付 り
け で て あ
次 る
そこ
あやめ菖蒲刈り
まどりける
我は野に出でて
(勢
語︑
かるぞ わびしき
﹁ 伊 勢 物 語
﹄ と の 交 流 が 五 月 五 日 の こ ていないものの︑同一伝承を伝える﹃業平集﹂は五月五
あいるむこの五月丘
E
は薬狩りの日で︑女は沼に行って菖 は 野 に 行 っ て 維 な ど を 狩 っ て い る
︒ 菖 蒲 も 雄 も 薬 で あ り
︑ の
ものをカル(狩る・刈る)ものだったひそして︑この男の歌をみると︑
狩りの場でこの女との出会いを期待していたとわかる︒ここでは一対 の男女の薬狩りにおける交構のように昆えるものの︑これは薬狩りに 参加する男友全体が拍いた期持だったろう︒このような期待を抱けた のは︑薬狩りに成人男女の集う場が伴っていたからである
c
結は端午の節供の儀礼食で︑薬草の菖蒲や茅などで巻くものである︒
女辻その菖蒲を巻いた椋を︑後日男に贈っている口この女の贈ってき た菖蒲の綜
H﹁薬﹂に対して︑男は野原の雄日﹁薬﹂を返している︒薬
狩りの靖の日に叶わなかった出会いを︑薬の交換にこと寄せて叶えよ うとしている︒そのあり方は︑薬狩りで語り合った相手との再会を穎
う﹁垣浄幡丹つらふ君﹂(十一
i 2
5 2
1 )
と似ている︒
右の物語は薬狩りの強
H
識に終始しているものの︑このような男組 と女組の恋のやり取りは薬狩りの場が中心だったうっ︒そして︑そのお ば あ な 心
日に男組と女組の薬が交換されたはずである︒例えば︑大穴牟避の神 のように死ぬほどでないまでも︑狩猟でそれなりに傷ついた努牲の誌
を癒す時には︑女組の贈った薬(薬草︑粧など)がとくに歓逆され︑疲
れた女の体に精をつける時には︑男組の贈った薬・鳥獣の肉がとくに 歓迎されたろう︒こうしてみると︑薬狩りは薬の採取のみならずその
ったはずである口このL
に薬の交換も行われ︑
て 男
似
調合・調珂も行わ による集団の薬の交換の
(44)
の告白ともなったろうGこの個人的な薬の交鴇が後日
勢物語い五十二段・吋大和物証旦百六十四段の話しになる︒こうしてみ
ると︑男女が私的に交一(物語では綜と雄)辻︑愛の印しにな今︑
婚約の印しにもなった
﹁ 伊
}
」訓"
の紫衣を着ていたと記
ていないものの︑紫衣を着ていたはずである︒歌物語は関心のあ
いので︑話題になっていない紫衣が文而
ろ ︑ つ り
第45号(2009)
歌壇と間類の和合の場
狩 り は
︑ か る よ う に 同 じ く 紫 衣 令 善 て い
に類いする男
K
和合次 の 長 歌 は
︑ そ の 具 体 的 な 状 況 を 如 実
︐
ったことになる︒
てい
る︒
弘前苧院大学文学部紀要
て擢歌会を為る日に作る歌一
裳 羽 服 津 の そ の 津 の 上 に
か が ひ
ふ耀歌会に あとも
率ひて
ま良ぞ鷲17
子わの
ぬ我ゎ~士
行わが士工
事5妻 の
ぞ に 一 万L
f了 波
人き(J)
i 安 Z 山
間 企 υー グミ
問と )
〆¥
む
うし辻く神の
の み は め ぐ し も な 見 そ 事 も 静 む な ( 九
11759
︑ の 歌 集 の 中 に 出 づ )
この山を
‑国見に付随しているので︑その集団の信じ
H up 一よ
Jまが祭場に来臨し︑その集開の最高神女がで夜妻﹂として接
待している︑と考えられる︒そして︑参加者もその神と神女の分身と
して歌を交わし︑夜に気に入った相手と愛を語り合っている︒この日
に 誤 っ て 日 常 の 規 範 が 取 り 払 わ 相 手 が
ぬ﹂
こと
だっ
た︒
であっても﹁持の背
によると︑筑波山ので次の歌謡が歌われてい る︒以下の引用は︑﹁古代歌謡集いご九六八)による︒
筑波崎に
我1ヲ
が
寝jJ夜
む
よろ は
妻なしに
は や あ
早も明けぬか
も
(異
土記
歌謡
3 )
ら
これは︑歌起一の男友和合の場で一夜の妻にあぶれた男 裁をとっているむかし︑﹁古代歌謡論い二九七三一六七・二八八
十貝)によると︑このような体験をした男(留人)が蛸明いているのではな
く︑恋の不幸のあほらしさを歌うものであるのすなわち︑﹁じつはす
べての男女が結びついているか︑結びつく運命にあるからこそ︑こう
した恋の不幸が笑いの素材にされうるし︑またされやすい可︑だから
こそ︑回風土記に記すように﹁筑波絡のん習に樗の財を得︑ざれば鬼女とせ
ずいということになる︒
そして︑薬狩りも神祭りの形態をとるので︑神の名のもとに男女が
集い︑日常の規範を破る和合が期待おれたのではなかろうかのすなわ
ち︑薬狩りの努友和合の場は︑奔放な恋を歌い︑語れる雰間気を持っ
ていたろう︒こうしてみると︑薬脊りで大海人皇子が額田王に対して
ひ と づ ま あ れ
@﹁憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも﹂と歌ったのも︑決して持異
な表現でないことになるむそして︑薬狩りで個人的に交換された薬 (綜や維など﹀は︑歌垣における﹁持
W
肋﹂に相当しているともわかるの 薬狩りの鍛記世界薬狩りも神祭りなので︑神が来臨している︒そして︑来臨する神とその神を﹁一夜妻﹂として接待する神の喪は︑薬狩
りにおける男組の代表者と女組の代表者として具現化されているだろ
う︒今の宮廷の薬狩りの場合は︑天智天皇が男組の代表者︑額国主が
女緯の代表者であり︑天智天皇の﹁一夜妻﹂が額問主であるという構
図になる︒そして︑その他の参加者がその分身として気に入?た祐子
と愛を語り合うことになる︒少なくとも︑そのような祭叩世界が幻想
の 体
万葉の紫の発想、一恋衣の系謙一
(45)
ことまでして愛を告げる
.天
智天
皇が
昆処
口め
るで
認の頂点に立つ不可侵の
への割り込み︑挑戦をたしなめている︒それでいて︑額出主が先
にどに恋歌を贈るという積極さを誌せ︑溢れるはどの加態をもっ
て﹁有﹂に歌いかけ︑韓議的な中年の恋の狩人の相貌を苦びている︒
この見立てに誌じた大海人皇子は︑﹁君﹂を白分のこととし︑額出王
を﹁紫の丹穂へる妹﹂(美しくて若々しい恋人)と賛美し︑たとえ﹁人
妻﹂であっても(あるから)憎くないので激しく恋している︑と室線的
に関係を迫る口この歌の作者・皇子は︑額出王に劣らない壮年の恋の
ベテランの桔貌を指びている︒ここでいう﹁人妻﹂は日常の男女関係
を抗しており︑この祭日ばかりはそれを超越できるという論理を皇子
は採っている︒ここでいう﹁人妻﹂は祭紀世界における﹁一夜妻﹂とは
加の概念である︒大海人皇子は
m w
で暗示された三被妻﹂を日常生活における﹁人妻﹂に微妙にずらしつつ士戒楽﹂と重ねているところに︑
祭柑世界の深奥にある禁忌すら破りかねない愛の気迫があるひ
蒲生野の贈答歌の虚構性しかしながら︑額田王と大海人皇子には︑
葛野王という共通の孫がおり︑一一人は既に熟年と熟女というべき年齢
になっている︒この時の大海人皇子は四七歳であり︑額田王は伊藤博
(一九八三︑九四百)によると最低三八・九歳だったおいかに﹁人妻
に我も交はらむ我が妻に人も言問﹂うような男女和合のっても︑
かつて夫婦であち共通の孫までいる熟年同士のカップル
くいところであるむここに︑①・ されているだろうむ
そうであればこそは①天皇以外の﹁君﹂
をするのみならず︑
けの
一夜
妻
てみせるむすなわち︑
ぺ
〉 わ
彫りになってくる︒
①によると︑作者
の閣
の
虚構性が誇き
の狩人の相貌を晴び
の 丹 穂 へ と 賛 美 し
︑
﹁ 人 妻
﹂ 時 代 の 妻 に 対 す る 裁 れ に す ぎ ず
︑ い の 額 出 土 に 対 す る 誉 め 殺 し で あ る
︒
② で 力 強
く関係を泊るように演じてみせた大海人皇子にしても︑既に熟年に遣
している︒すなわち︑初々しい若者や力強い壮年たちによる紫の愛の
祭換は︑熟年カップルによっいっきり誇張され︑減出されている︒
このやり取りは︑
vぐ しE
る
も
の そ
の の
J
額〕 同
王
をの喝采︑どよめきをもっ
られ
たろ
う︒
﹂の
よ︑
つに
︑こ
の祭紀世一界を踏まえた絶妙な当窓
に溢れている︒この意味で︑蒲生
︑民俗的類型的な愛の祭典の上に大
った
︒
の紫の恋
盛会だった蒲生野の薬狩り
た天智天皇は︑その年の草川汀五日
の薬狩りを寵している︒そして︑翌年の
に薬狩りを催している︒このように吋日本書紀﹂に殊更に記載するほ
ど の 記 事 が 続 く の は
︑ の 薬 狩 り が 盛 会 だ っ
企ハ ムハ
て威風堂々とこ
正 月
104‑
日
たからではなか
もとより︑その盛会ぶ
九
‑大成功のシンボルが︑
であるむその贈答歌は一見すると︑
である天智天皇が霞んで見える︒
に よ る と
︑ の 鳥 獣 狩 り と 女 組
(J) 一 五} 催
人皇子の紫
れ︑その口γン
伊 藤 博 ご
りの状況が活写さ
ているので︑ぞれはそ
事の主権者である天智天皇
あぶれた男と待ち焦がれる女
農﹂が民間の薬狩りの男女和合の場で女人にあぶれた男
われ号︑r
ね ば
釈でき︑また⑧﹁紫革の根延ふ横野﹂が薬狩りで軒きな男に逢いたい
と 春 か ら 持 ち 魚 が れ る 女 で き る ( 一 一 一 で 後 述 )
︒
に直結している︒
なお
︑
(46)
5
紫 の 私 飛 を 雑 っ て 貫 く
蕗 蒲 と 橘 の 織 と 灘 五 で は
った﹁縄﹂・車一誌を被同じく仲間州蒲や捕で作った
いる︒桜井満(二
00
入︑一一八
1
一一
一一
六頁
)は
︑菖
挫
の作り物は︑神事に奉仕する者の標だ︑と述べている︒
や薬玉になる関を︑
菖 肘蒲 供 ふ 薮
や の を 料
橘 綬 飾 子i
刀 、 な つ
捜 ど て で
ほととぎす
第45号(2009)
i
疲 れほととぎす
まだ遠みか
弘前学院大学文学部紀要
あやめぐさ
烏 w
竪
をコ二よ 鳴
と き
待てど来鳴かず王に貫く日をあやめぐさ ( 八
11
4Q
do
︑夏の雑歌︑の霊公烏の歌一
ーほととぎす
︿一 に示 ふ
ーほととぎす 代︑つ当鳴く五月には
4 2
3 五貫ぬ
き
あやめぐさ
かづら
+ 首 長
の'
玉にあへかづらきて
1
九
4189︑大伴家持)
紫 の 糸 を 縫 っ て 換 を 貫 く 次 の
⑤ も
︑
﹁ 紫 で 山 橘 を
﹁ 貫
﹂ い て 薬 狩 り で 用 い の 縄 や 薬 玉 を 作 ろ う と し て い る
︒
⑤紫のあしひきの
ぬ お も
賞かむと思ひて 1340
︑署職歌)
は 夏 に 白 い せ る
︒ 縫 っ た 紫 の 糸 で こ れ を 賞 急
︑ 祭 具の鰻あるいは薬玉を作ろうとしている︒薬狩りは紫の小忌衣を纏う 定めなのでこの﹁紫の糸﹂は小忌衣の一類であり︑これで貫いた鰻あ
るいは薬王は薬狩りによりふさわしい祭具になるむ
この祭具は薬狩りで恋人に贈られ︑愛の証し︑﹁縛の財﹂にもなっ
たろう︒すなわち︑繋の糸で貫かれた祭具の鰻・薬玉が︑薬狩りに付 題する恋の場によって恋のアイテムになっている︒このように祭具が 恋のアイテムに変容するあり方は︑小忌衣の紫衣が恋衣に変容するあ
り方と軌をにしている︒
そし
て︑
し
、
の行為が例年反復されると︑﹁紫の糸を
w uりで恋する相手との太い許を築いて愛 したがって︑このような習俗に裏付け
られたこの歌のあり万も︑標準的で類型的にならざるをえない︒
糸を縫って構を貫く類歌薬狩りで糸を経って捕を貫くと述べる類︑
て︑次の歌がある︒
この
を成就すること
続ょ
わ ゼ ニ
我が背子が
ぬ も
貫かむと思
あ よ
糸をそ我が続る
花に寄する)
ひ