第 6 章 海洋肥沃化装置への予測モデルの適用
6.2 静止流体中における拡散挙動
〜海洋肥沃化装置「拓海」を想定したシミュレーション〜
6.1 海洋肥沃化装置における深層水放流
現在,相模湾上では,漁場の形成を計るため深層水の富栄養性を利用した海洋肥沃化 装置「拓海」の実証実験が進められている.この「拓海」では,1 日当たり約 10 万ト ンの深層水が汲みあげられ,密度調整のため,その2倍の量の表層水と混合された後に 海面付近に放流されている.実際の海域では成層状態が季節により大きく変動するため,
表層水との最適な混合比率を把握することは重要な課題とされている.
また,新たな肥沃化装置の設置サイトを検討する段階では,実際の海域での深層水の 拡散範囲を予測するための適切な物理モデルの確立も残された課題の一つである.
そこで本節では,「拓海」の様な全周方向に放流するシステムに対する数値解析手法 の適用性を検討するため,「拓海」の縮尺模型を用いて放流実験を行い,同様の条件下 で数値解析結果との比較を行うことで検証を行った.
さらに,潮流を想定した定常流れ場での実験及び数値解析も行い,潮流の影響のある 流れ場へのシミュレーションの適用性について検討を行った.なお,ここでは放流水の 沈降深度と水平方向の拡散距離に着目して適用性の評価を行っている.
6.2 静止流体中における拡散挙動
海洋肥沃化装置から放流された流体の基本的な拡散特性を調べるため,静止流体中での 放流実験を実施した.
表 6-1に,「拓海」の実機と縮尺模型の概要を示す.相似則には,フルード数もしく
は内部フルード数を適用し,縮尺模型の放流速度と温度勾配を決定している.ここで代 表長さは放流口の高さである.水温分布は,一例として夏季の温度勾配を想定した値で ある.
図 6-1に縮尺模型の外観写真と概略図を示す.この縮尺模型は,上部の管より供給さ れた水を隙間2.78 mmの放流口から8方向に放出されるしくみとなっている.実験時間 は,放水開始から5分間とし,動画より5分後の静止画像を取り出すことにより,放流 水の挙動を評価した.
表 6-2に静止流体中における放流実験の実験条件を示す.水槽の温度設定は,温度成 層のない場合とある場合の2種類を設定した.温度成層がない場合は20 ℃の一定水温 とし,温度成層がある場合には,相模湾で8月に計測された水温の鉛直データ52)を基に,
表層から25 ℃‐13 ℃の直線的な水温を設定した.また,放流水温は,10 ℃,15 ℃,
20 ℃,25 ℃の4種類について行った.
なお,10 ℃は深層水のみの放流水温に,20 ℃は「拓海」と同比率で深層水と表層水を 混合した放流水温に相当する.
表 6-1 「拓海」実機および縮尺模型の概要(静止流体中)
北緯 35.0 度 10 m
東経 139.3 度 1 m
水深 980 m 1.2 m
dT/dy Fr dT/dy Fr
0 25 ℃ 0.10 1.57 0 25 ℃ 10 1.57
20 23 ℃ 0.10 1.57 0.2 23 ℃ 10 1.57
40 21 ℃ 0.10 1.57 0.4 21 ℃ 10 1.57
60 19 ℃ 0.10 1.57 0.6 19 ℃ 10 1.57
80 17 ℃ 0.10 1.57 0.8 17 ℃ 10 1.57
100 15 ℃ 0.10 1.57 1.0 15 ℃ 10 1.57
120 13 ℃ 1.2 13 ℃
潮流(恒常流) 0 m/s 潮流(恒常流) 0 m/s
1/1 1/100
10 m 0.100 m
0.278 m 代表長さ 0.00278 m
8.0 m2 0.00080 m2
20 m 0.20 m
300,000 m3/日 0.125 m3/h
3.472 m3/s 3.5E-05 m3/s
0.43 m/s 0.043 m/s
10-25 ℃ 10-25 ℃
120,000 120
IOES 「拓海模型」
相模湾 「拓海」実機
放水口深度 縮尺 水槽形状
長さ 奥行 深さ
水温分布
流速 水深 [m]
放水口直径
レイノルズ数
フルード則
フルード則 代表長さ
放水量(時間量)
放水口直径 放水口高さ
縮尺模型
「拓海模型」
1/100 実機
「拓海」
1/1 水温分布
(一例)
水深 [m]
流速 縮尺
放水速度 放水温度 放水口高さ 放水口面積
放水量 相模湾
フルード則
フルード則 レイノルズ数
放水速度 放水温度 放水口面積 放水口深度 放水量(日量)
放水量
図 6-1 「拓海」の縮尺模型(1/100) (左:外観,右:概略図)
表 6-2 「拓海」縮尺模型の実験条件(静止流体中)
Case 放出温度 放出速度 放出内部フルード数 温度勾配
Tin
* uin
* dTe
*/dy*
0 10 ℃ 0.043 m/s ‐ なし
1 10 ℃ 0.043 m/s 5.1 0.1 ℃/cm
2 15 ℃ 0.043 m/s 6.5 0.1 ℃/cm
3 20 ℃ 0.043 m/s 11 0.1 ℃/cm
4 25 ℃ 0.043 m/s 13 0.1 ℃/cm
図 6-2に,放流開始より5分後のCase 0とCase 1の可視化画像を示す.放流水温が 10 ℃の場合のこの2ケースを比較すると,温度成層のない上図(a)では放流水が底面近 くまで沈降しているのに対し,温度成層のある下図(b)では水深0.4 m付近に放流水が留 まっている.このような全周方向に放流方式場合でも,温度成層の有無により挙動が大 きく異なることが確かめられた.続いて,温度成層域での拡散挙動をより詳細に検討す るため,Case 1-4について数値解析結果との比較も行う.ここで数値解析は,現象の対 象性を考慮して図 6-2 (b)に破線で囲んだ範囲について実施した.
(a) 温度成層なし(Case 0)
(b) 温度成層あり(Case 1) 図 6-2 静止流体中における拡散挙動
図 6-3は,Case 1の条件における実験結果と解析結果を示した.ここで実験結果は,
図 6-2 (b)の破線内を拡大して再掲したものである.
同じく,図 6-4‐図 6-6はそれぞれCase 2‐Case 4の実験結果と解析結果である.
図 6-3 と図 6-4 の放流水温が 10℃,15℃の場合,(a)の実験結果と(b)の解析結果は,
この時点での水平方向の最大到達距離(進行距離)と鉛直方向の沈降深度ともによく一 致しており,本解析により放流現象をよく表現できている.
図 6-5と図 6-6の放流水温が20 ℃と25 ℃の場合,(a)の実験結果と(b)の解析結果を 比較すると,水平方向の放流水の進行距離には違いがあるが、鉛直方向の放流水の沈降 深度に関しては良い一致がみられる。
次に,これらの解析結果の沈降深度について定量的な評価を行った.ここでは,放流 水が水平方向に最も遠くまで到達した点の深度を評価基準とした.
図 6-7に,沈降深度の比較結果を示す.放流水温が25°Cの場合,沈降深度に約0.05 mの違いがあるものの,概ね全ケースとも実験結果と計算結果で一致している。この結 果は、「拓海」のような全周放流型の装置に対しても、本解析手法が有効であることを 示すことができた.
(a) 実験結果
(b) 解析結果
図 6-3 静止流体中における拡散挙動(Case 1)
1.0 m 2.0 m
0 0.2 m
-0.2 m
-0.4 m
-0.6 m
-1.0 m 0.8 m
1.0 m 2.0 m
0 0.2 m
-0.2 m
-0.4 m
-0.6 m
-1.0 m 0.8 m
(a) 実験結果
(b) 解析結果
図 6-4 静止流体中における拡散挙動(Case 2)
1.0 m 2.0 m
0 0.2 m
-0.2 m
-0.4 m
-0.6 m
-1.0 m 0.8 m
1.0 m 2.0 m
0 0.2 m
-0.2 m
-0.4 m
-0.6 m
-1.0 m 0.8 m
(a) 実験結果
(b) 解析結果
図 6-5 静止流体中における拡散挙動(Case 3)
1.0 m 2.0 m
0 0.2 m
-0.2 m
-0.4 m
-0.6 m
-1.0 m 0.8 m
1.0 m 2.0 m
0 0.2 m
-0.2 m
-0.4 m
-0.6 m
-1.0 m 0.8 m
(a) 実験結果
(b) 解析結果
図 6-6 静止流体中における拡散挙動(Case 4)
1.0 m 2.0 m
0 0.2 m
-0.2 m
-0.4 m
-0.6 m
-1.0 m 0.8 m
1.0 m 2.0 m
0 0.2 m
-0.2 m
-0.4 m
-0.6 m
-1.0 m 0.8 m
Initial temperature of discharged water (oC)
5 10 15 20 25 30
Depth z (m)
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2
Experiment Calculation Discharge
Bottom Surface
図 6-7 放出時の温度差と沈降深度