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過剰鉄量と超伝導特性・異方性の相関

ドキュメント内 首都大学東京 博士(工学学位論文課程博士 (ページ 101-112)

第 5 章 構造相変態 PIT 法による FeTe 1-x Se x 超伝導線材

5.6 過剰鉄量と超伝導特性・異方性の相関

FeTe 系超伝導体は Fe2Te2 層間に過剰鉄を有しており,過剰鉄が Fe1+dTe の磁気特性や Fe1+dTe1-xSexの超伝導特性の両方へ影響を与えることが報告されている.前項における FeTe1-xSex超伝導線材の輸送 Jcは FeSe 線材に比べて低く,その原因を解明するためにセル フフラックス法により作製した良質な単結晶を用いて,超伝導特性,及び結晶異方性の研 究を行った.

図5-23に作製したFeTe0.6Se0.4およびFe0.95Te0.6Se0.4のXRD測定結果を示す.すべてのピ ークはテトラゴナル相(P4/nmm)に関連付けることができ,格子定数はこれらのピークを用 いて算出することが出来る.FeTe0.6Se0.4の格子定数はa = 0.381 nm およびc = 0.609 nm であ り,Fe0.95Te0.6Se0.4の格子定数はa = 0.381 nm およびc = 0.611 nm と算出された.FeTe0.6Se0.4

102 のc軸はFe0.95Te0.6Se0.4のものよりも短くなっており,先行研究において,FeTe系において はc軸の"縮み"は過剰鉄の増加に伴うことが報告されている.

図5-23 (a)FeTe0.6Se0.4および(b)Fe0.95Te0.6Se0.4のXRD測定結果.

表5-2 ICPによる組成比の測定

(1+d)nominal Fe (1+d)icp Te Se

0.95 1.013 0.595 0.405

0.96 1.022 0.591 0.409

0.98 1.037 0.576 0.424

1.00 1.049 0.592 0.408

1.02 1.077 0.583 0.417

1.04 1.095 0.591 0.409

また,作製したFe1+dTe0.6Se0.4単結晶試料を,ICP測定装置を用いて組成分析を行なった.

その結果を表5-2に示す.表5-2より,TeとSeの比はほぼTe : Se = 0.6 : 0.4と仕込み値通 りにできていることがわかる.また,図5-24にFeの仕込み値とICP測定による値の関係を 示す.図5-24は横軸が仕込み値で縦軸が測定した組成比である.このグラフから,仕込み 値と実際の組成値の増加量がほぼ等しい事が読み取れる.仕込み値が1以下でも組成比は1 より大きくなっている.ここで,Feと(Te, Se)は1:1のモル比で結合するので,Feの1より 過剰な量のFeは過剰鉄となって層間に存在していると考えられる.この測定結果は,今回 作製した全ての仕込み値の単結晶において必ず層間に過剰鉄が存在していることを示して いる.

103 図5-24 ICPで測定したFeの組成比.

次に,単結晶試料に磁場をH//c軸方向とH//ab面方向の二方向から,それぞれ印加しなが ら磁化の測定を行った.測定に使用した単結晶はFe1.013Te0.595Se0.405,Fe1.022Te0.591Se0.405およ びFe1.049Te0.592Se0.408の三種類である.図5-25にFe1.013Te0.595Se0.405の(a) H//abおよび(b) H//c 方 向へ磁場を印加した場合の磁化の温度依存性を示す.印加磁場の増加に伴い,Tcは減少し ていき,それに伴い正の磁性の値が増加していることが分かる.この正の磁性増加は,過 剰鉄のモーメントに起因するものである.H//ab 方向への磁場印加におけるTcの抑制はH//c 方向への磁場印加に比べ小さなものとなっている.また,図 5-26に Fe1.022Te0.591Se0.405,図

5-27にFe1.049Te0.592Se0.408における(a) H//abおよび(b) H//c方向へ磁場を印加した場合の磁化

の温度依存性を示す.どちらのケースにおいてもFe1.013Te0.595Se0.405同様に印加磁場の増加に 伴いTcの抑制が観測された.しかしながら,Fe1.013Te0.595Se0.405に比べてH//cにおける超伝 導性の抑制がH//abよりも大きことが分かる.

104 図5-25 Fe1.013Te0.595Se0.405の(a) H//abおよび(b) H//c 方向へ磁場を印加した場合の

SQUID(M-T)測定結果.

図5-26 Fe1.022Te0.591Se0.409の(a) H//abおよび(b) H//c 方向へ磁場を印加した場合のSQUID(M-T) 測定結果.

図5-27 Fe1.049Te0.592Se0.408の(a) H//abおよび(b) H//c 方向へ磁場を印加した場合のSQUID(M-T) 測定結果.

105 ここで,異方性の変化を議論するため,我々は不可逆磁場(Hirr)を,不可逆性温度(Tirr)を用 いることによって見積もった.ここでの不可逆性温度とは,ZFC曲線とFC曲線が超伝導転 移に伴って二股に分かれはじめる温度のことを指す.図 5-28 に(a) Fe1.013Te0.595Se0.405,(b) Fe1.022Te0.591Se0.409 お よ び(c) Fe1.049Te0.592Se0.408 に お け る Hirr の 温 度 依 存 性 を 示 す .

Fe1.022Te0.591Se0.409および Fe1.049Te0.592Se0.408において,H//abとH//cの値に大きな差が見られ

る.一方,Fe1.013Te0.595Se0.405においてあまり差は見られなかった.これらの結果は,過剰鉄 濃度の増加がFe1+dTe0.6Se0.4の異方性を高めていることを示唆している.

図5-28 (a) Fe1.013Te0.595Se0.405,(b) Fe1.022Te0.591Se0.409および(c) Fe1.049Te0.592Se0.408におけるHirr

の温度依存性.

図5-29に(a) Fe1.013Te0.595Se0.405,(b) Fe1.022Te0.591Se0.409および(c) Fe1.049Te0.592Se0.408における コヒーレンス長𝜉𝑎および𝜉𝑐の温度依存性を示す.𝜉𝑎は(5-2)式を用いて算出し,

𝐻c2(𝐻 ∕∕ c) = Φ02πμ0𝜉𝑎2 (5 − 2) 𝜉𝑐の算出には(5-3)式を用いた.

𝐻c2(𝐻 ∕∕ ab) = Φ02πμ0𝜉𝑎𝜉𝑐 (5 − 3)

106 ここで,𝐻c2は図5-25, 5-26および5-27において見積もられたHirrと一致する.図5-29 (d) は異方性パラメータγ の温度依存性を示している.算出には(5-4)式を用いた.

γ = 𝜉𝑎⁄𝜉𝑐 (5 − 4)

図5-29(d)より,温度により異方性パラメータγの値は異なるが,その平均値は過剰鉄の増

加と共に上昇していることが分かる.この結果により,過剰鉄が単結晶の異方性に影響を 与えている事が分かる.

図5-29 (a) Fe1.013Te0.595Se0.4,(b) Fe1.022Te0.591Se0.409,(c) Fe1.049Te0.572Se0.428におけるコヒーレ ンス長𝜉𝑎および𝜉𝑐の温度依存性,および(d)各単結晶の異方性パラメータγ.

107 次に,電気抵抗測定から同様にHirrを見積もり,異方性パラメータγを求める.図5-30~

5-32に電気抵抗測定の結果を示す.測定範囲は5-20K の範囲であり,磁化測定と同様に(a) H//abおよび(b) H//c 方向へ磁場を印加しながら電気抵抗を測定した.用いた磁場は0 T,1 T,

3 T,5 T,7 Tの5種類である.

図5-30 Fe1.013Te0.595Se0.405の電気抵抗の温度依存性.(a) H//ab,(b) H//c 方向へ磁場を印加.

Fe1.013Te0.595Se0.405の電気抵抗測定結果を図 5-30 に示す.全ての磁場で共通して,14-15K

付近でTc-onsetが,10-13K付近でTc-zeroが観測された.また,磁場の増加に伴い転移温度が低

温側にシフトしており,超伝導が抑制されている事が分かる.グラフからはab面平行の磁 場よりも c 軸平行磁場による超伝導性の抑制が大きいことが見てとれる .以下に,

Fe1.022Te0.591Se0.405およびFe1.049Te0.592Se0.408の電気抵抗測定結果を同様に示す.

図5-31 Fe1.022Te0.591Se0.405の電気抵抗の温度依存性.(a) H//ab,(b) H//c 方向へ磁場を印加.

108 図5-32 Fe1.049Te0.592Se0.408の電気抵抗の温度依存性.(a) H//ab,(b) H//c 方向へ磁場を印加.

図5-32において,図5-30よりもc軸平行磁場の方が磁場による超伝導特性の抑制が大き い事が確認出来る.

次に,これらの電気抵抗測定の結果より不可逆磁場を見積もる.見積もる方法としては,

Tc-onsetTc-zeroの値をプロットしていき不可逆磁場を求める.なお,超伝導転移が始まる寸

前の常伝導抵抗率から10%をTc-onset,90%落ちた点をTc-zeroとしてプロットを行った.

図5-33 (a) Fe1.013Te0.595Se0.4,(b) Fe1.022Te0.591Se0.409および(c) Fe1.049Te0.572Se0.428の不可逆磁場 と温度の関係.

109 図5-33より,低磁場領域(0-3T付近)において過剰鉄の増加と共にH//cH//abの描く軌 跡の差が顕著に広がっている.この結果は磁化による測定と同様に,過剰鉄の影響によっ て異方性が大きくなったのではないかと考えられる.次に,これらの不可逆磁場から式(5-2) と式(5-3)を用いてコヒーレンス長𝜉𝑎と𝜉𝑏を求め,式(5-4)を用いて異方性パラメータγを算出 行い,プロットした.プロット結果を図5-34(d)に示す.

図5-34 (a) Fe1.013Te0.595Se0.4,(b) Fe1.022Te0.591Se0.409,(c) Fe1.049Te0.572Se0.428におけるコヒーレ ンス長𝜉𝑎および𝜉𝑏の温度依存性,および(d)各単結晶の異方性パラメータγ.

図5-34を見ると,磁化測定で求めたγと同様に温度毎の値は異なるがγの平均値を考える と過剰鉄量の増加によって全体的に上昇している事が読み取れる.これは,磁化の測定に より求めたコヒーレンス長の傾向と一致している.これら二つの測定結果から,異方性は 過剰鉄量によってコントロールできる事が確認出来た.

110 最後に,磁化ループの測定からab面方向とc軸方向それぞれの臨界電流密度を計算して その異方性を調査した.図5-35~5-37に,4.2 Kにおける磁化の印加磁場依存性を示す.

図5-35 Fe1.013Te0.595Se0.405の4.2Kにおける磁化ループ測定結果.

図5-36 Fe1.022Te0.591Se0.405の4.2Kにおける磁化ループ測定結果.

111 図5-37 Fe1.049Te0.572Se0.428の4.2Kにおける磁化ループ測定結果.

これらの磁化ループからビーンモデル(2-4)式を用いて各方位における Jcを算出した.図 5-38に,計算より求めた臨界電流密度の印加磁場依存性を示す.

図5-38 (a)ab面,(b)c面の臨界電流密度と印加磁場の関係.

図5-38より,全体的にc軸方向の電流密度の方が大きくなっていることが分かる.この 結果からは自己磁場による電流において c 軸方向にもある程度の大きな電流が流れること を意味している.また,過剰鉄量が多い試料において比較的高い Jcが得られていることが 示されている.この結果は,Fe1+dTe1-xSexが本質的に過剰鉄を層間に取り込むことにより結 晶構造が安定するためであると考えられる.しかしながら,過剰鉄量が多過ぎると超伝導 性を著しく損なってしまう上に,仕込み値と実際に生成される結晶中の過剰鉄量に“ずれ”

が存在するため,高Jc化を目的とした過剰鉄量制御は非常に困難である.

よって,FeTe1-xSex線材における特性向上には,過剰鉄侵入を防ぐ必要があり,コアと非 反応性でありながら電気的結合性が良いシース材を探索することが重要である.

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