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鶴間公園遺跡出土遺物の X 線透過撮影

第3章  自然科学分析

第4節  鶴間公園遺跡出土遺物の X 線透過撮影

竹原弘展(パレオ・ラボ)

1.はじめに

 鶴間公園遺跡より出土した不明遺物について、X 線透過撮影を行った。

2.試料と方法

 対象となる遺物は、1号住居跡より出土した不明遺物で、時期は古墳時代後期~奈良時代とみられ ている。

 撮影には、X 線透過検査装置(リガク製ラジオフレックス 200EGM2)を使用した。撮影条件は管電圧:

70kV、管電流:5mA、照射時間:15 秒間(平面)/ 30 秒間(立面)、照射距離:0.75m である。撮影 第 20 図 鶴間公園遺跡出土の炭化材と保存処理後の写真

1.保存処理前、2.保存処理後

媒体にはイメージングプレート(富士フイルム製 ST-VI)を使用し、IP スキャナー(リガク製 CR-1012)で 25 μ m ピッチ(1000dpi 相当)で読み取った。

3.結果

 シャープ処理した X 線透過画像を第 21 図に示す。

 撮影では、鉄製品と決定的に判断できるような形状は観察されず、製品なのか、錆の塊などなのか、

判断は難しい。なお、いずれも磁石にはほとんどつかないため、少なくとも内部に金属鉄が多く残っ ている、という状態ではないといえる。

第 21 図 X 線透過画像

第4章 まとめ

1.調査の成果

 本調査において検出された遺構は、竪穴住居跡2軒(1・2号住居跡)、溝状遺構2条(1・2号 溝状遺構)、道路状遺構1条(1号道路状遺構)、土坑 10 基(1~ 10 号土坑)、小穴5基(P1~5)

である。

 出土遺物は土師器 493 点・須恵器6点・土製品1点・石製品1点・石器1点・金属類2点・炭化材1点、

計 505 点である。器種別で見ると、土師器は甕胴部片が多く、坏等の他器種は非常に少ない。須恵器 は高台坏が1点見られたが、他は小片のため不明である。

 土師器・須恵器は古墳時代から奈良時代の遺物であり、年代的に古墳時代後期(7世紀後半)、古 墳時代終末期(7世紀末葉から8世紀初頭)、奈良時代初頭から前半(8世紀初頭から前半)の3時 期に分けることが出来る。これらの大半が1・2号住居跡及び1号溝状遺構から出土しており、それ ぞれの遺物出土状況から、1号住居跡は古墳時代後期、2号住居跡は古墳時代終末期、1号溝状遺構 は奈良時代初頭から前半に位置付けられる。また、2号住居跡からは初期の相模型土師器(坏・甕)

が出土している。

 1・2号住居跡は、西方の境川へ向って下がり始める台地の縁辺に構築されているが、1号溝状遺 構はこの縁辺を南北方向に延び、西へ屈曲して斜面を下る構造である。この3遺構の検出状況を見る と、1号住居跡と2号住居跡、2号住居跡と1号溝状遺構はそれぞれ重複せず、1号住居跡と1号溝 状遺構は溝状遺構が住居跡を壊して構築されている。これらは前述の様に出土遺物の年代に若干の差 異が認められ、1号住居跡・2号住居跡・1号溝状遺構の順に古くなる。また、1号住居跡と1号溝 状遺構については、出土遺物に年代差があることと検出された状況が整合する。これにより、この3 遺構には相関関係が認められず、同時期に存在していなかったと考えられる。

 次に、1号道路状遺構について触れておく。この遺構は、1号溝状遺構の南北方向とほぼ同一の主 軸方向を持ち、台地上へ向かって二股に分かれる。出土遺物が須恵器の小片1点のみであり、1号溝 状遺構の北側において煙滅するため詳細が不明であり、1号溝状遺構との時期的な差異も定かではな いが、この様な位置関係を見ると、これらは台地上の土地利用における何らかの区画を示す遺構であ るかもしれない。更にこの1号道路状遺構は、高台の居住域と低地を結ぶ生活道路としての性格を持 つのではないか。

2.境川流域における古代遺跡の様相 

 本調査地点が位置する相模野台地は、東の多摩丘陵と西の相模川低地に挟まれている。また、本調 査地点のすぐ西側を流れる境川が台地を刻み、低地を形成している。

 境川は、神奈川県城山湖付近を源流としており、上流から中流域は都県境を東流、中流域より神奈 川県内を南流し相模湾へ至る。本調査地点はその中流域にあたる。

 境川流域では、旧石器時代から近世に及ぶ多くの遺跡が周知されている。今回調査対象となった鶴 間公園遺跡(町田市№ 999 遺跡)は、古墳時代から平安時代にかけての包蔵地として周知されていた が、本調査により古墳時代後期から奈良時代初頭の住居跡等が発見され、この時期の集落が存在する ことが明らかとなった。

 古代における境川流域の遺跡分布に注目すると、古墳時代後期に位置付けられる遺跡は上流域の北 岸に、都内で最大規模となる前庭部と羨門周辺の前庭部奥壁・側壁に河原石が石垣状に積上げられた 全国的に類例の少ない構造を持ち、1基のみ単独で発見された多摩ニュータウン№ 313 遺跡1号横穴

墓(久保ヶ谷横穴墓)や、忠生根岸山横穴墓群(以上東京都町田市)、南岸の春林横穴群、御所之入 横穴群、古淵横穴群(以上神奈川県相模原市)、中流域では南岸の浅間神社西側横穴古墳群、公所横 穴群(以上神奈川県大和市)等の墓域が点在する他、集落跡は上流域北岸の武蔵岡遺跡や相原坂下遺 跡、多摩ニュータウン№ 916・917・918 遺跡(以上東京都町田市)、多摩ニュータウン№ 327 遺跡(東 京都町田市・八王子市)、中流域では南岸の下鶴間甲一号遺跡(神奈川県大和市)がある。また、境 川流域ではないが、本遺跡の北側には多摩丘陵の裾部を流れる恩田川流域に、なすな原遺跡(東京都 町田市)が存在する。しかし、総じて古墳時代後期の発見例は僅かであり、遺跡の主体は奈良・平安 時代となる。

 この様に、境川流域において奈良時代以降の遺跡が増加することについて、米川仁一氏は『木曽森 野遺跡Ⅲ 歴史時代編2‐遺跡の歴史的環境‐』の中で、谷や丘陵が入り組む起伏の激しい地形に制 約され、在地勢力の力では困難であった大規模な開発行為が、大和朝廷による支配体制の強化によっ て円滑に進んだとする可能性を指摘している。

3.おわりに

 本調査で発見された遺構や遺物は寡少であり、集落跡の一端を捉えるに留まった。しかし、古墳時 代後期から奈良時代に至る変遷を示す資料を得られたことは、成果と言えるであろう。

 また、境川はその名の通り都県境を流れており、往時も「武蔵国」と「相模国」の境を成していた。

本調査地点はその区分上、武蔵国の範囲となるが、相模型土師器の出土により、境川対岸の相模域の 影響を受けていたことが窺える。

 本調査の成果が、これまで少ないとされていた、古墳時代後期の集落跡についての検討に資するこ とを願うとともに、更なる検証が進むことを期待する。

引用・参考文献

上野遺跡第6地点発掘調査団 1994 『月見野遺跡群上野遺跡第6地点発掘調査報告書』

相模原市調査団 1986 『橋本遺跡Ⅷ 歴史時代編』

相模原市古淵B遺跡発掘調査団 1990 『古淵B遺跡』

下鶴間甲一号遺跡調査団 1991 『下鶴間甲一号遺跡』

東京都埋蔵文化財センター 1999 『多摩ニュータウン遺跡‐№ 327・329・330 遺跡‐ 東京都埋蔵文化財センター調査報告   第 58 集』

東京都埋蔵文化財センター 1999 『多摩ニュータウン遺跡‐№ 918 遺跡‐ 東京都埋蔵文化財センター調査報告 第 61 集』

東京都埋蔵文化財センター 2003 『多摩ニュータウン遺跡‐№ 313 遺跡‐ 東京都埋蔵文化財センター調査報告 第 129 集』

東京都埋蔵文化財センター 2009 『中田遺跡 東京都埋蔵文化財センター調査報告 第 231 集』

鶴間正昭 2008 「南武蔵・相模の土器様相からみた地域間交流」『国士舘大学考古学研究室 40 周年記念シンポジウム 古代  社会と地域間交流‐土師器からみた関東と東北の様相‐』国士舘大学考古学研究会

なすな原遺跡調査会 1996 『なすな原遺跡‐№2地区調査』

町田市木曽森野地区遺跡調査会 1989 『木曽森野遺跡‐歴史時代編‐』

町田市木曽森野地区遺跡調査会 1995 『木曽森野遺跡Ⅲ‐歴史時代編2‐』

大和市教育委員会 1978 『浅間神社西側横穴古墳群発掘調査報告書』

大和市教育委員会 1990 『大和市文化財調査報告書 第 38 集 相ノ原遺跡第Ⅰ地点・第Ⅱ地点・第Ⅲ地点・第Ⅳ地点・第Ⅴ 地点』

大和市教育委員会 1994 『大和市文化財調査報告書 第 58 集 月見野遺跡群上野遺跡第3地点第2次調査』

大和市 株式会社盤古堂 2010 『上野遺跡 第2次調査』

写真図版

図版1

6. B 区 重機掘削 (北東から)

7. A 区 調査風景 (北西から) 8. B 区 調査風景 (西から)

1. 調査地 樹木伐採前 (北から) 2. 樹木伐採 作業風景 (北から)

5. A 区 重機掘削 (西から)

3. 樹木搬出 作業風景 (南西から) 4.調査地 樹木伐採終了(北から)

図版2

6. 1号住居跡 東西断面 (南から)

7. 1号住居跡 遺物出土状況 (北西から) 8. 1号住居跡 遺物出土状況 (北から)

1. A 区 遺構検出状況 (北から) 2. B 区 遺構検出状況 (南から)

5. 1号住居跡 南北断面 (西から)

3. 1号住居跡 使用面全景 (南から) 4.1号住居跡 掘り方全景 (南から)

図版3

6. 1号住居跡 炉跡 南北断面 (西から)

7. 1号住居跡 P 1 南北断面 (西から) 8. 1号住居跡 調査風景 (北西から)

1. 1号住居跡 カマド 使用面全景 (南から) 2. 1号住居跡 カマド 掘り方全景 (南から)

5. 1号住居跡 炉跡 全景 (西から)

3. 1号住居跡 カマド 南北断面 (西から) 4.1号住居跡 カマド 東西断面(南から)

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