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調査報告 調査対象者:實相寺住職   大熊俊明師

ドキュメント内 佛教論叢 第57号 (ページ 150-153)

  調査方法:半構造化インタビュー調査   大熊師は、狩野川台風当時

や風化の現実も体感していることから、狩野川台風を多角 慰霊祭の終結の決断を下している。慰霊祭終結までの歴史 仏教会による慰霊祭の始まりから終結までを知っており、 年層とも交流があった。また、地域の仏教会でも活動し、 しての立場だけでなく、子供や青年学級に通う青年層、壮 していた。また、青年学級の指導主事もしており、住職と **歳で、韮山中学校の教員を

的に見る為には必要不可欠な情報を知っておられる。

 

2  1インタビューで聞いた内容   半構造化インタビューの形式を取ったので、質問項目は

*点に絞り、他は自由にお話していただいた。

  ①遺体の埋葬に際して、何らかの宗教行為(読経など)を行ったか。

  ②僧侶として特別何か行ったか(読経などの儀式以外で)。

  ③東日本大震災を受けて、何か狩野川台風について思い出したり、感じたことはあったか。

 

2  2インタビュー調査で明らかになった事   インタビューで明らかになった点について、その要点を示し、詳細を記していく。

①人的被害の有無と支援

  床上浸水などの被害があったものの、人的被害はなかった。しかし、人的被害がなかった為、支援や救援物資の到達が遅かった。また、東京などで新聞に載った地名、駅名 へと支援物資が集中し、再分配された支援物資を待つしか出来なかった。

②最初の慰霊祭

  お寺の近くの橋のたもとに、死体が多く引っかかったことから数日以内に、地区の仏教会の有志と簡単な慰霊祭を行った。これは、近隣住民に請われたと同時に、何かしなければという思いが合致して、読経をすることになった。

③一周忌以降の慰霊祭の開催について

  一周忌は、熊坂以外に被害の多かった南條地区の区長と遺族 仏教会などの働きかけによる。 長や助役なども参加をして行われるようになった。これは、 10人程で慰霊祭を開催した。その後、三回忌以降は町

④慰霊祭(現狩野川祭り)の開始

  慰霊祭の提案があった際、地区のお盆と旧盆とで、どちらにするか話し合いがあり、最終的には、被災した地元を優先し、8月

し、町長の挨拶や焼香もあり、慰霊祭の後にお祭り、花火 *日になった。この慰霊祭は、町が予算を出

という順番で行われていた。主催は、地元仏教会であった。

⑤慰霊祭に関する諸問題

  このように慰霊祭を仏教会主催で開催してきたが、年々慰霊祭に対して他宗教からの批判が出るようになった。また、予算上の問題などが顕在化し、予算も減少していった。更には、

うになり、 部からも1つの区切りとすべきであるという意見も出るよ 50年を過ぎて、住民の意識だけでなく、仏教会内 台風の犠牲者の慰霊の為の花火であると記されている。 花火大会のみを開催している。行政の広報誌には、狩野川 5*年を区切りとして慰霊祭は終結した。現在は、

⑥狩野川台風の風化

  住民だけでなく、慰霊祭を開催していた仏教会においても、慰霊祭の終結が議題となったことに関して、大熊師は完全に風化してしまったと述べていた。寺院も代替わりをしてしまい、災害の記憶が薄れているのではと指摘していた。大熊師は、境内に碑を建立して災害の記憶を遺そうとしている。 ⑦未だ終わっていない災害  大熊氏が住職を勤める實相寺の周りの農地(主に水田)は、狩野川台風で被災した後、耕地整理の為に国から資金を借りており、現在も支払をしている。その為、宅地化などができず、未だに狩野川台風の被害を引きずっている。大熊氏自身も、農家の御檀家さんから聞くまで知らなかったそうである。

⑧消防団員との会話

  大熊氏は青年学級の指導主事を勤めていたので、消防団員の学生から救出活動や捜索活動などの諸活動について話を聞くことがあった。特に印象に残っているのは、助けようとしたが、裸の女の人だったので、助けないでくれと救出を拒まれ、流されて死んでしまったという話を聞いたことであった。消防団員は、「助けた方がよかったんじゃないか」と大変悩んでおり、話を聞いてあげたそうである。

⑨牛と福島

  当時は、重機などもなく、牛などを農耕に使用して農家は生活していた。その牛達も堤防の決壊によって流されて

死んでいた。しかし、重機もなく、きちんと葬ってあげたかったが、言い出せなかったという農家の人達の心境も聞いていたようである。これらのことは、福島第一原発周辺の避難地域の牛等の家畜の話を聞いたり、テレビで見ると、それを思い出すことがあった。

3  まとめ   以上の調査から、9点が明らかになった。これは、新聞や行政資料などには記されていないことであると共に、昨年の調査とは違う視点が明らかにもなった。特に被災をしたが、人的被害がなく、火葬や埋葬などといった、緊急として必要とされた追悼慰霊行為などではなく、連続的な慰霊祭についてや、学校などの教育面での視点も明らかになった。宗教者としての活動と地域の一員としての活動、そして両方の属性を持つ活動があることには、注目すべきであろう。

ドキュメント内 佛教論叢 第57号 (ページ 150-153)

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