野の教授 した内容 と、『 幼稚園 と幼児の遊びの意義』の事例の引き方が近似 していることか ら、松 野 自身がこの本 を伝習の拠所 としていたと考える。一例を挙げると、 M.ビュー ローは、前述 した 序文の中で、音楽を遊戯に用いる効用について次のよ うに述べる。「幼稚園のほとんど全ての遊戯、
特に運動遊戯は子 どもたちの歌を伴 う。子 どもの性質には、歌で喜びを感 じることがある。」la また、幼児が 「事業科 (作業具)に従事す る時は、一人では充分にできないことがたくさんあ るが、傍 らか ら教師が幼児 を援助することはよくない」 と述べている。その教育的意図 として、
「幼児の怠け心や依頼心が増幅 しないように配慮 し、できるだけ励まして幼児が自主的な創造ヘ の意欲 を伸ばす ように導 く」 ことを教授 した (「一の浄写 十條」 図9)。
保拇の言葉の使い方にも言及 し、「幼児には簡単でわか りやすい言葉を使つて、繰 り返 し話すこ とが適 していること、幼児の年齢が進むにつれて、教育的な話を交えて話す」 ように解説 した。
「一つの物質についての説明も、子 どもの視点に立って簡単な言葉で説明することや、物質の作 用や変化などその性質を説明する」よ うに教授 した (「―の浄写 六則」)。
第
3節幼稚 園教育の役割 と恩物 の教育的意義
幼稚 園教育 の役割 については、第1章で中村正直や 田中不二麿 の幼稚園構想 を背景 として、附 属幼稚園の仮定規則 と正式制定規則 の比較 を中心に論 じた。その中で、 フィラデル フィア万国博 覧会や松野 クララの伝習内容 の影響 について指摘 した。 ここでは、 さらに松野 クララのフ レーベ ル の幼稚園教育 と恩物 の教育の理解 について、フ レーベル の著書及び ゴル ダマーや M.ビ ュー ロー
の著書等 と比較 し論述す る。
1
幼 稚 園 教 育 の 役 割松野 は、三歳以降の教育について、「幼児が幼稚園で保育を受 け、社会の悪習に染まることな く、
「一の浄写 十七則」 図8
盤 づ 師 静 押
″ が非
律 一 蟄
︺ す
年齢別の集団遊びにおいて 自分 自身を発揮 し、 どのよ うな活動においても、幼児 自身が各 自の個 性に応 じて、主体的に目的を見つけるように保育す る」ことを、幼稚園教育の目的 として教 えた。
幼児にはそれぞれの個性があ り、「いわゆる器用不器用 といわれ る性質を持つているが、それにと らわれず、幼稚園に入園 した以上は、 どの幼児 も器用 さや敏捷性が身につ くよ うに教育 しなけれ ばならない」 と述べる (「一の浄写」 p.9 図10)。 つま り、恩物を使つて遊ぶ ことを通 して、手 先の器用 さが発達 し、ひいては幼児期の発達課題が達成できるとい う視点か ら、幼稚園の教育施 設 として意義があることを説いた。
図10「一 の浄写」p.9 図H「一の浄写」p.8
2
心 の 教 育 ― 畏 敬 の 念 の 育 成 一松野 は、キ リス ト教的色彩 の強いフ レーベルの幼稚園教育学 を教授す るにあたって、神 の存在 について次の よ うに教 えてい る。「真実なる神 さまはいつ も私たち と共にいて、学んでい る時 も遊 んでい る時 も、私 たちをいつ も守 って くだ さるので安心です。人間 として、神 さまを尊敬す るベ き こ とを諭 してきかせ な さい。倉」造主 と被造物 とい う神 と人間の関係 か ら、 どの人 もみんな祖先 がいたので、現在 の 自分が存在 します。心や手足 を使 つて、勉強 を しなけれ ば、生活す ることは で きません。」(「一の浄写
人則」p.8 図
H)と
簡単 な言葉 で、幼児 が理解 しやす い よ うに、自 分 の存在 の意 味 を話 してきかせ るよ うに教 えてい る。次 に、父母 を敬愛す ることを幼児 に教 えることについては、「神 は 日々私達の父母 をは じめ、私 た ちをいつ も守 り平安 を与 えてい る」(図 12「一 の浄写」p.18)と 、父母 も同 じ人間 として神 さ まに守 られてい ることと、父母の恩を忘れ ない よ うに丁寧 に諭す よ うに松野は教 えているが、M.
ビュー ローの著書 にも類似 の内容 を見 ることができる。
3
恩 物 の 教 育 的 意 義松 野はフ レーベルが考案 した幼稚園教育理論 による と、「二十の恩物 が必要であ り、すべてのも のは 自然の法則 に基づ く」(第 1章
図5参照)と述べ てい る。 フ レーベル の説 による と、「幼稚 園の教育 は、大 き く分 けて二つ の科か ら成立す る。その一つ は物体教科であ り、一切の物体 に関
35
るこ とで恩物 を指す。 もう一つは、事業教科 であ り、
る」(「一 の浄写」p.25 図13)いわゆる工作や工芸、
である と角峯説 してい る。第六恩物 までが、「物体教科」
諸事業諸工芸によつて百般百物の模型 を造 手工に関わる活動を指す 「用法」(作業具)
にあたる。
図12「―の浄写」p.18 図13「一 の浄写」p.25
フ レーベル は、幼児が恩物や作業具等での遊び を通 して、 自然 と生命 の法則 にあわせ て、多面 的 な発達 を遂 げるこ とを意図 していた。そ して、幼児 の遊びには、三つの意味を見出 していたが、
「代紳録」には次のよ うに記 されてい る。「営生式―身のまわ りにある生き物や、生活の中の物の 模倣 である生活 の形 、適美式―統 一 され た美 の形、修学式―形や大 きさや状態 を比較す る認識 の 形 」1⇒が造 り出 され る。
松野 が教授 してい る内容 の中でかな りの頻度で出て くるフ レーベル の幼稚園教育論 は、「対立 物 の統一」であ り、「私たちの住む世界 には反対物が存在 し、その中間には中分質 (中媒)が必 ず存在 し、 この中分質 が反対 にあるもの同士 を結びつ ける とい う考 え方である。つま り、幼児 が 身近 な物へ の理解 を深 め、その中に美 しさを見つけ、物の性質や構造 を知 るとい う知的な発達 を 促す」(「一 の浄写」pp.16‑17 図 14)と い う視点を大切 に して保 育す るよ うに松野は指導 してい た。
松野 は様 々な事例 をあげて指導 してい るが、様 々な素材 を取 り入れ て保育内容 を充実す る方向 を 目指 していた と考 える。M.ビ ュー ロー も対照の法則 として、一般的な特性 は完全な対照ではな く、 中間の形 をつ な ぐもの との関連で相対的 に論 じられ ることを挙 げてい る 10。 例 えば、物質、
大 き さ、形、色、重 さ、音、数、方向や位置な どの対照に存在す るもの、また中間に存在す るも のやその関連 を見つ けることも必要な保 育内容 に入れ ていた。松野 も、具体的 な例 をい くつか挙 げて これ について教授 し、幼児が前述 した よ うな 「対立物 の統一」の考 え方や、身近な物 に対す る知識 を得 ることで新 しい ことを発明 した り、創造 した りできる と考 えた。それ は、恩物 を使用 した幼児 の構成遊びの指導 に必要 な知識であ り、幼児の認知の発達 を援助す るために、保拇が理
図14「一の浄写」
雪 毛 モ 輛 為 ζ ネ 色 3
i 多
却 叫 曽 薦 ν 射 彗 襲 一勁
結 合
´久 いご ア 諸一
﹁
!
解 してお く必要があると考え教授 した と思われ る。
第 4節 教授方法の特徴
1
「代 紳 録一 の 浄 写 」 にみ られ る教 授 内容
(1)六色球 の玩 器 の教 授
松野 は、フ レーベル の説 を引き、「幼児 は生後三 ヶ月の頃 よ り、五感 が発達 し、球や 日用器具や 玩器等 についてたずね るこ とが あるが、 この時 に母親 は細心の注意 を し、 自分 で物 の形 を観 察 し た り、音 にも聞き入 ることができるよ うになつた幼児 が啓発 され る要因 となることを、見つける こ と」(「一の浄写」p.19)を勧 めてい る。第一恩物 についての記述 は、恩物 の形 と大 き さに関す る説明 と色の教授か ら始ま る。つ ま り、第一恩物は、直径二寸 (約六セ ンチ メー トル)の六色の
ボール で、「一つ 目は赤色、二つ 目は青色、二つ 目は黄色で、この三色 を基本 の色。四つ 日は柑色、
五つ 日は緑色、六つ 目は紫色」(「一の浄写」p.27)と色 の名前 を教 える。
次 に、恩物 が象徴す る色 の提示方法 について記 してい る。最初 に幼児 に赤いボール を見せ て、
「赤色は太陽を、黄色は大地 を、青色は空間を表す ことと、赤色 と黄色の混色が柑色、黄色 と青 色 の混色 が緑色、赤色 と青色の混色が紫色である」(「一の浄写」pp.27‑28図 15)こ とを説 明 し てい る。「代紳録
全」では、前述の教授 内容 に加 えて、「球 に黒 と自の糸 を半分ずつ巻 くと鼠色 になるな ど、糸の混色方法 で様 々な色がで きる」(「全」P,10)こ とも説 明 してい る。
子 どもに色 を教 え る以外 の恩物 の使用法 については、様 々な物 の形 を比較 した り説話 を通 して、
想像力 を喚起 させ た りす る使用法があると述べてい る。 ここでの説話は、幼児 向けの短い話や歌 の ことである。
松野 は豊 田に第一恩物 に関す る歌詞 の訳 について も助言 してい る。それ は、豊 田が六色球の唱 歌 の中の赤色 の球 の歌詞 の件 で、松野 に問い合わせ、それ に対 してクララの夫松野欄代筆 に よる
37
豊 田への返信書簡 で応 えた ものである。 それ は、豊 田が作詞 した赤 い球 を太 陽 に見立てた 日本語 表現が、原 由の本意か らずれ ない よ うに とい う助言であつた。