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第 1 章 インドネシアの政治、経済、社会状況

事例研究 2 韓国における 1997 年金融危機前後の社会セーフティネット

韓国経済はいわゆる1997年アジア金融危機により頭打ちになるまで、奇跡的な年間成長率で成長を 遂げてきた。1人当たり年間所得の伸び率は1990年から1996年の間に平均6.6パーセント21

表 1-18 失業率(%)

を記録 し、1996年に韓国はOECD加盟を果たした。当時食料不足や教育を受けられない状況に苦しむ人々も ごく一部確かに存在したものの、経済成長を続け、失業率が非常に低かった同国において、社会セー フティネットは差し迫った課題とは考えられていなかった。表1-19に示すように、韓国の失業率は アジア通貨危機前の1994~1997年の4年間は日本よりも低く、1995年と1996年には2パーセント に近い水準を記録した。しかし、1997年11月にアジア金融危機に見舞われ、韓国の社会的、経済的 環境は大きく変化することとなった。

年 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 韓国 2.5 2.4 2.5 2.9 2.5 2.1 2.0 2.6 7.0 6.3 4.4 4.0 3.3 3.6 3.7 3.7 3.4 3.2 日本 2.1 2.1 2.2 2.5 2.9 3.2 3.4 3.4 4.1 4.7 4.8 5.0 5.4 5.2 4.7 4.4 4.1 3.9 米国 5.6 6.8 7.5 6.9 6.1 5.6 5.4 4.9 4.5 4.2 4.0 4.7 5.8 6.0 5.5 5.1 4.6 4.6 出所: WDI

表 1-19 若年失業率(15-24歳)(%)

年 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 韓国 7 7.4 7.7 .. 7.2 6.3 6.1 7.7 16 14 12 11 .. 10 10 10 10 8.9 日本 4.3 4.5 4.4 5.1 5.5 6.1 6.7 6.6 7.7 9.3 9.2 9.7 10 10 9.5 8.7 8 7.7 米国 11 13 14 13 13 12 12 11 10 10 9 11 12 12 12 11 11 11 出所: WDI

表 1-20 1人当たりGDPないしGNI

(1) 1人当たりGDP(固定国際価格水準、基準年=2005)

(2) 1人当たりGDP(変動国際価格水準)

(3) 1人当たりGNI(変動国際価格水準)

出所: WDI

21 この伸び率は国際不変物価(international constant price)ベースの一人当たりGDPから算出したものである。デー タはWDIデータベースによる。

年 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999

(1) 11,383 12,337 12,944 13,615 14,645 15,761 16,704 17,318 16,015 17,410

(2) 8,203 9,201 9,876 10,627 11,672 12,818 13,843 14,592 13,644 15,047

(3) 8,200 9,190 9,860 10,610 11,640 12,770 13,790 14,510 13,420 14,870

年 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008

(1) 18,730 19,331 20,598 21,071 21,961 22,783 23,884 25,021 25,498

(2) 17,137 18,169 19,656 20,145 21,671 22,783 24,736 26,833 27,939

(3) 17,050 18,130 19,670 20,160 21,740 22,760 24,770 26,880 28,120

1998年、1人当たり所得は1953年の朝鮮戦争終結以来、初めて下落した。表1-20が示すように、購 買力平価(2005年固定物価基準)で測ったGDPは1997年の17,318ドルから、1998年には1996年

の16,704ドルよりも低い16,015ドルまで下落している。労働市場はさらに深刻であり、1996年に2

パーセントであった失業率は1998年には7パーセントにまで跳ね上がった。その後、1999年より徐々 に下落の傾向を見せ、2002年以降は3~4パーセント水準を維持してきた。2000年代を通じて韓国の マクロ経済は1997年のショックから完全に立ち直ったと言われてはいるものの、失業率は通貨危機 以前の水準に戻っていない。15歳から24歳の若年失業率はさらに深刻で、2007年には日本のそれよ り高い約9パーセントを記録している。

1997年と1998年における韓国のマクロ経済状況は厳しく、多くの失業者を生み出したため、より柔 軟な労働市場の形成が求められた。また韓国企業の倒産はかつて強硬な態度をとり続けていた労働組 合を弱体化させ、また韓国政府は、破産企業の買収を進める外資系企業の要求により、より企業に都 合のよい労働市場を法制化せざるを得なかった22

そのような劇的な社会環境の変化の過程で、韓国政府および社会は社会セーフティネットの整備不足 を認識するに至った。OECD(2000)によると、最富裕層にある上位20パーセントの総所得は1996 年と比較して1999年には3.7パーセント上昇したのに対し、同時期の最貧困層にある下位20パーセ ントの所得は8.4パーセント下落しており、経済格差が広がったことを示している。収入ベースのジ ニ係数は1996年の0.29から1999年には0.36に上昇している。Kang and Lee(2001)もまた異なる 測定結果を用いて同様の傾向を確認している。さらに韓国統計局の調査によると、精神的問題から死 亡した人の数は1998年に10万人あたり15.6人とピークに達し、その後減少した。1996年には10 万人当たり13.1人であり、2008年には11人である。

こうした社会的問題に直面し、韓国社会では社会セーフティネットを見直し改善しようという議論が なされるようになり、政府もわずかではあるが新しい政策を実施した。そのうちもっとも注目すべき ものは失業保険と基礎生活保障制度である。

まず初めに、失業保険制度は1997年以降、より多くの失業者を保護するための改正がなされた。同 制度が1995年に初めて導入されたときは、30人以上を雇用する企業に属する被雇用者にのみ適用さ れていた。その後、同制度は1998年での幾度かの改正を経て、2008年10月には1ヶ月以上の雇用 状態にある全ての労働者が対象とされるようになった。さらに、月に80時間以上働くパートタイム 労働者も対象となった。現在では、事実上全ての労働者がこの失業保険の対象となっている(MOL 2006)。

22 1997年以降の韓国労働法の改革については、OECD(2000)参照。

次に、もともとあった生活保護給付金制度が、より多くの人々を対象とするように改正され、2003 年10月に発展的に国民基礎生活保障制度が開始された23

表 1-21 月収基準(単位: 1000 韓国ウォン)

。この新しい制度の基本的な考え方は、あ る一定の所得水準以下で暮らす世帯に月々必要分の補助金を給付するというものである。基準となる 月収は下表のとおりである。

世帯人数 1 2 3 4 5 6

基準収入 460 780 1,030 1,260 1,490 1,710

出所: 韓国厚生労働省(2008)

表 1-22 住宅補助および生活補助(単位: 韓国ウォン)

世帯人数 1 2 3 4 5 6

住宅補助 79,859 135,268 177,053 218,314 256,607 295,292

生活補助 307,752 521,276 682,304 841,312 988,877 1,137,958 出所: 韓国厚生労働省(2008)

2008年現在、7種類の補助金制度があり、それぞれ受給資格条件が異なる。そのうち最も重要なのは、

住宅補助と生活補助である。それぞれの補助金額は表1-22の通りである。

Kang and Lee(2001)が主張しているように、金融危機の時期における韓国の社会セーフティネット は一般的に十分ではなかったと評価されている。それに対して、1997年以降、社会セーフティネッ ト改善のために政府が実施した政策は、最貧困層をうまく支援したと評価されている。しかしながら、

現行制度に関してよく指摘される問題として、貧困から脱け出るために就業しようという意欲を削い でいるのではないかという指摘がよくなされる24

23 2つの制度の詳細な違いについてはKDI(2007)を参照。

。そうした指摘に対し韓国政府は近年、貧困層と失 業者に就業機会を提供するためのプログラムを開始した。この新プログラムはまだ定着していないた め、その効果を評価することは時期尚早である。一方で韓国政府のウェブサイトに掲載されている 様々な政策発表から、韓国政府は社会セーフティネット充実のため雇用創出にさらに注力していくこ とは間違いない。

24 KDI(2007)を参照。

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