第5章 考察と限界点
第 1 節 貢献
「仕組み構築力」の先発優位性に関する示唆
まず、研究から示唆されることは「先発優位を議論する時に、参入のタイミングのみに 注目すべきではない」ということである。これまでの先発優位では市場参入順番やタイミ ングの側面ばかりが強調されていたが、実際の競争優位を左右するのは参入のタイミング というよりも、仕組みづくりの早さ、鍵となる経営資源の調達の早さにあると考えられる。
クラウドワークスの創業のタイミングが2011年11月から1年早かった場合、1年 遅かった場合を仮定しても、ランサーズに「仕組みの構築力」で先行することによってサ ービス登録者数で追いつける可能性が高いと考えられる。なぜなら、この業界における競 争はサービスを長く運営することによるサービス登録者数の積み重ねよりも、資金調達、
上場による効果の方が大きいと想定できるためである。従って、参入の順序の先発性より も、仕組み構築力の先発性に注目する必要がある。
ただし、先発優位性に関する論理やロジックが完全に不要だという分けではなく、「仕 組み構築力」において先発することで生まれる優位性の説明として既存の「先発優位性」
の論理を使用できると考えられる。
参入の順序の先発性と仕組み構築力の先発性を比較すると、仕組み構築力の先発性は参入 の順序の先発性に比べて目立たない、分かりにくい先発性であると言える。組織内部のこ とは表層に出ることはあまり無く、今回の事例に関しても創業者が積極的にメディアでの 広報を行い、書籍などを出版していなければこの「仕組み構築力の先発性」について報告 することは難しかっただろう。しかし、その分、模倣されにくく、独自の優位性の源泉に なり、(結果が出るまで時間が掛かるが)先発優位性が持続する可能性があると言える。
60
図表16 参入の先発性と仕組み構築力の先発性について 参入の順序の先発性 仕組み構築力の先発性 方法 先行して市場、業界に参入する
ことによって
事業のための仕組みを先行し て構築することによって 特徴 目立つ、分かりやすい
(模倣されやすく)独自の優位 性を築くことはできない 先発優位性は持続しない(他の 競合も同程度先発優位性を享 受できる)
仕組み自体が目立たない、分か りにくい
独自の優位性の源泉になる
(結果が出るまで時間が掛か るが)先発優位性が持続する
優位性の論理 共通
資金調達に注目したことに関する示唆
今回の研究では「鍵となる資源」として資金力に注目したが、資本構成であったり、内 部資金調達であったりは経営戦略論であまり語られることは無い。経営戦略の教科書
(Barney & Hostelry 2014)でも業績の評価基準として WACC(加重平均資本コスト)と ROIC
(投下資本利益率)の比較が紹介されている程度である。基本的にはこれらはファイナン スの領域となり、資金調達の方法(どれぐらいの持ち株率にするか、優先株式を使用する か、ストックオプションはどのような発効要件にするのか)などについては経営戦略上注 目されているとはいい難い状況である。
しかし、今回の事例では、後発からの顧客獲得が製品、サービスの差別化や集中戦略で はない形である資金調達を発端に行われていること、またその先発性を報告した点で特徴 的であると言える。もちろん、クラウドワークスは赤字でマザーズ上場し、現在(201 7年9月期)でも赤字で経営を行っているため、業績パフォーマンスでの競争優位性を獲 得できたとは言い難いが、顧客基盤の獲得を狙い先行投資をして赤字を出しつつ事業規模 を拡大することは Amazon などでも見られる経営であり、これは決して珍しいものではない。
特に日本においてもベンチャー企業への投資が活発になっていることを鑑みると、クラウ ドワークスは参考になる事例であると言える。
また、内部資金調達(ブートストラップ)、外部資金調達に関する比較や、その方法によ って経営戦略や経営者の意思決定がどう変化するのかは今後の研究として十分に考えられ
61 るだろう。
他の研究分野との関係性について
今回のクラウドソーシング業界の事例に関しては、市場導入期における起業家の行動に 関して注目したため、主にアントレプレナーシップの研究との接点が多いと考えられる。
また、起業家や創業メンバーの構成に関してはネットワーク理論に関する文献との関係性 が考えられる。
事業機会の研究との関連性(Entrepreneurial opportunities)
例えば、「鍵となる資源」に関しては「事業機会」との関連性が深いと言えるだろう。「事 業機会」の研究分野は、代表的な文献である Shane & Venkataraman(2000)を参考にすると、
「未来の製品やサービスを作り出す機会が見つけ出され、評価され、開発されることを、
どうやって行い、誰が行い、そして何が影響したかを学術的に考察すること」だと定義さ れている。本研究の事例に関しても、「事業機会」を評価し開発したランサーズとクラウド ワークスの創業者に関する研究として関連付けることも可能だろう。
加えて「鍵となる資源」の認識に関しては、「事業機会」をいかに認識するのかに注目す る「事業機会の認識」(opportunity recognition)に関する研究が発展の手がかりになる だろう。例えば、革新的な起業家(Amazon の創業者ジェフ・ベゾスや eBay の創業者ピエ ール・オミダイアなどの著名な起業家)と一般的な企業のエグゼクティブでは行動や機会 の認識がどう異なるのかに関する研究(Dyer, Gregersen, & Christensen, 2008), 認知プ ロセスにおいておける表面的な特徴と構造的な関係を比較し、既存知識が構造的な関係の 認識を深めることを報告した研究(Gregoire, Barr, & Shepherd, 2010)などが挙げられる。
これらの研究のように心理学的な手法を用いることで、後発参入における「鍵となる資源」
の認識に関しての研究も考えられるだろう。
社会ネットワーク理論との関連性
本研究では資金調達に関して、創業者の能力、創業メンバーの得意分野の違いなどに注 目してきた。社会資本、人間資本を持つ人物は起業の試みをしやすいことを報告する研究 (Davidsson & Honig, 2003)など、起業家の性質に関する研究は多い。また、創業メンバー のキャリアに同一性が低いと探索的な行動(explorative behaviors)、同一性が高いと資源開 発的な行動(exploitative behaviors)になりやすいことを報告する研究(Beckman, 2006)な どがある。これらの結果は今回での事例当てはまり、キャリアの同一性が高いランサーズ
62
は最初の数年間をサービス開発に費やし、対してキャリアの同一性が低いクラウドワーク スは資金調達という資源の開発では無い行動を起こしている。
また、直接的ではないが本研究と関わりがある研究としては、Hallen & Eisenhardt(2012) の複数事例研究が挙げられる。この研究では「ネットワークの繋がりを効率的に形成する ためにはどんな戦略があるのか」という問題をシリコンバレー内外のベンチャー企業をシ ードからシリーズCまでの段階でどのように行動しているかを観察し、どのようにしてVC との“Investment tie”を形成しているかを2002年に創業したインターネットセキュリティ 会社9社を対象にして調査している。結果、形成方法は2つあり、もともとの強い繋がり を利用する方法(CEO、CFOの前職が投資先のVCであるなど)と強いつながりが無くとも 繋がりを効率的に形成する方法である触媒戦略“Catalyzing Strategies”(交渉に入る前に
“casual dating”を行う、業績の証拠を出すタイミングを工夫する、徹底的にVCを調査する
など)が発見されている。
事例を検討してみると、クラウドワークスの資金調達は紹介によるものが比較的多い
(サイバーエージェント・ベンチャーズの紹介で伊藤忠テクノロジーベンチャーズ株式会 社との交渉を持ったこと(BBT)や、親会社のサイバーエージェントからも投資を受けて いる)。一方、ランサーズの資金調達戦略に関しては多くの VC と交渉する、慎重に相手 を見極めるなどの「触媒戦略」に近い方法が取られている。
先発者と後発者の相互作用について
本研究では検討しなかったが、ランサーズの資金調達戦略に関して、模倣的同形化 (Dimaggio & Powell, 1983)と推測される行動が見られた。ランサーズの1度目の資金調達 額はクラウドワークスのステージ A での金額(3億円)とほぼ同じであり、2度目の資金 調達額に関してもクラウドワークスに近い金額(クラウドワークス11億に対してランサ ーズ10億)を後追いで調達をしている。
模倣的同型化は (mimetic isomorphism)は、環境が不確実である時に、組織が、正当な、
もしくは成功したと認識されている他の組織を模倣するプロセスである。模倣的同形化は、
不確実性を削減するために必要な検索コストを節約することができるため合理的であると 言われている(Cryer&March, 1963)。
この理由については推測に過ぎないが、企業価値の算定の方法として「類似企業比較法」
と呼ばれる手法があることが原因の1つではないかと考える。この方法では類似した企業