系抗生物質が有効である。
Q熱は特異的な臨床症状を示さず、その症状は実に多彩なため、臨床診断は非常に困難 である。最も確実な方法は患者や患畜から得た血液や組織材料をマウスやモルモット、あ るいは細胞系に接種して培養分離を行うことである。しかし、これらの方法は時間がかか り実際的とはいえない。近年では間接蛍光抗体法、ELISAによる血清診断に加え、迅速診 断法として C. burnetii 外膜蛋白遺伝子、プラスミド遺伝子など、本菌に特異な DNA 断片 を増幅する PCR法がC. burnetii感染診断に用いられている[1-2-33,34]。国立 感染症研究所によるQ熱感染の診断基準は以下のとおりである:急性型の確定診断はⅡ相