大宇宙としての睡眠・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ p.146
小宇宙としての人間に内在するディーン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ p.149
大宇宙と小宇宙の相即・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ p.154
まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ p.155
後記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ p.156
はじめに
本研究はJSPS科研費 JP25300041の助成を受けたものである。
この度、「ミトラ仏と覩貨邏の仏教」と題して第三巻まで製本することができた。覩貨邏と はトハーラの音写である。その語源は『ブン・ダヒシュン』の中にあるイラーンに対するトゥラーン と同源より由来するものと思われる。トハーラは、玄奘三蔵『大唐西域記』にもあるように、中央 アジア一帯の歴史的呼称であった。この地域特有のゾロアスター教を基盤とする習俗が阿弥陀 の起源に深く関わったという観点から、ゾロアスター教の有力な神格、ミトラを中心に研究を進 めてきた。それがミトラ仏という言葉に込めた意義である。
長いものでタジキスタン現地調査は2004年から2014年までの十年を数えるまでとなった。
タジキスタンの考古学的研究は旧ソヴィエト連邦主導の下で行われてきた。東西冷戦の状況下、
その学術的成果が完全に西側諸国に伝わっていたとはいえない。さらには、ソ連邦崩壊後の政 治的混乱や内戦によって、海外の研究者が容易に調査を実施できない状況が続いた。2000 年前後、漸く安定に向かいつつある中、この地域における調査・研究は新たな資料を提供する ものとして期待されてきた。しかし、それも束の間、2010年以降のイスラーム過激派、アイ・エ スの動向は中央アジアにも様々な形で影響を及ぼしている。タジキスタンでも2014年9月に首 都市街地で銃撃戦が起こり、2015年以降の調査を断念せざるをえなくなった。
私たちがタジキスタン調査に着手できたのは、龍谷大学国際文化学部・佐野東生教授の紹 介によって、当時の在タジキスタン臨時日本大使、三好功一氏との面識を得たことによっている。
2003年大谷探検隊100周年シンポジュームの開催中、帰国していた三好氏が大宮学舎を来 訪、中央アジアにも仏教遺跡があり、その調査をやってみないかとのお誘いを受けた。その話 の中、都城遺跡内の方形仏堂の存在も紹介され、私たちはその遺跡調査におおいに興味を抱 いたのである。佐野教授には2004年春季に第一回目の調査を企画・実施、タジキスタン側と の交渉を進めて頂き、タジキスタン国立博物館館長ボボムロエフ氏に現地発掘の指揮を執って もらうに至った。さらに、調査の進展にともない、国立歴史考古民族博物館収蔵品の調査を実 施した。理工学部岡田至弘教授を代表とする龍谷大学古典籍デジタル・アーカイブ研究センタ ーでは、調査で入手した画像資料をもとにデータベースを作成した。その成果として、2005年 に開催されたEXPO2005「愛・地球博」において、中央アジア館における大涅槃仏レプリカ展示 と並行して、タッチパネル形式による画像資料展示を実施した。さらに、同年9月からはタジキス タン科学アカデミーからの承認を得てインターネット上で公開している。
2016年から2017年までの期間は現地調査を実施することはできなかったが、それまでに 収集した資料と文献学的資料を突き合わせて研究することができたのは有意義であったと考え ている。大乗経典成立の背景としての世俗的・習俗的宗教環境を考察することができた。発掘 で得られた資料と文献資料とを総合的に検討する上でも、必須の時間であった。
調査開始当時、タジキスタン科学アカデミーの考古学会員たちとの会食の際、十年は調査を 継続したいと挨拶をした。変動する国際状況の中、その約束を守ることができたことは、実に幸 いなことであったと感謝する次第である。
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2014年ブストン発掘調査報告
調査概要
昨年度までのカラ・イ・カフィルニガン遺跡発掘調査を終了して、今年度よりドシャン ベから西30キロ・メートルほどにあるヒサール(ギサール)へと現場を移動する。昨年 度末3月には現地の視察調査を実施している。カラ・イ・カフィルニガン遺跡に比較する と、ドシャンベからの行程は半分以下であり、車で40分程度の距離である。
日曜 月曜 火曜 水曜 木曜 金曜(休) 土曜 8/23 22:30 関空発 TK047 8/24
イスタンブール TK254
8/25 3:45 ドシャンベ着
8/26 15:00 ブストン 現地移動
8/27 発掘調査 測量
8/28 発掘調査 測量
8/29 休日 下痢・発熱
8/30 発掘調査 測量 8/31
休日 砂風呂へ
9/1 発掘調査 測量
9/2 発掘調査 測量
9/3 発掘調査 測量
9/4 発掘調査 測量
9/5 発掘調査 測量
9/6 調査終了 ドシャンベ着 9/7
ヴァルゾフ渓 遊園(メーラ)
9/8 5:40 ドシャンベ発 TK255
9/9 17:55 関空着 TK046
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有名な観光名所として知られている。【口絵52】城の前にはイスラーム寺院が博物館と して改装され、隣接してキャラバンサライ(宿泊施設)の遺構もある。
しかし、歴史的に遡れば、玄奘三蔵『大唐西域記』第一巻に記録されるトカラの故地の 一つであるシュマーン国の一都城であったと考えられる。玄奘三蔵はトカラの故地27カ 国について記述しているが、その中の8カ国がタジキスタン国内に位置し、その中の愉漫
(シュマーン)国については「愉漫国は東西四百里、南北百余里。国の大都城は周十六、
七里。其の王系は素と突厥なり。伽藍二箇所。僧徒寡少。(唐の一里は約400m)」と記 されている。
石窟遺構は城砦遺跡から南西へ2~3Km ほどのブストン村であり、都城址がある市街 地から遠からず近からずの位置である。【口絵51】周辺にはクシャーン朝の墓地跡や中 世ころにゾロアスター教寺院からイスラーム寺院に改築された遺構などがあり、都市周辺 の宗教施設群の特徴を示している。崖に洞窟として掘り込まれた遺構が二箇所あり、すで に昨年度5月のカラ・イ・カフィルニガンにおける最終発掘調査の後、7月初旬にタジキ スタン側の研究者により発掘が開始されている。【口絵53】
それぞれ幅4メートル前後で奥行きは10メートル前後、かまぼこ型の窟で、一番奥に は半円形のニッチ(壁龕)構造が認められる。幅20~30センチ・メートル、高さ50 センチ・メートルほどの基壇が設けられている。新たな発掘現場でもあり、測量の基準点 となる三角点を調査して、衛星写真との照合も行いたい。また、本格的に発掘を実施する 前の地形を測量して基礎的地形図も早急に作図する必要がある。
調査日誌 8月23日(土)
トルコ航空の機内食は充実しているので、早めの夕食として、しばらくは食べられないザルそ ばを取る。
京都駅発、5時45分の「はるか」に乗車して関空に向かう。機内預けのスーツケースには追 加のプリズムターゲットと簡易三脚、若干のピンポールを納め、トータルステーションと電子平板 ソフトのブルートレンドをいれたパソコン・タフブックを手荷物として機内に持ち込む。
8月24日(日)
早朝にイスタンブールに到着して、半日以上を待合室から待合室へと移動しながら過ごす。
昨年度の3月にドシャンベ便がキャンセルになった時、トルコ航空の案内カウンターで世話にな ったことを思い出した。その折に、帰りの便のリコンファームもできることもわかっていたので、今 回は空港で手続きをすませてしまった。
ドシャンベではなにかと不便なので、一安心である。
3 8月25日(月)
午前4時ころにドシャンベ空港に到着。入国手続を済ませて空港を出ると、ボボ君が出迎え てくれた。出土品カタログの進捗状況を尋ねると、良いと言うことで安心する。国立博物館の近く のカヨン・ホテルにチェックインする。このホテルは前回も使用している。
インターネットはWi-Fiの電波が弱くてほとんど利用できない。とにかく、この一日だけは休養 にあてることにする。ホテルの近くのスーパーで食料品と飲料水を買って、後はベッドの中で過 ごす。
明日は午前中に1.5リットルの飲料水半ダースを一つ買っておくことにする。痛風もちの身体 には水分補給が十分にできるかが一番の問題だからである。
8月26日(火)
ホテルを午後2時に出発することになっていたが、ホテル側がタクシーを用意していた。荷物 もあることだし、しかたがないので、となりの博物館まで乗ることにしたが、それが失敗のもとで あった。すぐにいらないと断るべきだったのだ。博物館前の道が一方通行であったため、迂回し ているのかと思いきや、運転手は別の博物館に連れて行こうとする。ボボムロエフ館長に電話 口を通して運転手に説明してもらい、もとのホテルへもどることができた。ホテルに着くとボボ君 が待っていた。もう少し早く迎えに来てくれていたなら問題もなかったものをと思うこと頻り。
3時前に再出発して、ヒサールの現場へと向かう。借家は大きな民家の一部を借り受けたもの であり、石窟遺構のすぐ南隣の民家、というよりもこの民家の道を挟んだ敷地内に石窟があると いうのが正しいようである。【口絵54】
衛生環境はよろしくない。昔の日本の農家のような雰囲気で、中庭には牛が二、三頭つなが れている。トイレは別棟で、穴を掘った上に板を渡し、周りを板塀で囲い、入り口は垂れ幕、屋 根はない。特に、水回りは、用水路の水がそのまま飲料水である。もしも、その環境で同じ生活 をしたならば、ひとたまりもなく下痢状態になることは間違いない。火を通したものだけを口にす るようにすれば良いとは思うが、それがきちんとできるかどうか。不安な調査の始まりである。
8月27日(水)
事前に想定していた測点は利用できないことがわかったので、仮の基準点を設定する。三角 点などが分かった時点で誤差を算出して正規の基準点に変更することにしたい。当面は石窟遺 構のまえに基準点を設置して、磁北を基準にした上で、電柱の位置をポイントとして入力。発掘 現場までトランジットを実施する。そのデータとグーグル・マップの衛星写真(電柱の位置も確認 可能)とを合成することで地形図・平面図を作成することになる。
ただし、タジキスタンの磁北は、真北から西偏6度前後の修正を要することは要注意である。
仮の基準点は二棟の家畜小屋の間に設置したが、つながれた牛を目の前にしての作業となっ てなかなか思い通りに進まない。【口絵54】
8月28日(木)