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第 3 章 改革開放以降の 40 年間

2 プロセスへの考察

2.2 途中の知的営みに目を向ける

資源化は、時代や個人によって、異なる形、語り、生活様式に価値を見出したり、意義を与えた りすることで、「あるもの」を有用なものにすることだと言える。序章で述べたように、資源化における アクターとその働きかけの対象・仕方を明らかにするため、森山[2007]は、①誰が、②誰の「文化」

を、③誰の「文化」として、④誰をめがけて資源化するのか、という「4 つの誰」の問いかけを示した [森山 2007:82-83]。それをもとに、石門坎の歴史や文化の資源化に関わるアクターの働きかけを 整理することができる。ここでは、すべてのアクターや資源化の対象を網羅しないが、表 4 のように 20 世紀前半の石門坎の教育・宗教面での出来事に対する 7 つのアクターによる価値の捉え方の 多様性を概観できよう。

誰が 何を 何として 何のために

学者

20 世紀前半 の石門坎の 出来事

研究対象に値する材料 少数民族地域における教育・貧困 問題の解決の方策を見つける

NGO

大花ミャオが社会に知ら れる機会

他者による少数民族の文化や慣習 への理解を促す

山深い貧困地域におけ る地域振興の成功例

援助のあり方と現地民による自助努 力の可能性を示す

民間活動家 教育や信仰の重要性を主張する

キリスト教徒

キリスト教の宣教師と信 徒の宗教心による社会 変容の奇跡

キリスト教の素晴らしさを確信し、信 徒としての誇りを保つ

ミャオ族

自らの特有な記憶 自民族への誇りを確保する ミャオ族の先祖の努力に

よる栄光の歴史

現在再び社会的・経済的弱者にな った自民族の自尊心を激励する 地元住民 商機をもたらす地域要素 個人や家族の生活状況を改善する

行政側 ミャオ族の「文明史」 貧困状況を改善し、政府の優越性 を宣伝する

しかし、「あるもの」に対する捉え方は時期によって大きく変わっていく。政府は石門坎を「抹殺」し ていたが、今になって観光開発の対象として捉えるようになった。一方で、本当に行政主導の観光 開発が進められるかどうかは陳書記の後任にかかっているとも言える。仮に観光開発が進められな かった場合は、政府職員や S 社の社員による観光地化を進めるための工夫、民族や教育の振興 への期待を込めた観光案及び計画のプロセスにおいて見出され・付与された価値は無声のままに 記憶の奥底に埋没されていくかもしれない。

また、資源化は創意工夫による「あるもの」の価値の生産だけではない。石門坎の事例は、「ある もの」が 1 つの価値判断で資源化される一方で、それに対するほかの捉え方が切り捨てられる、と いう資源化による価値の画一化を示した。行政主導の例で見ると、仮に石門坎の観光開発が現段 階での計画通り「ミャオ文明」をテーマとして進められ、将来の石門坎が「ミャオ文明」を売りにして有 名になればなるほど、表 4 に載せた地元住民や活動家などといったほかのアクターによる異なる捉 え方は人びとから目を向けられなくなる恐れがある。

他方で、価値の画一化は必ずしも政府というアクターの働きかけによるものと限らない。第 3 章で 表 4. 各アクターによる石門坎の歴史・文化の資源化(出典:筆者作成)

詳述したように、「あるもの」を誰かにとって有用なものにするための価値の再解釈や「誤解の黙認」

は、政府以外の民間アクターによっても行なわれてきた(表 4 参照)。記憶を想起し過去を再編する

「歴史の語り手」、一旦消え去った絆を築き直そうとした卒業生、キリスト教信仰の現状を捨象しな がら石門坎の「聖地イメージ」を作り上げた信徒、それぞれのアクターが石門坎の歴史や文化の資 源化を担ってきた。そのような時々に優勢に立ったアクターの働きかけによって、石門坎の価値が 創造され取捨選択されている。こうした「価値の浮沈」のプロセスを通して、「政府・民間」や「強者・

弱者」という対抗関係だけでは捉えられにくいアクター間の相互作用と資源化のあり方の多様性を 理解することができる。

「あるもの」の価値はその時々のアクターの働きかけによって絶えず浮沈していく。別の見方をす れば、1 つの地域であれ、1 つの文化であれ、すでに資源化された「あるもの」にはその時認識され ている以上に多様な捉え方と働きかけが存在した可能性がある。「あるもの」はなぜ今のように捉え られるようになったのか、その潜在的な価値とは何か。それを知るためには、資源化された結果か らだけでなく、「あるもの」の価値が創られたり、無視されたり、あるいは選択的に再評価されたりす る資源化プロセスに目を向ける必要がある。また、一度見出された価値がほかの働きかけによって 再び消え去る可能性もある。「現在進行形」の資源化において、資源化の結果がある程度明らかに なってからでは見えにくくなってしまう人びとのアイディアや知の営みを記録しておくことは、後に

「あるもの」を深く理解するための素材を残すことになると考えられる。

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