1 「家族力」を支える「雇用力」「地域力」「行政力」
の再生
日本の家族や子どもを取り巻く環境は厳しい。親 の長時間労働、所得格差の拡大、失われる子どもの 遊び場と時間、外で群れ遊びをする姿がめっきり少 なくなった一方、テレビやテレビゲーム、あるいは ケータイがその時間を埋めていることにより進む
「非社会化」、子どもの貧困2、児童虐待の増加等々、
出生率が低下し、未来の日本は大丈夫だろうかと不 安にさせる材料がずらりと並ぶ。こういう中で静岡 県の出生率を向上させるに当たって、家族力を支え る「雇用力」「地域力」「行政力」をどのように再生 あるいは強化していったらいいのか、その方向性を 出所:2006年(平成18年)「事業所・企業統計調査」
出所: 厚生労働省「毎月勤労統計調査年報−地域調査−」
静岡県統計調査課「毎月勤労統計調査地域調査年報」
表4−16 三島市その他の事業サービス業従業者統計
表4−17 産業別月額給与総額(2009年(平成21年))
2 OECD(経済開発協力機構)加盟国で比較した相対 的貧困率について見ると、我が国はOECD諸国の中でも 高い水準であり、その改善が課題となっている(内閣府『平
少し考えてみたい。
⑴ 雇用力の再生
雇用を生み出すためには、そもそも産業を生み出 さないといけない。静岡県の産業構造は製造業中心 である。しかし、経済のグローバル化や新興国の経 済成長、そしてここ最近の円高などにより、10年後 の製造業は静岡県の中心産業ではなくなっているだ ろうという見方をする経営者もいる。雇用を維持す るためには、時代の変化に対応した新たな産業の創 出が必要である。
また、第1章で述べたとおり、若者の雇用が厳し い。この数年間の日本の大学卒業生を見ると、およ そ50%が非正規雇用の仕事にしか就けていない。も し大学を出ていないと、いつ解雇されるか分からな いような、更に条件の悪い非正規雇用の中に組み込 まれる(内山2011)。この状況を改善するため雇用 の在り方を改善する努力が重要である。
一方で、働き方の見直しも求められる。仕事ばか りではなく家庭や育児の時間が保障されることが必 要である。近年、フィンランド、フランス、スウェー デンなどの欧州諸国を取り上げて「女性の労働力率 が高いほど出生率も高い」というデータが示されて いる。これは、労働時間が短く、休暇も多く取れ、
家庭や育児の時間が確保できるような仕組み作りが なされていることが共通の背景としてある。つまり、
出生率向上の観点から言うと、女性の社会進出が進 んだから、出生率が反転したのではなく、女性の社 会進出が進んでも、子どもや家族を大切にする文化 によって、家庭や育児の時間がしっかり確保された から出生率が反転したということである。家庭の時 間の確保(各種休暇制度や手当)は、企業側の理解 と政府の手厚い社会保障によって実現できている。
出生率の向上対策は長期的な視点で取り組む課題 であるが、その中でもこの雇用力の再生は喫緊に取 り組むべき課題として位置づけたい。なぜなら、雇 用力の再生により、ある程度所得格差が解消され、
家庭や地域における時間が確保できるようにならな いと、家族が形成できないし、地域力も育たない。
また、税収も増えないから行政力も伸びないからで ある。
⑵ 地域力の再生
近年、無縁社会という言葉に象徴されるように家 族や地域のつながりが希薄化していることが社会問 題となって認識されるようになってきた。日本社会 は都市化が進んでおり、コミュニティを再生するの 図4−44 ソーシャルキャピタルと合計特殊出生率の相関
出所:内閣府「平成19年度版国民生活白書」(原資料:内閣府(2003)「ソーシャルキャピタル:豊かな人間関係と 市民活動の好循環を求めて」、厚生労働省(2003)「人口動態統計」)
はそう簡単ではない。しかし、子育て環境の基盤と してのコミュニティを再生しなければ、出生率の向 上も難しく、また子どもたちの健やかな育ちも保障 できない。そのコミュニティをどのように再生して いったらいいのか。そのヒントとなる取組が日本で も行われている。その事例をいくつか紹介する。
ア 長野市まちの縁側プロジェクト
長野市では長野市社会福祉協議会が中心となって
「まちの縁側プロジェクト」という取組を展開して いる。これは、もともとは愛知産業大学大学院教授 でNPO法人まちの縁側育み隊代表理事でもある延 藤安弘氏が提唱した運動である。町の中に「縁側」
のような住民たちが心地よく寄り合える場を作り、
希薄化した人間関係を結び直していくことを目的と している。
長野市社会福祉協議会のプロジェクトは、人が集 まるところに情報も集まるという認識から、そのよ うな地域の様々な寄合空間を「まちの縁側」として 見える化し、社協の地域福祉ワーカー(33の各住民 自治協議会に1人。有給)が小さな困りごとを拾う という仕組み作りである。人がつどい、心をかよわ せ、つながる場としてのまちの縁側を長野市内に 5,000か所目指すとしている。
現在、子育て支援のため、どこの自治体でも子育 て支援センター等を整備しているが、センターを利 用しない母子をどう援助していくかが課題となって いる。いわゆるサービスからこぼれ落ち孤立してい く母子を救う仕組みとしても、このまちの縁側の取 組は応用がきくのではないかと思われる。
このような地域のつながりにより子育ても地域で 共有され、子育てが楽しいと思うことができれば、
出生率も上がり、多くの人たちとの交流の中で、生 まれた子どもたちも幸せに育つことができるのでは ないかと思われる。
イ 浜田のまちの縁側(島根県浜田市)の取組 コミュニティの再生を目指して島根県浜田市に設 立された任意組織である。この組織も「まちの縁側」
の発想をベースに、今ある地域力を大事にしながら、
自立的な市民の育成なども視野に相互支援のできる 地域づくり、多様な主体がつながっていくための地 域の居場所づくり活動を行っている。
代表者である栗栖真理氏は、介護や子育てなど、
地域・御近所で助け合うという側面が、サービスと いう商品によってとってかわることで、近隣の寝た きり高齢者の介護の苦労や子育て中の母親の多様な ストレスが他人事と化し、地域力(ソーシャルキャ ピタル)、御近所力が衰退する側面があるのではな いかと危惧し活動を始めた。
子どもの居場所づくり事業(浜田市補助事業)を はじめ、コモンミール事業(えんがわカフェ等)、
図書館を核とした社会教育事業、情報発信事業など を実施している。
ウ NPO法人ゆめ・まち・ねっと(静岡県富士市)
の取組
元静岡県職員である渡辺達也氏が設立したNPO 法人ゆめ・まち・ねっとは「冒険遊び場たごっこパー ク」の活動を中心として、子どもの居場所づくりの活 動を行っている。昔は、町内会単位で遊び場があっ たが、それがだんだん消滅していき、同時に子ども に関する指標(不登校児童数、虐待件数等)が悪化し ていったことに問題意識を持ち、子どもがのびのび と遊べる場を提供したい、行政ではできない取組を したいと活動を始めた。2011年(平成23年)で活動7 周年になるが、年々不登校や発達障害などの地域に 居場所のない親子の割合が増えてきているという。
エ NPO法人森のようちえんまるたんぼうの取組 鳥取県職員(林業技師)の西村早栄子氏が育児休 業中に自分の子どもを森の中で育てたいと活動を始 めた。
「森のようちえん」とは自然体験活動を基軸にした 子育て・保育、乳児・幼少教育の総称。「森」と銘打っ ているが幅広く自然を指す。「ようちえん」は認可幼 稚園と区別するためひらがな標記となっている。デ ンマークが発祥の地と言われている。設立スタッフ
は地元のお母さん、お父さんである。現在、専属保 育士2名(給料は町の補助金で賄っている)、事務 員2名他計8名で運営している。
現代は少子化や子どもが犠牲となる痛ましい事件 などのため、のびのびと子どもらしく、子どもの感 性を存分に使った 育ち ができにくい環境になっ ている。そのことに問題意識を持ち、水や空気や景 色がきれいで、食も安心安全、人も温かく自然豊か な 田舎 を子育ての場に選択した。さらに、地域 のお年寄りやモノづくりの方など、色々な人たちと のふれあいも大切にし、子どもたちに 山 の知恵・
楽しさを伝承してもらえたらという思いを持って活 動している。
この「森のようちえん」に子どもを参加させたく て鳥取市から2名移住してきた。また、群馬や東京 など県外から移住を検討したり、実際に移住したり するケースもあるという。最初は関東からの問合せ が多かったが、東日本大震災が起きた3月11日以降 は関西方面からも問合せが増えたとのこと。確実に 仲間が増えて共感の輪が広がっている。鳥取県が「森 の癒し事業」という事業名で「森のようちえん」に 補助金を出す事業を始めた。
以上のように、地域力を再生し、子どもの育ちを 支えるために従来の地縁型組織に加えて、NPO等 のテーマ型組織が様々な活動を展開している。この ような活動の広がりが期待される。
⑶ 行政力
ここでいう行政は、主に地方自治体行政をイメー ジしている。出生率を向上させるために行政が役割 を果たすに当たって大事なポイントがいくつかある。
まず、合計特殊出生率という指標については、地 域に大学生などの未婚者が増えれば低くなるし、ま た対象とする地域の範囲によっても変わってくるな ど制限もある。このような特徴を頭に入れた上であ くまでも目安として活用することが大事である。
その上で市町においては、地域の出生率や未婚率、
雇用状況などを分析した上で、住民ニーズに沿った 迅速で的確な施策を打つことが求められる。しかし ながら、近年、効率的な行政経営を求めるあまり、
地域に目配りが行き届かなくなっている状況が出て きている。特に合併した自治体でその状況が顕著で ある。まずはその状況を、新しい行政と地域の関係 を構築していく契機と捉え、改善していく必要があ る。
一方、産業集積や雇用など市町単独では対応が難 しい課題もある。また、ある市町の出生率は上がっ たけれども、隣の市町の出生率は下がり、広域で見 たら出生率は変わっていなかったということもあ る。合計特殊出生率は通常市町単位で算出されるが、
厚生労働省人口動態特殊報告では保健所単位での合 計特殊出生率も出されている(表5−1)。その数 字を見ると、県下で合計特殊出生率が低い保健所は 静岡市保健所ということになり、また違った姿が見 えてくる。広域で対処しなければいけない課題につ いては都道府県の役割が重要になる。
出生率を左右する未婚率は産業構造の影響を一定 程度受けるということを見てきた。特に公務員など 一部業種を除いて、所得が低く不規則な就労環境で あることが多い第3次産業主体の市町の出生率が低 くなりがちであることを見てきた。しかしながら、
その対策として産業構造を変えるというのは現実的 ではない。その場合、問題は労働者の所得格差と生 活格差にあるわけなので、社会保障あるいは生活保 障の観点から、その点を補う対策を考えていくこと になろう。静岡県も今後、医療、介護をはじめとす るサービス経済化が進行していくことが予想され る。したがって、この対策を考えていくことが今後 の静岡県の出生率を占う一つの試金石になるかもし れない。
以上のような観点で施策を打つことにより、子ど もと家族にやさしいまちづくりが実現できれば、若 年人口を大都市圏から呼び戻し、地域の活性化に資 することが可能になるのではないか。出生率の低い