第1節 JSL児童によりそう支援
第4章において、教師たちは、JSL 児童の問題を、言語の問題と捉えていたことが確認 されたが、その背景にどんなことが起因しているのかについての具体的なことまでは理解 できていないことを述べた。
新倉(2002)は、教師の中には言葉が通じないことを過度の弊害と捉えるあまり、それ 以外のアンテナで子どもの活動や発達の過程を見逃しているのではないか、と主張した89。 日本語の不足を他の活動で補おうとする教師の創意工夫が課題である。この節では、先 行研究で得られた「教師の工夫によってJSL 児童の認知的負荷を低くしたり、児童のスキ ーマを活発化させる活動を多く取り入れたりすることによって、教科指導と言葉の統合を はかりながら、知的発達を促す。」という知見をもとに、筆者が日本語指導担当の立場で、
実践した事例を分析する。また、どのように効果を及ぼしたかについて明らかにする。
1-1.ことばの負担軽減
Cummins( 1984)は、「認知力必要度と場面依存度で分析した言語活動」の図(序章参照)
を用いて、言語活動を「説明力必要度」と「場面依存度」という二つの軸で分析する4現 象モデルを提唱した90。JSL 児童の多くが困難を感じている学習場面は、領域Dの本を読 む、レポートを書く、口頭発表をする、のように教科に関わる学習活動である。なぜかと いうと、単語のみが意味を伝え他の手がかりのほとんどない「場面依存度」が低く、さら に、
レベルの高い多くの情報が迅速に処理されなければならない「認知力必要度」が高い場面 であるためである。
JSL 児童のことばの負担を少なくするためには、領域Dの場面を、具体物やことばの難 易度を下げることによって、領域A の場面の手がかりを多くすると同時に認知力の負担を 軽減することが必要である。
また、読み取りについての研究では、音読の速度が関連することが分っている。一つず つの文字が読めても、文字を読むことに集中している段階では、文章内容を理解するには 至らない。単語を読む処理速度の増加と意識せず処理する「自動化」が、文章の意味内容 を理解するという高次の認知処理に必要な技能だと言われていている91。そのためにも、
語彙の指導が重要である。文脈の中で語彙の意味を解釈する力を育てながら、辞書で確認 し、複合語や対義語、類義語など意味の関連する語彙を体系的に広げていく。そして、学 んだ語彙は短文作りやまとめを行い、語彙を運用する機会を多く設けることが、語彙を豊 かにするための手立てとして考えられている92。
しかし、単語の意味が分かれば文章が理解できるというわけではない。文中には、書か れていないが起こったであろう事象の「因果関係」がある。物語であれば、文中に書かれ
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ていなくても、登場人物がなぜその行動をとったかという上位目標や先行原因について、
推論する必要がある93。
以上の知見を踏まえると、ことばによる負担を減らしながら、読解を通して認知力を高 めていく指導が望まれる。
【読み取りに関して】
指導のポイント
ア)どの語彙が獲得(理解)できているか、まだできていないかを確認しながら読む。
イ)抽象的な熟語や、高度な漢字は子どもの知っていることばに置き換えながら、語彙 を増やしていく。
ウ)主語や修飾語を確認しながら一緒に読む。
エ)短い文章に区切る。
オ)絵、写真、図、動画を取り入れる。
カ)動作化、劇化する。
キ)JSL児童の母語を使用する。
「読み取り」に関することなので、この部分のみ、児童の日本語のレベルを第2章で示 したバンドスケールを引用し、確認していく。以下の例は、日本語指導の授業中における 展開を記録したものである。
○事例1:A子(エジプト,4年生 12 月)
この頃の、A子の「読み」のレベルは、「レベル3:文脈的な補助があり、身近な話題に 関する日本語で書かれた短いテクストを日本語で理解しはじめる。」であった。
音読を毎日続けているので、文字を追う速さが上がってきた。助詞で区切って読める ようになってきた。絵本を読みながら、分からない言葉を確認し語彙を増やしていく。
絵本の中で、砂漠の中に子どもが倒れている場面を見て、どうして倒れているのかを話 し合うと、「食べ物がなくなった。大人がいなくなって食べるものを探し歩いていた。」 など、色々なイメージを言葉にすることができた。
○事例2:B子(ペルー、6年生 10 月)
この頃のB子の「読み」のレベルは、「5:広範囲のテクストを読んで理解するが、理解 の「深さ」は総合的な日本語能力に制限される。」であった。
以下は、教科書本文の前半である。漢字の上にある読み仮名は、本々教科書に書かれ
ていたものである。太字になっている用語はB子が分からなかった言葉を示し、
部分は意味内容が読み取れなかった部分を表す。
89
織田
出典:「新しい社会6上」東京書籍、2010年94 次に、読みながらB子が分かりやすい語彙や表現に変えて、説明を入れるようにした。
例えば、「築き」となっているように線が引かれている部分を、「作りました。」のように、
太字で表したことばに変えたことを、以下に示す。
○事例3:C男(中国、4年生 11 月)
この頃の、C男の「読み」のレベルは、「レベル5:広範囲のテクストを読んで理解する が、理解の「深さ」は総合的な日本語能力に制限される。」であった。
「海がめの浜を守る」の説明文では、工事、カツオ漁、大漁、開発の言葉を確認する と、なぜ海亀が浜に来なくなったか、浜を守る必要があるのかが理解できた。また、
信長は、京都
き ょ う とに近い安土
あ づ ち(滋賀
し が県)に城
しろを築き、全国統一の拠点
きょてんとしまし た。 城
じょう下町
か ま ちではだれでも商売ができ(楽
らく市
いち・楽座
ら く ざ) 、市場や税や関所
せきしょをなく すなど、これまでのしくみを大きく改めて、商業や工業をさかんにしました。
また、 堺
さかい(大阪
おおさか府)などの商業施設を支配したことで、豊富な資金が手に入 るようになりました。
信長は、こうした資金をもとに大量の鉄砲
てっぽうや軍船などの武器をそろえ、将 軍
しょうぐんの足利
あしかが氏を京都から追放して室町
むろまち幕府
ば く ふをほろぼすなど、全国統一へ向けて勢 力を拡大
かくだいしていきました。
織田信長は、京都
き ょ う とに近い安土
あ づ ち(滋賀
し が県)に城
しろを築き作りました。その場所で、
全国統一の拠点
きょてんとしましたをまとめました。信長は、信長のお城の下の町で、城
じょう下町
か ま ちではだれでもみんなが商売ができ(楽
らく市
いち・楽座
ら く ざ)るようにしました。信長
は、市場やとか国に払うお金とか税や関所
せきしょをなくすなど信長の町に入って来る
人をチェックする所をなくしました。そして、これまでのしくみ今までのルー
ルを大きく改めて変えました。商業や工業町の人が物を売ったり、作ったりを
さかんにしましたいっぱいできるようにしました。
90
写真で「波うちぎわ」と「流木」を確認することにより全体のイメージが捉えられた。
日本語友達教室の友達と、二人で海亀になり劇にして理解した。(11 月9日)
○事例4:C男(4年生2月)
在籍学級の読み取り授業に入る前に、「ごんぎつね」のアニメを取り入れた。おじぞ うさん、おはぐろ、ひがん花など、分らないことばをアニメで確認しながら見た。日 本語教室でアニメビデオを見て理解できたため、学級で音読発表と意見発表が一回ず つできたのが大進歩。自信がついたのか、グループでの話し合いの時にも、意見を話 していない友達に、「○○ちゃんの意見は?」と声をかけることができた。
○事例5:B子(ペルー、5年生11月)国語~「日本の祭り」を調べる学習~
教科書の教材の読み取りが終わった後、自分の好きな祭りについての調べ学習が始ま った。B子にペルーの祭りについて紹介するよう勧めたが、B子のおじいさんが沖縄出 身なので沖縄の祭りについて調べたいという意見が出された。沖縄について書かれた本 を図書室で探し、その中で「読谷村」という村の「赤犬子祭」を調べることにした。次 週、インターネットで調べてみることをとても楽しみにしていた。
インターネットでは、「沖縄で三線の祖先として知られているアカイヌコをまつった神 社の祭り」ということが書かれていた。同時に、スペイン人旅行者がつづった旅行記を 見つけ、アカイヌコについてスペイン語で書かれた文章があった。B子はとても喜び、
スペイン語のページを夢中になって読んでいた。そして翌日、スペイン語で理解した内 容を自分の言葉で日本語にまとめることができた
○事例6:B子(ペルー、6年生 10 月)社会科~戦国時代~
6年生の後半を過ぎ、B子は社会科単語帳を自分で作るようになった。分からない言 葉と、そのスペイン語の訳を記した、オリジナル単語帳を意欲的に作っていた。
○事例7:C男(中国、5年生 11 月)
社会科の貿易では、輸入、輸出、貿易という言葉を理解した。中国語の辞書でも調べ てみた。ノートまとめに意欲的に取り組んでいる。
以上、7つの事例を見てきた。事例1:A子の絵本読み取りの場面である。多くの日本人の児 童は、音読練習を毎日の宿題として家庭で取り組んでいる。A子たちは、保護者が日本語が分ら ないため、形式的に行っているようだった。そのため、日本語教室で、毎回、音読活動を取り入 れるようにした。音読を継続したことで、A子の文字を追うスピードが上がった。音読をした後 は、絵の情報をもとに簡単な質問を繰り返し、A子が自分のことばで、感想や考えを発言できる 機会を設けた。絵を手がかりとして、ことばを表出することができるようになってきた。