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阿閦仏国経・小品般若経との比較

第六章 悲華経における阿閦仏

第二節 阿閦仏国経・小品般若経との比較

まず阿閦 (Ak2obhya) 菩薩の授記について『大乗悲分陀利経』には以下のように説かれ、

阿閦菩薩が東方楽喜(妙楽、Skt.abhirati、Tib.mngon par dga’ ba)世界に住して阿閦仏となると いう記述は阿閦仏国経の所説と合致する228

226 香手(Gandhahastin)菩薩や宝勝(Ratnaketu)菩薩は、漢訳語が一様でなく、本論文で扱う資 料の中でも一定しないため、本文中では『大乗悲分陀利経』の訳語に依って、香手菩薩、

宝勝菩薩に統一しておく。

227 はじめの三菩薩、即ち転輪聖王 無量浄菩薩、第一太子 観世音菩薩、第二王子 大勢至 菩薩の次第作仏の組合せは、『大阿弥陀経』などに説かれており、これを前提としていたと 考えられる。阿弥陀仏、観音菩薩、勢至菩薩の三尊形式については、香川[1980]、林[1986]、

能仁[2008](『大阿弥陀経』T.12,p.309a)

228 阿閦仏国経で阿閦菩薩の師仏として名前が挙げられているのは大目如来のみで、悲華経 所説の宝蔵如来は説かれていない。しかし阿閦仏国経では大目如来の授記から正覚成就ま でに、阿閦菩薩は世々に諸仏と見えることが説かれている。したがって悲華経で宝蔵如来 による授記が説かれても矛盾はしない。望月[1977]は阿弥陀仏とその他の諸仏が経典に

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『大乗悲分陀利経』

仏言。善哉善哉。丈夫取浄仏土。汝阿閦。於当来世過一恒河沙数阿僧祇。始入二恒河 沙。於東方去此千仏土。有世界名楽喜。荘厳成就如汝所願。汝当於中成阿耨多羅三藐三 菩提。即名阿閦如来乃至仏世尊。229

仏言ひたまへり。善き哉、善き哉、丈夫よ浄仏土を取らむ。汝、阿閦よ、当来世の一 恒河沙数の阿僧祇を過ぎ、始めて二恒河沙に入るにおいて、東方に此を去ること千仏土 に、世界有りて楽喜と名づく。荘厳成就せることは汝の所願の如くなり。汝、当に中に おいて阿耨多羅三藐三菩提を成じ、即ち阿閦如来乃至仏世尊と名づくべし。

悲華経における阿閦菩薩の誓願は、これまでの研究によると阿閦仏国経を前提とすると みられており、特に阿閦仏国土の女性に関する記述は蔵訳阿閦仏国経の記述とより多く一 致する230

これに対して阿閦仏に言及する小品般若経では、阿閦仏の菩薩時代には言及されないた め231、そのため阿閦菩薩の出自や固有の誓願、或は授記については説かれない232。これら の点から悲華経の阿閦菩薩の事跡については、従来の指摘どおり阿閦仏国経の内容を踏ま えていると考えられる。

よって様々に関係付けられることについて、諸仏は過去無数劫の本生を有していることか ら、諸仏の様々な関係の本生話が説かれることはあり得ることであると述べている。(望月

[1977]p.345)

229 T3, p.258c、『悲華経』T3, pp.193c-195c、チベット訳Pek.29,cu,228b、梵本 Yamada.,p.173

230 阿閦仏国の女性について、『阿閦』と『如来会』は蔵訳に比べて簡素な記述しか持たな い。特に阿閦仏国の女性の妊娠方法についての記述は漢訳二本にはみられない。訳出年代 から考えると、支讖訳(2c中)から蔵訳(9c)までの間に増広がなされ、「如来会」は増広前の 説を伝承した、或は支讖訳の時点で既に蔵訳の基となる伝承が別に伝わっていたかである。

阿閦仏国の女性に関する記述については、宇治谷[1969] pp.6-8,58-59、佐藤[2008]

pp.123-138等を参照。また阿閦仏国経の阿閦菩薩の誓願(第一章)では仏国土に関する願文

は少なく、ほとんどが次の阿閦仏国土の荘厳の様子を説く章(第二章)に説かれている。〈悲 華経〉ではこれを阿閦菩薩の誓願中に説いており、国土の様子を願文によく含む〈無量寿 経〉の誓願形式に近い。

231 後述するように小品般若経諸本に「阿閦仏為菩薩時所行道」という記述はある。しかし 阿閦仏の菩薩時代の場面を説くことはない。

232 後述の恒伽提婆が授記される直前の箇所では、菩薩一般の行が誓願の形式で説かれてい る。これを受けて恒伽提婆の授記が説かれ、阿閦仏国へ往生すると説かれている。したが ってこの菩薩一般の誓願が阿閦仏と無関係であるとは言えないが、阿閦菩薩に固有の誓願 であるとは言えない。

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第二項 香手菩薩の記述

次に、第十王子は阿閦菩薩の如くの願を立て、それらに加え、一切衆生の手中に栴檀香 を生じ、それによって諸仏を供養させると誓願する。これにより香手 (Skt.Gandhahastin、

Tib.spos kyi glong po) 菩薩と名づけられ、授記される。

『大乗悲分陀利経』

仏言。善哉善哉。善男子。所願極妙。汝能使一切衆生手中。皆有海此岸栴檀妙香。発 念仏心。善男子。是故字汝為香手。汝香手。於到来世過一恒河沙数阿僧祇。二恒河沙阿 僧祇之余。阿閦如来般涅槃。正法滅已。於後七日。汝香手。於彼世界成阿耨多羅三藐三 菩提。号金華如来応供正遍知乃至仏世尊。 233

仏言ひたまへり。善き哉、善き哉、善男子よ。所願は極妙なり。汝、能く一切衆生を して手中に、皆、海此岸栴檀妙香を有りて、仏を念ずる心を発さしめむ。善男子よ、是 の故に汝を字して香手と為す。汝、香手よ、当来世の一恒河沙数阿僧祇を過ぎ、二恒河 沙阿僧祇の余に於いて、阿閦如来般涅槃したまひ、正法滅し已りて、後七日に於いて、

汝、香手よ、彼の世界に於いて阿耨多羅三藐三菩提を成じ、金華如来応供正遍知乃至仏 世尊と号さむ。

ここでは阿閦仏の般涅槃の七日後に最正覚を成就し、金華仏(Skt.suvarzapu2pa)234となる と説かれる。この香手菩薩については阿閦仏国経と小品般若経の両経に関連する記述が見 られる。『阿閦』では以下のように阿閦仏による授記が簡潔に説かれる。

『阿閦』

阿閦仏般泥洹時。有菩薩摩訶薩。名衆香手。当授是衆香手菩薩決。号曰羞洹那洹波頭 摩漢言金色蓮華。如来無所著等正覚。復次舍利弗。其金色蓮華仏之刹所有善快。亦当如阿 閦仏刹之善快所有安諦。金色蓮華仏所有衆弟子。亦当如阿閦仏。235

阿閦仏般泥洹したまはむ時、菩薩摩訶薩有りて、衆香手と名づく。当に是の衆香手菩 薩に決を授けたまはむ。号して羞洹那洹波頭摩(漢に金色蓮華と言はく)如来無所著等正覚と 曰はむ。復次に、舎利弗よ、其の金色蓮華仏の刹の有する所の善快も、亦た当に阿閦仏 刹の善快の如くに、有する所は安諦なるべし。金色蓮華仏の有する所の衆の弟子も亦た 当に阿閦仏の如くなるべし。

香手(衆香手)菩薩の記述はこれのみであるが、阿閦仏に次第して作仏し金華仏となること

233 T3, p.259a、『悲華経』T3, p.196a、チベット訳Pek.29,Cu,229a-b、梵本Yamada.p.175

234 蔵訳悲華経ではgser gyi me togであるが、蔵訳阿閦仏国経ではgser gyi pad maとある。

235 T11, p.760c、『如来会』T11, p.109a、チベット訳Pek.22, dzi, 52b

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が説かれている。『如来会』の記述内容もこれと同様である。ただし漢訳二本では、そのま ま阿閦仏国で作仏することや、阿閦仏の正法滅後七日という厳密な時期については言及さ れていない。この二点については蔵訳阿閦仏国経の相当個所に明記される。

チベット訳 阿閦仏国経

sha ra dwa ti’i bu de nas bcom ldan ‘das de bzhin gshegs pa dgra bcom pa yang dag par rdzogs pa’i sangs rgyas pa de yongs su mya ngan las ’da’ ba’i dus kyi tshe byang chub sems dpa’ sems dpa’ chen po spos kyi glang po che zhes bya ba la skyes bu dam pa khyod nga’i dam pa’i chos nub nas zhag bdun lon pa’i ’og du ‘jig rten gyi khams mngon par dga’ ba ’dir bla na med pa yang dag par rdzogs pa’i byang chub mngon par rdzogs par ’tshang rgya bar ’gyur te / de bzhin gshegs pa …(中略)…

sangs rgyas bcom ldan ’das gser gyi pad ma zhes bya bar ’gyur ro zhes / bla na med pa yang dag par rdzogs pa’i byang chub tu lung ston par ’gyur ro //( Pek.22,Dis,52b)

舎利弗よ、それから、世尊如来応供正等覚たる阿閦が、般涅槃する時、大香象菩薩摩 訶薩に「賢者、汝よ、私の正法が没して七日を過ぎた後にこの妙喜世界で無上正等覚を 究竟円満に覚り、如来 …(中略)… 仏・世尊たる金蓮華といわれるようになるであろう」

と、無上正等覚を授記するであろう。

この記述は『阿閦仏国経』と『如来会』とにはみられない。チベット訳阿閦仏国経と悲 華経との共通点である。

これに対して小品般若経では恒伽提婆という女人が釈尊によって授記されることが説か れており、この授記の中で阿閦仏国へ往生し、将来金華仏となることが言及されている236

『小品』

佛告阿難。是恒伽提婆女人。當於來世星宿劫中。而得成佛。號曰金花。今轉女身。得 為男子。生阿閦佛土。於彼佛所。常修梵行。命終之後。從一佛土。至一佛土。常修梵行。

乃至得阿耨多羅三藐三菩提。不離諸佛。…(後略) (T.8,p.568b) 237

仏、阿難に告げたまへり。是の恒伽提婆女人は、当に来世の星宿劫中に於いて、成仏 を得べし。号して金花と曰はむ。今女身を転じて男子と為るを得て阿閦仏土に生まれむ。

236 成松[1975]aは阿閦仏国における女性の存在を国土の特徴の一つとしてあげ、〈悲華経〉

がそれを受け継いでいることを指摘している。その中で、第九王子 阿閦菩薩の誓願中に阿 閦仏国の女人は三昧によって再び女身を受けなくなるということが説かれることに注目し、

「思うに、阿閦浄土と女人は周知著明で除き難いしかも特勝女人とて浄土に在るべきでは ない、他ならぬ般若経も恒伽提婆 Gaxgqdev] の阿閦仏土往生に際しての転女成男を説いて いる―かくて浄土での三昧転女となったものであろう」と述べる。

237 『道行』T8, p.458a、『大明度』T8, p.497a、『鈔経』T8, p.531a、『仏母』T8, p.648b-c、

『第四分』T7, p.906c、チベット訳Pek21, mi, 215a-b、梵本Vaidya.p.181