6-1 まえがき
1 本 の 光 フ ァ イ バ 内 の 伝 送 速 度 の 高 速 化 を 図 る と 、 波 長 多 重 (Wavelength Division Multiplexing: WDM)システムの波長数の削減が可能となり、ネットワーク管理条件の緩和や、
伝送装置の消費電力や占有床面積の低減が期待される。また光伝送速度の高速化に伴って、
光スペクトル利用の高効率化が期待できる[1-2]。このような観点から、伝送速度の高速化は 1ビット当りの単価の削減に大きく貢献すると考えられる。しかしながら、伝送速度の高速 化を図ると、波長分散や、偏波モード分散(Polarization Mode Dispersion: PMD)、ファイバ中 の非線形光学効果に対する信号特性耐力が小さくなる。特に、PMDは時間軸や波長軸上で変 動する現象であるため[3-4]、伝送速度を高速化して隣接パルス間との時間幅が短くなった際 に、非常に大きな劣化要因の一つとなり得る。これら偏波モード分散の影響はビットレート が低速であった場合は考慮せずに済んだが、同じ偏波モード分散量であっても 100Gbit/sを超 える超高速光信号伝送の際には相対的に大きな劣化要因となり、超高速光信号伝送を実現す る上で非常に大きな克服課題である。また、電信柱に渡された電線のように光ファイバ伝送 路を敷設した区間を「架空区間」と呼ぶ。この架空区間では、光ファイバの振動や環境温度 の変化によって光ファイバ中の信号の偏波状態(State of Polarization: SOP)が大きく速く変動 することが知られており[5-7]、架空区間の PMD補償は非常に難しい。
そこで本章では、伝送速度を高速化した際に発生する、PMDによる信号特性劣化を抑圧す る技術として、出力光パワーをモニタする方式を適用した偏光子ベースの PMD抑圧器を提案 する。PMDエミュレータ装置を用いて一次 PMDと二次 PMDをエミュレートし、提案する偏 光子ベースの PMD抑圧器の特性評価を実施した。さらに、架空区間を含んだフィールドに敷 設された光伝送路で160Gbit/s RZ-DPSK光信号伝送を行い、PMD抑圧器の有効性を検証した。
6-2 偏波モード分散
6-2-1. 偏波モード分散の定義
第 2-1-3 節に述べたように、PMD は、光ファイバ中の群速度が偏波方向に依存するために
発生する分散である。主に、光ファイバ伝送路断面の真円からのズレや、光ファイバ敷設時 に発生する外部応力や部分的な温度変化に起因する複屈折率の影響により、光ファイバ伝送 路 内 の 群 速 度 が 断 面 方 向 で 異 な る こ と に よ っ て 発 生 す る 。 こ の 群 速 度 遅 延 差 (Differential
Group Delay: DGD)をΔτとすると、1次の PMDベクトルτrは、遅軸偏光状態の単位ストー クスベクトルを prとすると、
pr r ≡Δ
τ
⋅τ
(1)と定義される[6-7]。また、2次 PMDは、群速度遅延差量Δτ と遅軸偏光状態の単位ストー クスベクトル prが光信号周波数ωの関数となる場合であり、2次の PMDベクトル
τ
(ω
)ω
r dd は、
) ( d p p d
) d (
) d d (
d
ω
τ ω ω
ω τ ω
ω τ
r ≡ Δ ⋅r+Δ ⋅ r (2)と定義される[6-7]。(2)式の右辺第1項はストークスベクトルと平行な成分であり波長依存 偏波モード分散成分(Polarization-dependent Chromatic Dispersion: PCD)を表す。また、右辺 第 2 項 は ス ト ー ク ス ベ ク ト ル と 垂 直 な 成 分 で あ り 偏 光 主 軸 分 散 成 分 (Principal State of polarization Depolarization: PSD)を表す。この二成分のうち、特に PSDが信号特性劣化の大 部分に起因することが知られている[8-10]。
6-2-2. ポアンカレ球による偏光状態の表現
偏光状態を直感的に理解するために、ポアンカレ球を用いた表現を用いることがある。こ のポアンカレ球は、ストークスベクトルという 4 つの成分で偏光を記述する方法に立脚して いる。本節では、ストークスベクトル空間でのポアンカレ球を用いた PMDの表現について整 理する。
X 軸方向と Y 軸方向の光の電場の式は、各成分の振幅をAx, Ay、各周波数をω、各成分 の初期位相をδx,
δ
y とすると、( )
( )
x y
y y
y
x x
x
y k t cos A E
x k t cos A E
δ δ δ
δ ω
δ ω
−
=
+
⋅
−
=
+
⋅
−
=
(3)
と表される。尚、δ は両成分の位相差を表す。
また、光の偏光状態を表す4次元の列ベクトルとして「ストークスベクトル」は、
⎟⎟
⎟⎟
⎟
⎠
⎞
⎜⎜
⎜⎜
⎜
⎝
⎛
− +
≡
⎟⎟
⎟⎟
⎟
⎠
⎞
⎜⎜
⎜⎜
⎜
⎝
⎛
=
δ δ
sin A A 2cos A A 2
A A
A A
S S S S S
y x
y x
2 y 2 x
2 y 2 x
3 2 1 0
r (4)
と定義される[6]。ここで、S0は光強度(輝度)を表す。またS1は、S1-S2平面から相対的
に 0°の直線偏光状態を表し、S2は同様に相対的に45°の直線偏光状態を表す。さらに、S3
は右円偏光状態を表す。このS0, S1, S2, S3を用いて、無偏光以外の全ての光の偏光状態を 表すことが可能である。例えば、以下のように示すことが出来る。
S1-S2平面から相対的に 0°の直線偏光状態:
⎟⎟
⎟⎟
⎟
⎠
⎞
⎜⎜
⎜⎜
⎜
⎝
⎛
0 0 1 1
S1-S2平面から相対的に-45°の直線偏光状態:
⎟⎟
⎟⎟
⎟
⎠
⎞
⎜⎜
⎜⎜
⎜
⎝
⎛
− 0
1 0 1
左円偏光状態:
⎟⎟
⎟⎟
⎟
⎠
⎞
⎜⎜
⎜⎜
⎜
⎝
⎛
−1 0 0 1
続いて、(3)式と(4)式を用いてS0, S1, S2, S3を表すと、新たにθと
φ
を用いて、φ φ θ
φ θ
sin S Ssin cos S S
cos cos S S
S S S S
0 3
0 2
0 1
2 3 2 2 2 1 2 0
=
⋅
=
⋅
=
+ +
=
(5)
と式を変形することができる。ここで、S0は光強度を表すため以下のように規格化する。
1 S S S
S02 = 12+ 22+ 32 = (6)
(5)式と(6)式から、ストークスベクトルの4成分は、半径 1の単位球面上の座標点(S1, S2, S3)を、
θ
とφ
を用いて極座標表示していると考えられる。また球の中心から座標点(S1, S2, S3)までのベクトルを単位ストークスベクトルprとすると、図 6-1 にように表現することが でき、これをポアンカレ球と呼ぶ。このように、偏光状態はポアンカレ球状の1点で示すこ とができ、図 6-2にポアンカレ球上の代表的な点と偏光状態の関係を示す。S
3S
1S
2θ φ
( S
1,S
2,S
3)
p r
図 6-1 単位ストークスベクトルとポアンカレ球
S
3S
1S
2図6-2 ポアンカレ球と偏光状態
6-2-3. ポアンカレ球と偏波モード分散
第 6-2-1節に示したように、一次の PMDベクトル
τ
rは、DGDをΔτ
、単位ストークスベクトルを pr とすると、
pr r ≡Δ
τ
⋅τ
(1)と定義される[6-7]。これは、ポアンカレ球の中心から長さΔτのベクトルτrが、単位ストー クスベクトル prに平行に存在することを示している。ある一次 PMD量を持った複屈折媒体に 光信号を挿入した際に、その入力光信号の角周波数
ω
を変動させると、一次 PMDの影響で出 力信号のストークスベクトルはポアンカレ球面のある円周上に沿って分布する。同様に第 6-2-1 節に示したように、二次の PMD は、群速度遅延差量Δτ と単位ストークス
ベクトル prが光信号周波数ωの関数となりえる場合であり、二次の PMDベクトル
τ
(ω
)ω
r dd は、
(1)式の光信号周波数
ω
の微分で表され、) ( d p p d
) d (
) d d (
d
ω
τ ω ω
ω τ ω
ω τ
r ≡ Δ ⋅r+Δ ⋅ r (2)と定義される。(2)式の右辺第1項はストークスベクトルと平行な成分であり PCD を表す。
これは、ポアンカレ球の中心から、角周波数に依存する長さΔ
τ
(ω
)を持ったベクトル成分が、単位ストークスベクトル prに平行に存在することを示している。また、右辺第2項はストー クスベクトルと垂直な成分であり PSDを表す。これは、角周波数に依存して向きを変える単 位ストークスベクトルpr(
ω
)と平行に、ポアンカレ球の中心から一定の長さΔτ を持ったベク トル成分が存在することを示している。二次 PMD の二成分のうち、特に PSD が信号特性劣化の大部分に起因することが知られて いることから[8-10]、ポアンカレ球面上を単位ストークスベクトルが分布することが、信号特 性劣化に大きく影響していると考えられる。
6-3 超高速光信号の偏波モード分散抑圧装置 6-3-1. 抑圧装置の条件
伝送速度を高速化して隣接パルス間との時間幅が短くなった際に、PMDは非常に大きな劣 化要因の一つとなり得る。ビットレートを高速化した場合の一次 PMDの影響を以下に考察す る。
光ファイバの平均一次PMDと距離の関係を表す PMD係数は、ITU-T G.652が定めるシング
ルモードファイバの規格では0.5[ps/km2]以下と規定されているが、管路に敷設された状態 の光ファイバのPMD係数は約0.2[ps/km2]と経験的に知られている。例えば、全長 800kmの 管路に敷設された光伝送システムを想定した場合、平均一次 PMD量は、上記のPMD係数を
用いると 5.6 psと計算できる。
一般的に、光伝送システムを設計する際は、指標値として平均一次 PMD量の3倍がよく用 いられる。これは PMDによって発生する一次PMD量の分布が、第6-5-2小節の(12)式に示す 分布を取ることが知られており、平均一次PMD量の3倍はこの分布の99.997%に相当するた め、システム設計時の指標としてよく用いる。
これらを上記の想定システムに適応すると、全長800kmの光伝送システムでは16.8psの一 次 PMDを指標値として扱えばよいとわかる。想定システムの光変調方式を RZ-DPSKとする と、光信号のビットレートが 10Gbit/sである場合、次節で示すように約 0.5dB程度のQ値劣 化が見込まれるもののシステムに対する影響はほとんど無い。ビットレートが 40Gbit/s の場 合は、第五章の結果から概ね 5~6 dB の Q値劣化が想定されるため、例えばシステム長を半 分以下にする検討が必要になる。また 160Gbit/s の場合、隣接ビットとの時間的間隔である
6.25psを超えるためシステム設計ができない。
このように、伝送速度を高速化して隣接パルス間との時間幅が短くなった際に同じ光伝送 距離を得ようとすると、PMDは非常に大きな光信号の特性劣化要因となり、またシステムの 制限要因ともなり得るため、超高速光信号伝送を実現する上でPMDの影響を抑圧する装置は 不可欠である。しかしながら、100Gbit/sを超える超高速光信号の周波数領域では、光電変換 デバイスや受光装置は現在のところ存在しないため、電気処理にてPMDの影響を抑圧するこ とはできない。
以上より、超高速光信号のためのPMD抑圧器は、電気処理を用いずに PMDの影響を抑圧 する必要がある。また第四章でも述べたように、全光ネットワークを考慮すると“ビットレ ート無依存”のほうがさらに好ましいと考えられる。また、故障率やコストを勘案すると動 作原理が単純であるようが望ましい。
6-3-2. 偏波モード分散抑圧器
前節で検討した条件を踏まえて、図6-3 に示すPMD抑圧方式を考案した。この PMD抑圧 器は、λ/4板、λ/2板、偏波ビームスプリッタ(Polarization Beam Splitter: PBS)、フォトディ テクタ(Photo Detector: PD)、PC用の電気制御回路で構成される。λ/4板とλ/2板はステッ ピングモータによって回転駆動される。制御回路は、二つの PD の光パワー差が最大になる
ようにフィードバック制御を施し、λ/4 板にて光パワー最大を探索後にλ/2 板にて光パワー 最大を探索するアルゴリズムを使用した。λ/4 板とλ/2 板の回転速度はπ [rad sec]、回転量 は 0.1 [deg/step]である。また、用いたPBS の偏波消光比は20dB以上である。
本 PMD抑圧器の利点として、非常に簡便な構成とフィードバック機構を持つことと、入力 信号のビットレートに無依存であることが挙げられる。
Controller
PD PD
図6-3 考案した偏波モード分散抑圧装置
6-3-3. 偏波モード分散抑装置の動作原理
考案した PMD 抑圧器に含まれる光学素子は、λ/4 板、λ/2 板、PBS の3つである。本節 では、まずこの3つの光学素子に関して、ポアンカレ球上での表現について述べる。続いて、
PMD抑圧装置の動作原理について述べる。
6-3-3-1. λ/4 板と λ/2 板
偏光板とは、複屈折媒体を利用して光信号のある偏光成分に位相差を生じさせる性質を持 つ。信号波長に対して1/2の位相差を生じさせるものがλ/2板であり、1/4 の位相差を生じさ せるものがλ/4 板である。
ここでジョーンズマトリクスを考えると、Y 偏波に位相遅延Γを与えるジョーンズマトリ クスは、
⎟⎟⎠
⎜⎜ ⎞
⎝
⎛
iΓ
e 0
0
1 (7)
と表現できる。また入射偏光が回転せずに偏光板を角度θ回転することは、Y 軸に対して 角度θで傾いた直線偏光の光を用いることと同値であるので、Y 軸に対して角度θ で傾いた