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論壇の騒乱――歴史の自律をめぐる論争と経済自立論

ドキュメント内 自問する沖縄戦後史 (ページ 87-151)

沖縄の近現代史は、自らを律することができず、外からの強いられた力によって歩まされ てきたという、他律性を基調としている。琉球処分とともに近代を迎え、沖縄戦によってそ の破産を突き付けられ、そして占領と基地と共に戦後を歩んできた沖縄にとって、歴史は常 に外的な力によって押し付けられるものであった。そうした他律性が、沖縄の歴史を語る全 ての試みの上に影を落としている。復帰が「幻想」・「敗北」として語られるのは、その後に 軍隊の駐留を許したというためだけではなく、こうした歴史の他律性に根を持っている。自 律的な歴史への飛躍として描き出されてきた復帰を潜ってもなお、他律的な歴史の中に自 らを発見して、多くの者がそれを「幻想」・「敗北」として語ったのだ。「基地」とは、その ように沖縄史にまとわりついて離れない宿命的な他律性の具象に他ならない。

また、それゆえに沖縄の歴史は、いかにすれば他律的な歴史を脱し、自律的な歴史へと飛 び移ることができるのかという問いから書き起こされることになる。沖縄史叙述の起点に は、明示されずとも常にそうした問いが据えられている。復帰を敢えて「幻想」・「敗北」と して了解することは、運命的に押し付けられてきた他律的な歴史から身を起こすための問 いの始まりでもある。

本章で考えたいのは、そうした作業としての歴史叙述そのものが、沖縄戦後史の上でどの ような場所を占めるのかということである。ひらたく言えば沖縄史学史ということになる が、それは沖縄戦後史の文脈から遊離した学説史研究ではない。以下に取り上げる文章の多 くは、復帰という契機をめぐって書かれている。すなわち、自律的な歴史のスプリング・ボ ードとなるべき復帰が、相も変わらず押し付けられた歴史の継続でしかなかったという、受 け入れがたい事実を見つめながら書かれた文章である。同時に、それらは宿命づけられた歴 史からの離脱の可能性をめぐって書かれた文章でもある。復帰は、それに対する反発や諦念 をもたらしただけではなく、自らに向けた問いの起点ともなった。

本章および次章では、一見関係の薄い三つの論争を順に取り上げ、これらを自-問の展開 として読み直していく。三つの論争とは、第一に、近代史研究の分野における琉球処分及び 旧慣期の評価をめぐる歴史論争であり、第二に、日本との関係において、復帰後の沖縄をど う位置づけるのかをめぐる沖縄経済自立論議と呼ばれる経済論争であり、第三に、これら二 つの論争の延長線上にありながらも、もっぱら安保論争として展開された「沖縄イニシアテ ィブ」論争である。

歴史、経済、安全保障と、それぞればらばらの分野で展開されてきた論争であるために見 落とされがちではあるが、これらの論争は、時期的に重複・連続するばかりではなく、その 根幹に同じ一つの問いを共有している。すなわち、復帰運動以来その姿を見せない沖縄の民 衆は、どこへ行ってしまったのか。自律的な歴史を担うはずの主体を、どこに探し求めれば 良いのだろうか。もちろん、民衆は相変わらず沖縄に暮らしているのだが、知識人達の眼に

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映るその姿は、復帰を潜ってすっかりエネルギーの表出先を見失い、虚脱感に沈んでいるよ うに見えた。

三つの論争は、見失われた歴史の主人公の所在をめぐって錯綜する。そして予め結論を先 取りしておけば、いずれの論争においても、誰も正解を導き出すことはできない。だが、も とより正解を求めてこれらの論争を振り返るのではない。議論の焦点は、論争の中に生じる 解決できそうもない対立や矛盾にこそ置かれている。そして各々の論争の臨界において、

「自律」・「自立」・「主体化」の方策をめぐる議論は、その主語に想定された「沖縄」とは何 かという問いへと反転する。それらの様々な、相互に矛盾さえする相貌を浮かび上がらせる ことが、以下の議論の目的である。

第1節 沖縄戦後史の中の琉球処分論争

科学/政治の緊張関係とその和解――民族統一の歴史というフォーマット

1960年代の後半、つまり復帰が公式に日米外交交渉の議題に挙げられる時期は、戦後沖

縄史学史における一つの興隆期として知られる。この時期にあって最も注目を集めた主題 は、1879 年の琉球処分である。武力を以て琉球藩を廃し、沖縄県として日本国家の版図に 編入した出来事であり、今でも沖縄側の意思を顧みない日本政府の処遇を非難する際、一種 のメタファーとして参照される。

同時代的状況と歴史研究の主題とが重なってくる点については今も昔も変わりない。過 去に遡って琉球処分の意味を問うことは、現代史上における復帰を如何なる契機として位 置づけるのか、あるいは、その実現に向けた復帰運動がいかなる使命を帯びて展開されなけ ればならないのか、そうした問いと重なりあっていた。

この時期の歴史研究についていま一つ留意したいのは、そのような同時代的な問題関心 と、それが科学であるということとの緊張関係である。過去の究明は先験主義を排してこそ 現局面の課題をクリアにするというスタンス――少なくともそのような建前が、上述のよ うな問いに予め解答を用意して臨む態度を戒めた。だが実際には、政治に対する研究の自律 性の想定は、しばしば脅かされることになる。

さて、琉球処分の歴史的評価をめぐる論議の中心的な軸となってきたのは、これに対する

「近代的民族統一」という規定の如何である。日本を単位とする近代史叙述に沖縄を定置す る上で、これが最初の論点を形成する。琉球処分はまず民族統一の契機として設定され、次 いで、それは如何なる意味における民族統一なのか、という論点へ派生していく。

戦後日本近代史研究の中で、最初に近代的民族統一として琉球処分に言及したのは、井上 清らによる『日本近代史』(合同新書、1955年)と言われる244。同書において、琉球処分は

「日本の資本主義が発達し、日本が近代国家として発展していくにつれて、おそかれ早かれ 琉球との統一は必然的におこることであった」と、さしあたり日本史と沖縄史が合流する筋

244 新里恵二「解説」新里恵二編『沖縄文化論叢(第一巻)歴史編』平凡社、1972年、41頁。

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道として民族統一の用語が設定されるが、続けて「天皇制政府の併合のしかたは、自然な民 族的統一ではなく侵略的であった」とされ、「侵略的民族統一」でも言うべき規定が与えら れる。

井上の与えた「侵略的」という形容は、「近代的民族統一」という用語が本来的に持つべ き内容――質的にも統一された国内市場への包摂――を欠いていた点に求められる。「琉球 藩の日本政府に対する負担をゆるくするだけでなく、藩人民の負担もゆるめ、琉球にも商品 生産・流通を発展させるよう藩庁を指導し、日・琉人民の経済・文化の結びつきを強めるこ とで、無理なく民族統合を達成するという道も、当時、客観的にはありえたのである」245。 ところが、琉球処分に臨む明治政府の態度には、経済的・政治的・文化的に、沖縄の同質化 を進めようという意思は見られない。その後30年に渡って続く旧慣期がこうした評価を裏 書きするだろう。そのように井上は、民族統一という筋道そのものをしっかりと確保しつつ も、政治的・経済的従属関係の継続という点において、琉球処分を未だ道の途上と位置づけ たのである。

「侵略的民族統一」という規定に対しては、琉球処分の肯定的側面を過小評価している点 について、新里恵二らから批判が加えられた。この時期の琉球処分をめぐる論議は、純粋に 歴史上の規定を問題としているわけではない。その背景には、米軍の占領下に置かれた沖縄 の未来をどう描くのかという同時代的な関心が存在している。

50 年代初頭の現地沖縄においては、社会大衆党や人民党が日本への復帰を公然の目標に 掲げ、現状の打開を求める住民の支持を集めつつあった。琉球処分を日本による他国の侵略 とし、沖縄人が日本人と異なる民族であると規定することは、沖縄が日本に復帰する根拠に 差し障る 246。独立国家を持った過去への言及や、国内における少数民族的な取り扱いを受 けていたといった過去の深堀は、現状の維持に利益を見出す者の好むところであり、その意 図にかかわらず米軍統治の正当化に与してしまうとして、進歩的な雑誌を手に取るような 知識人たちの間でも忌避される傾向にあった 247。かつての琉球処分に対する評価は、それ が住民にとって肯定的に作用したか、あるいは否定的意味を持つものであったかという点 で紛糾したが、それは論争の展開される同時代において、復帰をどのように評価するのかと

245 井上清 「琉球処分とその後」新里恵二編前掲『沖縄文化論叢』431頁。

246 カイロ宣言(1943年)の文言をなぞれば、朝鮮や台湾、満州の解放と「日本国は暴力及び 貪欲に依り日本国の略取したる他の一切の地域より駆逐せらるべし」とあり、琉球処分を「日 本国の略取」であると言ってしまえば、沖縄が日本に復帰する根拠は失われる。小熊英二『〈日 本人〉の境界――沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで』547-548頁。

247 だからこそ、侵略的性格を強調する井上も「現在、不当に日本から奪いとられて、アメリカ の軍事基地とされている沖縄県が、日本国の切り離すことのできない領土であり、アメリカに 支配され〈植民地的圧制下〉におかれている沖縄県民が、日本民族の不可分一体の同胞である ことには、一点の疑いもない」との注釈から論を起こさなければならなかった。井上前掲「琉 球処分とその後」421頁。

ドキュメント内 自問する沖縄戦後史 (ページ 87-151)

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