• 検索結果がありません。

逸失利益の算定における考慮要素

III. 逸失利益

4. 逸失利益の算定における考慮要素

(1) 市場における代替関係 (i) 基本的考え方

第III章1.節(1)で用いた経済モデルは、権利品と侵害品との間に代替関係が存在すること を前提としている。すなわち、侵害品が権利品と同様の機能や品質、ブランド価値等を有 しており、市場において、権利品と侵害品との間に代替関係があるからこそ、侵害品が市 場で販売されたことにより権利品の販売数量が減少又は価格が低下したとの主張が有効と なる。

換言すれば、需要者にとって、権利品と侵害品は同程度の価値を提供するものであり、一 方が他方を代替することが可能であるという事実がなければ、たとえ特許権侵害の事実が あったとしても、特許権者の製品の市場が影響を受けたとはいえず、特許権者の利益状態 が、侵害があった場合となかった場合で異なるとはいえない、つまり逸失利益としての損 害が生じているとはいえない(無論、我が国においては特許法第102条を利用することで、

このような因果関係に係る特許権者の立証責任は免除されるが、少なくとも侵害者に反証 の機会は与えられると考えられる。)。

我が国の特許法第102条第1項のただし書は、「譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特 許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情」があるときはこれに相当 する数量に応じた金額を控除することを求めている。具体的な「事情」については、パン デュイットテストのような明確な基準があるわけではないが(第II章2.節を参照)、一般的 には、①代替品の存在、②価格差、③品質の差、④ブランド力の差、⑤販売形態の差、⑥ 販売地域の差などといった要因を含むものとされる37。すなわち、これらの要因に鑑みて、

権利品と侵害品が必ずしも同種の商品と言い難い場合には、侵害行為がなく、侵害品が市 場に存在しなかったとしても、侵害品に係る売上や利益のすべてを権利品で代替できてい たわけではないから、代替が不可能と考えられる部分については、これに相当する部分を 損害から控除すべきであるというのが、ただし書の趣旨と考えられる。また、その影響度 合いが極めて大きい場合には、損害発生自体が否定される可能性がある38

独占禁止法の分野、とりわけ企業結合審査のプロセスにおいては、企業結合により競争が 制限されることとなるか否かを判断するための範囲を示す「一定の取引分野」(市場)を確 定する必要がある。この点、我が国の公正取引委員会が公表する「企業結合審査に関する 独占禁止法の運用指針」(企業結合ガイドライン)39においては、このような一定の取引分 野を検討する場合、基本的には、需要者にとっての代替性の観点から判断すると述べてい る。具体的には、前記と同様、交差弾力性の考え方を応用した、SSNIPテスト(又は仮定的 独占者のテスト)と呼ばれる方法を採用することを明らかにしている。すなわち、需要者 にとっての代替性の有無を判断するために、ある地域において、ある事業者が、ある商品 を独占して供給しているという仮定の下で、そのような独占事業者が、利潤最大化を図る 目的で、小幅ではあるが、実質的かつ一時的ではない価格引上げ(通常、引上げの幅につ いては5%から10%程度であり、期間については1年程度のものを指す)をした場合に、当 該商品及び地域について、需要者が当該商品の購入を他の商品又は地域に振り替える程度 を考慮する。他の商品又は地域への振替の程度が小さいために、当該独占事業者が価格引 上げにより利潤を拡大できるような場合には、その範囲をもって、当該企業結合によって 競争上何らかの影響が及び得る範囲ということとなる。

37 吉田・前掲注(12) 166-167 頁 38 吉田・前掲注(12) 167 頁

39 公正取引委員会「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」(2011.6.14 改正)

(ii) 商品間の代替性

企業結合ガイドラインにおいては、商品間の代替性を判断するに当たって、消費者にとっ ての商品自体の効用等、同種性の程度について評価を行う場合に、次の図表9のような要因 を考慮に入れるとしている。これらの要因は、特許訴訟において、権利品と侵害品との間 の代替性を判断する目的においても参照することが可能と考えられる。

図表9 商品間の代替性の判断に係る要因40 No. 要因 説明

(1) 用途 ある商品が取引対象商品と同一の用途に用いられている か、又は用いることができるか否かが考慮される。

同一の用途に用いることができるか否かは、商品の大き さ、形状等の外形的な特徴や、強度、可塑性、耐熱性、

絶縁性等の物性上の特性、純度等の品質、規格、方式等 の技術的な特徴などを考慮して判断される(ただし、こ れらの特徴がある程度異なっていても、同一の用途に用 いることができると認められる場合がある。)。

なお、取引対象商品が複数の用途に用いられている場合 には、それぞれの用途ごとに、同一の用途に用いられて いるか、又は用いることができるか否かが考慮される。

例えば、ある用途については甲商品と乙商品の効用等が 同種であると認められ、別の用途については甲商品と丙 商品の効用等が同種であると認められる場合がある。

(2) 価 格 ・ 数 量 の 動 き 等

価格水準の違い、価格・数量の動き等が考慮される場合 がある。

例えば、甲商品と乙商品は同一の用途に用いることは可 能ではあるが、価格水準が大きく異なり、甲商品の代わ りとして乙商品が用いられることが少ないために、甲商 品と乙商品は効用等が同種であると認められない場合が ある。

40 公正取引委員会・前掲注(39)参照。

また、甲商品と乙商品は同一の用途に用いることは可能 ではあり、かつ、価格水準にも差はないが、甲商品の使 用から乙商品の使用に切り替えるために設備の変更、従 業員の訓練等の費用を要することから、事実上、甲商品 の替わりとして乙商品が用いられることが少ないため に、甲商品と乙商品は効用等が同種であると認められな い場合がある。

他方、甲商品と乙商品の効用等が同種であれば、甲商品 の価格が引き上げられた場合、需要者は甲商品に代えて 乙商品を購入するようになり、その結果として、乙商品 の価格が上昇する傾向があると考えられるので、甲商品 の価格が上昇した場合に乙商品の販売数量が増加し、又 は乙商品の価格が上昇するときには、乙商品は甲商品と 効用等が同種であると認められる場合がある。

(3) 需 要 者 の 認 識 ・ 行 動

需要者の認識等が考慮される場合がある。

例えば、甲商品と乙商品に物性上の特性等に違いがあっ ても、需要者が、いずれでも同品質の商品丙を製造する ための原料として使用することができるとして甲商品と 乙商品を併用しているため、甲商品と乙商品は効用等が 同種であると認められる場合がある。

また、過去に甲商品の価格が引き上げられた場合に、需 要者が甲商品に替えて乙商品を用いたことがあるか否か が考慮される場合もある。

(iii) 地理的範囲と代替性

特許訴訟においては、商品の範囲と同様に、地理的範囲についても代替性が議論となる可 能性がある。侵害品が権利品とは異なる地域で販売されていた場合、それぞれの地域の間 でどの程度代替性があるかが検討されるべきである。

第III章1.節(1)の経済モデルで用いたA社とB社の例を再び使用すると、A社の商品であるAX が主に東京で、B社の商品BXが主に大阪で販売されていたとすると、これら商品の価格に対 する輸送コストが僅少であり、A社が東京におけるAXの価格を引き上げると、大阪における

BXの需要が増加することが予想されるためにA社の価格引き上げが困難となるような場合、

東京と大阪は同一の地理的範囲に属することとなり、AXとBXの代替性はあるといえる。

この点についても、独占禁止法上の企業結合審査における一定の取引分野の画定において 採用されている考え方が参考となる。公正取引委員会による企業結合ガイドラインにおい ては、地理的範囲が異なる商品間の代替性を判断するに当たって、次の図表10のような要 因を考慮に入れるとしている。

図表10 地理的範囲が異なる商品間の代替性の判断に係る要因41 No. 要因 説明

(1) 供 給 者 の 事 業 地 域 、 需 要 者 の 買 い 回 る 範 囲 等

需要者が、通常、どの範囲の地域から当該商品を購入す ることができるかという点については、需要者の買い回 る範囲(消費者の購買行動等)や、供給者の販売網等の 事業地域及び供給能力等が考慮される。

過去に当該商品の価格が引き上げられた場合に、需要者 がどの範囲の地域の供給者から当該商品を購入したかが 考慮される場合もある。

(2) 商 品 の 特 性

商品の鮮度の維持の難易の程度、破損のしやすさや重量 物であるかどうかなどの商品の特性は、当該商品の輸送 することができる範囲や輸送の難易の程度に影響する。

これらの点からも、需要者が、通常、どの範囲の地域か ら当該商品を購入することができるかが考慮される。

(3) 輸 送 手 段 ・ 費 用 等

輸送手段、輸送に要する費用が価格に占める割合や輸送 しようとする地域間における当該商品の価格差より大き いか否かなどからも、需要者が、通常、どの範囲の地域 から当該商品を購入することができるかが考慮される。

また、これらの輸送に伴う費用の増加要因の検討に当た っては、原料費等輸送に伴う費用以外の地域的な差異も 考慮されることとなる。

41 公正取引委員会・前掲注(39)参照。

関連したドキュメント