第 4 章
第 2 節 ピアノ作品におけるロシア聖歌の要素
4. 古聖歌の要素に由来する素材がみられる作品
1) 狭い音域における、シンコペーションを含むフレーズ
このようなシンコペーションによる、拍節を超えた順次進行の音型は、聖歌旋律の特徴 である、長いフレーズに通じるものといえる。以下の譜例では、右手、左手ともに順次進 行である。E: Ⅲ-Ⅵ-Ⅴ-Ⅰという和声進行も、旋法的な要素が強い。
譜例4.41 ≪13の練習曲集≫ 作品32 第3番より199 E-dur
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E: Ⅲ Ⅵ Ⅴ Ⅰ
199 IMSLP, s.v. “Complete Score,” in “13 Preludes, Op.32 (Rachmaninoff, Sergei),” (Moscow:
A. Gutheil, n.d.(1911). Plate A. 9612-24 G.) accessed September 30, 2015,
http://conquest.imslp.info/files/imglnks/usimg/e/e0/IMSLP105591-PMLP02018-Rachmanino v_-_32_-_13_Preludes__ed.Gutheil_.pdf
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2) 自然短音階上の5つないし6つの音で構成される音型
刺繍音的に旋律を装飾することによって構成される、5つないし6つの自然短音階上の 音のかたまりは、狭い音域内を動く聖歌の音型に類似する。律動的な音型として、曲全体 に旋法的な響きをまとわせる要素であると考えられる。
譜例4.42 ≪絵画的練習曲集≫ 作品39 第3番より200 fis-moll
譜例4.43 ≪絵画的練習曲集≫ 作品39 第8番より201 d-moll
3) コラール風の書法による和声進行
カテゴリー2、カテゴリー3でも取り上げたが、このようなコラールのような順次進行に よる和声進行は、大規模な聖歌合唱の響きをあらわすものといえる。
200 IMSLP, s.v. “Complete Score,” in “Etudes-tableaux, Op.39 (Rachmaninoff, Sergei),”
(Moscow: Muzyka, (ca.1970). Plate 9070.) accessed September 30, 2015,
http://burrito.whatbox.ca:15263/imglnks/usimg/4/49/IMSLP00243-Rachmaninoff_-_9_Etude s_Tableaux__Op_39.pdf
201 Ibid.
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譜例4.44 ≪ショパンの主題による変奏曲≫ 作品22 c-moll 第14変奏より
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4) 跳躍進行がみられない旋律
跳躍進行がみられない、順次進行を主とした息の長い旋律構成法は、聖歌旋律的な要素 を含んでいる。コレルリの主題による変奏曲は、曲全体を通して元となっている≪ラ・フ ォリア≫の旋律に起因する旋法的な要素が強いことは確かであるが、第15変奏は、ロシア 聖歌の旋律型に類似した変奏の形式であると考えることができる。
譜例4.44 ≪コレルリの主題による変奏曲≫ 作品42 d-moll 第15変奏より
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ここまでの分析を通し、ロシア聖歌の要素を内在するラフマニノフの書法として、大き く以下のような特徴を挙げることができる。
・旋法的な和声進行による、調性のゆらぎとあいまいな終止感
>ラフマニノフは、作品において旋法的な和声進行を用いていても、徐々に半音階進行や 導音を取り入れて次の場面に移るなど、全体的にこの旋法の要素で染まってしまうので はなく、あくまで調性音楽の中で自然に、かつ効果的に用いている点が特徴である。調 性音楽の中にあらわれる旋法和声の響きは、儚さや憂いといったラフマニノフ自身の中 から生まれる自然な感情の表出ではないかと考えられる。
・旋律の中心音に常に回帰し、大きな弧を描きながら上昇頂点を迎え、徐々に下降しなが ら弛緩し、終止音に回帰する旋律の構成
>ラフマニノフ独自の持続性のある旋律は、聖歌旋律の要素に共通する、語りのような跳 躍のみられないフレーズだけで構成されるだけでなく、その中に跳躍進行を含むことに よって、「聖歌的でありながら、聴き手を惹きつけるような甘美さをともなう旋律が実現 される」と考えられる。
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