~ヘルスプロモーションの視点から~
京都学園大学 健康医療学部 健康スポーツ学科
准教授 三 宅 基 子
1
3 4 5 6 2
公募論文参考資料
会環境の整備とともに、がん、糖尿病など生活習慣病の予防対策の他、個人レ ベルの生活行動として身体活動・運動に関する具体的な目標を示している。
わが国における健康増進に関する施策は、健康日本21(第二次)の他にも、
スポーツ基本法に基づくスポーツ基本計画がある。
スポーツ基本計画は、スポーツ基本法に基づいて、スポーツを通じた健康で 活力に満ちた長寿社会の実現を目標に、平成24年に5か年計画が示された。そ の後第2期スポーツ基本計画が策定され、平成29年から33年度までのさらなる 5年間の計画を策定した3)。
しかしながら国民における運動・スポーツ実施者の割合は3割程度で、10年 間横ばい状態を続けている。生活習慣病の予防や高齢者のフレイル予防など健 康上の身体活動・運動の効果について、世界中で多数のエビデンスが示されて おり、健康の維持・増進において運動・身体活動の効果は明白であるが、実際 の健康行動として定着していないのが現状である。
このような状況において、2010年WHOは、全世界の死亡に対する危険因子 として、身体不活動が高血圧(13%)、喫煙(9%)、高血糖(6%)に次ぐ第 4位(6%)に上がっていることを認識し、「健康のための身体活動に関する 国際勧告」を発表した4)。
さらに2012年、国際的に権威のある医学誌「The Lancet」(July 21,2012)
が身体活動特集号を発表した。身体不活動が喫煙と匹敵するくらい健康に及ぼ す影響が甚大であるとの知見が発表され、世界的に身体不活動が「大流行して いる(パンデミックな)状態」であるとの認識を示した5)。
2016年にThe Lancetは再び身体活動特集号を発表し、生活習慣病の予防や 改善において、禁煙、健康的な食事、飲酒制限は有効な健康行動として認識さ れているが、身体活動が同様の健康行動であるという認識は進んでおらず、世 界中で身体活動不足の状況が続いていると報告している6)。
身体活動は、健康維持・増進に有効な優先順位の高い健康行動であり、身体 不活動の生活を活動的な生活習慣に変える取組みの必要性が世界的規模で強調 されている。
運動嫌いの子どもたちや運動経験が少ない人、普段運動を行っていない人を いかに運動・スポーツ活動に導くことができるのか、忙しい生活の中でも身体 活動量を増加させる生活にいかに切り替えていくか、個人レベルでの行動変容 が求められている。
そこで本稿では、ヘルスプロモーションの視点から世界的潮流としての身体
活動推進施策を概観するとともに、運動・スポーツ活動実施の現状をふまえ、
これからの健康づくりのあり方を検討することを目的とする。
2.身体活動の定義
最初に身体活動と運動、スポーツについて定義しておく。身体活動(Physical Activity)とは、「筋の収縮を伴い安静時を上回るエネルギーを消費するすべ ての活動」と定義されている。歩行や各種の生活動作、家事・仕事など、日常 生活の中での動作や姿勢の保持も含む活動として捉えることができる。
さらに運動(Exercise)とは、「体力の向上や維持、健康増進などある目的 を目指して行う身体活動」であり、スポーツは「規則にのっとり行う運動」と して位置づけられている。身体活動は運動・スポーツ活動はもちろんのこと、
通勤や買い物など仕事や家事上の生活動作を含む広い概念である(図1)。
3.運動・身体活動実施の現状
身体活動が体重増加の予防や体力の向上、筋力向上による転倒予防において 有効であることは一般的に知られている。
身体活動と生活習慣病との関係について、身体不活動が糖尿病、がん、脳卒 中などの危険因子であり、身体活動がこれらの生活習慣病の予防に寄与するこ とは、多くの疫学研究が明らかにしている8)。
多数のエビデンスの蓄積から、身体活動が健康行動として有用であることは 明白であるが、運動・身体活動の実施状況はわずか3割程度にとどまっている。
平成28年の国民健康・栄養調査の結果において、運動習慣のある者(1回30 分以上の運動を週2回以上実施し、1年以上継続している者と規定)の割合は 男性35.1%、女性27.4%であり、10年間の推移に増減はなく、女性は減少傾向 である。さらに日常的な身体活動の指標として用いられている歩数は、その平
図1 身体活動・運動・スポーツの位置づけ(健康と運動の疫学,医学出版より)7)
1
3 4 5 6 2
公募論文参考資料
均値が男性6984歩、女性6029歩で、歩数においても男女ともに10年間増減がな い状態であると報告されている9)。
大阪市民を対象とした「スポーツと健康に関する実態調査」の結果では、過 去1年間の運動・スポーツ実施状況について、「現在、運動・スポーツをしている」
と回答した人の割合は、平成19年の調査で32.1%、平成24年の調査では24%と 減少している。さらに女性の実施者の割合は、男性より低い。調査対象、質問 項目は異なるものの、大阪市民の運動・スポーツ実施の傾向は、全国調査と同 様の結果を示している10)。
また「運動やスポーツをしたいがなかなかできない」と回答した人の割合は、
平成19年は54.5%であったが、平成24年には58.9%に増加している。さらに「運 動やスポーツに関心がない」と回答した人の割合は、平成19年は9.3%であった が、平成24年には15.3%に増加している。(図2)
「運動・スポーツをしたいができない人」と「運動・スポーツに関心がない 人」を合わせると、平成24年の調査で男性70.3%、女性は77.4%と身体不活動 者の割合は7割を占め、平成19年より増加している。
全国レベルの調査および大阪市の調査からも、身体不活動者は7割を占めて おり、これらの人々をいかに身体活動につなげるかのアプローチが重要な視点 となる。
図2 大阪市民における運動・スポーツの実施状況(大阪市民のスポーツと健康に関する 実態調査報告書より)10)
4.身体活動推進に関する世界的動向
現在、世界的に身体不活動(physical inactivity)、いわゆる運動不足が広がっ ている。
2012年に発表されたThe Lancetの身体活動特集号では、身体不活動が心疾 患、糖尿病、乳がんおよび結腸がんなどの非感染性疾患(Non-Communicable Diseases; NCD)の原因になることを明らかにした5)。
さらに喫煙と身体不活動の非感染性疾患への影響を比較した結果、身体不活 動の健康に及ぼす影響は喫煙と同等であることが発表された11)。図3は、喫煙 と身体不活動の割合、危険率、死亡者数を比較したものである。
まず身体不活動率の割合は35%で、喫煙(26%)より高い。相対危険度は喫 煙が1.57で、身体不活動の1.28を上回るが、身体不活動人口が9%と喫煙人口 を少し上回るため、1年間あたり世界で5300万人が身体不活動が原因で死亡し ており、その数は喫煙を上回る。
身体不活動の健康に及ぼす影響が示されると同時に、国際的な規模で身体活 動推進に向けた呼びかけの動きが進んでいる。国際身体活動健康学会による「身 体活動のトロント憲章」(2010)、およびWHOによる「健康のための身体活動 に関する国際勧告」(2010)について紹介する。さらに2015年にユネスコが発 表した「体育・身体活動・スポーツに関する国際憲章(International Charter for Physical Education, Physical Activity and Sport)」についても紹介する。
図3 喫煙と身体不活動の比較(Wen CP & Wu X, 「The Lancet」2012より)
1
3 4 5 6 2
公募論文参考資料
1)身体活動のトロント憲章
(The Toronto Charter for Physical Activity: A global Call for Action)
2010年5月、トロント市において開催された第3回国際身体活動公衆衛生会 議において「身体活動のトロント憲章:世界規模での行動の呼びかけ」が採択 された。この憲章は、世界規模で身体活動推進の優先順位を高めるための行動 を呼びかけ、関連する団体や個人に向けた支援ツールとして提供されている。
この会議に出席していた日本の運動疫学研究者が中心となって、日本語版の 翻訳とその内容の解説を行っており、身体活動の推進のために活用が期待され ている12)。
この論文では、原文と日本語版を対照とする形で紹介されているので、政策 決定担当者はぜひご参照いただきたい。
憲章では、健康、持続的発展が可能な社会の実現、経済に関する3分野で身 体活動がもたらす効果の概要を示している。そして憲章の中心部分である「9 つの指針」および「行動の枠組み」の内容を表1に示した。
表1 トロント憲章で示されている指針と行動の枠組み
2)健康のための身体活動に関する国際勧告(WHO)
2010年WHOが「Global Recommendations on Physical Activity for Health」
を発表した。日本語版の「健康のための身体活動に関する国際勧告」は、国立 健康・栄養研究所の宮地らが翻訳・作成している13)。
WHOによるこの国際勧告は、身体不活動が全世界の死亡者数の原因とな る危険リスクの第4位である現状を踏まえて、国民レベルで身体活動による非 感染性疾患の一次予防に向けた政策立案を推進するためにまとめられたガイド ラインである。
この中で健康づくりのための身体活動の推奨レベルを年齢別に示している。
18歳〜64歳の成人を対象に、全身持久力、筋力、骨の健康の向上、非感染性疾 患の発症リスクやうつ症状の軽減のために推奨される身体活動レベルを図4に 示した。
この勧告を基に、わが国では、国立健康・栄養研究所が日本人の身体活動基 準2013を策定している。
3)体育・身体活動・スポーツに関する国際憲章
ユネスコの「体育・身体活動・スポーツに関する国際憲章」は、1978年に採 択され、1991年に修正された憲章を2015年に、新たに「身体活動」という言葉 を入れて全面改訂された14)。
表2「健康のための身体活動に関する国際勧告日本語版」による身体活動推レベル
1
3 4 5 6 2
公募論文参考資料