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(3)教育実習

ドキュメント内 教育学部附属学校園教育学部附属学校園 (ページ 30-35)

附属中学校では教育学部学生の中学校教員養成の基本実習を主体として、種々の実習生 を受け入れてきた。

5月中旬に教科別オリエンテーションを行い、5月末の本校の研究発表会における授業 参観を事前指導の一環として、6月初旬からスタートする。これがこの50年にわたる実習 のほぼ一定した形態である。実習生の紹介、生徒指導、保健指導、道徳指導などの講話の 時間を経て後、実際に授業担当として教壇に立つのである。指導案の検討、授業の整理と 反省など、学生も指導する側も忙しさは

格別である。実習の後半には学部教官も 参加して研究授業が行われている。また、

教科指導だけでなく行事の体験も必要で あるとの考えから、実習期間中に写生会 や遠足などが実施されてきた。しかし、

校外での行事には問題もあり、合唱コン クールだけが実習中の重要な行事になっ ている。配属クラスの生徒の個性や実態 を観察する格好の場であり、実習生の合 唱もプログラムを盛り上げるなど、若い 息吹にあふれる6月である。

教育学部関係の受け入れ状況

1949年:石川師範・青年師範54名の実習を行う。

1950年:石川師範・青年師範18名の実習を行う。教育学部の2部乙類(中学校教員養 成2年課程)61名、1部乙類(小学校教員養成2年課程)42名を受け入れる。

1952年:1学期に2部甲類(中教4年課程)52名、1部甲類(小教4年課程)28名を 受け入れる。

2学期に2部乙類36名、1部乙類25名を受け入れる。

1957年:甲類(4年課程)のみの実習となる。

写真14−18 校内合唱コンクール

1964年:中等科(元の2部)59名、初等科(元の1部)52名を受け入れる。

1967年:養護学校教員・聾学校教員養成課程の中等部実習を、中等科と同時に行う。

1973年:課程の呼称が変更される。中等科は中学校教員養成課程(中教)。初等科は小 学校教員養成課程(小教)。

1978年まで中教5期4週間の基本実習を受け入れ、その後の2週間は小教7期のうち 中学校教員免許をとる学生を受け入れてきた。(1975年までは1週間)

1979年:多種免許取得可能を目的に、実習6単位を5期で2週(2単位)、7期で4週

(2単位+2単位)の形で2年間にわたって実施するようになった。

受け入れは前半の2週で中教の5期と特体7期、後半の2週で小教7期と特体5期であ る。1979(昭和54)年の移行措置を経て、1980年より受け入れは4週間に縮小された。

しかし、5期と7期が混在すること、2週間で実習生が交代してしまうことなどの悩みが 多かった。

1991年:中教5期4週間連続の実習となった。

養護教諭(特別別科)の実習

1963年に開始された時の実習期間は3 週間。1965年からは2週間、1976年か らは4週間となった。本校での実習生は 3〜4名であるが、別科全体の事前指導 や講話を行った後、金沢市内の協力校に 送り出している。現在でも、毎年1月に 実施している。

他学部の実習

法文学部・理学部の学生の受け入れで、

10月1日から実施するため、「秋の実習」と呼ばれた。本来は附属高校での実習であるが、

写真14−19 養護教諭特別別科の実習

表14−5(1) 実習生受け入れ状況(1979年〜1985年)6月実施

中教(中学校教員養成課程)・養教(養護学校教員養成課程中学部)・小教(小学校教員養成課程)

1980(昭和55) 81 82 83 84 85 6月2〜28 6月1〜27 6月1〜26 5月30〜6月26 6月4〜30 6月3〜29

47 50 65 37 38 59

7 3 4 3 23 16

1 1

2

41 65 72 63 69 56

12 6 7 6 6 13

12 12 12 13 11 12

V VII

V VII

VII

V VII

実習生多数のため、その一部を1955(昭和30)年から中学校が受け入れてきたものであ る。期間は3週間であったが、1975年以降は2週間となった。しかし、1983年からは、

原則として出身高校で実習するようになったため、秋の実習はなくなった。1956年のみ 薬学部学生も若干受け入れた。

(4)学校行事・学校生活

行事は学校生活にリズムと潤いを与え、友情のきずなを強め、また自己を見つめて明日 への飛躍を目指す出発点となるものである。創立以来、生徒の企画能力や自主的運営能力 の伸長を図って様々な行事が行われてきた。企画運営の多くの部分を生徒会執行部と委員 会が担当し、学級を調整したり指揮したりの活動がある。50年の間、幾度か精選の声が上 がったが、机上の学習に代えられぬ貴重な価値を再確認している。

1997(平成9)年現在の全校的な行事は次のようなものである。ほとんどが50年の歴 史を持ち、その時々に検討と修正を重ねてより良いものへ努力がなされてきた。

1学期 遠足、部紹介、写生会、体力記録会、合唱コンクール、球技大会 2学期 運動会、修学旅行(2年)、遠足(1・3年)、主張大会、文化祭 3学期 球技大会、卒業生を送る会

そのほか、部合宿、1年の一泊合宿、3県附中交歓会などがある。

運動会(9月)

前期生徒会が、総力を挙げて1学期末から準備に取りかかり、種目の編成、係の仕事分 担などを自主的に行っている。3学年4クラスを縦割りに4団とし、得点を競い合ってい る。時代とともに徒競走的な種目は姿を消し、集団競技やゲーム的競技が多くなってきた。

棒倒し、騎馬戦は、男子生徒のパワーが全開する競技であるが、攻撃より逃げの騎馬が多 い。それに比べ応援や、団の看板・垂れ幕などは年を追って力が入ってきた。ハーフ・タ イムショーとして、1960年ころには3年生の仮装行列があったが、競技をしのぐ過熱状

86 87 88 89 90

6月2〜29 6月1〜27 6月6〜7月2 6月5〜7月1 6月4〜30

44 42 38 50 59 52 5

27 5 26 10 25 5 22 6 29 11

2 3 2 1 2

63 54 76 63 62

12 12 12 12 12

12 12 12 12 12

この時期は V 期と VII 期が混在し、2週間ごとに実習生が代わった。

表14−5(2) 実習生受け入れ状況(1986年〜1990年)

V VII

V VII

V

V VII

態に至ったために中止された。数年後に、

応援合戦として復活。ポンポンを振る女 子の華やぎと、男子の豪快な組体操の対 比が目を楽しませたが、世相を反映して 蛮 カ ラ 風 は 次 第 に 姿 を 消 し た 。 そ し て 1990年代、平成の世には男子も女子も一 体となってダンスを繰り広げ、広い空間 における表現活動の喜びを満喫している。

文化祭(11月)

創立以来10月中旬から11月上旬にかけ ての時期に実施してきた。

第1回の文化祭は、開校記念式典の協 賛行事の一部で、バザーのアトラクショ ンとしての性格が強かった。食堂や物品 の即売が人気を博し、演劇や学芸会的発 表の影は薄かった。番組に「師範の男子 部附属、女子部附属、1年」という名称 があるのも発足当時の姿を映している。

1997年現在、文化祭は、舞台発表・展示 発表の2本立てであるが、本校の特徴的 な演目について記しておきたい。

演劇 3年生の各学級が脚本選定から上 演までの一切を自分たちの手で行い、質 の高い舞台は下級生のあこがれとなって いる。創立以来、選抜生徒による学年劇 の時代があったが、1975年あたりからは 学級の団結と協調を図ることが強調され、

生徒主体の演出で上演されている。また、

1995年の新校舎建築に際して、どんちょ う、照明、バトンなどの充実を図り、本 格的な舞台が生まれた。

シルエット劇の登場 1982(昭和57)

年に誕生し、1年生の学級の取り組みと して定着している。切り絵のシートを2 台のOHPで投影するもので、ストーリー

写真14−21 応援合戦で活躍するチアガール

(1990年9月)

写真14−20 活発な騎馬戦(1985年9月)

写真14−22 1年生の伝統的演目、シルエット 劇の準備

を場面分割し、シート製作の作業、OHP操作、朗読と全員が活躍する。研究発表会のアト ラクションとしても参会者の目を楽しませ、本校の誇る表現活動である。平和町に移転後 は、近隣の県立平和町養護学校との交流会が開かれ、そのプログラムのお楽しみのメイン となっている。

修学旅行

事前学習を十分に行い、集団行動や共同生活の体験を重視した3泊4日の研修旅行であ る。1969年までは、3年の1学期に主として東京・伊豆方面へ4泊5日の旅行であった が、その後は、2年の2学期に実施している。目的地は京阪神方面になり、中でも奈良・

飛鳥を主に班別自主行動を大きく取り入れることとなった。1学期からの集団訓練・事前 学習を経て、現地での見聞、さらには修学旅行の集大成として文化祭に展示発表を行うな ど、長期にわたる総合的学習の場となっている。

主張大会

1949(昭和24)年、弁論大会として登場。戦後間もなく言論の自由が盛んに叫ばれた ころで、自分たちの生活環境や社会情勢を中心にした建設的なものが多かった。1959年 まで続いたが、一時中断。1978年に創立30周年記念行事として再び登場した。全生徒が 取り組むもので、学級予選を経て全校大会が開かれている。テーマは自由だが中学生らし い視野の広がりがみられ、1990年代は、地球環境の悪化と飢餓・高齢化社会・人権問 題・情報化社会での生き方など、今日的なものが多い。また、1993(平成5)年以降は

写真14−23 シルエット劇(1997年10月)

優勝者が金沢市大会に出場し、ほぼ毎回優勝杯を手にしている。

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