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贖いの力を受けた経験を  紹介します。

ドキュメント内 12569_SEP2015_LIAHONA_JPN_forWebもと_high.pdf (ページ 46-50)

よいときも悪いときも  助けてくださった救い主

バプテスマを受けた日は夢のよう でした。完 全な人として新たな人 生 を始められることがうれしくてたま らず,わたしはやる気に満 ち ていま した。しかし,バ プテスマを 受けて 数時間もしないうちに,きょうだいと 口げんかをしてしまいました。バプ テスマと確認を受けてすぐに過ちを 犯してしまったことに落胆したのを 覚 えています。しかし,悔 い 改めた ときに元どおりの気持ちを取り戻し たことも覚えています。このように,

わたし は 幼 い ときに,イエ ス・キリ  スト の 贖 い は,必 要 な,罪 から の 解 放 をもたらしてくれることを 知りま した。

そ の 後 も 福 音 へ の 理 解 を 深 めて いくうちに,贖 いは 罪を 犯したとき にだけ頼るものではないことを学び ま し た。 試 練 や 喜 び,心 痛,成 功  など,人 生のさまざまな時期に生活 に 取り入れること が で きる ので す。

どうすれば 友 達に受け入れてもらえ るか 悩んでいたときに,天の 御父に 祈りました。すると,御 子が 同じ気 持 ちに 苦しまれ たことを 思い 出し,

慰められました。何かがうまくいっ たときに,救 い主も 喜んでくださっ ていると思うと喜びがさらに増しま した。救い主はそのような気持ちも 経験なさっているからです。

アビー・マキーオン(アメリカ合衆国,ユタ州)

心の変化を経験しました

高校時代,わたしは福音にあまり心を向けて いませんでした。伝道に出て,伝道とは何かを 徐 々に 理 解 するように なり,本当にふさわし  ければ生活にもたらされるはずの力と進歩を 得 た い と 望 む ように なりました。 とうとう, 

過去の罪に対する罪悪 感と悲しみが重くのし かかってきて,わたしは自由が欲しいと望むよ うになりました。清くなり,さらに主の御

に 使われる者になりたいと思ったのです。伝 道 部 会 長と何度 か 話し合 い を重 ね たわたしは,

実 家 に 戻って 悔 い 改 め るため の 時 間 を 取る  ことになりました。

家に帰ったことは,自分の人生の中でもっと もつらい出 来事 でした。わたしはそれまでと は違った方法で聖文を読むようになりました。

実際に理 解し,実 践するようになったのです。

何もかも「正しく 」行っていたものの,罪悪 感 という重荷を依 然 感じていました。わたしは キリストとその贖いに焦 点を絞って研究する ようになりました。主がなぜわたしの救い主 であり,主の無限の贖罪がどのようにわたしの 霊 を 贖うことが できるのかを研究 し始めたのです。ある晩,よく祈り な がら 研 究して学んできた事 柄に ついて思い巡らせていると,御

たま

が わたし の 心 に 触 れ,わたし の 霊 を  癒やし,慰めてくださるのを感じま した。わたしは安心感と愛を感じ,

罪悪感は消えました。

家に帰ったばかりの頃,悔い改め の過程に必要なのは心の変化だけ だと 思って いました。しかし今で は,悔 い 改 め に は 時 間 が 必 要 で  あることを知っています。変化は,

教 訓に教 訓を重ねながら少しずつ 起 こる ので す。 さらにキリスト の  ように な るため に は,心 と 望 み と  習慣を変えるための努力を長 期に わたり重 ね な け れ ば なりま せ ん。

一 瞬 にして 180 度 変 わ る こと は  で き ま せ ん が,贖 罪 の お か げ で  完全に変わることができます。

匿名(アメリカ合衆国,ジョージア州)

主に頼ることを学びました

何 年も の 間,わたしは 独りぼっち で 忘 れら れて い るように 感じて  いました。やがて正しくない望みを抱くようになり,そのために罪を 犯し,罪 悪 感と羞 恥 心 のサイクルに陥ってしまいました。幸 い,愛に  あふれたビショップはわたしに,弱さや心の痛み,悲しみ,さらには罪 をも補ってくださる救い主の贖あがないの 役 割について教えてくれました。

ビショップ は,わたしが 進 歩すると喜 び,後 退 すると 励 ましてくれま  した。

わたしは,救い主についての知識を頭で知っているだけでは十 分で はないことを学びました。天の御父に祈り,イエス・キリストの贖いを 通して積極的に悔い改める必要がありました。そうすると,神の戒め にもっと従順に従うようになり,救い主に近づくことができました。

まだ誘惑に苦しむことがありますが,救い主とその贖いに完全に頼る ことができることを学びました。贖い主の岩に立っていれば,弱さは 強さになるのです。パウロと声を合わせて次のように言うことができ ます。「それだから,キリストの力がわたしに宿るように,むしろ,喜んで 自分の弱さを誇ろう。……なぜなら,わたしが弱い時にこそ,わたしは 強いからである。」( 2 コリント 12:9 − 10)

ジェイコブ・H・テーラー(アメリカ合衆国,アイダホ州)

フォトイラストレーション/ジェニー・ビンガム︒右下

フォトイラストレーション/アレクサンドレ・ボージス 

46 リ  ア  ホ  ナ

将来への希望を感じました

両 親 が 離 婚したとき,永 遠 の 家 族 に なるという希 望を 失ったように  感じました。人 生の中でとてもつらい時期でした。しかし,そのときは  なかなか気づけませんでしたが,その試練により予期せぬ祝福が家族に もたらされました。 まず,母がバプテスマを受けました。

わたしも救い主をもっとよく知ることができました。わたしは悲しみ を 克 服 するために,ペ ル ー の お ば を 訪 問 することにしました。そこで  出会った友達がわたしをとても強めてくれたのです。わたしはその友達と しばしば一緒に聖文を研究しました。あるとき,特別な経験をしました。

福音のさまざまなテーマについて話し合っていると,救い主がわたしに 抱いておられる愛をとても強く感じたのです。あたかも救い主がわたし に,「わたしはいつもあなたとともにいましたよ。あなたが気づかなかった だけです」と語りかけておられるように感じました。

今では,救い主がわたしたちを助けたいと思ってくださっていて,常に わたしたちとともにおられることを知っています。ときどき,自分の悲しみ が信仰を上回り,自分は主に忘れられたのだと思うことがあります。しかし 実際は,いつでも主の贖いから助けを得ることができます。

リリアーネ・ソアレス・モレイラ(ブラジル,バイア )

ゆる

せるようになりました

あるとき,わたしはあまりにも心が傷ついたために,他のさまざまなこと にまで 影 響 が 出 たことが ありました。授 業や 宿題に集 中で きず,ル ーム  メイトとの関係はぎこちなくなり,今にも泣き出しそうな状態が常に続き ました。何より,最初にわたしを傷つけた人をなかなか赦せず,そのことで さらに怒りをつのらせていました。

ついに,悲しみと怒りに終止符を打とうと決意しました。それ以 上その 重荷を負うのはやめようと思ったのです。わたしは,赦すことができるよう 天の御父に助けを求めました。いつの間にか,心の痛みに耐えられるよう になっていました。完 全に消えてはいませんでしたが,耐えられるように なったのです。わたしはこの経 験から,救い主の贖いは悔い改めを可能に するだけでなく,癒やしを受ける助けとなることが分かりました。重荷を  負い,謙 遜に,真 心から天の 御父に近づいたときに,御父は心の傷や痛み を負うのを助けてくださいました。

ダニ・ローリセラ(アメリカ合衆国,カリフォルニア州)

主の完全な贖い

キリストの贖いには 傷があって

みんなは救われるけれど わたしはだめ

そう思っていた

でも,それは間違いだった 傷は 1 つではなく

7 つある 2 つは

主の手のひらに 群衆の要求により

十字架につけられたときの 釘くぎの傷跡

主は彼らを救うために 亡くなられた

2 つの傷跡は 手首に 刑の途中 体の重みで 手の肉が 裂けないように するために 打ち込んだ 傷跡 2 つは 足に

神の揺るぎない愛を 神の全ての子らに 証あかしするために 立った その足の傷跡

そして 1 つは わき腹に

主がその業を終えられたことを 証明するために刺した

脇腹の傷 7 つの傷 完全

7 つの完全な傷跡が 地上で唯一完全な御方に 残った

完全な贖いは

わたしたちの傷をふさいでくれる 主の傷跡は

わたしたちを完全にしてくれる そう,わたしは間違っていた キリストの

贖いは 完全なのだ わたしのための 贖いなのだ

ケーシー・ハマー(アメリカ合衆国,ユタ州)

主の復活に 

慰めを見いだしました

わたしが 23 歳 のときに 祖 母 が 亡くなりま  した。祖母はすばらしい人 生を送りましたが,

若くして,思ったよりも 早く死 を 迎 えました。

わたしよりももっと多くのものを失った人が大 勢いることも,祖母が安らかな状態にあること も分かっていましたが,それでも現世で二度と 会うことはないと思うと心が痛みました。

しかし,この 悲し み を 通して わたし は 天 の  御 父 と 救 い 主 の 助 け を 感 じ まし た。 優 し い  訪問教 師と友 人 が思いやりの 込もった手紙や プレゼントを持って来てくれたり,親切な近 所 の教会員が我が家に立ち寄って,わたしたちに 読んでもらいたいと思って本を買ってきてくれ たりし ました。 そ の 本 に は,救 い の 計 画 と, 

死後 の世界が 実 在 することについての 使徒や 預言者の言葉が書かれていました。

そ の 晩,預 言 者 の言 葉 を 妹とともに声に出  して読んでいると,心の中に平安が広がるのを 感じました。イエス・キリストの贖いのおかげ で,全ての人は清くなり,次の世で主とともに住 むことが できることを知りました。「キリスト は,死者の復活を実現される」ことを知りました

(アルマ 40:3 。アルマ 41:2 も 参 照)。贖 罪 のおかげで,亡くなった先祖も含めて家族全員が 永遠にともに暮らすことができることを知りま  した。そのことに永遠に感謝し続けるでしょう。

アマンダ・シーリー(アメリカ合衆国,ユタ州)

ドキュメント内 12569_SEP2015_LIAHONA_JPN_forWebもと_high.pdf (ページ 46-50)

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