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生
一ー(
3 8
)一一今や復興途上にある帝都
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共に宗教家が復興さ相侯って愈々現代の堕落した宗教界を改造すぺき時である奮起せよ︑本化門下の青年宗教家よ一天四海皆蹄妙法の理想じ生きる吾等第二の日蓮たるぺきを自費せよ︑
所謂大上人訓誠叱略された﹁働法ヲ皐
u v誘法ノ者ヲセメズジア徒ラユ遊戯雑談ノミジア明
u v幕
晶
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州法
師ノ
皮ヲ着ケタ畜生ナリ﹂さの徒じなる勿れoニ陣三陣績りょの御事訓を奉載して世持の柱世界の眼目世界の大
船三白畳し禽起する宗敬家の現れんこさを吾人は要求するのであるU
図
﹁ 涙 一
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表現でそれは善が悪かは知らないが︑それが域情の接露でゐb
る事乞私達は認識せ今にはいられない︒ 日何時か私は或る婦人雑誌で﹁涙は婦人の武器な
b
而して如何じ此の涙によって男子をして堕落の巷に迷はし
むる事よ﹂こう云った意味の記事がめった様に記憶するo
小供ご婦人定は涙に於て否涙脆いVごいふ事貫に於て程度迄の共有結を持ってゐる様に私は考へるo而し小
供は阜純な戚情に支配されての涙であるが婦人の涙の或る−函が男子をして堕落の巷に立たせるの涙でゐる
さはげに恐るべき事でゐるo総てをこうした戚情の表現たる涙を以て事を慮理して行かうさ一五ふ事は誤って
ゐる
oそして総てが涙を以て解決されるならば此の世は涙を以て満たされるであらうo而しょ
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考へるさ此の涙がその善悪に係ら守その問題を容易に左右する事が出来る偉大な力を持つ事買を︑私は或る程度迄これ
を認識し肯定したいが︑その問題その事件をして前途率ある解決を興ふるや否やは問題であるo
私は一途に涙をがて事を蕗そ
5 4
﹄する考を否むさ共に涙が草なる純潔な戚情の接露ごしてでない涙!そう
﹃ 一 保
﹄
深
敬
道
人
一一(
3 9 トー
した罪悪的な至純なら
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る涙を否定したい︒涙は紳畢であり︑侵すぺからぎるものであるQ至純でな︵てはならない︒異の戚情の接露ごして表はるぺ
きものでな︵てはならない0
︵大
正十
三︑
二︑
二七
稿︶
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静
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重量
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40 ト ー
正
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にはかに限界が聞けた迂思ったら最早中腹に迄来て居た︒まだ降りたらぬのか友色の雲は盛一杯になって
居る︒昨夜聾なL降った雲は今日この櫨落を玉山銀憂さ化せしめたo
太陽は西嶺に度り︑ひややかな斜陽は時々灰色の雲を巴はして︑郡山を服す︑質に静寂
r
︒騒しい物一音は一つも聞えないoそして目に入るものは各枯のきびしき山々︑峯々芝︑それを披ふ情趣げの雪
ゃ︑夕飯乞念﹁煙だけであるo子供等も遊びつかれたか︑家路へ︑一ニ々一五々︑依々亡して去ったo康い天地
何の響もしない︒洗寂を破って木鐘の昔が山下より起ったo睦夫︑ゆかしさ木鐘山り一品目︑それは今猶︑事組時
代の清揮を語るが如︿聯々ごしてeつ
v
いて居るのに︒此土は安回憶にして天人常に充揃せるを狂子に知らさんが潟に朝仁︑タに︑響いて居るのだ︒嵯夫孝一一なのは我等
r
︑そして草木だ︒終日︑賞相異如のみ法を貧bo草木によられし曇者のみゐさを慕ふQ康大無建立︑み備の慈悲も我等には
にはこの黒子の地にのみ奥へられて居るのでゐらうか
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疑はれるo太陽は西に在したo暗い暗
ν
夜の幕は刻一刻︑此山里ML
襲ふo
鳴呼
夜が
京市
花︒
然たる折しも久遠の党鐘は一襲︒この山里を震はした︒
.
カ ミ
我
書 要 号
きびしい夜が来た恨
.
||︵身延ホアルの丘上にて︶
1 1 官
音
E
巌
奥へられた室の一隅は私の書措だ︒草調巴無味を柔げる潟に机上に小さな一つの花瓶に一輪
ω
秋菊の花を掃して︑それで私は充分に此の書粛を愛すゐ事が出来るo悲しい時にも嬉しい時にも私はこの机の前にざっ
かご坐る︑ご挿した秋菊が私の其の友になって慰めて呉れる
o
二三日前に室の入口に﹃来者不担之去者不迫之﹄古書いた紙片を貼りつけて見た︒この書掃が﹃私のものだ﹄こ
5
思ふごき室じ封する強い愛著が起って︵る
O
︵大
正一
二︑
一
O
︑九稿
︶
凝
親
みるま︑にやまか守ゐら
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し﹁るめb
都も今は夜さむなるらhu
Q
今
泉
主
F
旭
一一(
4 1 トー
千年の昔︑雲上人が熊野の山に詠壱られた此の歌︑所定時ご想芯を異にしたSは今身延の山の夕景を眺め
っ︑続審︑償問︑焦想どに閲された胸乞抱いて足ばゃにき
g
み行︵夕雲を見還ってゐる︒笹審を引き千切った様なゐの雲仁︑金総を繊
b
込んr
様なゐの雲・ド︑自然は何を語ろうさしてゐるのか︑酬は雲に何乞暗示せしめ様ごするのか︑地上に議動する人間は自然の無言の敬︑紳の暗示を一寸だに解
h
得るだろ
5
かo深い沈獣以つHY︿︑紳は存在するか︑魂は何れへ蹄納するか︑又ざんなに活動するか︑願昇がゐるから幽
界も嘗然ゐる
E
レふゐまぬるき答に満足し得るか︒松を吹︵淋しい叫ぴを︑谷川に碍げる水の流堂︑ドン
1 ・ ︑
ζ響︿太鼓り昔を︑紳はざんなに聞︿のか︒
風が吹き砂塵を捲き︑晩臨仰が鳴き︑夕陽が淡︿︑タ雲が走
b
︑遠
ν
山や里が淋し︿暮る︑身延の夕景は嵯臓や御室のそれの様じ見えないだみう︑けれざも一度打突った鎖的門扉を聞けゃう巴する8の心眼じは深刻
仁夕景の有様が映じてゐるのだ︑焦想しきった
S
の胸には強いヒシトも烈しいショックも典へられ守に湧︷ものは焦想迂煩悶の雲のみだ︑小さな反戚のみだ︒
乾燥した各の昼試を縫ふて行︿鷲鐘の響は人生の岐路に立つ
S
には衣第に消え行︿一菅の彼方に︑大試を震動させるのじ︑?を以てゐらはす丈りそれ丈げ焦想がゐる︒
みるま︑に山風ゐら︿し﹁るめ
b
都も今以夜さむなるらむ︒せめて身延の山の夕景営之丈仁見たかった︒然し己に遅い︑時は流る︑︑夜のさば
b
に消え行︿山の夕景ι
残るものはた焦想︑煩悶綾塞のみ︒u v
身を刺すやうな凪に肉眼を聞いたSは吾さ吾が足に蹴った石塊乞凝鵡したU
ゐ︑
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れも
額界
幽界かoh r
か︵て山の夕景は?をのみ越して夜のごば
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をと
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したQ︵一
︑二
三日
作︶
一一(42)一一
、
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生
わ
、
タ 景
の
山
寒
冷い風がお山の隅がら陥へま吹きま︿って居る︑青々ざした杉がお山への登り遣の雨側に茂︒てゐた︑私
は今しも此の淋しい夕暮の山道を一人定ぽJ\さ登って行︿のであった︑日は早や西山に渡しゃうごしてゐ
る昼は赤より紫に紫は友色に擾って行︵いやに冷たい風が私の顔を撫でる︑総てしんみりさしてゐる︑祖師
堂の前に
mM
かづいて私は総てを慣悔した︑過去におかした罪の数々を::・ji
−
−
お山のお引けを告げる五時半の大鐘が友色した昼ヘモして町へさ響︵のであった︒
清い身延山にお参りして寂しい何さも云へぬ戚に打たれるのでゐった︑私はお山の静かな夕景に情惚ごし
乍らお山め清い窓気を腹の底まで呼吸するのであったo
タペの巴ばりは身延のお山にも下
b
て来花︑すが/\しい気持になりながら何時の閉じか私は中谷を降h
てゐた︑其庭には高い
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菩提梯が何の虚飾もな︿唯無意識に長︿高︵蓮って居た︑梯の雨側には大きな杉
が繁茂してゐて暗い碕道をなは暗︵して居た︑で雨側じは残りはっきりせぬ電燈が上まで劫々J﹂つけられて
整る人も無かったo
風が
刻一
一刻
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烈し︿なって何だか物凄い身延の清流は沈賦の中に流れて行︿Oお山を降りた私は再びお山を拝んだ敷百年の昔聖者日運の隠栖したまひし身延のお山口それも早や暗黒の
世界へ政ひ込まれて行︿何底からさもな︿太鼓の一音が飴韻を惇へて響いて︵る︑身延山でなければ翻られな
い夕景だ︑私は此の強い自然の山水を永︿忘れた︿ない︒
一一(