ここまでの計算を見て, 諸君は, マクスウェル方程式 とは結局, クーロンの法則や直線電流まわりの磁束密度 など, 高校物理で習ったような法則を, 数学を使って格 好良く書き直しただけじゃないのか? と思うかもしれ ない。実際, マクスウェル方程式は, これらの法則につ じつまがあうような方程式を探すことで得られたので, そういう面もある。しかし, やはりそれだけではないの だ。マクスウェル方程式は, これら以外の様々な物理現 象をも予測し, 説明することに成功したのだ。その華々 しい成果が電磁波である。マクスウェル方程式を完成さ せたとき, 人類は, その中から電磁波という物理現象を 理論的に予測し,その後に実際に発見したのである。
● 問762 電流も電荷もない空間(真空!)を考えると, (1) マ ク ス ウ ェ ル 方 程 式 は 以 下 の よ う に な る こ と を
示せ:
∇ •E= 0 (32.32)
∇ •B= 0 (32.33)
∇ ×E=−∂B
∂t (32.34)
∇ ×B=ϵ0µ0∂E
∂t (32.35)
(2) 式(32.34)の両辺のrotationを考えることで, 次式 を示せ:
−△E+∇(∇ •E) =−∂
∂t(∇ ×B) (32.36) ヒント: 左辺では, P.174式(31.29)を使う。右辺 は,tに関する微分と∇×の順序を入れ換えてよい
(微分の順序交換)。
(3) これに式(32.32)と式(32.35)を使うと,
∂2E
∂t2 = 1 ϵ0µ0
△E (32.37)
となることを示せ。これはP.168式(30.52)と同じ 形の式ではないか!
(4) 以下の関数(ベクトル場)E(x, y, z, t)を考える:
E=
E0xsin(kz−ωt) 0 0
(32.38)
(E0x, k, ωは定数とする)。次式: ω2= k2
ϵ0µ0
(32.39) が成り立つとき, 式(32.38)は式(32.37)の解にな ることを示せ。
(5) 式(32.38)は, x軸方向に電場が振動しながらz方 向に移動する波である。波の速さcを, ϵ0やµ0で あらわせ(ヒント: 式(32.37)を式(23.15) と比較 する。もしくは,式(23.55)を使ってもよい)。 (6) ϵ0やµ0の値を,物理学の教科書などで調べて, cの
値が3.0×108m/sとなることを確認せよ。
このように,式(32.37)は波動方程式である。人類は, マクスウェル方程式を数学的に展開することで, 空間に 伝わる波を発見した。それは, 電場と磁束密度が振動す ることによって伝わる波である。それを電磁波と呼ぶ。
それが, 我々のまわりに満ちあふれている「光」の正体 だったのだ。
● 問763 前問の続きを考える。
(1) 式(32.35)の両辺のrotationを考え,式(31.29),式 (32.33),式(32.34)を使うことで,次式を示せ:
∂2B
∂t2 = 1
ϵ0µ0△B (32.40)
(2) 電場Eが式 (32.38)で与えられているとき, 以下 の関数(ベクトル場)B(x, y, z, t)は, 式(32.40), 式(32.33), 式(32.34), 式(32.35)を満たすことを 示せ:
B=
0
kE0x
ω sin(kz−ωt) 0
(32.41)
(3) 2つのベクトル場: 式(32.38)と式(32.41)は,常に, どこでも,直交していることを示せ。
前問・前々問で調べた電磁波は, 図32.4のようにな る。波の進行方向と, 電場の振動方向, そして磁束密度 の振動方向は, 互いに直交することに注意しよう。ここ では詳述しないが, このような性質はどんな電磁波にも 成り立つことを覚えておこう。
B
E O
z x
y
図 32.4 z 軸 方 向 に 進 行 す る 電 磁 波 の 模 式 図 。式 (32.38), 式(32.41) において, t = 0 としたときの 波形。この波形が,時間とともに,z軸方向に平行移動 していく。
さ て, 光, つ ま り 電 磁 波 の 方 程 式 (式 (32.37) や 式
(32.40)) は線型波動方程式なので, 光という物理現象
には重ね合わせの原理が効く。従って, 例えば, 電磁波 を波長ごとの正弦波の重ね合わせで表現することができ る(その線型結合の係数, つまり各波長の電磁波がどの くらいの割合で混ざっているかを示す概念をスペクト ルという)。
それだけではない。電磁波では, 電場は進行方向に垂 直に振動するが, そもそも「進行方向に垂直な方向」と いうのはたくさんの可能性があり得る。そのことと, 重 ね合わせの原理から, 電磁波のおもしろい性質が理解で きる。それは「偏光」である。
● 問764 (発展)引き続き,電流も電荷もない空間(真 空!)をかんがえる。
(1) 以下のようなベクトル場を考える(E0y,δは定数):
E=
0
E0ysin(kz−ωt+δ) 0
(32.42)
式(32.39)が成り立っているとき, 式(32.42)は式
(32.37)の解であることを示せ。
(2) 式(32.38)と式(32.42)の線型結合も式(32.37)の 解であることを確認せよ。すなわち, a, bを任意の 実数として,次式が式(32.37)を満たすことを示せ。
E=
aE0xsin(kz−ωt) bE0ysin(kz−ωt+δ)
0
(32.43)
(3) aE0x =bE0y かつ, δ= 0のとき, Eをxy平面上
32.6 電磁波 189 にプロットした軌跡は,直線上を移動する。それは
どのような直線か?
(4) aE0x=bE0y かつ, δ=πのときも, Eをxy平面 上にプロットした軌跡は,直線上を移動する。それ はどのような直線か?
(5) aE0x=bE0y かつ,δ =π/2のときは,Eをxy平 面上にプロットした軌跡は, 円を描くことを示せ。
このように,電場の振動方向で電磁波を特徴づける考 え方を「偏光」という。電場の振動が直線上に限定され るような電磁波,つまり前小問(3)(4)のような電磁波を
「直線偏光」という。一方, 電場が円を描くように変動 するような電磁波, つまり前小問(5)のような電磁波を
「円偏光」という。円偏光は図32.5や図32.6のような 波形である。
E
O
z x
y
図32.5 z 軸方向に進行する円偏光電磁波の模式図。
式(32.43) において,aE0x=bE0y,t= 0, δ=π/2 としたときの波形。この波形が,時間とともに,z軸方 向に平行移動していく。電場だけを描いてあることに 注意せよ。磁束密度を重ねて描くと, ごちゃごちゃし て見えにくくなってしまう。
これらの中間的な偏光もある。例えばaE0x =bE0y かつ,δ=π/6のときは,Eをxy平面上にプロットした 軌跡は楕円を描く。このような偏光を「楕円偏光」とい う。また,上の小問(5)でδがπ/2でなくて−π/2のと
きは, (5)と同様に円偏光にはなるが, (5)とは軌跡の向
き(電場の回転方向)が逆になる。
偏光は, 実用的にも重要な物理現象である*3。例えば, 微生物などのサンプルを観察するとき, 微分干渉顕微 鏡*4という, 偏光を利用した特殊な顕微鏡を使うことが
*3人間だけでなく,昆虫(ミツバチなど)も偏光を利用して生き ていることを諸君は習ったことがあるだろう。
*4Differential Interference Contrast microscope: DIC
E
O
z x
y
図32.6 z軸方向に進行する円偏光電磁波の模式図。
式(32.43)において,aE0x=bE0y,t= 0,δ=−π/2 としたときの波形。
ある。色素を持たない(透明な)サンプルは,普通の光 学顕微鏡では, 透き通ってしまってうまく観察できない が,この顕微鏡ではうまく観察できるのだ。
この顕微鏡は,照明光を2つの異なる直線偏光に分割 し, 少しずらして試料に当て, 透過してからずれを戻し て合成する。このとき, 2つの偏光が辿った経路が微妙 に違うことから, 試料の屈折率の分布の差(微分)が強 調される。その結果,試料の内部構造に対応するコント ラストが明瞭に観察できるようになるのだ。
偏光は,パソコンや携帯電話の画面に使われる,液晶 ディスプレイの動作原理である。また, 航空機や人工衛 星から森林や農地,砂漠などを観測する技術(リモート センシング)では,マイクロ波(波長が数cmから数10 cm程度の電磁波)の偏光が重要な役割を果たす。
おわりに
数学を勉強するのは, 役に立つから, そして楽しいか らだ,と,「はじめに」で書いた。この授業で数学を詰め 込まれすぎて嫌になってしまったなら, 申し訳ない。学 んですぐわかるほど数学は簡単でないが, じっくり基礎 から考えれば理解できるから, 数学嫌いにならないで欲 しい。
考えることより, 定義を覚えること・素直になること を要求されて戸惑った人も多いだろう。誤解しないで欲 しいが,考えることは常に大事。ただ, 考える為には,材 料や手がかりをまず詰め込む必要があるのだ。
多くの先人が緻密に積み上げた数学は, 抽象的で捉え にくいが, 単なるパズルとは違う体系性がある。その体 系は多くの学問を支え, 我々の世界観を支える。数学全
体を巨大な城に例えれば,諸君がこの1年間で学んだの は石垣のひとつの小さな石に過ぎない。それほど数学は 巨大だ。我々は生物資源学類だから, 数学だけ勉強する わけにはいかないが, さりとて「ここまで勉強すれば十 分」という目安もない。諸君の進路によっては, ここま での数学は必要ないかもしれないし, 全然足りないかも しれない。それは誰にもわからない。学問や技術は日々 進歩するし, 人生は紆余曲折するものだからだ。数学だ けでなく多くの勉強はそういうものだ。
それでも諸君は何か(数学でなくてもよい)を毎日こ つこつ勉強し続けるべきだ。学んだことはいずれ役に立 つ。直接には役に立たなくても, 世界の仕組みの一部を 体系的に理解することで人生は豊かになる。地道な努力 の積み重ね自体も諸君を成長させ,諸君に自信を与える。
勉強には時間が必要である。「必要なことは必要な時 が来たら勉強しよう」という考えでやっていけるほど人 生は長くもないし簡単でもない。しかし, 何かをこつこ つ勉強すば,意外に遠くまで行けるものだ。
「あたかも一万年も生きるかのように行動するな。不 可避のものが君の上にかかっている。生きているうち に,許されているうちに,善き人たれ。」
... マルクス・アウレリウス