第1節 内戦の規制
第1款 敵対武装集団への国際人道法の適用の必要性
今日、「人間化(humanization)」と呼ばれる現象が国際法全体に広がってきている108。こ れは、伝統的な国家を主体として国際法の権利義務を論じる体系から、個人に直接に権利 を付与し義務を課す体系へと国際法が変化してきている状況を示したものである。この現 象の発端は、第 2 次世界大戦後の国際人権法と国際刑事法の発展にあると言えるが、その 影響が最も色濃く及んでいるのが、国際人道法の分野であることは間違いない。この影響 により、焦点が国家から個人へと移され、犠牲者保護の観点から国際人道法の必要性が論 じられるようになるとともに、国家責任とは区別される個人の国際人道法上の責任が国際 刑事法廷で問われる時代となってきている。
この傾向は、非国際的武力紛争に適用される国際人道法においても同様に見られる。昨 今においては、政府側か敵対武装集団側かを問わず、(少なくとも形式的には一律に)戦争 犯罪を犯した個人に対して刑事罰が科されている。このように、国際人道法が刑事化(裁 判規範化)することにより「個人」を義務の名宛人とできることが明確になったため、あ えて敵対武装「集団」に義務を課して、当該集団に国家と同等の法的地位を付与する結果 を導くようなことは敬遠される傾向にある。さらに、国際人道法とりわけ慣習国際人道法 が敵対武装集団に適用される根拠が明確ではないこととも相まって、敵対武装集団に国際 人道法を「適用」することは不要であるとの見解もみられるようになってきている109。 しかし、こうした人間化の動きが、集団としての敵対武装集団を国際人道法の平面で議 論することを無意味にしたと結論づけることは早計であろう。たとえば、実際の戦闘行為 において人道法を遵守するよう指示・監督するのは、指揮命令系統をもった集団(組織)
であることは否定できない。このような集団としての法的義務や権利は、いかに人間化が 進んだところで完全に無くなるわけではない。
さらに、人間化に伴う国際人道法の発展に、敵対武装集団がどのように関与するのかと いう点も看過できない。国家を国際法の主体と考え、その枠内で人道法の適用を考えてい る場合には、国際法の生成・発展に関与するのもまた国家であるという前提に立てば済む。
しかし、国際法が他の主体(entity)に権利義務を与える体系へと変化すれば、それらの規 範体系の「形成」に携わる主体にもまた一定の影響が及ぶものと考えられる。今日におい ても、条約の作成能力をもつのが国家(および限定的に国際機構)であることに大きな変 化はないし、それは国際人道法の分野においても同様である。しかし、慣習法の成立過程 において、なお「国家」の実行や法的確信だけを考慮の対象とすればよいのかは、検討す
108 T. Meron, The Humanization of International Law (2006), Introduction.
109 樋口「前掲論文」(注48)399-402頁参照。
る余地があるだろう。たとえば、大規模な内戦において、もし相互主義にもとづいて政府 側と同等の立場で敵対武装集団にも慣習国際人道法が適用されるとするならば、そうした 位置づけにある敵対武装集団の実行をその規則に関する慣習法の形成要因として考慮する か否かの判断は、人道法の性格づけとの関係においても極めて重要になってくるであろう。
人間化は、焦点を個人にあてるため、集団の存在を見えにくいものとする。しかし、む しろこのように人間化が進んできているからこそ、国際人道法を個人の観点からどこまで 語り尽くせるのか、あるいは逆に敵対武装集団を国際人道法上の「集団」としてどこまで 位置づけることができるのかについて、改めて再確認する必要があるものと考えられる。
そこで本節では、まず国際人道法上の敵対武装集団の位置づけの歴史的変遷を追った上で、
近年の旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)の戦時復仇に関する判例を素材として、慣習法の 認定と適用に関する問題点を浮き彫りにし、慣習国際人道法の適用・形成という確立過程 における敵対武装集団の位置づけに関する考察を行う。
(1)敵対武装集団の史的系譜
(a)第2次世界大戦以前の交戦団体としての位置づけ
非国際的武力紛争に適用される条約が、第 2 次世界大戦後にようやく作成されたのに対 し、その慣習法の歴史は決して新しくはない。古くは、1758 年のヴァッテルの著書におい て、非国際的武力紛争の両当事者による慣習法の遵守義務が論じられている110。しかし、
慣習法の適用が現実的になるのは、事実上の交戦団体承認が行われた、1860 年代の南北戦 争以降においてであろう。
交戦団体承認は、紛争当事者間で交戦法規を適用し、また第三国との関係で中立法規を 適用するために行われる111。敵対武装集団の支配する地域における人民保護や通商を確保 することを目的として、いわば国家の利益保護のために設けられた制度である。当時は、
国家のみが国際法上の主体であり、また相互主義が国際法の根幹をなしていた。こうした 時代において、交戦団体承認により「国家に準ずる集団」として位置づけられることで、
敵対武装集団は国際法の舞台へと引き上げられたのである。とりわけ中立法規の適用は、
政府と敵対武装集団を同等に扱う証左となろう。交戦団体承認は、伝統的国際法の主体論 に合致するもので、理論的に整合性のある制度であったと言える。
しかし、理論的整合性と実用性は一致をみなかった。交戦団体であることの承認は、敵 対武装集団に政府と並ぶ国際法上の地位、ひいては実際上の正当性を与えることを意味す るものと考えられたため112、紛争当事者の一方である政府は、この承認を行うことに難色 を示すようになった。そのため、後述するジュネーヴ諸条約の起草過程においては、交戦 団体承認を介さずに国際人道法を適用する方法が試行錯誤されることになる。
(b)ジュネーヴ条約における敵対武装集団の地位の不明確化
110 E. de Vattel, Le droit des gens; ou, Principes de la loi naturelle appliqués à la conduite et aux affaires des nations et des souverains (1758), livre III, para. 294.
111 林久茂「交戦団体承認についての一考察」『法学論叢』61巻6号(1956年)97頁
112 藤田『前掲書』(注1)(有信堂、2003年)212-213頁。
(i)ジュネーヴ諸条約共通3条における法的地位の付与の問題
スペイン内戦の惨禍を目の当たりにし、国際社会では、交戦団体承認に代わる新しい規 則が求められていた。その要請を受け、1949 年のジュネーヴ諸条約においては、交戦団体 承認の有無にかかわらず各紛争当事者に人道的保護を義務づける共通 3 条が設けられた。
この条文の名宛人は「各紛争当事者」であり、政府と敵対武装集団の双方を含むものであ ると考えられる。その一方で、共通3条の2項においては、「前記の規定の適用は、紛争当 事者の法的地位に影響を及ぼすものではない。」と規定されている。この規定は、平等に条 約を適用することで、敵対武装集団が国家(政府)と対等な関係にあると黙示的に認める ことになることを回避するために設けられた条文である。
しかし、「法的地位に影響を及ぼすものではない」という文言の意味するところは、十分 に明確ではない。共通 3 条のコメンタリは、法的地位の付与を「交戦者の地位」の付与に 置き換えた上で、「3 条を適用するという事実それ自体は、敵対当事者が何らかの権限を有 するということの合法政府による承認を構成するわけではない。」と説明する113。他方、学 説においては多様な見解が見られるが114、その細部こそ異なれ、共通 3 条の適用は交戦団 体承認を意味するものではないとする点については一致をみている。
このように、法的地位に関する文言が導入された結果、敵対武装集団の国際人道法上の 位置づけが複雑になったものの、ここで適用対象として念頭に置かれているのは、個々の 構成員(反徒)ではなく、集団としての敵対武装集団である。このことは、草案にあった
「敵対当事者が同様に条約を遵守するという条件の下で」という文言が削除されたとして も変わるものではない115。国家に準ずる集団としての敵対武装集団の位置づけには揺らぎ が見られるものの、ここではまだ人間化の影響はあまり及んでいないと考えられる。
(ii)ジュネーヴ諸条約第2追加議定書からの「紛争当事者」の削除
敵対武装集団の位置づけの不明確化は、第 2 追加議定書において一層拡大する。条約が 採択される直前までは、5条に「この議定書から生ずる権利及び義務は、すべての紛争当事 者に平等に適用される。」とする規定があり、敵対武装集団への条約適用の意図が明確に確 保されていた116。しかし、民族解放団体の第 1追加議定書への格上げとともに、第 2 追加 議定書に対する批判的空気が濃くなったため、その採択を確保するために、何らかの法的 地位を付与しうる「紛争当事者」の文言を含む条文は、すべて削除されることとなった。
こうして、5 条の削除にとどまらず、「紛争当事者」の文言が完全に姿を消したため、条約
113 J. Pictet (dir.) (J. de Preux (ed.)), Commentaires des Conventions de Genève du 12 août 1949, Vol. III (1960), p. 43.
114 たとえば、藤田久一「内戦と1949年ジュネーヴ条約 -捕えられた戦闘員の法的保護を 中心に」『国際法外交雑誌』71巻2号(1972年)37-38頁。
115 Actes de la Conférence Diplomatique de Genève de 1949 (1949), Tome I, pp. 72, 111, Tome II-B, pp. 11, 116, 120, 124.
116 Actes de la Conférence Diplomatique sur la réaffirmation et le développement du droit international humanitaire applicable dans les conflits armés, Genève (1974-1977) (1978) (ci-après, Actes de la Conférence), Vol. I, p. 34.