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随心転の無表の得

ドキュメント内 佛教文化研究 第58号 (ページ 130-136)

 静慮・無漏の両律儀は、“戒” すなわち “妨悪の功能をもつ後天的習性” であり、悪戒を抑 制する効果がある29。この両律儀は、それぞれ有漏・無漏の静慮に入定すれば30、静慮中の心 に依存して生じる随心転の無表(avijñapti)であるとされる。結論的に述べれば、この関係 は次のように図示される31

 

散心

無表

定心

無表

定心

無表

定心 散心

入定中 出定後

 

 上図は、定心2から定心4の間だけ静慮に入っており、その入定心に従って無表2 - 4が転 じている場合を表している。ここで注意すべき点は、随心転の無表(avijñapti)は、静慮中 の心に従って転じるが、散心に戻ったからといって一旦成就された無表が捨せられるわけで はないことである。つまり上記図において、静慮からでた散心5の段階においても、無表2

- 4は成就されている、ということである。従来の研究32では、随心転の無表は、散心に戻る と同時に捨せられると解釈される場合があったが、これは大きな誤解である。この事実は、

静慮・無漏律儀が捨せられる原因のうちに、「散心に戻る」(=出定、出観)なる項目が無い

29)AKBh.(p. 205.11-14)

30)AKBh.(p. 208.3-12);AKBh.(p. 211.18-25)

31)矢印は因果関係を示している。基本的に左から右に向かって時間が進行し、上下の関係は同一刹 那時の階層構造を示している。また、「無表1」とあるうち、下付きの12…などの数字は、其の法 が存在している時を表しており、同じ数字ならばその法同士は同一時間に存在していることを意 味している。すなわち「定心2」「無表2」とあれば同一刹那時に両者が倶起していることを意味す る。

32)従来の諸研究では静慮律儀・無漏律儀に対する研究はあまり盛んではなく、問題の多い記述が多い。

例えば、舟橋一哉[1954: p. 108.1-3, pp. 159.14-160.3]は、「静慮から散心に戻れば、静慮律儀は 捨せられてしまう」と理解している。

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(avijñapti)の得捨にまつわる記述が含まれているが、これに関する研究は手付かずのままで ある。そこで本稿は、その中でも最も誤解の多い随心転の無表(avijñapti)の得捨を検討し、

従来説を訂正する。従来、随心転の無表(avijñapti)は、出定あるいは死没とともに捨せら れてしまうと理解されてきたが、これは大きな誤りである。

 この誤解が生まれてしまった原因は、無表が業と果との間で連鎖する別法ではないことを、

加藤精神が「無表は死没と共に捨せられる」という点から証明したからであると思われる。

しかし、厳密に表現すると加藤精神は、当時の定説に対する反例として「一部の0 0 0無表は死没 すれば捨せられる」という点を指摘したのであって、「すべての0 0 0 0無表は死没すれば捨せられる」

とまでは主張していない。そのことは加藤精神自身が、随心転(静慮律儀と無漏律儀)に関 する無表は死没しても捨せられないと主張している点からも明らかである24。にもかかわら ず、この主張は忘れ去られてしまい、いつの間にか「すべての無表は死没すれば捨せられる」

ということが当然の前提であるかのように理解されている場合がある25。この静慮律儀・無 漏律儀の無表が、死没すると捨せられるのかどうかについて、加藤精神以降の諸学者は次の ような見解を述べている。

 

 1. 静慮・無漏律儀は、随心転であり、定に入れば得せられ、定から出れば捨せられる。従っ て、これら随心転の無表は、現世から来世へと輪廻を隔てて成就され続けない26。  2. 例外的に聖者だけには静慮・無漏律儀が死没しても輪廻を隔てて相続し続ける27。あ

るいは無漏律儀だけは死没しても輪廻を隔てて相続し続ける28。  

 しかし、二つの主張は、次にように改めるべきである。

 

24)加藤精神[1928: p. 28.16, p. 30.7-8]を参照。加藤精神[1953: p. 213.a 表]においても、静慮律儀・

無漏律儀は論証のなかで取り上げられていないのにもかかわらず、結論では「以上、律儀、不律 儀、処中の無表色は何れも死に由りて捨すること明らかである」(加藤精神[1953: p. 213.a18-19])とあり、あたかも「すべての無表が死によって捨せられる」と誤解してしまうような表現 になっている。おそらく加藤精神[1953]では、自説をより効率よく説得力を持たせるために、

あえて静慮律儀・無漏律儀について言及しなかったのではないかと考えられる。

25)これは、無表に関する最新成果である松島央龍[2011: p. 143.26-29]においてもみられる。

26)舟橋一哉[1954: p. 108.1-3, pp. 159.14-160.3]を参照。また、Dhammajoti[2007a: p. 503.3-9](=

[2009a: p. 385.17-22])も、静慮から出定すれば無表が捨されると述べているが、捨(tyāga)を

「相続が止まる」と理解し、捨された後も成就され続けていると理解している(これについては Dhammajoti[2003: p. 85.21-27],[2007a: p. 490.4-11](=[2009a: p. 376.11-17]),[2007a: p.

526.6-11](=[2009a: p. 401.4-8]),[2007a: p. 528.21-25](=[2009a: p. 402.30-33])を参照)。こ のDhammajotiの理解には問題がある。

27)三友健容[1976: p. 134.4-8]

28)佐古年穂[1985: p. 137.a8-13]

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なっている。また、有部資料を除いて無表(avijñapti)の教理は断片的にしか知りえない状 況であるから、舟橋一哉の説を証明することは極めて困難であると考えられる。

0.3.2. 無表と異熟果

 続いて(2)「無表と異熟果との関係」に関する先行研究の成果を述べる。加藤精神[1954:

p. 226.a6-15];舟橋一哉[1953: p. 290.a3-9][1954: p. 107.11-12]ともに、「たとえ無表(avijñapti)

が異熟果と関係づけられて説かれていなくても、有漏法一般の規則が適用されるはずである から無表(avijñapti)には異熟果を招く功能がある」という点で理解は一致している21。  ところが、その後の幾人かの学者は「無表(avijñapti)が異熟果をもたらすという理解は 誤りである」あるいは「そのような理解は有部の正統ではない」と主張している。これは山 田恭道[1972: pp. 69.16-70.1];河村孝照[1972: p. 18.8](=[2004: p. 18.6]);三友健容[1977b:

pp. 191.b20-192.a1]によって主張され、近年では松島央龍[2007: p. 21.12-17][2010b: pp.

64.19-65.4][2011: p. 146.9-10]においても同趣旨の主張が見られる。

 その一方で、加藤精神・舟橋一哉と同じく「無表(avijñapti)は異熟果を招く」と主張す る研究も見られる22。Dhammajoti[2003: pp. 69.27-70.3]は、比較的後代に成立した有部論書 を検討し、舟橋一哉と同じ結論に至っている。青原令知[2006: p. 63.11-15]も、『法蘊足論』

において律儀(すなわち無表)に業としての生果のはたらきを積極的に与えていると指摘し ている。

 このように研究者の間で見解が別れているが、この問題についてはDhammajoti[2003]

と青原令知[2006]が決定的な役割を果たしており決着は既についていると考えられる。こ れら両研究は、有部論書の文言を根拠として、「無表(avijñapti)は異熟果を招く」と結論し ている。この結論は極めて妥当であると思われる23

0.4. 問題の所在

 このように舟橋一哉以後の無表(avijñapti)に関する研究は、(1)「無表の起源」、および(2)

「無表と異熟果との関係」についての二つが主たる焦点であった。この両者の問題について はおおよそ決着がついており、(1)「無表の起源」については、「無表はそもそも戒として導 入された」と結論付けられ、これは初期有部論書における数少ない用例が一貫して “戒” と して理解すべきであることを支持しているため、この結論は妥当であると考えられる。また

(2)「無表と異熟果との関係」については、現在でも諸研究者の間で見解が割れているが、

これについても、無表(avijñapti)は異熟果を招くものと考えられる。

 このように無表(avijñapti)の研究には飛躍的な進展がみられるが、しかしその一方で、

未知の領域も広く残されている。特に『大毘婆沙論』以降の論書には、膨大な量の無表 21)無記を除き有漏の善・不善業には異熟果がある。AKBh.(pp. 255.16-256.4)を参照。

22)山田恭道[1972]も、無表が異熟果と関係して説かれる場合が僅かにあると理解している。

23)ただしDhammajotiによる得(prāpti)の理解には問題がある。

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舟橋一哉[1953: p. 291.a4-15][1954: pp. 100.13-101.14]が引用した資料は『成実論』16であり、

有部資料に基づいておらず、資料の成立も古いとはいえない。また本来の無表(avijñapti)

と同じ役割を担うとされる経部の種子(bīja)や、大衆部の増長(upacaya)、正量部の不失 壊(avipranāśa)も、後代の論書を通じてその教義を間接的に知りえるのみであるから、こ の指摘をそのまま有部にまで適用して理解することは難しい。そこで、有部資料を用いて無 表(avijñapti)の源泉を探る研究が 1960 年代から 1970 年代にかけて数多く発表された。と ころが舟橋一哉の見解に反し、それら諸研究は一致して、無表(avijñapti)は当初から “妨 善妨悪の功能をもつ後天的習性” すなわち “戒” として導入されたと結論している17。  河村孝照[1963]は、『心論』『心論経』『雑心論』『大毘婆沙論』『倶舎論』『順正理論』、

さらに『顕揚聖教論』『中論』を検討し、いずれの論書においても無表(avijñapti)は “戒”

として理解すべきであると指摘した。つづいて三友健容[1976][1977a][1977b][1978]は、

従来あまり取り上げられなかった初期阿毘達磨論書を研究対象に含めて成立順に検討を加え た18。そして『集異門足論』『法蘊足論』など初期阿毘達磨の段階では、無表(avijñapti)の 用例はわずかしか現れないこと、またそのわずかな用例いずれも “未来の果を招くかどうか”

といった問題に答えるものではなく、自然と不善を遠離していく表面的な形とはならない習 慣性として理解しうると指摘している19

 これら両者の研究は有部論書中における無表(avijñapti)を俯瞰的に考察したものであり、

無表(avijñapti)の成立事情を解明すべく緻密な文献学が遂行されているわけではない。有 部の初期阿毘達磨論書に焦点を合わせた詳細な研究は、2000 年代に入りようやく発表され る。青原令知[2005][2006]は、『集異門足論』『法蘊足論』における無表(avijñapti)およ びその関連語である律儀(sam4vara)の用例を検討し、さらにそれを『品類足論』や南伝

Vibh.に説かれる類似表現と比較することによって有部における無表(avijñapti)の教理形成

を考察した。そして結論として、「つまり、正語・正業・正命の解釈における、身語の悪行 からの遠離・不作・防護という既成の解釈に「律儀」という概念が導入され、それが最終的 に「無表業」として位置づけられたということである」と述べ20、やはり無表(avijñapti)は 当初から律儀、すなわち “戒” として導入されたと理解している。

 このように有部資料を検討する限りでは、舟橋一哉の説は支持し得ないことが明らかと

16)『成実論』は、所属部派については不明確な点が多い。所属部派については水野弘元[1930](=

[2: pp. 279-300])や福原亮厳[1969: pp. 25-52]などを参照。

17)ただし梶山雄一[1979: p. 312.3-15](=[5: p. 250.1-12])は、『中論』およびその註釈を検討し、

ナーガールジュナが業果の連結者として無表(avijñapti)を理解していたと指摘している。

18)松島央龍[2007: p. 21.12]も、「無表業は妨悪のはたらきを持つものとして登場した」と同趣旨の 指摘している。なお松島央龍[2007]は、三友健容[1976][1977a][1977b][1978]の影響を 強く受け、有部論書を年代別に並べ考察するという構成をとっている。

19)三友健容[1976: p. 139.3-8]

20)青原令知[2005: p. 132.22-24]

ドキュメント内 佛教文化研究 第58号 (ページ 130-136)

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