本 論 文 の 第1章 の 第3節ですでに論じたように,アイデンティティの形成は青年期の行動 や活動と関連する,あるいは影響することがある。 しかし, これらのほとんどの先行研究の 場合は, アイデンティティ•ステイタス理論の視点からこの問題を検討した。 もし漸成発達 理論を導入すれば, このようなプロセスに対して, どんな新しい知見をもたらすのか。 本章
と次章はこの目的を持つ試みである。
本章では,青年期の最も代表的な行動様式一恋愛活動を典型例として, 相手を選択する基 準とアイデンティティとの関連性について検討する。
本 章 の 内 容 は 『立教大学心理学研究』の 第5 1号 (2009年,p.131〜142) に掲載された内容 に基づいて加筆したものである
第 1 節 問 題
恋愛は青年期に入った個体にとって重大な課題である。恋愛行動の第一歩一 恋愛相手の選
択mate choice (以 下 「選択」 と略称する)は恋愛関係の形成,保持あるいは別れの前提条件
と考えられる(Stenberg & Barnes, 1988)。選択の問題を巡って数多くの研究が行われ,様々 な観点もしくは理論が提出された。例 えば,社 会 心 理 学 に お い て 身 体 的 魅 力(Hatfield &
Sprecher, 1986;松井,1985;奥田,1990; Walstere, Aronson, Abrahms, & Rottman 1966),
場 所 と 地 理 上 の 接 近 性 (Festinger,Schachter, & Back, 1 9 5 0 )と 相 似 性(Simpson & Harris,
1 9 9 4 )は主な条件として強調されている。 さらに近年に注目を浴びる進化心理学は選択につ
いて最も独自な見解一 性 淘 汰 の 論 説 を主張 し ている(Buss & Schmitt, 1993)。
一方,選択に関する人格心理学における研究はT e r m a n (1938) によって最初に発表され た。T e r m a n (1938)は恋愛と人格特性の関連について検討したが,それ以降様々な研究者 によって47 7篇以上の論文が発表された(Cooper & Sheldon, 2002)。 その中で,R u b i n(1973) は 性 格 上 の 「優 し さ w a r m t h 」 と 「有 能 感 competence」がある人は,そうでない人より他人 の好感を得やすいと指摘した。西 平 (1 9 8 1 )は,青年の恋愛に葛藤が生じやすい原因として 嫉妬,羞 恥 激 情 ,固執,悲哀,感傷などを挙げている。 また,男女双方の性格上の相似性 と相補性のどちらがより親密関係の達成を促すのかということについての論争が続いている (Byrne, 1971;Klohnen & Mendelsohn, 1998; Luo & Klohnen, 2005; Winch, 1958;Hinde, 1997など)。
このように,人格心理学の分野において各流派は恋愛あるいは選択活動について各自の理 論的立場から検討してきた。 その中で漸成発達理論はこの問題に対して次の2 つの点で他の 学説以上に貢献できる可能性を持っていると考えられる。
第 1 に,漸成発達の各段階の発達主題の獲得状況と恋愛対象選択活動の形成要因との関連 である。最初に明確にアイデンティティ及び漸成発達という概念を提出した著作『幼児期と 社会』 (Erikson, 1950, 1 9 6 3 )で人間の行動を正しく理解するため,その人の生物学的特徴,
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■その人独自の心理的欲求
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関心や心理的防衛,その人が住む文化環境といった相互影響し合 う3っの要素から,全体的に把握しなければならないとEriksonは強調した。一方,青年期における恋愛あるいは選択活動も,一 定 の 時 期 (思春期) に入ってから生理 的変化とともに始まる活動である(Stenberg & Barroes, 1988)。それによって異性に対する 恋が芽生える。同時に他人と交際して孤独感を排除し,一体になる心理的欲求がある(F r o m m,
1956)。そして,繁殖するために独立して新たな家庭単位を作ることに対する社会的要求も同
時に存在することである。
以上のことから,Eriksonの漸成発達理論から恋愛あるいは選択活動を分析すればより全 面的に説得力のある見解が得られると考えられる。
第 2 に,漸成発達理論は親密性の本質的な心理的特徴についての考察などより深く検討し ていると考えられる。Erikson (1968)は漸成発達に関する8 段階のライフ•サイクル図式 を提示し,生涯のそれぞれの段階で解決を要する重要な発達主題を示している。特 に 第6段 階 「親 密 性 対 孤 立 」では,専ら恋愛のことについて焦点をあてて論証した。 さらにその 時期だけではなく,親密性の形成経緯について最初の段階から全般的に説明した。他の人格 理論が恋愛関係における二人の性格の異同しか論じないことに比べ,漸成発達理論はもっと 深く検討していると考えられる。
アイデンティティ発達と恋愛活動との関連について若干の研究が既に行なわれてきた。
Tesch & Whitbourne (1982)は4 8名 の 男 性 と4 4名の女性を調査対象として,職 業 ,宗教,
政治観点と性役割におけるアイデンティティの形成状況と親密性の達成状態を測定した。 ま た,両者の相関と性差を分析した。結 果 はEriksonの理論をほとんど支持したが,職業アイ デンティティの性差はみられなかった。 つまりアイデンティティの形成がより発達している 人ほど親密性の達成状態がよいのである。Sanderson & Cantor (1995)は2つの研究を通 して青 年男 女の交際する目的(親密関係を求める目的と自信•自我探求の目的) とアイデン ティティの形成とが関連することをあきらかにした。結果によるとアイデンティティ達成型
あるいはフォークロージャ一型の人はより親密関係(親密性) を求めるために交際する。そ れに対してアイデンティティ拡散型あるいはモラトリアム型の人はより自信•自 我 探 求 (ア イデンティティ)のために異性と交際する。 また,前者は付き合う相手の人数が少なくて関 係が安定しており,後者は相手の人数が多くてパターンも多様であり,関係も不安定である。
この結果もEriksonの理論と一致することが示された。Zimmer-Gembeck & Petherick(2006)
は,2 4 2人を調査して恋愛関係への満足度,デートの目的と職業アイデンティティ,性役割
アイデンティティとの相関を検討した。結 果 はSandersonたちの研究結果と同じく Erikson の理論を支持した。
さ ら に 大 野 (1 9 95 )は十数年間に収集した受講生のレポ一トを質的研究手法でErikson理 論を用いた分析を行い,「アイデンティティための恋愛」 という知見を提出した。例えば,恋 愛 関 係 に お け る 「不安」 と 「回避」の傾向という現象に対して,「自分のアイデンティティの 同一性と連続性を失うことへの恐れ」 であると洞察した。
上述したことを統合して考察すると,恋愛行動はアイデンティティ発達の状況を反映して いると考えられる。
一方,人間は社会的生物として覚醒した時間の殆どは他者と交際しているうちに過ごすも のである。誰でも自分自身の中に様々な人々との様々な関係を抱えている(Mead, 1934)。
それゆえ,個人の価値観,行動様態もしくはアイデンティティはみなその人を取り巻く社会 的文脈の産物である。 しかもある特有な社会文イ匕の文脈において,その文脈にいる成員みん なに認められた選択基準が存在していると考えられる。 この問題についてもいくつかの研究 が あ る(Fletcher & Simpson, 1999; Regan, 1998 など)。Fletcher と Simpson の研究では,
恋愛基準とその柔軟性が関係性の質にどのように関連しているかを検討した。個人が,暖か さ/ 頼もしさ,活発さ/ 魅力,地位/ 器 量 の3つの次元において, 自分自身と理想の恋愛相 手を評定した。その後,各次元で,彼らの理想がどのくらい柔軟か,現在の恋愛相手がどの くらい理想と一致しているかを評定した。各次元で自分を高く評定した人は,柔軟性に欠く
理想基準をもち,パートナーが理想に合致するほど,関係性の質を高く評定した。Howard, Philip, & Pepper (1987)の研究によって,女性は恋愛相手の選択活動を通して自分の社会 的パワーの欠如を補うために,社会能力,経済力を重視している。 一方,男性は自分にいい 生活環境,食事を提供してもらうため,相手の女性の家事技能を重要な条件として考えてい ることが示された。
しかしながら,人が社会文化での役割を果たす上で恋愛に対する共通した選択基準の枠糸且 みと同時に,恋愛相手を選択する際の個人的な選択傾向が存在すると考えられる。 これは個 人の生育環境,同化された価値観,人格特徴などと緊密なかかわりがある。例 え ばCampbell, Foster, & Finkel (2002)は自己愛の傾向がある人の恋愛活動の特徴を分析した。5つの研 究から自己愛の人のラブスタイルを明らかにした。結果に示されたように自己愛の傾向があ る人はルダス一タイプと有意な相関があって恋愛をゲームのように楽しむことと捕らえ,相 手に責任感が薄くて忠実感が少ない。Zayas & Shoda (2007)は6 5人の女子大学生と9 3人 の男子大学生を研究対象として,親密関係において過去に心理的虐待を受けた経験と恋愛相 手を再選択する際の選択傾向を研究した。予想に反して被虐待経験のある女性はまた心理的 虐待の傾向の男性を選んだ。Simpson & Gangestad (1992)は2 5 2名の大学生を調査して社 会一性的オリエンテーション(Sociosexualorientation)と選択/傾向との関係を検討した。結 果は社会一 性的オリエンテ一ションにおいて要求が厳しい人が人格/養育能力のような選択 基準を重視して,そうではない人が身体的魅力/社会知名度のような選択基準を大事にして いることを明らかにした。更に選択基準は選択する時の状況によっても変化が起こる。Regan
(1998)は3 2名の男子大学生と4 0名の女子大学生を調査対象として選択基準と選択時の状
況との間係を検討した。結果として男性も女性も偶然に会ったパートナーに対しては身体的,
外的な要求が高いが,一方,結婚するつもりがあるパ'一トナ'一には人格的なものをもっと要 求した。 また伝記研究によって,同じような生育環境においてもその個人や状況により,青 年期および成人期における恋愛に関する行動や表現に大きな違いが現れることが明らかにさ