4. 政策の妥当性に関する考察
4.4 高さ規制の強化が地価に与える影響
4.4.5 高さ規制と町家保全に関する考察
商業系地域においては、高さ規制の強化が土地需要曲線を上方シフトさせ、地価上昇を もたらしている。この結果は、前章で分析対象とした都心商業地域にも該当することから、
土地の総量を町家に限ることで、町家土地への影響を考察することができる。
図 4.3 は、過去のある時点に町家が建っていた土地総量を x 軸に取ったものである。こ の図からは、需要曲線の上方シフトは、取引量を増加させ社会的余剰を増加させる一方で、
町家量を減少させる効果を持つことが分かる。すなわち、高さ規制の強化は、町家と高層 建物の混在による外部不経済対策としての効果が期待されるものの、他方で、町家の減少 圧力として作用するものと考えることができる。商業系地域全体としては、高層建物が許 容されるほど地価が高い、つまり高度利用の便益が存在するという結果を合わせて考える
と、市内全域で高さ規制を強化するのではなく、都心商業地域においては、外部不経済対 策として高さ規制を強化する一方で、規制強化地域同様に商業ポテンシャルの高い他の商 業地域では、高さ規制を緩和することにより、高度利用可能地域を設けるべきと考えられ る。
町家の外部性が確認された地域においては、高層建物との混在を防止するため、高さ規 制を強化しつつ町家の除却を防止する政策を同時に実施し、その他の地域では、建物の高 層化を認めることで、市内の商業系地域を町家地域と高層建物地域に分化することが、既 存の都市ストックを前提とした場合に都市の最適化を図りうる政策になると考えられる。
価格
―Q Q1 Q2 P
E1 E2
売却量 保全量 売却量
E1
E2 保全量
町家土地総量 S
D1 D2
従前の町家土地総量
図 4.1 高さ規制の強化による町家土地取引市場への影響
また、景観保全のために実施された高さ規制強化が、外部性の高い町家集積景観を損な う力として作用するという本分析結果は、都市政策が想定外の結果を招く可能性があるた め、その影響を適宜分析評価し、柔軟に見直すべきであるとの含意を持つ。
なお、これらは、短期的な影響に関する考察であるが、中長期的な影響分析やシミュレ ーションも必要である。
5 まとめ
前章において、フリーライダー対策、町家の連担性の保全と再生、町家と高層建物の混 在により発生する外部不経済への対策という 3 点から、政策手段に関する考察を行ったと おり、その目的によって妥当な政策手段は異なる。このため、原因と対策を一致させ、複 数の原因には複数の対策をパッケージングして実施する必要がある。
また、本稿の分析結果が都心商業地域全体に関するものであることからは、一定の面的 広がりを持った政策の実施を正当化でき、町家の減少が進む中早期の対策が必要であるこ とも考慮すると、実現性と妥当性の点から以下の具体策が考えられる。
その具体策とは、フリーライダー対策としては、町家集積景観の外部性が確認された地 域を特定して町家保全目的税を実施するが、先述のとおり、町家集積がもたらす地価に帰 着した便益は既に固定資産税に反映されていることから、新税の創設ではなく固定資産税 の評価方法の適正化によって、町家集積の地価上昇効果相当額を分離し特定財源化するこ とで確保する。これにより、地域限定的な新税創設によって懸念されるジェントリフィケ ーションの問題も回避される。
そして、この特定財源から、連担性を重視した計画的な町家改修経費補助を行う。既に
「京都市市街地景観整備条例」に基づく歴史的建造物修景地区や重要界わい景観整備地区 の指定により、計画的な保全と行政による補助を行う仕組みが導入されているが、その地 区指定は一部に止まっており、外部性が都心商業地域全体としても認められることからは、
対象範囲を広げた計画的保全が必要である。同時に、町家的建物の建設に対しても補助等 のインセンティブを与えることで連担性の再生も図る。
最後に、混在によって生まれる外部不経済への対策としては、単に高層建物を排除する のではなく、高さ規制の強化と町家の除却規制によって町家集積景観を保全・再生する都 心商業地域と、高さ規制の緩和によって高度利用に応える他の商業地域を設けることで、
用途の分化を図るべきであると考えられる。
6 今後の課題
本稿においては、京都市都心商業地域を対象として、通の町家集積率など景観的要素を 重視した町家集積指標を設定し、町家集積景観の正の外部性の存在と連担性の重要性を確 認するとともに、高層建物との混在による外部不経済の発生についても実証結果から明ら かにした。先行研究とは異なる多方面からのアプローチによって町家集積景観の経済的価 値を実証することは、その保全または再生に向けた政策の円滑な実施に寄与するものと考 えられる。また、京都市都心部全体としても、町家集積景観が正の外部性を有するという 分析結果は、面的に広がりを持った都市政策導入の根拠として有意義なものであり、新た な政策の示唆に加え、現行政策の評価と見直すべき点のいくつかを指摘することができた。
しかし、本稿では分析できていない課題が複数残っている。
一つには、受益に応じた適切な負担を求めるという観点から、固定資産税による財源確 保を提案したが、例えば、商業者と一般住民との間で町家集積景観の受益内容が異なる可 能性があることや町家をはじめとする地域ストックの現状を踏まえ、政策実施の合意形成 と導入地域の設定が必要である。また、西陣地区をはじめとする町家が多く残る他の地域 についても、町家集積景観の外部性を評価し、政策の実施が可能な地域の割り出しが行わ れなければならない。更に、町家集積景観の外部性の分析に当たって、本稿では考慮しな
かった町家の個体差が及ぼす影響や、商業販売額や従業者数、通行者数等と外部性の関係 を分析することによって、一層精緻化を図った上で適切な政策が選択されることが望まし い。
最後に検討した高さ規制の強化については、町家の減少圧力をもたらすという政策の想 定外の影響を指摘したとおり、短期的評価についても多面的に行いつつ、中長期的な効果 にも留意し、制度を柔軟に見直すことで最適化が図られなければならない。政策評価の重 要性に応える研究の必要性を今後の課題として、本稿を締めくくる。