第一章 新しい産業構造に対応した最適バリューチェーンの形成 1.経済のソフト化に対応した事業領域の拡大
EからIのサービス化・ソフト化産業のGDP構成比は、70年の40%から現在の60%、そして2010
年には65%へと構成比を拡大させていく見通しである。電機産業内においても、重電やコンピュータ
システム、通信機器分野でノンハード部分の売上構成比は年々着実に増加してきている。こうした現 状を踏まえて、いかにサービス化・ソフト化のトレンドを自社の付加価値向上に取り込むかが今我々 に求められている重要な戦略である。
プロダクトプッシュからディマンドプルへの発想の転換
サービス化・ソフト化は、製品を提供している我々自身の価値観の変化が求められよう。需要が供 給能力を上回っている市場では、自分が欲しい機能が組み込まれていれば必要と感じていない機能が 盛り込まれたハードでも、十分にニーズが顕在化してくる。こうした企業自身が企画した製品が売れ る状況を「プロダクトプッシュ」と呼ぶ。ところが、供給能力が需要を上回った市場環境では、各ユー ザー向けにより細やかなニーズ対応が要求されてくる。その際に、共通化できない要求に対応するの がサービス・ソフトの部分になってくる。その意味で、カスタム仕様が前提となっている重電機器や コンピュータシステム、通信機器や情報産業の分野では、必然的にノンハードの売上構成比が増加し てきていくことになる。
ハード製品そのものがユーザーニーズを満たしていると考えられてきた家電製品においても、例え ば炊飯器において白米炊飯機能に加えて玄米炊飯機能、お粥炊き機能などユーザーが要求する様々な 機能を、制御ソフトを付加することによって実現してきている。ユーザーの要求(ディマンド)が多 岐に渡り、それらを満足させようとする際には、必然的に個別対応が可能となる機能の追加が求めら れる。こうしたユーザーの要求をいち早く認識して製品に活かすことが、企業成長の基本となる。こ うした考え方を「ディマンドプル」と呼ぶ。しかし、現状の電機産業においてはまた十分に「ディマンド プル」の考え方が定着していない。
「ディマンドプル」を実現しようとすると、ハードに全ての機能を盛り込むことができない。多種に 渡る機能をソフトウエアの形で取り込んだり、後付けの形で追加したりする形態が主流になっていく。
これらは、ソフトウエアやサービス・メンテナンスとして認識される部分であり、自社の製造ライン では完結し得ない部分になってくる。換言すれば、「ディマンドプル」の市場環境では、工場で完成品 を提供することができないことを意味している。工場は企業が提供できる付加価値の一構成要素を提 供している場であるとの認識共有を図るべきである。
ハードも部品であるとの価値観の共有
「ディマンドプル」を意識することは、「ハードも部品である」との価値観につながる。ユーザーが求 めるものは、個別バラバラでありその全てを機能としてハードに盛り込むことは不可能である。その 結果、ソフトウエアやサービス事業の立ち上げが必要となってくる。ソフトウエアの提供も、半導体 メモリに当初から記録しておく形式や、後からソフトウエアをインストールする形態、さらにはネッ トワークで定期的にダウンロードする形態など様々ある。半導体メモリに内蔵されているケースでは、
製造ラインからの目線にはハードの組立て部品の一つとして認識されている。
製造業という「モノづくり」が目に見える財貨の生産であり、サービス業やソフトウエア業は、目に 見えない財貨の生産であるという即物的な考え方は誤りである。半導体メモリの例のようにソフトウ エアもハードの一部品と認識されているケースもあるのだ。同様に、ユーザーの目線で考えると、自 分が欲しい使い方(効用)を実現するために購入したハードやソフト、サービスの間で、工場で生産 されたものであるか、事務所でプログラムされたものであるかの格差はない。ハードやソフト、サー ビスという購入した要素全てが、自分の効用を満足させるための一つの要素(部品)という認識であ る。
電機産業の一員である我々は、電力や電気信号を利用して機能する財貨を提供している。製造業と いう目に見える「モノづくり」は、我々が提供すべき財貨の一構成部品に過ぎないとの価値観を共有し、
ユーザーの効用満足度の極大化に寄与すべきである。すなわちハードの「モノづくり」は、ユーザーが 欲しがっている機能の一部を構成しているに過ぎず、ユーザーの効用を満足させることが企業の使命 であるとの前提に立つならば、もっと幅広いソフトやサービスを含めた「モノづくり」を図ることが求 められる。
2.バリューチェーンの見直し
企業の生産活動は8つに分類できる。すなわち①新技術開発、②改良改善開発、③材料更新、④効 用拡大というR&Dの4つと、⑤デザイン、⑥生産システム、⑦販売チャネル、⑧補修やメンテナン スである。この8つ要素で他社と差別化を図ることが市場におけるユーザーから選好されるための条 件である。日本の電機産業は、90 年代半ば以降色々な製品分野で世界シェアの低下に直面している。
基本に戻って、このバリューチェーンの8つの要素でいかに差別化を図るかが競争力回復の原動力に なろう。また、企業側からみるとバリューチェーンは①から⑧へと展開されていくものの、ユーザー の視点では⑧から①の方向で展開されることに注目する必要もある。
バリューチェーンの8つの要素
①新技術開発
②改良改善開発
③材料更新
④効用拡大
⑤デザイン
⑥生産システム 海外ロケーション
⑦流通マーケティング
⑧補修メンテナンス
R&D 販売 製造
R&D投資のありかたに対してフォーカス軸を確立
日本の民間研究開発費の34%、研究開発要員の40%を占めている電機産業は、産業別付加価値の 合計であるGDPの構成比3.4%からみるとやはり絶対水準が高いと認識される。海外の主要企業との 比較で見てもその水準は相対的に大きなものとなっている。この背景には、日本の電機産業の世界市
バリューチェーンの8つの要素
R&D投資の中身が、①新技術開発なのか、あるいは②改良改善開発や③材料更新、④効用拡大(多 機能化)なのかによって状況は大きく変わってくる。前者の場合には、他社との差別化の可能性が大 きい反面、後者の場合には横並び型の開発体制によって相対的な差別化の余地が小さくなっている。
このため、仮に効用拡大での新機能開発に成功したとしても、同様の機能が競争相手から短期間の間 に投入されるケースが多く、ユーザーから見たときに比較優位の差別化になっていない場合がほとん どである。自社が強みとして研究開発資源を投入して一層の差別化を図ろうとする製品分野の把握が できておらず、他社の成功事例にどうやって短期間にキャッチアップできるかという方向で他社「横並 びな研究開発体制」を敷いているところに問題の根本がある。
横並び意識からの脱却
その結果、人・物・金の多くの研究開発リソースを投入しながら、独創的な結果が日本の電機産業 からは出にくい構図ができている。これは、個別企業からみると「機会損失の軽減」ではあるが、電機 産業全体からすると「差別化機会の喪失」につながっている。こうした「横並びな研究開発体制」は海外 企業には例がなく、日本企業にのみ多く見られるケースである。その結果、世界のユーザーに対して 複数の日本企業の製品が選択の機会を与えることになり、価格競争の激化に結びついている。
「横並び型」の研究開発を廃止し、自らが他社と差別化可能と判断した分野に経営資源を集中するこ とで、より一層のスピードと効果を期待できるのではないだろうか。
未使用の特許に関しては各社のものを持ちより、シナジー効果を活かす
現在までに取得されたものの、自社では活用されていない特許などの知的財産は各社ともに全体量 の8割に及ぶ。こうした未活用の研究開発資産を積極的に活用することが、日本の電機産業全体の競 争力強化につながる。各社ともに、こうした特許ポートフォリオの増大とそれを維持・管理・活用す る特許戦略部隊のコスト上昇も収益圧迫要因である。そこで、日本の電機産業が連携して信託財産方 式の特許管理会社の設立を提案したい。各社が未使用特許を拠出し、それを整理し異なる企業の特許 を組み合わせて活用を促進する。利用された特許は一定の管理費用を控除した上で特許拠出会社へ支 払われるというものである。これにより、網羅的な未使用特許の整理・連関付けが可能となり、企業 は新商品の開発やロイヤリティで新たなリターンを得る可能性が高まろう。
デザインでの付加価値のさらなる追求
北欧の音響製品や白物家電製品に見られるような、基本機能ではなくデザイン面での差別化で付加 価値を享受しているケースもある。また、人間工学に基づいたユニバーサルデザインで使いやすさを 訴えている自動車メーカーのケースもある。供給過多社会での差別化には、中に盛り込む諸機能に加 えて、見た目のデザインや操作性も十分に有効なものとして寄与してくる。
今後の高齢化の市場を考慮すると、一般ユーザー向けにはより操作性を重視したデザインが求めら れると認識されるし、一方企業・公共ユーザー向けにはよりミスの軽減できるデザインが求められて